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病魔の発見、病魔の対策

「うぅぅ。お婿に行けない」


「何アホな事言っているのですか。」


 リオックとケイト、二人がかりで兵士の男をひん剥いて彼の下半身は日の下にさらされる事となった。


 だからと言って全てを脱がせた訳では無い。麻痺をしている左脚が確認できればいいのでパンツは履いたままだ。ただ、彼は昨日一日激しい戦闘を行って汗をかいており、昨夜町の外で野営しているので当然その身体を清めてもいない。その結果、彼の体臭は何倍にもなって周囲へと飛び散った。


「く、臭いです!」


 治療現場では私語ひとつ発しないケイトがその臭いに堪らず素直な感想を漏らす。ケイトはこれでいて結構な美少女なので、臭いと言われて落ち込まない男は居ないだろう。


「あっ、ごめんなさい!」


 見るからに落ち込んだ兵士の男を見て、自分が失言してしまったことに即座に謝罪を返すケイトであった。


「一日戦い詰めですからね。ケイトさん、彼の足だけでも清めてあげてください」


「は、はい、分かりました!」


 そこで、リオックは気を利かせてケイトに失言を挽回する機会を与えた。兵士の男も、治療行為の一環としても可愛い少女に体を拭かれて悪い気はしないだろう。決してその臭いが我慢できないから身を清めるように指示をしたわけではない。決して臭いからではない。








「それでは診察を再開しますね」


「おうっ、頼むぜ先生!」


 身を清められた兵士の男はご機嫌な様子を隠す事無く返事を返した。リオックがどの様な意図で指示したかなど考えてもいない様子だが、彼が喜んでいるのなら問題ない。


「クレンマさん、麻痺症状を訴えている患者さんの共通点は四肢の先端から症状が出ているのは間違いないですよね?」


「え? ええ、複数の兵士の方から伺っているので間違いないと思います」


「そうですか……」


 リオックは兵士の男の足に直接触って触診をした。足の裏、指の間、足の甲を触るも、特に異変は無かったが、足の指を確認している時に爪の間に小さなゴミが付いているのに気が付いた。


 最初はそれを取り除こうとしたのだが、そのゴミは僅かだが動いたのだ。リオックはその小さな動きを見逃すことなくそのゴミを観察すると、それが小さな生き物であることに気付いた。


 クレンマへの質問は、一つの可能性への確認だった。


 その小さな生き物は、ピンセットの先端と殆ど同じ大きさで、力加減を間違えてしまえば潰してしまうほど脆弱な生き物だった。


「……なんですかそれは?」


 銀のトレイに慎重に取り出した生き物を乗せてそれをクレンマへと見せる。


「クレンマさんもご存じないですか?」


「はい、これがどうかしたのですか?」


「……まさかこれが麻痺の原因だったりするのかしら?」


 まるで思い当たる節のないクレンマに変わって、ベレンシーが確信を突いた質問をする。ただし、リオックもこの質問への明確な回答を持ってはいない。


 リオックは一旦返答を待つように手で制し、更に兵士の男の足をくまなく探すが他にはこれと言った異常は見られなかった。


 それからリオックは不確かな情報が広まるのを抑える為、ケイトに兵士の男へ服を着せる様に指示をしてからクレンマとベレンシーを伴って控えの部屋へと移動した。


「そろそろ話してくれてもいいんじゃないかしら?」


 部屋を移動した処で、ベレンシーが我慢できないようで催促するが、それはクレンマも同じようで目で訴えかけてきた。


「そうですね。これからお話しする事は人伝に聞いた話であり確証が有りませんがよろしいですか?」


「構いません、小さな糸口でも今は欲しいです」


「そうね、私達じゃお手上げなのよ。今は憶測でも情報が欲しいわ」


「分かりました。……それじゃあ——」


 リオックは一呼吸置いたのち、自分が思い当たった事を告げる。


これは人伝に聞いた話だが、ディエース教が祈りを捧げる時や、一般の教徒を集めて説法を説くときに使用する御香があるのだが、その原料は麻薬であるケシ科の植物だと言われている。それらを栽培する地域で稀にみられる病があり、現在患者が患っている症状はそれと酷似しているのだ。


この麻薬の原料は、非常に湿った土地で育つのだが、その周辺に生息する非常に小さなヒルが普段はこの麻薬の原料となる植物の汁を餌として摂取している。


このヒルが動物に付着すると、薄い皮膚から体液を注入して動きを鈍らせる。一説には生き物を眠らせ、そのまま衰弱させて殺し、ケシ科の植物への養分とするとされているが、これが一種の病として現地で語り継がれている。


基本的に、このヒルはこのケシ科の植物が生えている場所にしか生息していないのでその存在自体殆ど知られてはいないのだが、このヒルの分泌物を体内に注入されると、発症後一日ほどで全身に回り、四、五日で症状が抜け、普段通りに活動できるようになるらしい。


因みに、現地では身体を綺麗に洗った後、直接胃に流動食や水を与えて放置が基本らしい。痰が咽を詰まらせる事もあるので、管を二本差し込んで食事と呼吸を無理やり行う強引な対処治療をされるが、これが最も確実で簡単らしい。


