第42話 因果とカルマ②
【ターゲット:REMNANT 分析率:35%】
ロゴスフォールの鋭い一撃が、レムナントのHPを削った。
――やっぱり、さっきより威力が上がってる。
たぶん、僕のギミック理解は正しい。
このまま敵に分析をさせ続けては、こちらが一方的に不利になる。
そして、鍵はきっと、あの目玉――
ロゴスフォールの背後に浮かぶ、球体オブジェクト。
それに向かい、僕は単独で突撃した。
「リブート、オマエ何してる!?」
レイブンの制止をよそに、僕は宙に浮かぶ眼球に、持っていた大剣を突き立てた。
『ギィィヤァァぁぁ!』
その瞬間、おそましいほどの悲鳴が、フィールド全体に響き渡った。
――当たりだ。攻撃できる!
「サイレント、これを狙って!」
そう、彼女に向かって叫んだ。
魔術師然とした少女は、その一言ですべてを理解したかのように、深くうなずく。
杖を掲げ、詠唱を始めた。
先端の魔石に、目が眩むほどの赤光が、大気の揺れを伴って収束する――
「――第3位階火魔法」
サイレントの杖先から、圧縮された炎が一直線に解き放たれた。
初めて目にする、第3位階魔法。それはもはや、ただの火球じゃなかった。
渦を巻き、収束し、熱量だけを研ぎ澄ました――破壊の塊。
直撃。
眼球の表面に走る、無数の亀裂。
次の瞬間、硝子が砕け散るような音とともに、球体が爆ぜた。
【ターゲット:MISSINNG 分析率:ERROR】
――やった!
「リブート、すごいじゃん!」
「やるじゃねーか、サイレント」
スカーレットとロックが、賞賛の声を上げた。
セラフィムの動きにも、多少の余裕が戻っている。
『……分析不能。次のフェーズへ以降するよ……』
ロゴスフォールの声が、低く、鈍く、あたりを満たした。
床に刻まれた文字列が歪み、円環がゆっくりと反転する。
【狂信フェーズ:信仰隔離】
その刹那だった。
「――え?」
セラフィムの足元だけが、音もなく沈んだ。
石床が溶けるように消え、彼女の身体が、淡い白光に包まれる。
「セラフィム!?」
叫んだときには、もう遅い。
彼女の姿は、半透明の膜の向こうへと引きずり込まれていた。
次の瞬間。
舞台の中央に、円形の「空間の歪み」が浮かび上がる。
内側は白一色。奥行きも床も、壁も判別できない。
ただ、セラフィムだけが、そこに立たされていた。
「……っ」
彼女が、反射的に杖を握り直した。
詠唱に入ろうとして――
【――警告――
異空間内は行動不可。
行動時ペナルティ:パーティー全体ダメージ】
そのシステムログを見て、はっとなった。
「セラフィム、待ってください。動かないで!」
すんでのところで、彼女は動きを止めた。
杖を構えたまま、ぎり、と唇を噛みしめる。
『1つ。きみの仲間に対する「狂信」、見せてみたまえ』
ロゴスフォールが言った、その直後。
論理で編まれた刃が、隔離空間を貫いた。
「――きゃあ!」
セラフィムの身体が、くの字に折れる。
たった一撃で、彼女のHPは瀕死まで削られてしまった。
しかも今の攻撃で、セラフィムにはあるデバフが付与されていた。
頭上に浮かぶ、〈HP回復無効〉アイコン。一定時間、自身を対象としたあらゆるHP回復スキルが無効になるというものだ。
――こんなの、どうしたら……
『2つ。きみに対する仲間たちの「狂信」は、どうかねぇ?』
ロゴスフォールの言葉が、耳に届いた。
まるで長門本人が、僕たちをあざ笑っているかのようだ。
黒い文字列が、再び集束を始める。
2発目の予兆。彼女の残りHPでは、とても耐えられそうにない。
――僕たちの、セラフィムに対する「狂信」?
