別れの日、別れの夜
これにて第五章本編は終りです。
明日、閑話を一つ入れて五章は終りとなります。
次章からフランシアとの絡みが増えます。ただ、若干タイトル詐欺ではないか悩んでいるのでそのうち変更があるかもしれません。
「ううぅぅぅ。お二人共行ってしまうんですね」
大規模討伐の結果は上々で終わり、後の仕事も恙無く終了した。大けがを負って入院していた者達も日常生活を送るのに問題ないまでに快復したので治療院には殆ど患者は残っていない。
そして本日、リオックとレイラが町を離れる日となった。この日は丁度大規模討伐が終わってから一週間が経つ。昨日付けで臨時医療従事者としての契約が終了し、治療院の方も落ち着きを見せたので予定通り出発する事にしたのだ。
「……ん、ケイト泣かない」
そして、リオックの旅立ちと共にレイラもこの町から離れる事になる。今、二人の為に今回大規模討伐でお世話になった人たちが見送りに来てくれている中、ケイトは盛大に涙をこぼしてケイトの胸に顔を埋めている。
「うぅ……、レイラさぁんー」
特にケイトはレイラがこの町に滞在する間ほぼ毎日顔を合わせていた為か、別れ際に感情が爆発してしまったのだ。
「リオックさん、今回は本当にお世話になりました」
「本当ね。貴方が居たから今回は乗り切れたと言っても過言ではないわね」
見送りに来てくれたクレンマとベレンシーは、ここ数日毎日のようにこの言葉を送ってくれる。
実際、リオックの尽力なくして麻痺患者への対応が間に合ったとは誰も考えていない。誰もがさじを投げた事を、リオックは少ない情報の中から治療方法のみならずその対策まで考えたのだから、その考えは間違っていないだろう。
「いえ、皆さんの力があったからこそですよ。ただ、私の知識がお役に立てたと言って頂けるのであれば旅の薬師冥利に尽きますね」
最初こそリオックは謙遜してその言葉を真っ直ぐ受け取りはしなかったが、治療院の者達だけでなく、多くの兵士達からも感謝されるうちに自分のこれまでの努力が認められた実感を得てその態度も少し変わって来ていた。
「先生、俺達は色々な国を回っているからよ。また何処かで会った時は一緒に飲もうぜ! しっかし、先生はちゃっかり姫さん連れてくんだから隅に置けねーよな」
「ええ、その時を楽しみにしていますね。——レイラさんとは元々知り合いですしね。元々その約束だったのですよ」
見送りには、リオックの知り合いだけでは無く、多くの探索者達を直接助けたレイラの方がおおいかもしれない。
ただ、そのレイラをケイトが独占してしまっているので、彼女を『お姉様』と呼ぶ女性陣が遠目から羨ましそうにそれを眺めている。男性探索者には散々やらかしたので、レイラの人気は女性陣寄りのようだが、それでもまとめ役を担っていたベテラン探索者達からの人気もなかなか高いようだ。
「うふふ、リオックさんみたいにマナーの良い方はいつでも歓迎ですから又いらして下さいね」
「ええ、こちらに立ち寄った時は、またお伺いさせてもらいます。寮長もそれまでお元気で」
それ程顔を合わせる事が無かった面々も見送りには来てくれていた。寮長とは毎日顔を合わせてはいたがそれ程話をしたわけでも無いのにとても良くしてくれた。ただ、唯一困った事と言ったら噂好きで色々知られたくない事の多い身としては探りを入れられるのには苦労させられた。
「ううぅぅぅ、リオックさぁぁん」
「ケイトさん、愛らしいお顔が大変な事になっていますよ」
先程までレイラの胸に顔を埋めていたケイトが何時の間にか近くに来ていた。
一度は落ち着きを取り戻していたケイトだったが、リオックの顔を見ると再び感極まったのか顔をクシャクシャにして抱き着いてきた。
リオックはそれを優しく受け止めてこの半月共に過ごしたパートナーとの別れを惜しむ。ケイトはそそっかしい処も有るが、その有り余る元気で周囲を明るくして、途切れる事なく運び込まれてくる患者に、治療する側も精神的に辛くなってきた時も彼女の明るさが皆の精神的支えになった。
