17-7.元旦(江間)
「エマ、起きてっ」
「っ、てぇっ。お、まえ、な……」
リカルィデの声と腹への衝撃で、江間は飛び起き、呻き声を上げた。
昨晩のあの後、江間は宮部と同じ毛布の中で取りとめもなく話し、明け方、うとうととまどろみ出した彼女を抱き上げて、寝室に運んだ。
最近少し変わって来たものの、普段の宮部は基本不愛想で、冷たく見えるほどに表情を変えない。そのせいもあって、あどけない寝顔が一際かわいらしい……と言えなくもないのだが、同時にその無防備さに腹も立った。
いっそ自分の部屋に連れ込んでやろうかと、もう何度目か判らない苛立ちにため息をつきながら、なんとか眠りについた時には、東の空が白み始めていた。
そのせいだろう、カーテン越しだというのに、部屋の中はかなり明るい。
「あ、そうだ。あ、あけまして、おめでとうございます?」
熟睡中に叩き起こされ、しかも腹が痛いという不快極まりない目覚めに、その原因を睨もうとしたものの、小さな幼い顔はいつになく上機嫌で、毒気を抜かれる。
実家を出るまで、弟にしょっちゅうやられていたこと、同じように怒れなかったことを思い出して、江間はため息をついた。
「明けましておめでとう、リカルィデ」
「神殿に行こう、お参り? あっち風に言うと、はつもうで?」
「わかった、わかった」
苦笑しながら、ベッドから身を起こし、伸びをした。
リカルィデが脇のカーテンをめくりあげて、射し込んできた陽光に、目を細める。
「ねえ、明日何するの? どこか行くとか、決めた? ええと、『デート』ってなんて言うんだっけ?」
ベッドにぽすんと音を立てて座り直し、足をぶらぶらさせる様子は、まるっきり子供だ。 このリカルィデに本気で恋をしているらしい、コルトナを始めとする男たちの気持ちがさっぱり理解できない。
「『デート』がなにかは知らんが……」
「一緒に出掛けること、ええと、好きなひ」
江間はリカルィデの口を慌てて防ぐと、「『デート』はデートな」と声を潜めた。
「……なんで聞こえたらだめなのさ?」
「いや、まあ、あんま言うことでもないかな、と」
「むしろ言い続けなきゃ、意識してもらえなくない?」
適当に濁そうとしたのを、リカルィデは敏感に感じ取ったらしい。目を眇めると、そんな風に言い返してきた。江間は息を吐き出し、本音を吐露する。
「……警戒される」
今、宮部に気持ちを告げても、受け取ってもらえる気がしない。それどころか言えば言うほど――。
知らず視線を伏せた江間に、リカルィデは「けいかい……」と眉を顰めた。
「ねえ、エマはミヤベのこと、ええと、結婚したいとか、子供を作りたいとかいう意味で好きなんだよね?」
「こ、ど……」
信じられない言葉を聞いた気がして、江間はぱっくりと口を開けた。
意味わかって言ってんのか!?と聞きたいが、聞いていいのか、いや、聞かないほうが……わからない。
「?」
赤くなった江間に不思議そうな顔をしたリカルィデは、直後にひどく厳しい顔をした。
「……違うの?」
「ち、がわない、と思う」
「――思う?」
「……違わない」
恐ろしいと分類するしかない、冷たい視線で見られて、江間はなんとか肯定を返した。
子供、宮部と、という言葉が頭の中で繰り返されて、江間は左手で口元を覆った。頬が染まっていくのがわかる。まずい、今の顔は、宮部だけには絶対に見られたくない。
『……』
いや、リカルィデにも見られたいわけではない。
ジィーっと見つめてくる、高く澄んだ夏空を思わせる瞳を前に、江間は顔を引きつらせる。
「あのね、それ、多分ミヤベに全く伝わってない」
「は?」
「ミヤベが鈍いのもあるけど、エマが鈍いせいもあると思う」
「鈍い? 俺が? 宮部は分かるけど……」
「……そこがダメなんじゃない?」
白い目で、もっと言うなら、よく妹がするように「最低な男」という視線で見られて、江間は再び呻き声をあげた。
「とにかく伝わってないっていうの、ちゃんと伝えたからね」
言うだけ言うと、リカルィデはベッドから飛び降り、江間の腕を引っ張った。
「それも大事だけど、早く神殿に行こうってば」
子供なのに、大人にもなってきて、でもやっぱり子供だ。
起き抜けの頭にあれこれを詰め込まれた江間は、疲れを感じて肩を落とした。
「リカルィデ、あんまり急かさないの」
扉の向こうから響いた落ち着いた声に、心臓が跳ねた。
リカルィデが「もう昼前なのに」と唇を尖らせながらも、引いていた江間の腕を下ろす。その隙に江間は顔色を取り繕う。
「おはよう、宮部」
「おはよう、江間」
自室の入り口から顔を出した彼女はいつも通りの無表情だ。昨夜のやり取りが夢だったように思えて、江間は苦笑を零す。
「ええと……」
宮部が小さく首を傾げた。眉根を寄せながら、ベッドへと歩み寄ってくる。
そして、スリッパの様な『ベドメ』を脱いで、おもむろに同じベッドにあがり、正座で座った。
「なんだ?」
何をしているのか、さっぱりわからなくて、リカルィデを見れば、彼女も顔に「?」を載せている。
「明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします」
正座の膝の上に置いた両手をすっと前にずらし、上体を傾斜させる。自然で、美しい動作に一瞬呆けた後、江間は慌てて居住まいを正した。
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」
同じように挨拶を返して、顔をあげれば、真顔だった宮部の口元がふよっと動く。それを見た瞬間、江間はふき出した。
「……ごめん、やっぱり何か変だった」
「だな。でも気持ちはわかる」
毎年こうやって、床の間のある和室で、家族と新年の挨拶を交わしていた。
この家も含めて、ディケセルの家は感覚的に洋室だ。それで、宮部は座る場所に困ってベッドの上に座ったのだろう。顔を赤くしているのが、かわいらしい。
「ニホン式の新年の挨拶の礼? こんな感じ?」
「いや、その、本当は畳という特別な床でする挨拶なんだけど、ディケセルではあんまり床に座らないみたいだから」
そこは誤解しないで、とますます赤くなっていく宮部と、狭いベッドの上で三人正座している光景がおかしくて、江間は声を立てて笑った。




