討伐の終わり 、後始末の結果
本日、大規模討伐最終日。前線も徐々に町の方へと移動して行き、今日の夕方には終了の宣言がされるだろう。
治療院の方もかなり落ち着きを見せており、今では手の空いている人もちらほら見える。その中には、リオックとケイトの姿もあった。
「リオックさん、なんだか落ち着きません!」
「そうですね、数日前まで休む暇も無かったですからね」
二人は完全に暇を持て余していた。ここ数日、他の医師よりも沢山の患者を診たリオック達に気を利かせて他の人が治療を担ってくれているのだが、そうなると何もやる事が無くて時間の使い方に困っていたのだ。
「あ、二人とも今大丈夫かしら?」
そんな二人に声を掛けたのはベレンシーだった。
「ええ、何か御用ですか?」
「ちょっとね。二人にお客が来ているのよね」
「お客ですか?」「?」
ベレンシーが言うには、今回の麻痺患者の事について調査を行うに当たり、当事者であるリオックの話を聞いておきたいのだという。これが町の住民であれば大規模討伐が終わってからとなるが、リオックは臨時の医療従事者なので大規模討伐が終われば町を離れてしまうので、その前に話を聞いておきたいと調査の責任者が面会を求めているらしい。
「それって私もですか?」
「ええ、二人から話を聞きたいそうよ」
「分かりました!」
「それじゃ、案内するわ」
二人はベレンシーの後に付いて行き小綺麗な部屋の一室へと案内された。その中にはクレンマとその体面に四十代に差し掛かる堀の深い壮年の男性が居た。軍服を着こみ、真直ぐ背筋を伸ばして座る姿には厳格なものを感じさせる。
「失礼します。グラスファマ様、お二人をお連れしましたわ」
「おお! お待ちしておりましたぞ。そちらの御仁が病気の原因を突き止めた方ですかな」
グラスファマと呼ばれた男性は笑顔を浮かべて立ち上がり握手を求めてきた。
「初めまして、私は旅の薬師をしてるリオックと申します」
「ち、治療院で働いてますケイトです!」
グラスファマの岩のようなごつごつした手を握り返し、それぞれ自己紹介を済ませる。彼は正に武人といった面持ちだ。
「うむ、私はグラスファマと言う。普段は町の常駐騎士として働いているが、今回大規模討伐の妨害を行った者の調査を任されている。そこで君達にも話を聞きたいのだがよろしいかな?」
本来、調査は大規模討伐終了の後に行われるのだろうが、リオックは臨時の医療従事者なので町を離れる前に事情を聞きに来たようだ。一応、契約としては大規模討伐終了から数日は雇用日数は確保されているのでそれ程慌てる事ではないのだが、今回の事を町の重鎮達も重く見ているようで、大規模討伐に目途が立った段階で動き出してきたようだ。
「ええ、お話しする事は構いませんが、知っている事と言ったら人伝の対処方だけですが構いませんか?」
「ああ、それと君たちがこの病を人為的な物だと判断した要因も話してもらいたい」
「分かりました。それでは——」
その後、リオックは麻痺患者が運び込まれて来てからの一連の出来事を話す事になった。話の合間に、ケイトにも話を振り、互いの話の補填をするように事のあらましを語った。
グラスファマはそれを一言一句聞き逃さないように真剣に話を聞いていた。だが、この話は一緒に居たクレンマからも聞けるので態々こちらに話を聞きに来る理由が分からない。
「——なのでクレンマさんに事情を話して頂けるようにお願いしました。これであの日の事は以上です」
「成程成程……やはりクレンマ殿に指示を出したのはリオック殿でありましたか……」
「それがいかがなされましたか?」
「いえね。クレンマ殿にしては示した事が的確で、誰が今回の対応を決めたのか疑問に想っている者も居るのですよ」
ここ数日で大きく成長したクレンマだが、彼は元来人に指示を出す事を苦手としている。特に、医療とは関係無い分野で自らの意見を主張するようなことはこれまで無かったのだろう。それにリオックが指示したことは広い視野を持たねばたどり着けないような内容だった。クレンマであれば時間を掛ければ病の原因を特定することは出来ただろうが、その発生源まで辿り着けたかは定かではない。
「そうでしたか。私は怪しい処を上げただけですよ」
「はっはっは、普通はその怪しい処を考え付くのが凄いのですがね?」
グラスファマの視線は何処か相手の真意を見透かすような瞳をこちらに向ける。確かに、一回の薬師にしてはリオックの発想は異質だ。寧ろ飛躍し過ぎていると言える。だがリオックは純粋な薬師ではないし、持っている情報量も違う。
「ははは、危険な旅をしてきましたからね。普段から人一倍思慮深くしているからでしょう」
「ふむ、旅の薬師とはそれほど危険な物なのですかな?」
町に住む一般人にとっては関わる事の少ない旅の薬師がどういった物なのか知らないのも不思議ではない。これは彼が無知なのではなく、一般人の認識だ。
「そうね、余り知られていないけどかなり危険よ。基本一人旅だし、成功するまで長い年月を必要とするわよね。各国の情勢にも気負付けてないと紛争に巻き込まれる事もあるらしいわよ」
そんなグラスファマの疑問に答えたのは、意外にもベレンシーだった。
