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故地奇譚 ―嘘つきたちの異世界生存戦略―  作者: ユキノト
第34章 台頭 ―メゼルディセル―
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34-2.外来物

 ゼィギャクの領地を出た郁と江間は、メゼルでリカルィデを拾い、メゼルディセル領の南部に広がるセジナ洞窟を訪れた。

 この世界に迷い込んですぐの頃、疫病が流行った。その際ここの石灰岩を切り出してもらって石鹸の材料にしたという、郁たちにとって縁ある場所だ。

 なんとなく鬱蒼とした森の中に、地中へ通じる口がぽっかり開いているイメージだったのに、土地は拓かれ、多くの人で賑わっている。

 セジナ洞窟への入り口付近には、メゼルディセル軍のギャプフ村区域駐留部隊である第三師団所属の第二兵士団が置かれ、鉄処並みに厳しく出入りが管理されていた。シャツェランの命令によるものらしい。

 加えて、公的に石灰岩の切り出しが行われるようになったことで、周辺にはその関係者と家族によって、新しく村が生まれつつあった。


 郁たちは駐留軍とその村の管理官の協力を得、石灰岩の切り出しに紛れて、硝石の原料となりうる土を洞窟から運び出すことにした。

 表向きは、石灰岩を含んだ粘土によって土壌を改良するため、ということにした。もちろん深くは理解されなかったが、それはそれでかまわない。


 ターゲットの土は暗く、広大な洞窟の中、蛾によく似た生物が大量に住まう場所に見出した。

 三つに区切られた体と、胸から生えた足六本と翅二対を持つその生物は、向こうの世界の昆虫によく似ていて、食事のために夜な夜な外に出、明け方に洞窟に戻ってくる。郁たちが松明を持って中に入っても、騒ぐことがなく、それ自体は作業の邪魔にはならなかった。

 問題は、その蛾を食べに集まる、足のない生物だった。

 セジナ洞窟に住むとされる神ドルラのモデルと推測されるそれは、ビール瓶ほどの太さで、長さ六十センチほどの筒状の体をしていた。両脇に四もしくは五対の小さめの腕のようなものがついていて、蛾を捕らえるために、それを使って、壁や天井に登る。

 平べったく、横長の頭には、両端に偏った位置に赤い目が二つずつ計四つついていて、蜘蛛を思わせる。性質は攻撃的で、近寄れば、即噛みついてくる。頭の中央、縦に割けた口が左右に開き、そこから牙が前に飛び出して、というふうに……。

 総じて見た目にも性質にも精神を削られる、毒がないことだけが救いのような生き物だった。

 それらの奇妙な生物の遺骸や糞が雨に晒されることなく、長年にわたって集積した土――硝石を作るのに、理想的なものと推測された。


 石灰岩を燃やして生石灰を作る窯が立ち並ぶ区画の片隅で、アドガンがよこしたサポート兼監視の見聞処官と、江間に懐いた村の子供たちの協力を得て、硝石作りに励むこと一月。

 郁と江間は、硝石らしき結晶をそれなりの量手にいれることができた。

 だが、その用途とそれによってもたらされる未来を考えると、喜ぶ気にはなれない。硝石の作り方をこの世界の人に覚えられてしまわないかという点も、大きな不安材料だった。

 手伝いの人たちに何に使うのかと訊かれた時には、食品の保存や肥料に使うと答えたし、彼らが複数の工程に関わることはないよう、重々注意もしたけれど、条件に合う土さえあれば、ごく簡単な工程だ。全員集めて試行錯誤すれば、簡単にばれるだろう。


「火薬を使うような事態が起こらなければ、その原料である硝石が注目されることもない。この村の人たちから製造法が漏れる心配もなくなるけど……福地は硝石を作ろうとするだろうし、作成に成功すれば、すぐに火薬として使うだろうね」

 出来上がった硝石の白い結晶をガラス瓶に入れ、蝋で密閉する。これ自体、こうしてやらないとすぐ爆発したり、酸化したりするはずだ。取り扱いの面倒なそれを、郁は複雑な気分で見つめる。江間も憂鬱な顔で頷いた。

