王都への帰還
東の峠の戦いから三日後。
ナギたちは王都アシハラへ帰還した。
しかし王都の空気は以前とは違っていた。
市場では商人たちが不安そうに話し合い、港では船乗りたちが東の海を警戒している。
戦争の噂はすでに国中へ広がっていた。
王宮へ到着すると、すぐに評議会が開かれた。
王アシハラノミコトを中心に、各地の豪族や神官たちが集まる。
広間には重苦しい空気が漂っていた。
「国境の村が襲われた以上、もはや偶然ではない」
軍を統括する老将軍ヤシロが言った。
「ヒノモトは戦を始めるつもりです」
すると豪族の一人が立ち上がった。
「ならばこちらから攻めるべきだ!」
「いや!」
別の豪族が反論する。
「東へ軍を送れば国の守りが薄くなる!」
議論は激しくなった。
攻めるべきか。
守るべきか。
和平を探るべきか。
誰も答えを持っていなかった。
その時だった。
神官長ヒメカが静かに口を開く。
「神託がありました」
広間が静まり返る。
神官長は神々の言葉を伝える存在だった。
「昨夜、オオカム殿にて神々の声を聞きました」
誰もが耳を傾ける。
「東より来る炎を恐れるな。されど内なる闇を警戒せよ、と」
ざわめきが起こった。
「内なる闇?」
「どういう意味だ」
ヒメカは首を振る。
「それ以上は分かりません」
だがナギは胸騒ぎを覚えた。
神託はいつも曖昧だ。
しかし今まで外れたことはない。
その日の夜。
王宮の見張りが異変に気付いた。
王都の外壁近くで怪しい人影を見たのだ。
兵士たちが追いかける。
闇の中を逃げる黒装束。
「止まれ!」
男は答えない。
そのまま路地へ飛び込んだ。
兵士たちが追い詰める。
だが男は懐から短刀を取り出し、自らの胸に突き立てた。
「なっ!」
男は倒れた。
兵士たちは急いで調べる。
その腰には見慣れない印が刻まれていた。
赤い鳥を模した紋章。
ヒノモト連合のものだった。
翌朝、その報告は評議会に届けられる。
「間違いなく間者です」
イズモが言った。
「王都の内部を探っていたのでしょう」
王は厳しい顔で頷いた。
「敵はすでに我らの足元まで来ている」
ナギは窓の外を見た。
朝日に照らされる王都。
人々は普段通りに暮らしている。
だがその平和は砂の上に建てられた城のように脆く感じられた。
その頃――。
東の国境からさらに向こう。
ヒノモト連合の大軍が集結していた。
兵士は五千。
騎兵は千。
さらに周辺国から従属軍も加わる。
赤旗が山を埋め尽くしていた。
将軍タケルは高台からその光景を見下ろす。
「準備は整いました」
副官が報告する。
タケルは静かに頷いた。
「まずは国境の砦を落とす」
地図には王都へ至る道が描かれている。
その途中にある要衝。
シラナミ砦。
そこを突破されれば王都への道が開かれる。
タケルは剣を抜いた。
朝日が刀身を赤く染める。
「進軍開始だ」
無数の太鼓が鳴り響いた。
ドン!
ドドン!
ドン!
山々が震える。
数千の兵士たちが一斉に動き始める。
その音は遠く離れたアシハラにはまだ届かない。
だが運命の歯車は、確実に回り始めていた。
そして数日後。
王都へ一人の伝令が駆け込む。
顔は土と血にまみれていた。
「大変です!」
広間に響く叫び。
「シラナミ砦が……!」
伝令は震える声で続けた。
「ヒノモト軍に包囲されました!」
ついに戦争は、アシハラの門前まで迫っていた




