第35話 0 -ゼロ- ③
【朽壊演算 ネットワーク回廊
第二層:紅蓮ログ格納域
難易度:Rank 2】
第一層の冷たい青白さとは対照的に、ここでは世界そのものが紅蓮色の炎光を放っていた。
視界いっぱいに広がるのは、巨大なログ筐体――燃えさしになった無数のサーバブロックだった。
どれも表面が黒く煤け、ところどころが赤熱している。
まるで炎上スレッドの残骸が凝固したかのようだった。
天井の代わりに、頭上には真紅の雲のようなデータ煙が渦巻き、断続的に稲光のような「怒号音声パケット」が輝いていた。
雷鳴にも似たその音は、「怒り」「憎悪」「正義の暴走」といった感情の飽和を想起させた。
思わず、足元を見る。
踏みしめる床は溶けたガラスのように赤く脈打ち、内部には炎色反応のようなバーストログが泡立っていた。
【帝都大学に謝罪しろ】
【事実無根だったじゃないか、この詐欺師】
【死亡者だって出てるんだぞ】
「――これ、炎上してる?」
セラフィムの問いに、僕は頷く。
しかも内容は、1年前の炎上事件に関するものだ。
火に囲まれたこの場所では、立っているだけでHPが削られていった。
回復のためのMPにも気を配りながら、僕たちは敵の不意打ちを食らわないよう慎重に進む。
すると、頭上のデータ雲の一部が裂け、そこから異質なログの束が降りてきた。
【JUSTICE::NULL:お前が加工したスクショ、まだ出してないな。
あいつが隠してる「矛盾」を、形にしてやれ。
@JUSTICE::CASL】
――JUSTICE::CASL? 誰?
【JUSTICE::CASL:了解。拡散は任せろ。
あの人は、危ない。誰かが止めないと。
その方法が、たとえ「嘘」であっても】
「この人、五十鈴零士の協力者?」
セラフィムが、こちらを見た。
でも、僕は首を振る。零士さんに僕以外の仲間がいるなんて、初めて知った。
「このCASLってヤツも気になるが……
コイツらが言ってる『あいつ』や『あの人』ってのは誰だ? 帝都大学の人間か?」
「お喋りもいいが、さっさと進んだほうがいいんじゃねーのか?
残り時間も、そろそろ半分を切るくらいだろ?」
ロックが、前方を指差す。
真紅のログ筐体群が、奥へ奥へと迷路のように続いていた。
走り出そうとする皆を尻目に、僕は一瞬だけ足を止める。
――零士さん。あなたは、本当は何をしたかったんですか?
相棒だ右腕だと言いながら、僕は結局、彼のことを何もわかってなかったように思えた。
だからこそ、このダンジョンはクリアしないといけない。
それが、かつて彼の協力者であった、僕の責任――そんな気がした。
◇ ◇ ◇
紅蓮色の迷路を抜けて、しばらく進んだころだった。
頭上のデータ煙が濁り、濃密なノイズが肌を刺すように広がった。
「……来る!」
レイヴンが槍を構えた瞬間、ログ筐体の隙間から、炎色に歪んだ「影」たちが次々と滲み出てきた。
形状は、人型もあれば、怪物のような異形の影もいた。
輪郭は不安定で、怒号のコメントが渦を巻く炎上スレッドのように揺らぎ続けている。
【死ね】
【許されない】
【正義のためだ】
言語にならない怒気が直接、精神を殴りつけてくるみたいだ。
――多すぎる。
影の群れが押し寄せ、包囲が狭まる中――
ロックが舌打ちをして、背中のリュートボウガンを手に取った。
「やるしかねぇだろ。全員、耳かっぽじって聴いとけ!」
その構えは、ボウガンではなく、リュートの持ち方だ。
弦を強く掻き鳴らすと、赤黒い空気を震わせて、音符エフェクトが周囲に飛び散る。
「バースト・アンセム!」
響いた音は、影たちのノイズとはまったく違う。
重低音が地面を揺らし、同時に高音が切れ味のある光となって、僕らの身体を包む。
次の瞬間――
「――っ、動きが軽い!」
レイヴンの槍が、まるで空気抵抗が消えたように滑らかに走った。
「魔法の詠唱速度……上がってる!?」
セラフィムの杖の光がほとばしる速度が明らかに速い。
僕の影刃も、まるで意志を読み取って動きたがるかのような、キレが出ていた。
演奏を続けながら、ロックが短く叫ぶ。
「強化バフだ! 攻撃力と速度の補正を乗せてる!
オラァ、暴れてこいテメーら!」
「了解! ロック、前方の牽制を頼みます! セラフィムは後衛を守って!」
僕は前に出て、影の拳を受け止めた。
衝撃で、赤いログ火花が散る――地味に痛い。
「邪魔だ、どけッ!」
レイヴンが、槍を鋭く振り払った。
敵の影を横薙ぎに一閃し、3体を消し去る。
「第2位界水魔法!」
セラフィムの声が響き、彼女の水魔法が後衛に迫る火属性の敵を消滅させる。
けれど、回復でMPが減っているのが見て取れた。
レイヴンが、僕と背中を合わせる。
「これ……キリがないぞ」
包囲はどんどん狭くなる。
影の密度も、さっきの倍になっていた。
「まるで、炎上の『再演』みたい……」
セラフィムが、苦々しそうに呟いた。
スレッドが燃えるとき、批判も擁護も正義もデマも、全部が一斉に押し寄せて、誰も止められない。
この第二層は、その「飽和状態」そのものだった。
「オイ、あれ……!」
ロックが指差した先――
迷路の奥に、血のように赤い階段が浮かび上がっていた。
「下層への階段だ!
こいつらも、違う階層へは追ってこれないはず。進むぞ!」
レイヴンの号令で、皆が一斉に走り出した。
僕は敵のヘイトを取りつつ、パーティーの殿となる。
階段まであと少しというところで、システムメッセージが現れた。
【これより先は、難易度「Rank 3」です。進みますか?
※警告※
パーティーのレベルが推奨値に達していません。
今の状態で進むのは、非常に危険です。
(入口まで戻れば、ダンジョンから脱出できます。ペナルティはありません)】
――Rank 3? それに、レベルって何?
いまだかつて、経験したことない難易度。しかも、僕たちは推奨レベルに達していないという。
MALICEにレベルという概念があることを初めて知り、困惑する。
「オイ、敵に追いつかれるぞ!」
ロックが、弦を弾いた。
青黒い矢と音符のエフェクトが複合した「音圧ショット」が放たれ、一体の影を弾き飛ばす。
「時間がねぇ。どうするか、今すぐ決めろ。リブート!」
レイヴンが叫んだ。
セラフィムとロックも僕を見る。
――行くべきじゃない。
でも、このままじゃ全滅――
「仕方ありません。進みましょう!」
どの道、他に選択肢はない。
この包囲を突破して、入口まで戻るのは現実的でないように思えた。
こうして、僕たちは第三層に進む。
「非常に危険」というシステムメッセージが、脳内に警鐘を鳴らしてやまなかった。




