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故地奇譚 ―嘘つきたちの異世界生存戦略―  作者: ユキノト
第17章 明年の期 ―メゼル―
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17-8.直せばいい

 小さい頃から注目を浴びないようにさせられていたせいだろう、リカルィデは感情を極端に抑えようとする。結果、普段は落ち着いた印象の、西洋系人形のように見えるわけだが、友達の家に初めて泊まりに行くことが、嬉しくて仕方ないらしい。年末から明年の期の連休に入って以降、ずっと上機嫌だった彼女は、今日は特にうきうきが隠し切れない。

「ここに来た時、しばらくオルゲィんとこに、世話になってたじゃん。チシュアの部屋に泊まったこともその逆もあっただろ」

「それとこれとは違うんだ」

「誘われて泊まりに行くというのが、嬉しいんじゃない」

 ふしぎそうな顔をする江間に、リカルィデが口を尖らせた。妹が郁にさほど興味がなかった頃に、何度かやった友達とのお泊り会を思い出して、郁は眩しいものを見るような気分でそんな彼女を見、荷づくりを手伝う。

 二人の部屋の入り口で「そんなもんか…」と呟き、江間は手にしていた香草茶を口に含んだ。

「着替えと寝巻と、歯ブラシと……あとなんだろ?」

「おしゃべりのお供のおやつは?」

「いる! あ、でもチシュア、太るとか言うんだ……」

「既に年頃ってこと……じゃあ、カロリーの少なそうなもの……あ、『ラテヌ』は?」

 実蜜とロロという家畜から取れるゼラチン、さまざまな果汁を混ぜて作られるグミに似た食べ物だ。

「それだ、途中で買っていっていい?」

「王都からラテヌや飴細工の屋台が来ていると、ヒュリェルが言っていたから、そこに行ってみる?」

 はにかんで頷くリカルィデは、めちゃくちゃ可愛い。愛想のない郁でさえ、あれだけかわいがってくれた祖母がもし生きていたら、きっと猫かわいがりしていたに違いないと思う。

 祖父はどうだっただろう? 王族の子を攫ってきたと言ったら……? 一生のうちで数回しか見たことのない、彼のびっくりした顔が見られたかもしれない。

「……」

 まるで自分が遊びに行くかのように、浮かれている郁を見つめ、江間が目元を綻ばせた。


 登の八刻半、あちらの世界の十時半くらいに、郁は江間と共にリィアーレ邸の前にいた。門番のグルドザと軽く挨拶を交わし、リカルィデに声をかける。

「じゃあ、チシュアと仲良くね。オルゲィ内務処長やサハリーダさんの仰ることもよく聞くのよ」

「うん、行ってくる」

「いってらっしゃい。楽しんで」

 意識もしないまま発する言葉が、記憶の中の祖母に重なった。彼女は死んでしまったけれど、郁の中に確かに生きている。

「今度はミヤベも一緒におしゃべりしようね」

「……」

 思いもかけない言葉をかけられて、ああ、そうか、と郁は目を見開いた。

 一緒にお泊り会できるような友人はもちろん、普通に話すことのできる友人も皆いなくなってしまった。でも、新しく作ることはできるのだ。

「……そうだね」

 郁はリカルィデの金の頭に手を落とし、そこを撫でた。

「エマの癖がミヤベにうつった……」

 そうぼやいたリカルィデは、次に、一歩引いた場所に立っている江間を見る。

 そして、もう一度郁を見ると、「そっちも楽しんでね」とにっと笑って身を翻し、邸に走っていった。


(そっち、も、たのしむ、それはつまり……)

「……」

 横目でちらりと江間をうかがえば、唖然としていた彼は、額を抑えながら「……マジで生意気になってきた」とぼやき、郁へと苦笑を向けてきた。

「行くか」

 そう言いながら差し出された手――とる? とらない?

 とってはいけない、そう頭の片隅が警告を発している。最近近づきすぎている気がするのだ。

(でも、婚約している“ふり”をちゃんとしなくては、彼の身に危害が行く)

 郁は出来るだけ無表情に、竹刀だこのある大きな手に、自らの手を重ねた。その郁に江間は小さく笑いを零し、手をぎゅっと握って歩き出す。

「……」

 郁にとって、江間は相変わらず理解しがたい。


「で、行きたいところ、決まったか?」

「メゼル湖、とか……?」

「そういや、城から毎日のように見てるのに、行ったことないな…」

 愕然とした顔で呟いた江間に、後ろめたさが薄れて、「私も昨日気付いた」と小さく笑ってしまった。

「なんだかんだで、必死だったんだな…」

 しみじみとした感情のこもった言葉に頷く。

「湖の周囲に遊歩道と広場があるらしくて……」

「じゃあ、どっかで昼を買って、湖畔でのんびりしながら食べるか」

「え? 江間は? どこか行きたいところ、ない?」

 彼は人と街が好きで、賑やかな場所を好むはずだ。付き合わせるだけでは申し訳ないと慌てた郁に、江間は首を傾げる。

「あー、そう、だな。本当は宮部の用事の後で、と思ってたんだけど、昼までまだ時間があるし、じゃあ、付き合ってくれ」

 江間は、郁より十五センチ高い位置にある黒目を、からかうように微かに緩めた。


「……ここ?」

 少し不均質なガラスの向こうに、上半身だけのトルソーがおいてあって、そこに赤と透明の石で作られた、金鎖のネックレスがかかっている。その横には、腕の形のスタンドがあって、それぞれの指に様々なデザインの指輪、その下には透かし彫りの籠手がはめられていた。