夕波先輩は、VALGATEを作った時から、ずっと支えてくれた人だ。
彼女には、何の義務も恩恵もない。むしろリスクばかりなのに……
それでも先輩は「誰かのために」という想いだけで、いつも僕たちを見守ってくれていた。
回復役として。調整役として。そして、僕たちが本当に困った時は、頼れる上級生として。
僕の大炎上した過去を聞いても、見放さなかった。
それなのに僕は、こんな戦いに、彼女を巻き込んでしまっている。
――口先だけじゃダメだ。今こそ、夕波先輩を守らなきゃ――
そう、一歩踏み出した。
彼女が囚われている、歪に向かって。
「セラフィム!」
ボスから庇うように、彼女の前に立った。すると――
白光が反転し、隔離空間の内と外が、瞬時に置き換わる。
僕の体が異空間に閉じ込められ、代わりにセラフィムが勢いよく弾き出された。
すかさず、ロゴスフォールの強撃が繰り出される。
視界が瀕死状態を示す赤に染まり、さらに〈HP回復無効〉デバフも付与された。
「リブートっ!」
そんな、セラフィムの悲痛そうな叫びが聞こえた。
――でも、よかった。
彼女の無事に、ひとまず安堵する。
さあ、ここからだ。
おかげで、このフェーズのギミックも何となくわかってきた。
「この異空間は、交代で入ることができます!
1人で2撃は耐えられません。全員で分散を!」
と、全員に聞こえるように声を張った。
「なるほど、そういうこと!」
最初に動いたのは、スカーレットだった。
一直線にこちらへ走ってくるなり、僕を押しのけて歪に入り込む。
『3つ――』
ロゴスフォールの声が落ちるより早く、歪みが再び脈動した。
「次、オレが行く!」
翼を翻すように、レイブンが前へ出た。
一瞬だけこちらを振り返り、口角を上げた。
白光が反転し、レイブンの姿が異空間へ消える。
直後、論理の刃が走り、歪みが再び揺れた。
「よし、交代だ!」
間髪入れず、ロックが突っ込んだ。
リュートボウガンを構えたまま、勢いよく歪へ踏み込み――入れ替わりにレイブンが弾き出される。
「次! サイレント、準備しろよ!」
レイブンの指示に、彼女はこくりとうなずいた。
ロックが攻撃を受けるや否や、ためらいなく足を踏み出し、あっという間に異空間へ飲み込まれる。
「最後、お兄ちゃんお願い!」
スカーレットに促され、レムナントが淡々と歪へ向かう。
瀕死になったサイレントに代わり、堂々たる姿で円形の中に立った。
『7つ――』
ロゴスフォールの一撃が、レムナントを貫いた。
HPバーが急速に縮みはしたが、わずかに値を残している。
――耐えた。耐えたぞ!
これで一巡。
異空間に残るレムナントを始め、全員が瀕死の状態、かつ〈HP回復無効〉のデバフ付きだ。
――よし、ここから反撃に出て……
『8つ――』
その数字を聞いた瞬間、背筋が凍った。
……8撃目?
視界の端で、全員のHPバーが赤く点滅している。
回復不能。交代できる人数は、もういない。
「レムナント、出て! 次は――」
叫びながら、僕は歪へ踏み出そうとした。
また入れ替わればいい。僕が受ければいい。
けれど。
レムナントが、こちらを見た。
声はなかった。ただ、ほんの一瞬だけ――首を横に振った。
そして、視線だけで告げてくる。
『信じろ』
白い空間の中で、彼は静かに立っていた。
盾も剣も構えない。ただ、まっすぐにロゴスフォールを見据えている。
「待っ――」
次の言葉は、間に合わなかった。
論理で編まれた刃が、最後の軌道を描く。
轟音。
レムナントの身体が、正面から打ち抜かれた。
HPバーが、今度こそ完全に消失する。
彼は、膝をつくことすらなかった。
そのまま、静かに後ろへ倒れ――
【レムナントが、ログアウトしました】
淡い光の粒子となって、消えた。




