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故地奇譚 ―嘘つきたちの異世界生存戦略―  作者: ユキノト
第12章 潜入 ―メゼル―
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12-5.鉄師

「おお、やっぱ水へしに似てる! 宮部、宮部、見たか、今の? これ、崩れた部分が炭素の多い部分なんだぞ」

「……へえ」

(以外に何を返せと言うのか)

「感動が薄い!」

「わあすごい、いいものみれた」

「棒読み! って、そんなんに構ってる場合じゃねえ!」

「ぜひそれで」

 上機嫌の江間に白い目を向け、郁はため息を吐き出した。 


 今二人は師団長に入れないと言われていた、鉄の『錬場』に入れてもらって、『鉄師』たちの長、首鉄師が鋼(「これは鉄じゃない、鋼だ!」と江間に訂正された……)を熱したり叩いたりしたりするのを見学中だ。

 周りを囲んでいる鉄師たちは、みな白い、ゆったりとした長袖の巻頭衣と袴のようなものを身に付けている。かなり薄手なのもそれなのに全身を覆っているのも、火の傍で作業するがゆえの対策だろう、と郁は額に滲んできた汗を好水布でぬぐった。


 ほんのちょっと前までは、鉄処の中央にある建物にいたのだ。そこで首鉄師を中心とする鉄師たちに、バルドゥーバの鉄について原料は何かとか、質はどうかとか、製造方法はとか、話を聞いていた。

 気性が荒く、警戒心も強い鉄師たちから当然のように反発されたのを、アムルゼやロゥザリの助力でなんとか宥めて、ようやく聞き出したところによれば、バルドゥーバ産の鉄は原料となる『鉄石』、鉄鉱石の質がそのまま反映されたひどいものだったらしい。これだけの短期間にドルラーザなる生物に傷をつけられる品質を手に入れたのであれば、製法のみならずそもそも材料を変えたのではないか、とのことだった。

 それを受けてアムルゼが、メゼルディセルからバルドゥーバに高品質の鉄鉱石『鉄石』が流れている可能性はあるだろうかと疑問を口にした。ここの警護・監視責任者である第四師団長ロゥザリはそれが面白くなかったらしい。文官こそが帳簿をごまかしているのではないかと気色ばんで、またも微妙な空気になっていたのだが……江間が首鉄師の持つ短剣に目を止めた瞬間、すべては霧散した。


「なあなあ、爺さん、これ、割って硬さとかもろさとか見た目とかで分けて、使いわける?」

『これか? こうして砕いて……見ろ、こっちは十分柔らかい、こっちはそれよりは硬い、これはもっと叩かんと使えん』

「っ、小割っぽい!」

 興奮のまま日本語で話す江間が指さした、平らに伸された鉄の塊を見て、首鉄師は彼の質問にほぼ正確に答えた。


「……」

(言語の意味って何だろう……)

 人と人がわかりあうのに、言葉は絶対要件じゃないと知っているし、祖母もそう言っていた。けど、ここまで言語の存在意義を無視することもなくないか……?

 コミュ力の高さもここまでくると化け物だ、と郁は深々とため息を吐いた。

 ストーカーまがいのことを散々されてきて、自衛もしまくるくせに、人付き合い自体は面白いから好きと言ってしまえる人だし、郁には土台理解できない感覚の持ち主なのだろう。

 そんな郁に目もくれず、江間は嬉々として首鉄師に話しかけ続ける。

 剣道一家に育った江間から、祖父が居合もすること、それゆえ日本刀好きだと聞いたことがあったが、どう見ても本人も影響を受けている。

 首鉄師にもそれが伝わるのだろう。荒くれ者の多い鉄師たちにも恐れられていると評判の、気難しそうに見える首鉄師は、長いひげと眉に隠されてよく見えないが、どうも上機嫌なようで、周りの鉄師たちが驚きと興味を持って二人を見ていた。


 ここは外の冷気と無縁でひどく暑い。離れて見ている郁ですらそうなのだから、炎に横顔を照らされている江間の方は相当暑いようで、汗が雫となって流れている。が、気にするそぶりもない。


『ええと、それで……エマは首鉄師様と何の話をしているのかな?』

『私たちに伝わる、鉄の作り方? 扱い方? いや、剣?の作り方? との共通点を見つけて喜んでいるようです』

『なるほど……』

『首鉄師がいいと仰るゆえ特別に許可したのだ。だが、口外するなよ』

『感謝します』

 一緒についてきたアムルゼも微妙な顔をしているし、師団長に至っては完全に怒っているようだが、江間も首鉄師も構う気はないらしい。

「へ、使うのこっち? だけ? 剣だよな? 柔らかすぎね? あー、と、みやべー、通訳してくれ」

『……こっちの塊を使うと、剣としては柔らかすぎる?のではないかと言っています。ええと、ちょっと待ってください。「江間、炭とかと一緒にして加熱して、その後叩いて伸ばすと仰っている」』

「蓋して、一酸化炭素を発生させる? 浸炭して鍛造すんのか。へえ、こっからは西洋風なんだな。じゃあ折り返し鍛錬もないのか……」

(剣が柔らかい? しんたん?)

