4-2.籠蛇2(福地)
「っ、福地君っ、やっと会えたっ」
「福地先輩、なんとかしてください……っ」
ざらついた感触の、黒っぽい石作りのバルドゥーバ城内は窓が基本小さく、そこにはめられた板ガラスも分厚く濁っている。
そんな暗い廊下の端から大声で名前を呼ばれ、福地は一呼吸おいてから振り返った。世話人とは名ばかりの監視が、こちらに向かってくる菊田と佐野、寺下、そして福地の表情を窺っている。
「Do not speak Japanese. Instead, speak English or the language here.」
軽蔑を押し隠して困ったような顔を作り上げ、日本語ではなく、英語かここの言葉を使え、と伝えるが、やって来た菊田は「福地君までまた英語」とあろうことか怒り出した。
帰国子女だという寺下が自分たちの監視を意識しながら、みなにわかるように話しましょう、と英語で説明し、佐野は口を噤んだが、菊田については理解できないのか、そもそもする気がないのか……。
「そりゃあんたはいいわよ、帰国子女なんでしょ? 私は日本人なの! どこに行くにもずっとついてきて、日本語で話すな、英語で話せ、あれこれ質問ばっかりで、挙句人のスマホまで壊してっ」
「……嫌になるのは分かりますが、菊田先輩、やめときましょう」
寺下に食って掛かった菊田を、監視の視線に気づいたらしい佐野が小声で止める。
(話すだけ無駄だな)
そう判断して、福地は踵を返した。
「ちょ、ちょっと待って。って、何なの、あんた!! 福地君、待ってってば」
自分を追おうとする菊田を、彼女付きの監視が止めてくれるだろうという予測は、今度も正確にあたった。
『……よろしいのですか?』
『ええ、あの人たちが言う、言いたいのは、文句、不満です』
『不満……』
『これだけ親切にして、もらう、っている、のに、自分の国でない、という、理由で、騒ぎたい、くなるようで……』
いかにも悲しい、申し訳ないという顔を作って、福地は監視と話す。
複数人で日本語で話せば策謀を疑われる――自分はその疑いにはあたらないと暗にほのめかしつつ、菊田たちへの嫌悪をあおった。
分別なく行動して自分を巻き込むぐらいなら、さっさと消えてほしい。
「福地君」
騒ぐ菊田を振り切ったのか、寺下が福地に追いついてきて、まずそれぞれの監視に向かって話しかけた。
「Could I talk with him for a while?」
語学力を買われた彼女は、自分たちの監視を含むバルドゥーバの者たちに英語を教えていると聞いた。そのせいかもしれない。監視たちの視線は先ほど菊田たちに向けられていたものより幾分緩く見えた。
だが、自分であれば、拙くとも習っているディケセル語を使う。得意そうに英語を使う、その程度の判断力が寺下の限界だろう。江間はもちろん、宮部もその辺の抜かりはなかっただろうに。
彼女は今日本の政治の仕組みについて、説明を求められているそうだ。法治主義の説明をどうすればよいか、という相談をしてくる寺下は、福地と目が合った瞬間、頬を染め、目を伏せた。以前からあることではあったが、こちらの世界に来てかなり露骨になってきた。
福地は自分をのぞいた生き残りの中で、寺下が一番マシだと思っている。能力的な意味ではなく、気の小ささと従順さ――福地には決して逆らわないところが特に気に入っている。
誰に対しても気のいい江間はともかく、宮部はその意味では使えなかっただろう。冷静で論理的だが、得体のしれないところがあって、思考を読み切れないことがしょっちゅうだった。そして、大人しく波風を立てない一方で、福地のことも江間のことすらも、歯牙にかけていない節があった。皆が口をそろえ、「何を考えているか、わからない」と言っていたから、そう思っていたのは福地だけではないはずだ。
福地は寺下の質問に答えたのち、法治主義の問題、特に人治主義と比べてのデメリットを強調して、彼女と別れる。
手駒としてとっておけるならばとっておく。だが、アドバイスはしたのだ。絶対主義のこの国で立憲主義や民主主義について触れることの恐ろしさに気づかない程度の頭なのであれば、菊田同様“退場”してもらってかまわない。
「福地君」
「……」
寺下が去り際に見せた物言いたげな視線に、軽く笑みを浮かべる。それで嬉しそうな顔をするあたり、ウフェルなどよりよほど御しやすいと再確認した。
(あとは佐野さん――)
彼女は頭もコミュ力もそれなりに高い上に、見た目も空気を読む能力も上々、加えて気が小さく、良心に囚われる。寺下とは別の意味で使えるはずだ。
「……」
廊下を自室に向かって歩きながら、窓越しに庭園をふと見下ろせば、張り巡らされた水路が灼熱の太陽にきらめいていた。緊張の中ほぼ徹夜を強いられた目にひどく痛い。周囲はすっかり砂礫に覆われたというのに、ここだけは乾季に入った今でも灌漑された水で潤い、美しい緑と花々に覆われている。
新たな噴水でも作るのだろうか、視界の左手では半裸の奴隷たちが地を掘っている。
そのうちの一人が倒れた瞬間、女の奴隷がかざす日傘の下にいるバルドゥーバ人が鞭で彼を打った。何度も繰り返した挙句、起き上がらないと見るや近づいていき、執拗に足蹴にする。その横顔は笑っている。
(……本当に命すらどうでもいいんだな)
ここは他人を道具として使い捨てて当然の世界だと再確認して、福地は目線を右方、城の中央に聳える塔へと向けた。
(つまり、うまく使えば使うほど――)
福地は塔の最上階、先ほどまで滞在していた女王の居室へと焦点を合わせて両目を眇めると、小さく口の端を吊り上げた。




