12-6.千歯扱き
『こちらの記載はどうしますか?』
『ガラクタその二十五』
『“資産”目録ですので、別の表現を』
二十五回目の提案を却下され、郁は長々とため息を吐いた。
王弟の城の地下倉庫で資産の目録作りをするよう言われて二日、宮部は同じ文官見習いの女性、タグィロと一緒にクモそっくりの生物が作る巣と埃にまみれている。
そこかしこに明かりをつけているが、獣の油に芯を刺しただけの灯火の放つ黄色い光は頼りなく、ただでさえガラクタにしか見えないものの正体を、さらに分かりにくくしていた。
『では、縦、「二十センチだから……」、縦一ソケレル、横五ケレル、厚さ一ケレル半の木製板の一方、端から二ケレルに、長さ五ケレルの細木が垂直に突き刺さった物体。推定五十年もの』
『……』
『それ以外の表現がない』
いつも無表情なタグィロの顔に珍しく表情――不満が浮かんだが、郁は郁で能面を返した。
片側だけを明かりに照らされ、残り半分が真っ暗という自分の顔も、タグィロと同じように不気味に違いない。
ちなみに、こちらでは能面のことを呪子面という。悪い精霊に見込まれた子供は表情を失くすというお伽話が由来らしい。
目の前の彼女は静かに息を吐き出すと、どうやら諦めたらしい。手にした冊子にさらさら書きつけていった。
適当に手を伸ばし、触れた物体を持ち上げれば、それに寄りかかっていた別の物がごとりと音を立てた。
『次は……糸をつむぐための道具かな。ディケセル語でなんというか知っていますか?』
『ガロッシェラです。糸をつむぐための工作という意味です』
『外来の言葉ですか』
ガロッシェラという響きに、ディケセル語の糸という単語も工作というという単語も入っていない。
『古語です。現在のような糸紡ぎは『シラッキリジェ』と言います』
(シラーが紡ぐ、アキリで糸、リージェが道具、さしずめ紡糸具だな)
既知の単語を組み合わせて新たな言葉を覚えつつ、郁はガラクタをあさる手を止めた。やはり彼女はかなり博識だと再確認しながら、まじまじとタグィロを見る。
郁が文官見習として内務処に連れてこられた際、郁の面倒を見るように、とオルゲィに命じられたのが彼女だ。オルゲィやアムルゼがいない時は常に彼女が一緒で、本人には知らされていないようだが、実質郁の監視だろう。
メゼル城の外郭のすぐ横に圃場があって、食料司がそこで品種改良などを行っているのだが、そこで使われている農具が気になって見せてもらったことから、郁は彼らと犂の改良について話すようになった。そこにも彼女は毎回律儀についてくる。
あまり人のことは言えない気がするが、ずっと仏頂面で無口。何を考えているかよくわからないが、それゆえこちらのことを探られる心配もない、ある意味ありがたい相手だった。
年の頃はおそらく郁より少し上、文官見習いとして働き出して十年近く経っていると聞いた。
侍女や下働き以外の仕事の女性が珍しい城の中では、かなり目立つ存在のようだ。彼女が男性女性を問わず、周りの人から遠巻きにされていることもあって、この点でも既視感を覚える。
『なんですか?』
『……いえ』
彼女はこの世界で珍しいまでに、「科学的」な考え方をする人でもある。
郁たちがこちらに来たのは生終の期、向こうの三月で、半年以上が過ぎた。リカルィデの助けもあって、それなりにこの世界に馴染んできたと思うが、まだまだ分からないことは多い。そういう疑問を彼女に問えば、多くの場合神話や迷信、俗習などではなく、ごく現実的で納得できる答えが返ってくる。
(なぜ正式に文官として働かないんだろう。それか、城じゃなくて市井に出ればいいのに)
もう何度目かわからない疑問を覚えたが、そこまで突っ込んだ話をする間柄でもないと思い直して、宮部は次のガラクタを手に取った。
『……これ、は』
横八十センチほどの板の下、右寄りの場所から、前後に二本、木の脚が伸びている。左は一本しかないが、元はやはり二本だったのだろう。穴の痕がある。その足に支えられた板木の中央には、三十センチ弱の木製の櫛が、傾斜をつけて立てられていた。歯の太さも櫛の間隔も微妙に不揃いだが、多分千歯扱きだ。
(稲の脱穀するための道具がなぜここに……)
郁は埃をかぶったそれを呆然と見つめた。古びた櫛の一部は、欠けたり折れたりしている。
この国の主食は、土臭い香りのサツマイモのような植物の根、シガだ。長い茎の上に多数の実をつけるイネ科に似た植物はこの国にも生えているが、食用ではないようだった。郁が知らないだけで米、そうじゃなくても麦とか、脱穀を要するような植物があるのだろうか……?
『ガラクタその二十六……ではないですね』
黙り込んだ郁の手元を覗き込み、タグィロは顔を顰めた。
『っ、ご存知なのですか?』
『知っているというか、実家の物置で見たことがあるだけで、何に使うかは』
『タグィロさんの家は』
『もうありません』
ぴしゃりと言い、タグィロはまた無表情に戻る。普段に増して頑なな空気に戸惑うも、好奇心が勝った。『場所は?』と重ねて問う。
『言う必要があるとは思えません』
『あなたのことを探ろうというわけではなくて、その道具……というよりそれに付随するものに興味があるんです』
『――あなた、これが何か心当たりがあるのね?』
音を立てて、タグィロは郁へと顔を向けた。目の前で彼女の能面、いや呪子面が崩れる。
ぎりっという奥歯の音に続いて、憎悪を含んだ目で見られて、郁は眉を跳ね上げた。それから、この世界にきて久しく目にしなくなっていたその顔に懐かしさを覚えてしまった自分に、つい苦笑を漏らす。
『っ、なぜ笑うのっ』
『っと、申し訳ない。ただあなたを笑ったわけでは』
『笑っていますっ、ずっとっ、絶対にそうっ』
「……」
いきなり激昂したタグィロに、郁は呆気にとられた。
『イゥローニャのくせに、ディケセル人じゃないくせにっ、文字だって読み書きできないくせにっ、内務処長もアムルゼさまも師団長だってみんなみんな、あなたやエマに目をかけて、食料司でも我が物顔だし、鉄処にまで出入りが許されて、登用試験だって……』
ヒートアップするかと思ったのに、今度は急速にトーンダウンし、声が涙交じりになった。掠れた声で、『私が男だったら……』と聞こえる。
「……」
なだめなくては、と思うものの、何を言えばいいかわからない。
オルゲィや師団長らが自分と江間を注視しているのは、目をかけているわけではなく監視、自分も実は女……多分そのどちらも不正解な気がする。
『あなたはこの国を知らないのに、それでも私より色々できる……なんでよっ、なんでなの……』
泣き出した彼女に、郁はなすすべなく途方に暮れた。コミュ力お化けの江間にここにいてほしい、とこれまでで一番切実に思っている気がする。
『もうやだもうやだ、なんでよ…』
(そう言いたいのは私だ。言えないけど……)
郁は情けない顔で天を仰ぐと、巻頭衣のポケットからこの世界で好水布と呼ばれるようになったタオルを取り出した。




