第34話 0 -ゼロ- ②
【朽壊演算 ネットワーク回廊
第一層:暗黒スレッド応酬域
難易度:Rank 1】
「何だよ、ゴチャゴチャうるせーな」
と、不機嫌そうなロック。
彼女が無鉄砲に走り回ったせいで、あちこちの敵が集まってきて大変な目にあった。
「とにかく、先頭はリブート、お願いね……」
セラフィムが、呼吸を乱しながら言った。
敵の集中攻撃を受けるロックを死なせないために、回復にかかりっきりだった。
「――オイ、リブート。ロックのヤツ、どうも奏って女の人格をベースにしてるみたいだが。
アイツ、本来はあんな性格なのか?」
「……昔、不良だった頃に、似てはいるけど。
でも、だいぶ誇張されてる気もするね……」
一息ついた僕たちは、改めて周囲を見渡した。
そこは、「無限に続く通信路」のような空間だった。
足元は透過された黒いパネルで、内部にはコード列やハッシュ値が川のように流れている。
青白い光が、パネルの裏側から周期的に瞬いていた。
通路の両側には、巨大なサーバラック状の構造物が立ち並んでいる。
近づくと、ラックの内部で「レスバのログ」「トレンドの波形」「炎上スレッドの熱量グラフ」が次々と再生された。
ラックの表面には、コメント文がノイズとなって浮かび上がり、通り過ぎるたびに解像度が変化する。
【XXX:それ矛盾してるよ
YYY:根拠を出せ
ZZZ:はい論破】
天井は存在しない代わりに、頭上には巨大な通信ノード群がホログラムとして浮かび、それぞれが光の線で結ばれている。
ノード同士がパケットをやり取りするたび、波紋のように光が広がり、空間全体が淡い青へ染まった。
時々、現れるザコ敵を倒しながら、僕たちは奥へ進んだ。
すると、ノード音声は一つの「語り口」へ収束していく。
【PHANTOM/ZERO:その情報源を示せ。示せないなら、今すぐ撤回しろ。
根拠のない噂を、真実として扱うな。
君の拡散は、ただの迷惑だ。
事実に触れないなら、黙れ】
その文章を読んで、はっとなった。
ネットのどこかで起きた、不毛なレスバトル。その中であった、知らないアカウントからの投稿。
でも、僕にはわかる。
この文体、この主張、アカウント名の付け方――
「――この書き込み、たぶん零士さんだよ」
そう呟いた瞬間、周囲のホログラムがざわめくように揺れた。
まるでダンジョンそのものが、この名を認識したかのように。
「へぇ……本人の『声』が残ってるってわけか。
ここはやはり、五十鈴零士の精神回路で合ってるっぽいな。
レスバのクセが、そのまま出てるんだろう」
レイヴンが、頭上のノード群を見上げながら言った。
「つまり、この階層は五十鈴零士が今、ネット上でどう戦っているかを形にした場所……?」
セラフィムがつぶやいた。
「戦ってるっていうかよ……これ、半分『狩場』みたいなもんじゃん。
生意気なやつ見つけたら、仕留めにいってる感じ」
と、ロックが鼻で笑う。
言い方は乱暴だけど、彼女の視点は鋭い。
レスバを挑む零士。
矛盾やデマを、淡々と、壊すように追い詰めている。
前はそんなんじゃなかった。
青臭くはあったかもしれないけど、自分なりの「正義」を掲げて、それを正々堂々ぶつけるのが彼だった。
【PHANTOM/ZERO:侮辱で誤魔化すな。
それは議論の代わりにならない。
主張があるなら、理由を出せ。
感情論で穴を埋めるのはやめろ】
【PHANTOM/ZERO:逃げるな。
先に提示した問いに答えろ。
答えない限り、君の主張に価値はない】
今のやり方は、単なる弱い者イジメのようにも映る。
ネットを荒らして、相手を怒らせて、ただ恨みを買ってるだけだ。
零士さんの目的は一体、何なのだろう。
どうして彼の悪意スコアは、「極臨界」にまで高まってしまったのか。
◇ ◇ ◇
「敵、来るよ!」
セラフィムの警告と同時に、黒いパネル床の先が泡立つように盛り上がり、レス・シェード(Reply Shade)が姿を現した。
人型に歪んだシルエットのまま、全身が黒いグリッチで構成され、顔の位置には赤い「コメント窓」が浮いている。
そこに次々と自動生成の罵詈雑言が流れ、声にならない怒号がこだました。
【お前の言ってること意味不明】
【はい矛盾】
【ただの感想で草】
雑音の塊が、データの尾を引きながら一斉に襲い来る。
「うっざいな……こういうのが一番嫌いだわ」
ロックが舌打ちした瞬間、彼女の背中の弦楽器――「リュートボウガン」が淡く光を帯びた。
弦を弾くように指を滑らせると、音波の震えをまとった矢が、カチンと形成される。
「――ハーモニック・ストライク!」
誘導された二本の矢が、斜め方向から迫るシェードを貫き、黒いグリッチの粒子を四散させた。
でも、まだ残っている。
床下のコードの川から、さらに3体が姿をせり上げてきた。
「リブート、タンクお願い!」
「了解!」
僕は前へ出て、シェードの突進を正面から受け止める。
衝撃で床のパネルが振動し、内部コードの流れが歪んだが、踏みとどまる。
「セラフィム、フォローを!」
「防御魔法!」
柔らかい光をまとった魔法円が僕の周囲に展開され、ノイズ攻撃を軽減していく。
「ほらよ――終わり!」
ロックの最後の一射がシェードの胸元を撃ち抜き、残った敵影はすべて黒い粒子となって散った。
静寂が訪れ、周囲のノード群が再び青白いパルスへと戻る。
「ふぅ。第一層はこんなもんか」
そう言って、レイヴンが通路の奥を見る。
その先には下層へ続く階段が、僕たちを飲み込もうとするかのように大きく口を開けていた。
おそるおそる足を踏み入れると、システムメッセージが表示される。
【これより先は、難易度「Rank 2」です。進みますか?
(入口まで戻れば、ダンジョンから脱出できます。ペナルティはありません)】
「……どうしよう? さらに難易度が上がるみたいだけど」
「行くしかないだろ。まだ有用な情報は何も得られてねぇ」
不安げなセラフィムを尻目に、レイヴンが語気を強めて言った。
確かに、これまでにわかったことといえば「ファントム・ゼロ」という零士さんの新たなコードネームくらいだ。
「油断は禁物ですが……もう少し情報は欲しいですね。
慎重に進んで、危ないと思ったら引き返しましょう」
もし攻略に失敗したら、今回の侵入が零士さんに伝わる可能性がある。
背筋に何とも言えない悪寒を感じながら、僕たちは次の階層へ進んだ。