「ほぉ、ベレンシー殿は詳しいのですかな?」
「普通の人よりはね。私の兄も旅の薬師をしていたのよ。偶に届く手紙には道中であった事も書かれていたけど、毎回届く手紙には死にかけた話があったわね」
「ほぉ、それ程過酷な仕事なのですね」
実際かなり過酷だ。大抵の仕事は労力に見合った物を得られない。利益を求めるのであれば別の仕事をする方が余程楽に行える。
大抵の旅の薬師は利益よりも知識欲によって突き動かされている。更に旅の薬師を続けられるものは危険から身を守る術を身に着けられるものに自然と選別されていく。
「そうね。私の兄も早々に落ち着ける場所を見つけていなければ今頃死んでいたでしょうね」
「成程、そういった過酷な環境で身に着けた力が今回の事を解決する助けになったと……」
ベレンシーの話を聞いてグラスファマは勝手に自分で結論をだす。リオックからしたら腹の内を探られるのは困るので有難い。だが、彼が何を目的に話を聞きに来たのかが分からない。
「それで、私達の話は調査のお役にたてましたか?」
「ああ、十分参考になった。しかし、何が目的だったのか……」
後半の言葉は尻すぼみになって聞き取りづらかったが、参考になったと言いながらどうやら調査の方は余り進展がなさそうに見える。考え込む彼の姿を見てそれも仕方ないと思う。実際グラスファマの質問は漠然としたもので、情報不足が傍目にも分かる。
最も、リオックも今回の事に関しては推測の部分が多く、相手の本当の思惑にまでは辿り着けていない。グラスファマが考え付くのは大規模討伐の妨害まで、その先を調べるには町に常駐する騎士程度では荷が重すぎる。
それもこれも事が大きくなる前に事態を収束させてしまったのが不明慮な部分を増やす事に繋がったのだが、そもそも事を解決してから知った事なので今更何ができるわけでもない。それに、彼らには不幸にも作戦は失敗してもらったのでこれ以上何かをしてくる事は無いだろう。
幸い思惑を推し量ることはできなくとも、何処の国が裏に居るのかは分かるだろうから、後のことは国の中央に任せて外交でお茶を濁す事になるだろう。正直、町一つで解決するには事が大きすぎてとてもではないが不可能だ。
「グラスファマ殿、彼らから聞く事が無くなったのでしたら仕事に戻って貰おうと思うのですが宜しいですか?」
「ん? ああ、忙しい処時間を取らせて悪かった。ご協力感謝する。十分話は聞けたので戻って貰って構わない」
先程まで会話をしていたのに一人で考え事を始めたグラスファマの姿にこちらが困っていると、クレンマが助け舟を出してくれた。正直忙しくはないのだが、彼と話していてもこれ以上何かが進展するとは思えないし、余計な事も聞かれたくないのでこの流れに乗っかって部屋を出る事にした。
部屋を出るのはリオックとケイトの二人だと思っていたが、その後ろにベレンシーも続き部屋を退出する。責任者が二人も抜けるのは流石に不味いようで、この後の事はクレンマに丸投げするようだ。
その後、新たな患者が運び込まれてくることも無かったので、大けがをして入院している者達の診察を請け負う事になった。怪我の治り具合をみて薬の分量を変え、包帯を取り換える。患者の精神状態にも気を使いながらメンタルケアも行いつつ患者を回る。
そして順調に診察を続けている時に、一つの報告が届いた。
『主、報告します。作戦は無事成功。相手は大きな被害をだしつつも撤退していきました』
その報告とは、虫達に見張らせていたディエース教の本体の事だ。大規模討伐への介入を狙って待機していた兵は千にも及んだ。
当然、それだけの数の兵士がモンスターの領域にとどまっていればそれなりの被害もでていたようだが、モンスターを避ける対策はされていたようでそれ程数を減らすことなく残っていた。
だが、何時まで経っても此方の状況が悪くはならず、結局最終日になってしまい向こうの指揮官が撤退を選択して移動を開始する直前に虫人達に集めさせていたモンスターの群れをぶつけたのだ。
『そうか、斥候は確実に処理できたか?』
『はい、他の者達とは違う動きをしていたので各個撃破しました。現在、撤退中の兵を見張っていますが、不審な動きをする者はありません』
『そうか。後は適当なところで切り上げてくれて構わない。ただ、集めたモンスターが人の領域に入り込まないように適当に散らしておいてくれ』
『畏まりました。頃合いを見て処分しておきます』
『ああ、任せた。何か変化があったら報告してくれ』
『御意』
虫人の報告を受け、かねがね予定通りに進んだことに満足した。
兵士は兎も角、裏の人間を始末できたのは大きい。ディエース教が暗躍するにも十分な手足が無ければ十分な活動が出来ずに暫くは大人しくしているだろう。今回の為にかなりの数裏の者達を動員してくれたのも都合がよかった。正直予定外の事であったが、殊の外満足のいく結果が得られた。
正直、今回薬師としての活動で参加していたので周囲の動きに余り気を配っていなかったが、そこはレイラに助けられた。彼女の情報が無ければ確実に後手に回っていただろう。
兎に角、今回は予想外に色々起こったが、お嬢には楽しい報告が出来そうだ。




