第41話 因果とカルマ①
【ミッション:Query Request
難易度:Rank 3
ターゲット:Logos Fall
フィールド:FORUM_RING.verγ】
円形の足場に、僕たちは立っていた。
滑らかな石床。その外周には、果ての見えない書架と講堂の幻影が幾重にも重なっている。
まるで、世界そのものが「議論の場」に封じ込められているかのようだった。
「……」
銀色の甲冑をまとったレムナントが、前へ出た。
その頼もしい後ろ姿に、思わず目頭が熱くなる。
「助けにきてくれてありがとう、お兄ちゃん……」
スカーレットが、ささやくように言った。
レムナントは何も返さない。けれど、その表情は少し微笑んだようにも見えた。
「フン、堅苦しいフィールドだな。アタシの趣味じゃねー」
ロックが、つまらなそうに口にした。
そんな彼女の隣にひとり、静かに立っている影があった。
黒を基調としたローブは簡素で、装飾らしい装飾はない。フードの奥からのぞく瞳だけが、妙に澄んでいた。
幼い顔立ちの少女。アバターの見た目だけでいえば、中学生くらいの年齢に思えた。
周囲を見回すでもなく、仲間に声をかけるでもない。ただ戦場の中央を見据えたまま、微動だにしない。
まるで、この舞台そのものを、すでに理解し終えているかのように。
「あなたが、サイレント?」
セラフィムが、おそるおそる尋ねた。
けれど、それに答えることなく、サイレントは呟く。
「――来る」
その言葉を合図にしたかのように、円形フィールドの中心が軋んだ。
石床に、細い亀裂が走る。
いや、違う。それは「割れ目」ではなく、文字列だった。
無数の活字が床下から滲み出すように浮かび上がり、円環を描いて回転を始める。
肯定。否定。仮説。反証。
互いを打ち消し合う論理の断片が、白と黒の光となって渦を巻いた。
「……何だ、これ」
レイヴンが、うろたえた様子で言った。
渦の中心で、何かが形を持ち始める。
人型。だけど、完全ではない。
半身は人間のように整っている。
もう半身は、無数の書頁と幾何学的な記号が重なり合い、絶えず組み替えられていた。
顔はある。
だが、口元は縫い閉じられ、代わりに額に一行の文字が刻まれている。
【LOGOS FALL】
それが、ゆっくりとこちらを見下ろした。
『結論は、すでに出ているねぇ』
断定の意思が、フィールド全体に轟いた。
セラフィムが息を呑み、スカーレットが剣を構える。
【分析フェーズ:構造可視】
システムログとともに、ロゴスフォールの視線が、一直線に僕へ向いた。
「行きます! メインタンクは僕が!」
レムナントが動くより先に、前へ出た。
大剣を振りかざし、モンスターへ一撃を入れる。
『仮説:盾役。優先排除対象に指定』
ロゴスフォールの視線が、完全に自分へ固定されたのがわかった。
――よし、ヘイト確保。
「ロック!」
僕の叫びに、彼女がうなずく。
弦を弾いた瞬間、重低音が空間を震わせた。
耳ではなく、骨に響く旋律。
全身が軽くなり、あらゆる動作が一拍だけ早くなる。
「スカーレット、お願い!」
彼女が一歩踏み出し、円を描くように舞う。
それは、敵を斬り伏せる剣閃ではなく、仲間を祝福する所作だ。
視界の端で、淡い光がいくつも弾ける。
防御、集中、耐性――支援が重なっていくのが、はっきり分かった。
僕たちは前日から、ある程度の作戦を話し合っていた。
特に、ブレイドダンサーとバードアーチャーについて。
今回は、パーティーの人数が多い。
だから、個々がバラバラに攻撃するよりも、支援スキルを持つ2人は他メンバーの強化支援にあたった方が、総合的な火力は伸びるはずだ、と。
「食らえ!」
レイブンの槍が、ロゴスフォールを突き刺した。
続いて、レムナントが斬りかかる。
「第2位階雷魔法」
サイレントが、杖を高く掲げた。
その刹那、上空から鋭い雷光がロゴスフォールへ降り注がれる。
それからも、彼女は立て続けに魔法を放っていく。
雷・氷・火。3色の強烈な魔法攻撃が、轟音を伴ってロゴスフォールのHPを大きく削っていった。
――よし。序盤の戦況は安定した。
あとは僕がタンクの役割を全うすれば――
【ターゲット:REBOOT 分析率:35%】
不穏なシステムログとともに、ロゴスフォールによる論理の塊のような一撃が、正面から叩きつけられた。
直後、視界が白く弾ける。
クリティカルヒットを示すエフェクト。僕のHPがゴリっと減少した。
「第2位階回復魔法!」
即座に、セラフィムが回復の光を放った。
それにより、一時的に持ち直したと思ったのも束の間。
敵の絶え間ない攻撃を前に、彼女の懸命な連続回復をもってしても、僕のHPバーは中央付近を維持するのが精一杯になる。
――相手の攻撃が、重くなった?
【ターゲット:REBOOT 分析率:70%】
一瞬、ロゴスフォールの動きが止まった。
半身の活字が、もう半身の腕に収束する。
文字列で黒く塗りつぶされた拳が、まるでハンマーのように振り下ろされた――
「――ぐぅ!」
視界が赤く歪む。
HPバーが、一気に瀕死の状態へ落ち込んだ。
「リブート!」
スカーレットが叫んだ。
「ダメ! 回復間に合わない!」
セラフィムが、泣き出しそうな声で言った。
彼女が最善を尽くしているのは、僕にだってわかる。
――でも、このままじゃ落ちる。どうする?
これまでの戦いで、このステージにおけるギミックが理解できてきた。
システムログに出ている【分析率】は、こちらに対する敵の「理解度」なんだ。
だから分析率が上がるほど、同じ相手に対し、攻撃の威力が上がっていく。
――それなら。
「タンク、交代してください!」
そう、レムナントに叫んだ。
彼からの返事はない。けれど、かすかにうなずいたように見えた。
【ターゲット:REBOOT 分析率:100%】
――まずい!
そう思った刹那。
「タンクスキル――『挑発』」
彼が、スキルを発動した。
すると、ロゴスフォールがわずかに硬直し、
『仮説:対象変更。再分析開始』
そうして、レムナントに相対した。
僕に来ていた攻撃がいっせいに、今度はレムナントへ向かう。
――たぶん、これであってる。
きっとこの戦いは、タンクのスイッチを前提としたステージなんだ。
なので、勝利するためにはタンクが複数いることが最低条件となる。
さすが、ランク3。
必要なメンバー数や、ギミックの理解という意味でも、今までの戦いとは難易度が段違いだ。
だからこそ、気をぬいてはいけない。
――他に、何かないか。
ただ漫然とボスを殴っているだけでは、勝てない可能性がある。
これ以外に隠されたギミックがないか。周囲のあらゆる情報に、僕は目を向けた。
……あれ?
ロゴスフォールの背後。
レムナントへ向けて振るわれる攻撃とは別に、空間の一部が、わずかに歪んでいる。
――いや。
歪みじゃない。あれは視線だ。
冷たく、機械的で、感情のない観測。
半透明の光。
球体に近い形をしたそれは、ボスの動きとは無関係に、ゆっくりと回転していた。
攻撃していない。防御もしていない。
ただ――レムナントを見ているだけ。
「……あれだ」
独り言のように、呟いた。




