12-4.鉄処
領都メゼルから南西の山地にある『鉄処』。山あいの台地上、川に面したその場所は、麓から常に吹き付けてくる風を受けて、昼夜問わずもくもくと蒸気と煙を吐き出している。その様子は、王弟の居城にある内務処の塔の屋上からも、遠目にうかがうことができた。
周囲には川から引き込んだ堀と壁がめぐらされていて、唯一の出入り口だという門とその前に伸びる橋の上を、製鉄に使うための炭や鉄鉱石らしき鉱物を積んだ荷車が行きかっていた。
鉄処の周りには、荷運びの人たちが一時滞在する小屋や、簡素な食事を提供する飲食店が点在していて、その間を監視と思しきグルドザたちがうろついている。鉄師と呼ばれる人々は基本壁の内で生活しているらしく、鉄処の規模のわりに周辺は寂しい感じがした。
内務処官のアムルゼと、王弟軍の第四師団長ロゥザリの案内を受け、ロバとシカを掛け合わせたようなホダの背に揺られること二時間弱、江間と宮部は、堀に渡された跳ね上げ橋を渡った。
ホダの蹄が木製の橋を踏みしめるたびに、コッコッと音を響かせる。
「いい子ね、ありがとう」
何となく気になって背の上から堀の水面を覗き込めば、意図を察してくれたらしく、ホダが立ち止まった。
川から引き入れているという堀の水は澄み、秋の日差しを受けて、底まで見ることができた。銀色の魚が複数ある尾びれと共にたゆたい、赤や黄、オレンジに色づいた落ち葉が、絡み合いながら川面を流れていく。
ホダから降り、門を警備する武装したグルドザたちに手綱を渡した。
門番の中の、上役と思しきグルドザがロゥザリに敬礼をよこした後、胡乱なものを見る目つきでアムルゼの全身を、次いで江間と宮部を眺めまわす。
この『鉄処』は代々メゼルディセル領主の管理下にあったが、内戦状態に陥ってからは実質独立状態となり、恭順を迫る様々な勢力に対抗するため、独自に傭兵を雇っていたそうだ。傭兵と言っても、ディケセル王国の誇る鉄処の窮状を見かね、国王や当時のメゼルディセル領主に見切りをつけて集まった正規のグルドザがほとんどらしく、相当強かったという。
王弟シャツェランがディケセル国王から新たなメゼルディセル領主として指名されたのは、徒党を組んだ周辺勢力に攻め込まれ、鉄処の旗色が悪くなっていた頃だと聞いた。新たにやってきた王弟によってその窮地を救われた鉄処は、彼の保護下に入ることに同意し、傭兵たちは第四師団としてメゼルディセル領の正規軍に組み入れられたらしい。
そういう経緯があって、今でも鉄処と第四師団の結びつきは強く、自治・自律の気風も衰えていないそうだ。『シャツェラン殿下だからこそ、反旗を翻されずにすんでいるだけだ』というのがオルゲィ内務処長の説明だ。
(部外者の出入りを厳しく制限しているって話だっけ……)
だからだろう、今回の訪問を内務処から打診した際も激しく反発されたという。
『内務処官一人……はまだしも見習い二人――お間違いありませんか』
さしずめ門を守る責にある彼も、紺の制服の文官しかも見習いが何の用だと思っているのだろう。
『ここが唯一の出入り口になる。この先は絶対にはぐれるな。不審な動きをすれば、即牢に行くことになると思え』
(……めんどくさい)
旅の間中ずっと不承不承と露骨な態度を見せていたロゥザリにも改めて威嚇され、郁は肩をすくめた。
『ひょっとして、俺たちがここに来るのって、珍しい……じゃないな、「異例」ってなんだっけ?』
『異例』
『それだ。かなり異例ですか?』
だが、江間はここでも江間だった。アムルゼの当惑や郁の倦怠はもちろん、ヒグマのような体格をしたロゥザリ師団長の威嚇もまったく気にしない。
『師団長にも内務処長にもご迷惑をおかけしたくないので、問題のない場所で、話だけ聞かせてもらえます? 鉄の……宮部、「性質」は?』
『性質――鉄の性質に詳しい方にお会いしてお話しできれば十分です』
『ふん、そんな話を聞いたところで、バルドゥーバに滅ぼされた民ごときに何ができると言うのだ』
