会議の行方、責任の所在
「これでこの薬も規定数完成ですね。あとリストに記載されているのは傷薬だけですね」
「……凄いわね。予想よりも早く揃えられそうね」
太陽が直上に上った頃、調薬室ではこの様な会話が行われていた。昨夜はあれからケイトの独壇場となり、娼館の話は有耶無耶のままに終わった。後は此方が娼館へ行く素振りを見せなければこの話が蒸し返される事は無いだろう。
そして薬の作成が順調なのは、昨日リオックが薬の中間素材の作成に時間を取られたのでそれ以外の作業ができなかったが、今日は朝から他の薬師に交じって薬の調合を行った。
その結果、本来の作業工程を前倒しして作業が進み、残りは最も足の速い傷薬のみとなった。
それに単純に作業人数が増えただけではなく、リオックが齎した技術と、昨日早めに仕事を切り上げた為、薬師達が十分な休息を得る事が出来た結果本来のポテンシャルを十分に発揮出来た事も大きい。
その証拠に、薬師達の目元を染めていた隈が消え、見るからに気力が漲っている。それはベレンシーも同じで、目の下にあった隈が消えたことで出会った頃よりも明らかに若々しく見えた。
「失礼するよ」
そんな順調に作業が進み、先日まで漂っていた重い空気が払拭された部屋に一人の男が入って来た。
その男はこの治療院を纏めるクレンマであった。
「あら? どうかしたの?」
「どうかしたの? じゃないよ。今日は全体で会議をすると伝えてあった筈だよ。……その様子だと忘れていたようだね」
クレンマに言われてその事を思い出したのか、ベレンシーは手を打って納得のいった顔をした。
「その様子だと私が頼んだ伝言も伝えて無いのだろうね」
「……ええ、何だったかしら?」
「いや、いいよ。今目の前に伝える相手がいるから直接はなすよ」
そう言ってクレンマは此方に振り向く。場の流れ的に、伝言を伝えたかった相手とはリオックの事だったようだ。
「リオックさん、これから大規模討伐に向けて会議を行うから参加してほしい。薬師の方は忙しいだろうが時間を作って貰えないだろうか?」
「私もですか?」
「ええ、会議に参加する者は大規模討伐期間中に直接治療行為を行う者で行います。だからリオックさんにもできれば参加して頂きたい」
「そうですか。幸い作業は順調ですから構わないかと、ベレンシーさん構いませんよね?」
いくら作業が順調だとは言っても、薬関係の責任者はベレンシーなのだからその意向を無視できない。
「そうね、残りは纏めて作るからそれ程人数を必要としないでしょうし構わないわ。どの道私も行かないといけないなら一緒に行きましょ」
ベレンシーの許可が下り、その後の作業の指示を済ませた後、会議に参加する一行は会議室へと向かった。
会議は踊る、されど進まず。なんて言葉がある。多少意味は違っているだろうが、今目の前で行われている会議はそれ程不毛だ。
今回の大規模討伐では色々な物が不足している。リオックが携わった薬関係でも薬草が不足していたのだ。当然、それ以外にも医療関係の物資は不足している。
まず治療には欠かせない清潔な包帯の数が圧倒的に足りていない。更に、予想していたよりも医療従事者の集まりが悪く、既定の人数に達していない。その他にもこまごまとした物が何もかも足りていないらしい。
それに対してどのように対処するかの話し合いが行われているのだが、どこも真面な意見を出す事が出来ずにいる。
しまいにはその責任を他者に押し付ける始末だ。最早会議の体を成していない。そもそも大規模討伐目前にしてするような会議の内容ではないだろう。
「取り敢えずその案件は一旦保留にしましょう。——次は調薬室の進行状況をお願いします」
議長を務めるクレンマから、調薬室の責任者であるベレンシーに向けて話が振られた。
「はい、我々は当初の予定通り、期日までに既定の数量薬を完成させられる見込みです。現在傷薬以外の薬品はすべて完成しており、各所に配布している処だわ」
ベレンシーの報告を受けて、会議室には小さなどよめきが広がった。本来、こういった事業で最後まで忙しいのは薬師が務める部署である。その部署が最も順調に仕事を熟しているとなると驚きの一つも覚えるだろう。
「それに、今回の大規模討伐の状況を鑑みて、こちらのリオックさんの協力の元、リストは有りませんが増血薬の作成も計画してるわ」
ベレンシーに名指しされた為か、皆の視線はリオックに集中した。流石にこの状況で無反応を貫くのは居心地が悪いので小さく頭を下げてお茶を濁す。
「流石……と言った処だね」
そんな中、議長を務めるクレンマの呟きはけして大きなものでは無かったが、その声は会議室の面々の耳に届いた。
この場では部外者であるリオックが注目を浴びるのは望む処では無いのだが、現状の打破を狙ったのかクレンマが今度は明確に意図を持ってリオックへと話しかけた。
「リオックさん、貴方からも何か意見を頂きたいのですが、何か良いアイディアは無いでしょうか?」
会議に参加するメンバーで決められない事を一人の部外者に求められても困るのだが、これ以上無意味な時間を過ごすのに耐えられなかったリオックは節々ながらも口を開く。
「それは先程会議で上がった議題で間違いありませんか?」
「はい、現状様々の物が不足しています。それに対処する案があったら是非ともお願いしたい」
クレンマも、先程までの不毛な会議に辟易していたのか、ストレートな言葉で返して来た。