最も、これは全身に症状が出た場合で、症状が出た段階で原因であるヒルを取り除けば、回復は早い。


自然界であれば動けなくなったところで更にヒルが集まり、数の力もあって身体が動かなくなるのにそれ程時間は掛からず衰弱するらしいが、これは人が適切に対処するのであればそれ程危険ではない。


「成程……、それで、先程見つけたあの小さなものがそのヒルであると?」


「正直、確証は有りませんが他の患者さんも確認して、これと同じものが見つかればその可能性は高いと思います」


「……でも、なんでそんな離れた地の生き物がこんな場所にいるのかしら?」


 そう、ベレンシーの言う通り本来この生き物がこの地で見つかるなど有る筈がない。だが、それが人的に齎されたとすれば別だ。


 誰がどんな意図を持って持ち込んだのかは分からないが、十中八九碌な事でない事だけは分かる。


 それに、レイラが教えてくれた怪しい者達の事も合わせれば、これを行った組織を断定するのは難しくはないだろうが、その意図は謎のままだ。


「……あ、この症状が現れた探索者の方は居ますか?」


 ふと先程の部屋に居た者達の共通点を思い出した。それは、麻痺症状が現れた者達の格好が統一されているのだ。鎧こそ外されているが、着ている服は多少の個性こそ出してはいるが、基本的に統一された服装をしていた。


「そういえば、患者は兵士からしか出ていないわね……」


「そうなると兵士が配置された場所にこの生き物が仕掛けられたと言う事でしょうか?」


 クレンマも、先程のリオックの話を聞いてこれが作為的に行われた事だと思い至っているのだろう。だが、この類の生物は環境の変化に非常に弱い。湿地帯であればエサがなくとも数日は生きられるだろうが、この地域は何方かと言えば乾燥した気候なので、解き放てば一日と経たずに死に絶えてしまうだろう。そうなるとこのヒルを生かしつつ兵士へばら撒いた方法はある程度限られて——。


「リオックさん! 終わりましたよ!」


 三人が三人とも思考に耽っていると、仕事を終わらせたケイトが顔を出した。三人が離れてからそれなりの時間が経っていたようで、ケイトが呼びに来たようだ。


「ああ、お疲れ様です。お任せしてしまって申し訳ありません」


「いえ、リオックさんのサポートが私の仕事ですから! ただ……あの方が履いていたブーツは臭いが酷かったのでズボンを履いて頂いただけですが宜しかったですか?」


「ええ、それで構いま——臭かったですか?」


「えっ!? あ、いや……その……」


 彼らが身に着けていたブーツはどれも皮製の物だ。皮製の装備には共通した弱点がある。それは、通気性が悪く非常に蒸れるのだ。彼の臭いが酷かったのも、これが原因の一つと言っても過言ではない。


「そう言えば兵士の方々の装備は非常に統一性がありますが、トトンの町では装備を完全に統一する決まりがあるのでしょうか?」


「え? そんな事は無いと思いますよ」


 リオックの突然の質問に、ケイトはキョトンとした顔で小首を傾げながら返答を返してくるが、その返答は別の処から帰って来た。


「そう言えば、今回何処も物資が足りていない中で、防具類の数だけは最初から規定数用意されていたと聞いたことが有ります」


 返答を返して来たのはクレンマだった。彼も詳しい事は知らないらしいが、大規模討伐に当たり各組織の長が顔を合わせる時に当然物資不足の話にも上がったらしいのだが、兵士の確保が間に合っていない中、当初予定していた人数分の防具類だけは他国の商会の協力もあって数の確保が出来ていたらしい。


「それはまた……何とも臭いますね」


 状況証拠からの推測になるが、防具類の確保だけ間に合っていたなど、これが偶々都合よく数を揃えられる商会が現れるなど在り得ないだろう。


「そうね、でも今は患者が優先だわ。応援も読んで一旦麻痺患者を全身隈なく確認しましょう。特に麻痺が発症した場所が怪しいわよね?」


 思考が今回暗躍している者達に向かっていた処で、ベレンシーの言葉で強引に本来の仕事へと意識が向けられる。


「そうですね。ただ、現在麻痺に掛っていない者にも同様のリスクがあるのでそちらはクレンマさんにお任せします。取り敢えず兵士が使用している防具の余剰在庫があればそれをいくつか解体して、麻痺の感染源の確認と現在麻痺を興していない前線の兵士への防具の浄化を徹底させて下さい」


「ええ、任せてください。各組織の代表者はみな顔見知りですので早急に対処するように要請します」


 それぞれの役目を決めた処で、皆自分の仕事へと向かう。クレンマは治療院を離れて大規模討伐の全体を指揮している本部へと赴き、ベレンシーは手の空いたものを呼びに行き、リオックとケイトは今麻痺患者を世話している者と協力してヒルの確認を始めた。


 未だこの小さな生き物が麻痺の原因と断定できないが、初期治療が早期回復へ繋がるとなれば座して待つわけにもいかず出来る事から対処する事にする。それにリオックにはかなり高い確度で確信があるので、症状が軽微の者であれば明日にでも変化があるだろうと予想していた。


 そして、この日リオックは一生分の「もうお婿に行けない」を聞く事になるのであった。





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