それに、彼女は確り指示を出してあげればそれを完璧に熟す能力がある。サポートしてもらうならこれ程頼もしい事は無い。今回の経験を活かせば、更に難易度の高い治療にも彼女なら付いて行けるだろう。
「うぅぅ、ぐずっ。——リオックさん、私の事忘れないでくださいね」
涙で濡らした顔でケイトはリオックの顔を見上げる。
「ケイトさんの事を忘れるなんて有りませんよ。又来た時は一緒に酒場に行きましょうね」
「はいぃぃぃぃ」
もはや何を聞いても涙が出て来てしまう程感情が溢れ返っているようで、最終的に彼女のご両親が引き取ってくれた。
そんな彼女の姿に感化された訳では無いが、リオックも目頭が熱くなるのを覚える。今までも一所に長くとどまる事はあったが、それで自分が旅人である自覚を持っていたのであまり感情移入しないようにしていたが、どうやら今回は少しこの町に愛着を持ってしまった。
モンスターの領域も近く、それ程豊かな町ではないが、ここは暖かい人の多い場所だった。やはり、過酷な時間を共に過ごすとそれだけ互いの距離は縮まるのだ。
「……リオ」
「うん、そろそろ行こうか」
レイラに袖を引っ張られ、自分が少し感傷的になっていることに気が付いたリオックは気持ちを改めて皆へと向き直り、一呼吸おいて口を開いた。
「皆さん、短い間でしたがお世話になりました。私はこの町で色々な経験をさせて頂きました。これから先もこの町で培った技術で多くの人を救えるよう、努力していくつもりです。旅人の矜持としてさようならは言いません。いつかまたお会いしましょう!」
最後は言葉少なく別れをつげ、最後に一礼して踵を返した。旅人にとって別れ際とは日常の事だ。後ろ髪を引かれる思いがあろうともそんな素振りは一切みせない。その気持ちを再び訪れる誓いへと変えて次の目的地へと旅立つのだ。
リオックの後に続いてレイラも小さなお辞儀をしてその後に続く。彼女にとっても長い島生活とは違った新たな出会いと別れに何か想うところが有るのか、どこか心ここにあらずと言った雰囲気だが、それでも確りとリオックの後に続いた。
彼女のこれまでの人生では、生きるというのは日々同じことを繰り返す事と同意義だった。しかし、リオックを追って島を出て、自らと同じ気持ちを抱く者と出会い、そして、今ここで新たな友と出会い、そして別れる事となった。
同じ顔ぶれ、同じ人との繋がり、彼女は今ここで初めて生を謳歌する為の第一歩を踏み出したのかもしれない。惰性に生きるのではなく、自らの意思で目的をもって生きる事を実感した瞬間だ。
二人は振り返る事なく、暫く無言のまま街道を歩いて行く。
夏の日差しも少し和らぎ、秋の風を感じさせる穏やかな秋晴れは、二人の旅立ちを祝福してくれているようだった。
『そう、それで今隣にレイラが居るのね?』
『ああ、でも疲れが出たのか早々に寝入ったよ』
町を離れ、日が傾いてきた辺りで街道から少し離れ野営を始めた。レイラは相変わらず言葉少なく、黙々と野営の準備をしていたが、矢張り二人で旅をするとなると作業を分担できるので時間の短縮もできて助かる。
今日はリオックが料理を作ることにして、何時もより少しだけ力を入れて夕食を作った。
幸いリオックの料理はレイラの口にも合ったらしく、結構な勢いで平らげると腹が膨れたのか早々に寝入ってしまったのだ。
『ふーん、まだ悪戯しちゃダメよ』
『いや、しねーよ! 俺って信用ないのな!?』
ここ最近はお嬢も大規模討伐関係で忙しく、必要最低限の業務連絡しかしてこなかったので、そろそろ残務処理も落ち着いてきたので久しぶりの報告会となった。
最も、二人は相変わらずで互いに冗談を飛ばしたりして久しぶりの会話を楽しんでいる。
『そうそう、大規模討伐の集計が出そろったわよ』
『ほぉ……、っていっても相変わらずトップはフェロ公爵領だろ?』
『そうね。でも今回不動の2位が変動したわよ』
これまで、大規模討伐の結果で競い合いを各地の権力者達は行っていたのだが、毎回1位と2位が変わる事は無かった。それがここに来て不動の2位と呼ばれたトリンシアが動いた。