 領都メゼルの高級店が立ち並ぶ地区から、通りを一本隔てた区画。成長途上にある新進気鋭の店が多く集まるこの界隈は、どうせメゼルで商売をするなら、とヒュリェルが選んだ場所でもあって、彼女の店もこの奥にある。

 だから、若いデザイナーが開いたという、この小さな装飾品店の前を、郁も何度も通ったことがあるのだが……。

「俺の用事にも付き合ってくれるんだろ?」

 振り返った江間の顔に浮かんだ、人の悪い笑みに悟った。郁がここに入りたくないと、彼は知っている。

「……」

 表情を取り繕う必要性がなくなったとばかりに、郁は思いっきり嫌そうな顔をした。

「露骨すぎだ」

と呆れたように言った後、江間は器用に片眉を下げた。

「そういえば、宮部がアクセサリーつけてるの、見たことないな。ひょっとして金属アレルギーとかある?」

「……つけるの、私なのか」

「以外に誰がいるんだよ」

「江間」

「いや待て、当然俺もつけるぞ」

「一人でどうぞ」

「一緒じゃなきゃ意味がないだろ」

「……」

「何が嫌なんだよ?」

 苛立ちを微妙に混ぜ、怪訝そうに覗き込んでくる江間に、郁は口をへの字に曲げた。

「俺は見た目もいいし、頭もいい。運動もそれなりにできる。性格も少なくともお前よりいい。嫌がる理由はないだろ」

「全部あたっていると思うけど、そう言ってのけられる神経が最悪に嫌」

「大丈夫だ、本人を前に堂々とそう言ってのけるお前の神経には負ける」

「……」

 ――嫌なのだ、形に残るものは。

 髪ゴム、交換日記、鉛筆や消しゴム、キーホルダー、落書きの残るノート、映画の半券、桜の花びら……。

 郁の周りの人たちは皆、離れていく。その後、その誰かと築いた、形あるものを見るたびに、湧き上がってくる感情が嫌だ。

 行き場のないその感情は、心の暗い部分に積もっていく。そして、ある日耐えきれなって、郁はいつもその“形”を捨てた。でも、そのたびに自分の一部も一緒に壊れていく。


 不謹慎を承知で言えば、この世界で、江間やリカルィデたちと過ごしている日々は、郁の中で一生消えない時間になる、そんな確信がある。

 それでも、その江間とも、いずれ道が別れる時が来るだろう。あちらの世界に帰ることができても、できなくても。

 その時、自分は彼と築いたその“形”を見て、どう思うのだろう? 耐えきれなくなった時、手放すことができるのだろうか? 手放すことができたとして、その時はどこがどれぐらい壊れてしまうのだろう――。


「つけた方がいいことは理解する。けど……別に必須じゃないだろう」

 普段通りに響くように発したはずの声は、情けないほど小さかった。

 江間が眉を跳ね上げた。真顔になって覗き込んでくるが、見られたくなくて、郁は殊更に顔を背けた。

「宮部、お前、またなんか後ろ向きなこと、考えてるだろ」

 だが、そんなことで遠慮したりしないのが江間だ。身を傾けて、宮部の顔を追うと、じろりと睨んできた。

「そうだなあ。似合わない、どうせ別れることになる、無くすかも――そんなあたりか」

 人の顔を見据えたまま、半眼で呟いた江間に、郁は顔を引きつらせる。

「じゃあ、まず……似合う。議論不可」

(それ、理屈になってない)

「次。別れるとかない、絶対だ」

(そりゃあ、まあ、そもそも付き合っているわけじゃないし……)

「無くした時は、また買おう、また一緒に」

(だから、いずれ一緒ではなくなるという話なわけで……)

「まだ、なんかあるっけか。ああそうだ、壊れたら、直せばいい」

「……」

 郁は江間の顔をまじまじと見つめた。

(直せばいい、壊れたら……?)

 ――壊れた後、私は直す努力をしてきただろうか。

 皆離れていった、その後は? ああ、まただ、そう思って、ただあきらめた。そして、いつからか「どうせダメになる」と最初から関わることをやめた……。

≪今度はミヤベも一緒におしゃべりしようね≫

 つい先ほど別れた、リカルィデの笑顔が思い浮かぶ。

 あの子がマフラーをくれた時、断ろうとはまったく思わなかった。その理由は……私自身があの子から離れる気がないからだ。うまく行かなくなったら、努力してうまく行くようにする気だからだ。

「……なんか、いつも結局江間の思い通りになる気がする」

 思わずそう漏らせば、少し目を見張った後、彼は切れ長の目元を緩ませた。

 彼の黒い瞳は、いつも自分をまっすぐ見ると、不意に気付いた。

「わかってるなら、抵抗すんな」

「江間のそういうところが嫌いなんだ」

 睨んだのに、それにすら楽しそうに笑い、江間は扉を開けると、逆の腕で郁の背中を押した。

 店員の訪いを歓迎する声が響いた。

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