「福地は性格的に、自身の優位を確保するために火薬を独占する。火薬をこの世界に持ち込みたくない俺たちと動機は違っても、製造法をできる限り秘密にしているという点では同じはず。つまり人手が限られて、増産には時間がかかる」

「でも、バルドゥーバには奴隷がいる。製造に関わった人たちを口封じに全員殺せば……」

「あいつならやるな……。なら、硝石の製造をしているかもしれないと、福地にだけわかる程度の情報を流そう」

「そうすれば、こちらの動向を気にして、福地は火薬の使用をためらう。その間に福地を押さえる手立てを構築するしかないね……」

 祈るような気持ちで、郁たちはセジナの新しい村の人々に別れを告げた。


 そうしてメゼルに戻った時には、既に継中の期、日本でいうところの夏の盛りとなっていた。

 まずは見聞処のアドガンを訪れ、彼に硝石の作成の成功を伝えた。そして、すさまじく微妙な顔をされながら、保管上の注意と共に硝石を押し付けるように預ける。

 続いて、オルゲィに挨拶しに内務処に顔を出し、呆れながら『殿下への報告を最初にすべきだろう……』と言われて、シャツェランの元に顔を出し、そこで郁とシャツェランがまたも喧嘩した翌日――。


 食料司長セゼンジュに呼ばれた郁は、リカルィデを伴い、城の東隅にある食料司棟を訪れた。

 江間は鍛錬場に顔を出し、久々に出会うグルドザたちと盛り上がっていたから、今頃騒ぎになって隊長たちに怒られている頃だろう。

「……誰もいなくない?」

「みんなまた圃場やら出張やらじゃない」

 いつも静かなその場所は、いつも以上に人気がなくて、結局、奥の食料司長の執務室まで、郁は誰とも出会わないままだった。


 セゼンジュは奇跡的にそこにいた。彼に呼び出されたわけだから当たり前なのだが、彼が大人しく机の前にいるのを見ると、やはり驚いてしまう。

 郁たちの挨拶を聞き終えるなり、セゼンジュは『一期目のコレだ。種に向かないものだ。やる』と言って、机の上にどさりと布袋を落とした。五キロぐらいだろうか。

『……「ゲンマイ」ですね。あの貯蔵庫にあった木製の臼は、やはり「モミガラ」、種の殻を外す道具でしたか』

 紐をほどいて中を見れば、艶のある薄い茶色の米粒。向こうで見たものより、粒が小さく、丸っこい。

『ああ。石臼と違って、重みで可食部が砕けないようになっているんだな。今ゴデゥヌが改良している』

 道具作りが趣味のゴデゥヌらしい、と郁とリカルィデは顔を見合わせて、笑いを零した。


『これを水で焚いて食べるの? ……なんか硬くない? それにゴハンって白いって言ってなかった?』

『このまま食べると、栄養は高いんだけど、ええと、「消化」は……、食べ物が体の中で分解されて、吸収されることなんだけど、それがあまりよくないんだ。だから、この茶色い部分を「杵」、ええと、棒か何かで撞いて落として、水で焚いて食べることが多い』

『「ショウカ」は、多分消化のことだね』


≪御飯派?≫

≪和食派です≫

 消化にあたるディケセル語を教えてくれたリカルィデにお礼を言うと、頭の中でいつかの江間との会話が響いた。

(家に帰ったら、さっそく精米しよう。シガから取ったデンプンもあるし、ウロ豆の塩漬けを発酵させたものの上澄みを利用すれば、竜田揚げっぽいのもできるはず……)

『アヤ、なんか、顔、緩んでない? 「ニヤケテル」っていうんだっけ?』

『……「にやけている」のは、リカルィデでしょ』

『私のは郁をからかうのが楽しいからだよ。郁のニヤニヤはなんでかなーと思って』

 思いっきり睨んだけれど、年下の彼女は怖がることなく、逆に『って、コレを料理したら大喜びする人がいるからか』と笑い声を立てた。

『興味があるから、料理が出来たら、少し分けてくれ』

『……承知しました』

 真っ赤な顔をしている郁にも、リカルィデの匂わせにも、セゼンジュは自分のペースを一切崩さない。

 リカルィデの「リィアーレ一族ってやっぱ変な人、多いよなあ」という日本語交じりのぼやきが、セゼンジュに通じなくて、本当に良かった。


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