今後の確認、レイラの目論見
「こんばんは、レイラさん」
「……リオ!」
夕食を済ませた後、時間を持て余したリオックは昨日ケイトと共に来た酒場へと赴いた。
目的は当然レイラに会う為である。ケイトが居た為、二人が出会ったことなど思い出話に花が咲いてしまったので他の話を出来なかったのだ。因みに、ケイトは物資の整理で残業なので今日は一緒には来ていない。
「毎日来ていると聞きましたがお会いできてよかったです」
「……ん、何時もココ」
レイラに断りを入れて正面の席に座って近くのウェイトレスの女性に昨日と同じ注文をする。
注文が届くまでの間、互いに今日の出来事を報告するのだが、基本的に話すのはリオックの方からだった。
「レイラさんは今日も依頼をお受けしていたのですか?」
「……そう」
彼女はこの街に滞在している間、町から出されている依頼を熟している。
基本的には町に不足している物資の調達や、採取の護衛などを請け負っているらしい。
最初はエルフという珍しい種族が来たことに周囲は驚いていたが、その仕事の丁寧さと確実性、更に他者よりも短時間で仕事を熟すその腕前から、今では優先的に仕事を回してもらえているらしい。
特に採取の依頼の殆どは彼女に回され、治療院で使用されているフレッシュハーブの殆どは彼女が齎したものだ。
「実はレイラさんにおねがい——―グムゥ!?」
注文が届いて、リオックは早速とばかりに今日の本題に入ろうとしたところで、突然レイラがその口を摘まんできた。
「……話し方」
「はい?」
「……シア、ルーと違う」
突然の暴挙に驚きを隠せない中、レイラは何か訴えてきたがその内容が理解できない。こんな時ほど優秀な通訳が必要だと感じてしまう。
「あの、二人がどうかしたのですか?」
昨日の話を聞いて、お嬢へと確認を取った事でレイラとお嬢、そしてルーシェは既に顔見知りだと言う事は把握している。しかも、何があったのか想像以上に互いの距離が近いようだった。
「……シア、ルーと同じにして」
「同じ? ……話し方をですか?」
「……そう」
レイラはいつもの眠そうな半開きの瞳の中に力強い光を宿して頷いた。
どうやら彼女は今の話し方に満足していないらしい。少なくとも島では今の話し方に何も文句を言ってくる事は無かったが、彼女の中で何か心境の変化でもあったのだろう。そしておそらくそれはお嬢やルーシェと会った事が原因の筈だ。
「えーっと……」
「……同じ!」
「あ、ああ、こんな感じで良いか?」
「……うん」
レイラの突然の暴挙と要求に戸惑いを覚えるも、お嬢とルーシェが絡んでいて、更には何かしらの密約(?)が交わされているらしいので早々に諦めた。
昨夜お嬢に連絡した時に聞いた限りでは、レイラには俺達の秘密のかなりの処まで共有しているらしく、更には今後の活動に彼女も協力してもらえることになったと聞いた。
その協力するに至った経緯などを聞こうとしたところで、お嬢からレイラとの間に何があったのかを問いただされたりしたのでそれ以上詳しく聞く事はできなかった。
だから、彼女のこの行動も仲間としての距離を縮めるものと考えれば理解できなくも無いが、島での彼女のイメージががらりと変わって——それ程変わらないな……。
「あー、じゃあレイラさんにお願いが——グムゥ!?」
「……レイラ」
! 今のは直ぐに彼女が何を言いたいのか分かったが、口を摘まむのは止めて欲しい。
「あー、レイラに頼みがあるんだがいいか?」
「……ん」
「実は幾つか薬草を集めてもらいたいので——のだが頼めるか?」
「……任せて」
こちらのお願いを快くレイラは受けてくれた。口数は変わらないが、何時も半目なレイラだがその表情は意外と豊かだ。機嫌がいい時は口元が小さく上がるので、急なお願いも快く受けてくれたことが分かる。
「処で、レイラに聞きたいんだがお嬢とルーシェの二人と何を話したんだ?」
