東から来た使者
ワタツミ諸島から戻ったナギは、すぐに王都アシハラへ向かった。
王都の中心には巨大なオオカム殿がそびえ、その周囲を城壁と町並みが囲んでいる。市場には海の幸や鉄器が並び、人々の笑い声が響いていた。
だがナギの心は重かった。
神託で見た炎の光景が頭から離れない。
王宮へ着くと、父である王・アシハラノミコトが重臣たちと会議を開いていた。
「ナギ、ちょうどよいところへ来た」
王の表情は厳しい。
「東の国から使者が来ている」
ナギは胸騒ぎを覚えた。
広間の中央には見慣れない鎧を身に着けた男が立っていた。
その背後には赤い旗。
島で見たものと同じ色だった。
「私はヒノモト連合の使者、タケヒコと申す」
男は静かに頭を下げた。
「我らが盟主は、アシハラとの友好を望んでおります」
重臣たちの間にざわめきが走る。
ヒノモト連合は近年急速に勢力を伸ばしている東方最大の国家だった。
しかし友好を望むと言いながら、その軍勢は周辺諸国を次々と従わせている。
王が尋ねた。
「友好の証として何を求めるのだ」
使者は少しも表情を変えず答えた。
「鉄の交易権です」
広間の空気が凍りついた。
アシハラの繁栄を支えるのはクロガネ峰から産出される鉄である。
それを渡すことは国の力を差し出すのと同じだった。
「断る」
重臣の一人が立ち上がった。
「アシハラは誰の属国でもない!」
使者は怒る様子もなく言った。
「残念です。しかし盟主は近いうちに再び答えを求めるでしょう」
その言葉には不気味な確信があった。
会議が終わり、人々が去った後もナギはその場に残った。
「父上」
「どうした」
ナギは神託のことを話した。
東から来る赤い旗。
炎に包まれる国。
そして未来を選べという神の声。
王はしばらく黙っていた。
やがて窓の外を見ながら言った。
「国を治める者はな、未来を恐れてはならぬ」
「ですが神々が警告を……」
「神々が未来を示しても、それを変えるのは人だ」
王の目はまっすぐだった。
「お前はよく見ておけ。これから何が起きるのかを」
その夜。
王都から遠く離れた東の山脈。
そこでは数え切れないほどの松明が闇を照らしていた。
赤い旗が風になびく。
馬のいななきと武具の音が響く。
そして一人の若い将軍が地図を見つめていた。
「ついに海神の国か」
将軍タケルは静かに笑う。
「アシハラを手に入れれば天下は完成する」
その視線の先には、西へ続く道があった。
戦の時代が、ゆっくりと幕を開けようとしていた。




