第33話 0 -ゼロ- ①
「じゃあアタシ、ちょっとコンビニ行ってくるから」
目的地に着くなり、奏が言った。
そこは我が家にほど近い道路で、零士さんらしき人の悪意ホットスポットがあった場所だ。
「え、車はどうするの? 僕たちは降りるよ?」
「ゲームするんでしょ? 座ってたらいいじゃない。
この暑い中、外でレディを立たせたままなんてかわいそうよ」
ね~? と燈にウインクをして、車を降りる彼女。
『何のつもりか知らねぇが、まぁいいだろ。悠、MALICEをひらけ』
ヤマトに促されて、僕はスマホをタッチする。
すると、悪意ホットスポットの情報に、先日はなかった文言が追加されていた。
【悪意ダンジョン「朽壊演算 ネットワーク回廊」
制限時間:45分
侵入条件:4名パーティー
《侵入開始》※侵入条件を満たしていません】
「――4名パーティー?」
燈が、後部座席から僕のスマホを覗き込んで言った。顔が近い……
「困りましたね」
ここにきて、思わぬ障害に出くわしてしまった。
今、動けるパーティーメンバーは3人。言うまでもなく、1人足りない。
『マスターの野郎、そんな条件言ってなかったぜ』
「レムナントはどうかな? オンラインだったりしない?」
「……ダメですね。クラッシュ・スマイルとの戦い以降、オフラインのままです」
あれから何度かメッセージを送ったりもしたけれど、既読にすらならない。
あちらからはメッセージをくれたり、声をかけてくれたこともあったのに。
「どうする? 他に手伝ってくれそうな人、いる?」
「急に言われても……
そもそも、誰でもいいというわけではなく、適正が必要ですから」
やっぱり、朱里にも来てもらうべきだったかな。
でも、あまり無理を言うわけにもいかないし――
「別の日に、改めますか? 朱里の都合がつく日に」
『いや……ちょっと待て』
そう言って、カラス姿のヤマトが、前方の一点を見つめる。
『適性のあるヤツが、近くにいる』
僕と燈が、ヤマトの視線を辿る。
その先には、奏が向かったコンビニがあった。
「もしかして、奏さん?」
燈の何気ない言葉を、僕は即座に否定する。
「いやいや! 奏さんはやめた方がいいと思います。
あんなでもあの人、警察の人間ですし。一応……」
『違う』
ヤマトの低い声に、車内は静まり返った。
『この、喋る車――ライゲイと言ったか? オマエ、DPSの資質があるぞ。
MALICEをインストールして、オレたちの仲間になれ』
――そんな馬鹿な。
僕と燈が、センターコンソールに注目する。
すると、AIが思考中であることを示す表示が、インパネ中央の画面に映し出された。
『アプリの招待コードを入力してください』
車のスピーカーから、奏と同じような声で、ライゲイが言った。
僕は、ヤマトが諳んじた数字の羅列を、パネル上でタッチ入力する。
再び思考中の表示があったあと、
『MALICEをインストールしました。以下のアカウントを登録してください』
というセリフとともに、ポップアップが映し出される。
【M@veloseid_raigei】
――ん?
ちょうど最近、同じような文字列を見た気がする。
僕は、父のメモが入ったカバンのポケットに手をやった。
そういえば、パーティーメンバーを登録する際に、相手をIDで検索するという機能があった。
ただ、試したことはない。燈や朱里を誘った時は、僕のQRコードを読み取ってもらったから。
『悠、登録しろ。
歓迎するぜ、ライゲイ。
オマエのコードネームは「ロック」だ』
ID検索窓に、ライゲイが表示した文字列を入力した。
その瞬間、甲高い効果音とともに、画面が光り輝く。
【ユーザー:朝日 悠〈リーダー〉
コードネーム:REBOOT
ジョブ:Shadow Bringer
ロール:Tank
ユーザー:夕波 燈
コードネーム:SERAPHIM
ジョブ:Light Mage
ロール:Healer
ユーザー:ヤマト
コードネーム:RAVEN
ジョブ:Sky Lancer
ロール:DPS
ユーザー:ライゲイ
コードネーム:ROCK
ジョブ:Bard Archer
ロール:DPS】
《侵入開始》のボタンが活性化し、タップ可能な状態となる。
燈とヤマトに視線を送り、
「――行きましょう。準備はいいですか?」
こうして、僕たちはダンジョンに突入した。
◇ ◇ ◇
現実の色が剥がれるようにして、僕たちはそこに降り立った。
足元に広がるのは、闇に沈んだ巨大な空洞――でも、ただの暗闇じゃない。
網膜の裏側を直接なぞられたような、線と点の光が苛烈に脈動する無限回廊。
青白い光の線が縦横無尽に走り、空間そのものが巨大な回路図のようにうねっている。
細いケーブルのような光が天井から垂れ、床へ吸い込まれていく。
床は透明なガラスのようで、下層には高速で走るデータの粒子が星雲みたいに流れていた。
深海と宇宙のあいだを歩いているような、不思議な浮遊感――
「これが、五十鈴零士の深層ってわけか」
レイヴンが、低く呟いた。
この美しくもどこか寂しい光景を、セラフィムは興味深そうに見回している。
――ロックは……
「辛気臭い場所だなー。とんでもない陰キャだろ、ここの主」
奏のようか声がして、振り返る。
声の主は、見た目も彼女そのものだった。
深い黒と緑を基調とした、軽装ローブ。
背中に背負うのは、古いリュートを思わせる優雅な木製の弓器だ。
よく見ると、今の奏より少し若い。
それこそ、彼女が高校生だったころ、現役バリバリのヤンキー時代の――
「オイ。アンタたち、先を急ぐぞ。制限時間があるんだろ?
黙ってアタシについてきな!」
そう言うなり、ロックはダンジョンの奥へ向かい駆け出した。
――いやいやいや!
「ロック、タンクより前に出ないで!」とセラフィム。
「そういう次元の話じゃねぇ! とにかく追うぞ!」
レイヴンの言葉を引き金に、僕たちは彼女を追って走り始めた。