例年よりも遥かに力をいれて大規模討伐に挑み、その頂点を目指していたあのトリンシアだ。しかし、フェロ公爵領が変わらず1位を保っている中での変動となると……。
『トリンシアが落ちたか……』
『ええ、しかも大きく順位を下げたみたいね。トップ5にも入ってないわよ。因みに2位はウチのお隣のガロね』
『これじゃ何のために周囲の物資も抜き取ったのか分からなくなるな』
『そうね。もしイレギュラーがなければウチといい勝負してたかもしれないわね』
トリンシアが今回の大規模討伐に掛けた予算は例年の倍近く掛けているらしい。しかし、結果は散々な物になってしまった。
どれだけ人と物を集めても、討伐するモンスターが居なければ意味をなさない。
『あれは仕方ないだろ。何もしなければトトンの町にモンスターが雪崩れ込んだかもしれなかったんだから』
『そうね。実際リオの決断でトトンの町は救われたと思うわ。まあ、他を蔑ろにして大規模討伐本来の目的を忘れるような国には良いお灸になったでしょ』
本来、大規模討伐が行われる理由は、外敵の排除と国家収入を増やす為に行われている。その大規模討伐で小さな町に被害を出してしまえば、その復興資金で赤字になってしまう。国を富ませる為の行事で無駄に被害を出してしまっては本末転倒だ。
そう言った意味では、今回トリンシアが取った行動——国の決断は完全に悪手だった。国家を運営する上で面子が重要になる事は理解できるが、それでも民を犠牲にしていい理由にはならない。
『それにディエース教の連中が居なければきちんと大量のモンスターを融通してやるつもりだったから悪いのは裏で余計な事しでかすあいつらだろ』
『ああ、その件なんだけどね。殆どリオの予想通りだったわよ。どうやらアルテミシアが頑張ってくれてるみたいで西での影響力がかなり下がって焦っているみたいだわ。今回の事は東への進出もあるけど、西側での発言権を取り戻すために一案講じたみたい。まあ、失敗に終わったけどね』
今年の初夏に訪れたアルテミシア王国でお嬢が勝ち取った条件は、相当ミスカンティス聖国——ディエース教を追い込んでいたらしい。無駄にこちらにちょっかいを掛けてくるから牽制の意味を込めたジャブのつもりだったが、相当良いのが入ったのだろう。若しくは、元より周辺国もディエース教の影響力を下げたかったために盛大にそれを利用しているのかもしれない。
『まあ、殆ど偶然だけどな。そもそもやり方が雑なんだよな』
『まあ、急場でこさえた策だったんでしょ。予想以上に西側の動きが速いみたいだから彼らが焦るのも分からなくはないわ』
『それで失敗していたら世話ないけどな。まあ、これで大人しくなってくれたらありがたいな』
『そうね。数年は大丈夫だと思うわよ。リオが裏の人間を始末してくれたのは助かったわ』
ディエース教の実行部隊である裏の人間を始末できたのは相当大きかったようだ。この隙にお嬢の地盤を強固なものにすれば、この先多少の事では揺るがない強固な組織作りも不可能じゃない。
当然他への警戒は必要だが、一番の厄介事が無くなったのは大きい。
『それは良かった。これで安心してダンジョンに潜れるな』
『ええ、こちらも既に準備は始めてるから予定通り年越し前に始めるわよ。リオもレイラも遅れないでね』
お嬢も学園を卒業し、本格的に政に携わるようになったので、今回のダンジョン遠征の結果次第ではリオックの有り方も変わってくる。現在の仕事も軌道に乗って来たので、このまま続けたい気持ちも無くも無いが、それは今ベレッザ商会で行っている取り組みの様な形でも携われるのであまり贅沢を言うつもりは無い。
それに、一個人で叶えられる事には限界がある。その為にも、そろそろ表の世界に戻る事も視野に入れなければならないのだ。
『ああ、こちらも確り準備はしておくよ。お嬢こそダンジョン生活で根を上げないように鍛えておけよ』
『あら、誰に言ってるのかしら? でも、もしもの時はリオが助けてね』
『お、おうっ』
これより状況は加速する。これまで培った知識と、育んできた力でどんな困難だろうと乗り越えなければならない。




