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激務の現場、手札の数

「————————!」


「……ん、なんだ?」


 外の喧騒に起こされ、リオックは目を覚ました。


 意識を外の喧騒に向けてみると、それは誰かが演説を行って人々を鼓舞する声が聞こえてくる。


 そしてその演説に暫く耳を傾けていると、次第に頭が覚醒してきて、今日が大規模討伐初日だと言う事を思い出す。


「……ああ、もうそんな時間か」


 窓から差し込む朝陽は、早朝と言う事もあって夏の太陽としては柔らかい日差しをしている。


 討伐に赴く者達は、朝早くから活動を始めるが、一部を除いて医療関係の人はそれよりも少し遅い。


 前線付近の治療所を除いて、本格的な稼働は討伐が開始されてからとなるからだ。


 普段より少し長めの睡眠を取ったリオックは、一つ大きな伸びをして着替えを済ませ準備を整える。


 顔を洗う為に井戸へ向かうと一段と喧騒は大きくなり、人々は雄叫びを上げていた。そして一際雄叫びが大きくなった処で、雄叫びは多くの人が地を踏みしめる音へと変わる。


 どうやら本格的に大規模討伐を開始すらために戦闘員は町の外へと移動を開始したようだった。







「あ! リオックさん、おはようございます! こっち空いてますよ!」


「ケイトさんおはようございます」


 準備を整えて朝食を取りに食堂に着くと、席を探していた処で声が掛かった。


「凄い雄叫びでしたね! 私も思わず叫びそうになりました!」


「ははは、ケイトさんは気合十分ですね。今日はよろしくお願いします」


「はい! お任せください!」


 ケイトは朝一だろうと関係なくいつも通り元気いっぱいだ。寧ろ今日から始まる大規模討伐に若干興奮しているのかいつもより割増しで元気だ。


「それにしてもケイトさん、朝から凄い量食べるのですね」


「ふんでむかぁ?」


 ケイトは口いっぱいに食べ物を詰め込んだ状態で返事を返す。そのケイトの目の前には、皿に山盛りにされた朝食が積み上がっていた。


「そうですか? 今日は忙しくてお昼が食べられないって聞いたので沢山食べる事にしたんです! それに他の人も何時もより多めに食べてますよ」


 そう言われてリオックが周囲を見渡してみると、確かに他の人もいつもよりも多めの朝食を取っていた。


 考えてみれば、これから始まる医療現場は体力勝負だ。それに今回は医療従事者の数も規定に達していないので、治療が出来る人は特に忙しいだろう。


「確かに……でもケイトさん、食べ過ぎで動けなくなるなんてことは駄目ですからね」


「んっ!?」


 再び口いっぱいにシチューを頬張ったケイトが、リオックの忠告を聞いてから固まった。


 確かに周囲の人もいつもより多めの朝食を取ってはいるが、彼女が食べようとしている量はその比ではない。軽く見積もっても三人前は超えているだろう。


「だ、大丈夫ですよ~。私どれだけ食べても太りませんから!」


 見当違いな返事を返すケイトだが、思いの外その余波は大きかったようで、周囲のうち何人かが固まるのが見えた。


 女性の世界では強力なアビリティである『どれだけ食べても太らない』は多くの女性が欲してやまない。彼女はそれを所持しているだけで多くの女性から羨望の眼差しで見られるのだろう。


 だが、このアビリティは諸刃の剣でもある。


 人は自分が持たない物を欲する生き物だ。だがそれでも手に入らない物を持っている人がいた時、それは妬みへと変わる。


 ケイトは今間違いなく職場の先輩の何人かを敵に回したに違いない。


「そうですか。まあ、動けなくても無理やりにでも働いてもらいますからね」


 ただでさえ人が足りていないのだから、食べ過ぎで働けないなど許すことは出来ない。リオックは稀に見せる黒い笑顔で答えた。


「ひゃ、ひゃい! お、お代わりは控えます!」


 素っ頓狂な返事をした後、お代わりしない宣言である。ケイトはただでさえ大量によそっているのに、更に食べるつもりだった事に若干の呆れを覚えたが、多少の自制心は残っているようなので、この話はここで終わらせておこう。


「そう言えば、昨晩ケイトさんはご家族と夕食を共にされたようですね」


「あ、はい! 両親にはヘマをしないように最後の確認だって色々詰め込まれました」


 どうやらケイトの両親は彼女が何かやらかさないかを心配しているようで、昨晩はディナーと言う名の教育が行われたようだ。答えを返したケイトの笑顔が若干引きつっているのがその証拠だろう。


「あはは、それは頼もしいですね。期待していますね」


「はい! お任せください!」


 リオックの言葉に、ケイトは一瞬で満面の笑みへと変えた。ここ数日の彼女の姿を見ていれば分かるが、彼女はかなりそそっかしい。


 普段はそれでよく怒られているが、彼女は常に一生懸命だから誰もがなんだかんだと世話を焼いてしまうのだろう。


「私も初めての経験ですからお互い頑張りましょう」


「ふぁい!」


 ……再び頬を一杯に膨らませて返事を返すケイトの姿に、流石のリオックも苦笑いを浮かべて笑みを返した。








「ケイトさんっ、解毒薬Bと止血剤、それに傷薬と包帯をお願いします」


「はい!」


 リオックの支持に従って、ケイトは次に必要になる道具を揃えていく。今朝の朝食風景は幻だったのかと思うほど、現在の状況は慌ただしい。


 大規模討伐が始まって早半日、次第に増えていく患者に医療従事者達は常に運び込まれてくる患者に追われている状態だ。


「リオックさん、準備できました!」


「ありがとう。患者さんが暴れないように押さえていてください」


「は、はいっ!」


 既に何人患者の治療を熟したのか分からなくなるほど忙しない現場だが、一向に落ち着きを見せる様子も無く次から次へと運ばれてくる患者達。それでも今この場に居るのはごく一部なのだ。


