クロガネ峰の誓い
ヒノモトの使者が去ってから数日後。
王アシハラノミコトはナギに命じた。
「クロガネ峰へ行け」
「鉄山へですか?」
「そうだ。この国がなぜ栄え、なぜ狙われるのか、自分の目で見てこい」
ナギは数人の護衛とともに王都を出発した。
南西にそびえるクロガネ峰は、アシハラの力の源だった。
山へ近づくにつれ、空気は熱を帯び始める。
谷間には鍛冶村が広がり、至るところから金属を打つ音が響いていた。
カン、カン、カン――。
まるで大地そのものが脈打っているようだった。
「すごい……」
ナギは思わず息をのむ。
炉の中では赤く燃える鉄が火花を散らし、職人たちが汗だくで槌を振るっていた。
「王子様か!」
声をかけてきたのは白髪の老鍛冶師だった。
「ようこそクロガネ峰へ」
「こんなにたくさんの鉄が作られているなんて知らなかった」
老人は笑った。
「この国の船も、農具も、剣も、みんなここから始まるんです」
その時だった。
山道を駆け上がってくる若者が見えた。
「大変だ!」
若者は息を切らせながら叫ぶ。
「東の峠で怪しい者たちを見た!」
周囲がざわつく。
「何者だ?」
「数十人はいた! 山を調べていた!」
老鍛冶師の顔から笑みが消えた。
「ヒノモトか……」
ナギの胸がざわつく。
鉄の交易権を求めた理由がわかった気がした。
彼らは最初から、この山を狙っていたのだ。
その夜。
ナギは山頂近くの祠を訪れた。
クロガネ峰の守り神を祀る古い社だった。
月明かりの下で祈りを捧げる。
「神よ……私はどうすればいい」
すると背後で風が吹いた。
山の木々が揺れる。
そして誰もいないはずの闇の中から、低い声が聞こえた。
――国は剣だけでは守れぬ。
――人の心を束ねよ。
ナギは振り返った。
だがそこには誰もいない。
あるのは夜の山だけだった。
翌朝。
王都から早馬が駆け込んできた。
「王子! 急ぎ戻ってください!」
使者の顔は青ざめていた。
「どうした!」
「東の国境の村が襲われました!」
その言葉に、その場の全員が凍りついた。
「襲われた……?」
「はい。敵は赤い旗を掲げていたそうです」
ナギは拳を握った。
神託は少しずつ現実になり始めていた。
アシハラとヒノモト。
二つの国の運命を左右する戦いが、ついに始まろうとしていた。