「そうですね、幾つか思いついたことが有ります——」
そこからリオックは、現状でも対処可能であろう方法を次々と述べて行った。
まず、足りない物資は代用できるものを町の中から集める事、清潔な包帯を確保するのは難しくても、未使用の布を確保して包帯代わりにすることは可能だ。
続いて人手が不足している事は、過去に医療従事者として働いていた者を探す事と、仕事の細分化を行って、簡単な治療行為を他のスタッフに回す事を提案した。簡単に言ってしまえば、診察を専門にする人を決めて、簡単な治療であれば手順の説明をして任せるのだ。
現状では診察から治療の対処まで治療行為を行える者とそのサポートをする人だけで回すようにしているのを、その枠を広げる形を取る。
その他にも、先程まで他人に押し付け合っていた作業の改善案をリオックは次々と提案していった。
「——これで現在の状況でも対処が可能になると思われます。如何でしょうか?」
そしてリオックの話が終わる頃には、周囲の人は呆けた顔をしていた。勿論、その中にはクレンマの顔も含まれている。そんな中唯一人、ベレンシーだけは何故か一人頷き納得していた。
「……え、ええ、素晴らしい意見です。どれも現実的で実現可能と判断します。——皆も先程のリオックさんの意見に反対は有りませんね? とにかく時間が有りません、先程の内容を各自担当する者は不備が無いかを確認した後実行してください」
そして、これといった反対意見が出る事も無く、その意見は各部署が分担して実行する事となった。
会議に参加していた者達は次々と自分の仕事をする為に退出していき、残ったのはクレンマとベレンシー、そしてリオックだけとなった。
リオックとしては、会議と言いつつ自分の意見を一方的に受け入れて即決定してしまうなど、会議をする意味があるのか疑いたくなる。これで不備があって文句でも言って来ようものなら理詰めで追い込んでやろうと心に誓った。
「いやはや、流石リオックさんですね。素晴らしい提案をありがとうございます」
なんとも白々しい態度でクレンマが話しかけてくる。あの場でリオックに意見を求めたのはクレンマだ。議長をしながらも皆の意見を纏める事もできずに此方に丸投げしたのだから、問題が起こった時の責任は一手に受けてもらおう。
「いえいえ、若輩者が思い付きで考えたことです。幾つも不備が起こると思いますので、クレンマ医院長にはその調整をお願いしなければならないのが心苦しいです」
「え、ええ、それが私の仕事ですからね」
実際、リオックが話したことは会議の中で聞いていた内容への対処方法だ。その中には各部署で起こり得るだろう差異は考慮されてない。
いや、それでもリオックの話した内容には一本の芯は通っていた。しかし、今抱えている問題の数が多すぎて、この短時間で考えた内容ではどうしても不備が出てくる事は明らかだ。
その対処をクレンマに確り行ってもらう。こちらの話を殆ど鵜呑みにして採用したのだから、それらを確り監督してもらわなければならない。
「さて、私達も仕事が残っているので急ぎ戻って作業を進めましょう。行きましょうかベレンシーさん」
「そうね。それじゃあお先に失礼するわクレンマ」
「ええ、残りの作業もお願いしますね」
クレンマが余計な仕事をこちらに振る前にリオックは強引に話を切り上げる。退出する際にチラリと見たクレンマの顔が引きつっているのは決して気のせいでは無いだろう。
その後ベレンシーと連れ立って残りの仕事を片付ける為に調薬室へと向かう。調薬室へと向かう途中、院の中は様々な人が慌ただしく動き回っていた。
先程会議で決まった事を実行する為に、追加の書類を作る者、新たに物資を確保するために慌ただしく飛び出す者、そして人員の確保に交渉に赴く者など、そこにはこの数日で最も忙しく人々が動き回っていた。
そんな忙しない中、廊下を進んでいるとベレンシーが徐に話し出した。
「クレンマも医師としては優秀なんだけどね。今回の様に大規模討伐で人を纏めるのは初めてなのよ」
「? これまでは何方が?」
「去年まではクレンマのお父様がこの治療院を纏めてらっしゃたの。だから例年通りならクレンマでも問題なく皆を纏める事ができたのでしょうけど、始めて大規模討伐で人を纏めないといけない時に例年と違って不足してる物が多いでしょ。彼にとっては初めて尽くしで天手古舞なのね」
何でも去年まで医院長を務めていたクレンマの父は、医者の不摂生とでも言うのか自らを鑑みずに医者として働いて、昨年その過労が祟ってお亡くなりになったらしい。
クレンマはその後を継いで医院長となったのだが、平時は確りと皆を纏めて治療院を纏めていたが、今回の不測の事態に対処しきれずに参っているようだ。
各部署を纏めている責任者も前院長と共にこの治療院を支えていたメンバーで、年齢を重ねている分頭が固くなっているのか不測の事態への対処に弱い。
そう言った事が重なって、現在の状況になっているようだ。
「そうですか。最も、言い訳の理由にはなりませんね」
「あら、リオックさんって意外と厳しいのね」
当然だ。人の命を預かる以上、どんな言い訳も通用しない。この治療院が真面に機能しなければ町一つ滅んでしまう事もあり得るのだ。
少なくとも、他人に選択を委ねる様な人では役不足だろう。
リオックはこれ以上この話題で話す事は無いとベレンシーから視線を外し、黙って調薬室へと向かった。