 訳しながら疑問に眉をひそめる郁を尻目に、首鉄師は『そっちはこれをどう使うのか』とさらなる疑問を投げてきた。

「こっちの鋼を梃子、同じ鋼でできたスコップみたいなのに積んで、紙で覆って藁灰と粘土入りの水をかけて酸素を遮断。火にかけながら叩いて塊にまとめつつ、不純物を飛ばす。で、折り返しつつ鍛錬していく。あっちの柔らかい方でも同じことをして、あとで組み合わせる……って不思議そうな顔してんなあ。こっちとあっちの鋼は炭素の量が違うんだ。こっちが硬くて、あっちは柔らかい。刀には硬さだけじゃなく柔軟性も」

「ストップ――それ、訳す必要ある?」

 そこまでいらないでしょ、と思ったが、江間だけでなく首鉄師も期待を込めた目で見てきていることに気付いて、宮部は顔を引きつらせた。

 耳慣れない言葉に四苦八苦しながら、なんとかディケセル語で説明すれば、今度は首鉄師が食いついてくる。

『なるほど、そうしてできた柔らかい鋼を中に硬い鋼を外にして組み合わせて、延べていくわけか……だが、作り手の技量がより強く問われよう。手間もかかるし、鍛錬中に飛び散りもする。量産できん。その点はどうだ』

『え、えと、ちょっと待ってください。「江間、作り手の技術次第になると仰っている。量産できないだろうとも」』

「それこそが日本刀の神髄だ……!」

「江間のロマンはどうでもい……悪かった、ロマンは分かったから、理屈を説明して。というか、ディケセル語で自分で話せば、よくない……?」

「こんな楽しい場所で言葉にかまってられるか、付き合え、宮部、絶対面白いから!」

「……面白いかどうかはともかく、それならもう少し私にもわかるように説明して。こわりとかしんたんとか分からない。あと、酸素の遮断とか一酸化炭素とか、化学的な原理まで説明するつもり? 怪しまれる……って、まったく話聞いてない……」


『……』

 うんざりした顔をしつつも結局話に巻き込まれて行く宮部を含めた三人を見ながら、ロゥザリ第四師団長は眉根を寄せた。気のせいでなければ、あの気難しい首鉄師が楽しそうにしている。

(この調子で行けば、炉も見せかねない……)

 衰退著しいディケセルが、それでもバルドゥーバとの全面対決に至っていないのは、メゼルディセルを中心に製造される高品質な鉄のおかげだ。シャツェラン殿下の意向とはいえ、その製造の場を見せることまでしていいのか、と逡巡する。


 ロゥゼリは『アムルゼ・リィアーレ』と低い声で、江間と宮部の後見をしている内務処長の息子の名を呼んだ。

『あの二人はイゥローニャだと聞いたが確かか』

『調べましたが、そもそもイゥローニャ族自体珍しいので、いまいち確証が得られておりません。ですが……』

『ですが何だ?』

『その、悪人ではない、と』

『信頼できると言いたいわけか?』

『この国に来てからの彼らの動きは把握していますし、見出してからは監視もしていますが、不審な動きはありません。バルドゥーバや双月教との対立を厭わないのも確かです』

 アムルゼの言葉は多分に個人的な印象を含んでいて、何の保証にもならない。だが、先ほどの門でのやり取りを思い返すと、ロゥザリもそれを責める気にはなれなかった。


 江間も宮部もまっすぐ人を見て、ごく率直に話す。ロゥザリの機嫌を損なう可能性を考えなかったわけではないだろうに、はっきりと自分の考えを述べ、抗議をも口にし、自分を良く見せようとすることもその逆も一切なかった。

 今もそうだ。相手に聞くだけではなく、自分の知識もちゃんとさらけ出し、意見を言っている。

 率直に認めるのであれば、好感の持てる相手だった。だが、だからといって安易に気を許していいわけではない。

(気のいい間者などいくらでもいるし、何よりあの二人は何かがおかしい。何か違和感がある――)

『……立場が変われば、悪も善も変わる。悪いが、軍でも監視をつけさせてもらう』

『承知しました。内務処でも増員します』

 ロゥザリとアムルゼが見つめる先では、江間と宮部が首鉄師と共に、ディケセルと自国の鉄器作りの工程を砂床に指で書き、比較し始めた。三人の顔も彼らを取り囲む鉄師たちもみな好奇心に満ちていて、子供のようだった。


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