皮肉に笑った師団長に、郁は郁で『それを確かめにきました』と素で返した。鼻白んで言葉に詰まった師団長が面白かったのか、江間の口元がにやっと緩み、そのすべてにアムルゼが顔を引きつらせる。
『その、バルドゥーバが聖クルーシデに攻め込んだのは、鉄の質が上がったせいだと聞いております。我が国の鉄の優位が覆される可能性がないのか、王弟殿下が懸念されてのことですので、どうかご協力ください』
『その点は軍でも懸念している。だが、“リィアーレ”殿がよくご存知のとおり、同国の者でも裏切る者は裏切る。ディケセルの凋落の端緒となった者しかり、得体のしれない者であれば、なおさら』
マイペースな郁たちのフォローに出たアムルゼに対する師団長の物言いは、さらに痛烈なものだった。
『お側におく者について、殿下におかれてはもう少しお考えいただきたいものだ』
『……』
軽蔑の混じった嫌味に、アムルゼの顔から表情が消える。
(――祖父のことだ)
彼がトゥアンナを連れ去ったというディケセル王家の嘘のせいで、リィアーレ一族がまた粗略に扱われている――目の前で、いわれのない罪をいわれのない人に擦り付けられて、郁は頭に血を昇らせる。視線をとがらせて口を開けば、肩に江間の手が落ちた。
『ご懸念、理解します。ご自身の経験ならなおさらでしょうし』
『私の経験……?』
『鉄処が十年前どこぞの領主に惨敗して鉄を渡す羽目になるところだったのも、第四師団……って当時は傭兵でしたっけ? が裏切って鉄処内に敵を引き入れたせいなんでしょ?』
したり顔で江間が頷けば、ロゥザリは一瞬で顔を真っ赤にした。
『っ、連絡に不手際があっただけで、裏切りがあったというのはただの流言だっ。そもそも私はその時ザリで指揮を執っていて鉄処には』
『いなかった――なら、責められるのは理不尽ですよね』
それまでの軽い調子が嘘のように静かに、だが強くロゥザリを遮ると、江間は真顔で彼を見つめた。
『……』
真っ赤な顔のまま、江間を睨んでいたロゥザリは、しばらくして大きく息を吐き出すと、アムルゼへと向き直り、『すまなかった。貴殿は当時生まれてすらいない』と謝罪を口にした。呆気に取られていたアムルゼが目を見開く。
『私も謝罪します。真実を知るわけでもないのに、噂だけでそうであると決めつけて、他者を侮辱しました』
『……その点も、というわけだな、嫌な奴め……。リィアーレ殿、よく知りもしない話に基づいて貴殿と、貴殿の一族を侮辱したことについても撤回する』
『あ、いや、その、どうかお気遣いなく』
苦虫をかみつぶしたような顔で、再度胸の前でこぶしを組んだ――ディケセル式の謝罪だ――ロゥザリに、アムルゼは露骨に動揺した後、一瞬だけ泣き笑いを見せた。
「……」
自分もまったく同じ表情をした気がして、郁は顔を伏せると、両頬をパシパシと叩く。
江間は咄嗟のやり取りで、もめることなく師団長から謝罪を引き出した。
驚嘆、畏怖、警戒、羨望……ぐちゃぐちゃな感情が湧き上がる。だが、一番はやはり祖父の一族の名誉を、今の状況で最大限守ってくれたことへの感謝だった。胸に下げている守り袋に、そっと服越しに手を添える。
(返さなくてはいけない恩がまた増えたな)
郁の感謝に気付いているのかいないのか、江間は『「逆ギレ」ってなんて言うんだろ……逆怒り?するかと思ったのに、思ったよりいい人だった』とひょうひょうと笑い、我に返ったアムルゼが『師団長に失礼ですよ』と慌てて窘め、『ぎゃくおこり……、っ、逆切れか! 貴様、私が謝罪もできないような男だと思っていたのか……っ』とロゥザリがまた顔を赤くする。
『あ、確かに。俺もそれ、撤回?で合っていますか? 撤回します。そっか、「逆ギレ」は逆切れか。教えてくださってありがとう』
にこりと笑った江間に、ロゥザリは言葉を詰まらせると、『……もういい、さっさと首鉄師の所に行くぞ』と踵を返した。