一応口の利ける患者の話を統合すると、例年よりもモンスターの数が多いらしく、上位個体の数も予測していたよりも多いらしい。


 更に指揮を取る一部の騎士が功績欲しさに突出してしまい陣形が乱れ、慌てて残りの騎士と探索者も陣形を維持するために無理をしたので怪我人が増えたようだ。特に陣形を組んでいた兵士達の被害が大きく、ただでさえ戦力が整っていない兵力が更に弱体化したらしい。


 ただ、幸いにも現在の戦線は安定していて、ここからの巻き返しも可能らしく、功を焦った騎士は指揮権を取り上げられ、他の優秀な者が後を継いだようだ。


 戦場では上位の騎士やベテラン探索者が指揮しており、彼らの采配で次第で負傷者の数が大きく変わってくる。消極的に動いた結果被害を増やすのは愚の骨頂だが、功を焦って無駄に人的被害を増やすのもまた愚かな行為だ。


 現在、指揮を取っている者は探索者との連携にも理解を示し、事前にたいした打ち合わせもしていないのに上手く現場を回しているらしい。


 ただ、それでも規定に達していない兵数しか動員できていないので、少なくない被害がでている。


 その結果、治療院には治療が追いつかない程患者が運び込まれている。今、想定以上の患者を抱えている治療院には、部屋に収まらない患者が廊下にまで溢れかえっている。


 当然、そうなると治療が遅れて患者の苦痛は長引く事になる。そんな患者達が、今も苦痛に耐えて治療を待っている状態だ。


「よしっ、こちらの患者さんの治療は終わりました。後のことはお任せして次に移りましょう」


「はい、分かりました!」


 そんな忙しい中でも周囲から異色の視線を向けられているのがリオックとケイトのペアだ。この二人は、他のペアが一人の患者を治療するのに対して、二人、三人と治療を完了していく。


 臨時で雇い入れたリオックのその腕もそうだが、普段そそっかしいケイトが受けた指示を的確に熟していく姿にも、普段の彼女を見ている治療院の者達からしたらその姿には驚きを隠せなかった。


 次の患者へ渡り歩くリオックの後ろを、薬品を乗せたカートを押したケイトが後を付けて回る。普段の診療では医師の元に患者が訪れるが、今は一分一秒を争う状況なので、治療出来る者が患者を渡り歩いてその他の雑務には他の者が当たる分担がされている。


 リオックが担当している患者は、比較的軽傷の者から手術を必要としない中度の怪我人となっている。最も、簡単な傷の洗浄や縫合も含まれるので多少の外科知識も必要とする。


 一般的な薬師であればそのような治療行為は出来ないのだが、旅の薬師として活動する中で外科技術が必要とされる局面は多い。だからこそリオックは人手の少ない治療院からしたら有難い存在だろう。


「ああ、これは折れてますね。骨折部を固定するので少し我慢してくださいね」


「ああ、一思いに頼むぜ、先生」


 それに、旅の薬師とは一般人からしたら一種の医者と同一視する者もいるので、かなり幅の広い治療知識を要求される。社会的立場が不安定な旅の薬師は、治療行為を断ると困る場面も多々ある。だからこそ幅広い治療技術を収める事に努めるのだ。


「ケイトさん、そちらを抑えてください。……それでは3カウントで行きますよ。3——」


「おっ? いでででででで、先生3カウントじゃねーのかよ!?」


「あははは、1と2を飛ばしただけですよ。嘘は付いていません。……はい、後は固定して終わりです」


「はーこんな先生もいるんだな。医者ってのはもっとお堅い人ばっかだと思ったよ」


 リオックはそんな探索者の言葉に少し意地の悪い笑みで返す。


 普段からマニュアルに従った治療しか行っていない医師たちに比べ、リオックは相手に合わせて柔軟な対応をするのも治療時間を短縮するのに一役かっていた。時に軽口を叩き、時には冗談を言って患者の精神的負担を軽減する事によって円滑に治療を進めるのだ。


「後の治療は他の者に引き継ぎますのでそのまま動かずにお待ちくださいね」


「ああ、助かったぜ先生」


 だからこそリオックの口調も普段より軽い物になる事もある。


 これは普段から色々と使い分けをしている彼だからこそできる事だ。ちょっとした小技だが、これが意外と人間関係を円滑に進めるのには役に立つ。


 リオックとケイトはその後も休む暇もなく、次々と患者の治療を行っていき、結局最後の患者を診終えたのは夜も更けた頃だった。


 治療を終えた頃には、他の面々もその顔には疲労の色が見て取れた。特に治療を主に担っていた者達の疲労は大きく、その後のミーティングもそこそこに夜間勤務の者を残し寮へと戻る。


 リオックも最低限次の日の準備をした後は、ケイトと共に簡単に遅い夕食を取って就寝することにした。彼にとってもこの様な現場は初めての経験なので想像以上に疲労が大きく、ベッドに横になるのと同時に深い眠りへと落ちて行った。




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