昨日の段階でお嬢に聞きたかったことは何一つ聞き出せなかったのでもう一人の当事者から直接聞き出すのが確実だ。
確かに、島での生活で彼女とは仲良く過ごしていたし、別れ際には再会を約束したのは覚えている。そして彼女がその約束を守るためにこうして会いに来てくれたのは素直にうれしいが、ここに到達するまでのやり取りが気になって仕方がない。
一応こちらの行動は機密扱いとなっている。いくらレイラが二人と意気投合したとしても居場所まで話すとは思えなかった。
「……密約」
「はい?」
「……リオには内緒」
「え……」
レイラの口から出た言葉に、思わず素で返してしまった。
仮にもこれまでお嬢の密偵として極秘に活動してきたのに、その当人を蚊帳の外に新しい仲間を増やすのは兎も角、そこに密約を作り剰え俺には内緒とは如何なものだろうか。今後活動するに当たり、俺も必要な情報は聞いておかねば——。
「……女の秘密」
「あー、そうですか。では俺は聞かない方が良いですね?」
「……うん」
こう言われてしまっては此方からは何も出来ない。寧ろ聞かぬが吉か。
取り敢えず彼女達が交わした密約は置いておいて、昨日彼女が口にしたことを確認しておく。
「それで、レイラは今後俺と活動を共にするって事でいいんだな?」
「……そう」
これは彼女が昨日言っていた事の確認だ。昨日は優秀な通訳さんが付いていたので間違いないだろう。
だがこれには大きな問題がある。一応俺の活動は極秘とまでは言わなくても痕跡を極力残さないように活動している。そんな中にエルフの同行者がいてはとてもでは無いが目立って仕方がない。
本当なら今の状況もあまり良くはないのだが、それは一先ず置いておく。
「あー、これは言いにくいが、俺は一応目立たないように活動しているから、レイラが同行することで人目に付くのは余り望ましくないんだが——」
「……大丈夫」
言葉を遮ってレイラは自信満々に答えた。その顔は半目でドヤ顔と中々な高等テクニックを使用されているのだが、何故か彼女からは自信が満ち溢れている。
「……姿変えてる」
「……変態? アダッ」
率直な返答にレイラのデコピンを食らった。そしてなんとか聞き出した姿を変えているとは、彼女はエルフ特有の魔法を使って特定の人意外には人間に見える様に偽装しているらしい。その特定の人とは、お嬢にルーシェ、そして俺を含めたごく一部の人で、それ以外には彼女のエルフの特徴を消した姿が映るらしい。
「即ち、今レイラは人の姿をしていると?」
「……そう」
現状、こちらにはそれを確認する術はない。確認しようにも魔法の対象外になっている身では確認できないのだ。
だが思い当たる節はある。
それはケイトの口から一度もエルフと言う言葉が出てきていないからだ。それに昨日彼女を交えて話しをしていた時もエルフに関する情報を一つも口にする事は無かった。
あれほどハンターの話を聞く事が好きな娘が、エルフなど珍しい種族の事を話題に出さないなど、思い返せば違和感でしかない。
そう言った事を考慮すると、レイラが言っている魔法が実際に使われている可能性は高い。
「そうか、最低限対策はしてあるんだな」
「……うん」
いくらエルフに見えないとは言っても、レイラ程の美人を連れて旅をすれば今までよりも目立つ可能性は高いが、元々完全に存在を偽っている訳でも無いのでこの際割り切るのが大切だ。お嬢達との間に密約があるのなら、こちらが拒否をしても仕方がない。
それに、純粋に二人で旅をするのに興味があった。そのお供がレイラのような美人であれば文句などありようがない。
そして何より自分に会う為に島を飛び出したレイラを拒否する事など、リオックには出来るはずがなかった。
「分かった。大規模討伐が終わったら一緒に行こうか」
「……うん」
「ただ、基本的に行先は俺が決めるからな」
「……任せる」
レイラにとってはリオックと共に居る事が目的であり、その行先には然程興味はない。ある意味彼女の目的はリオックの許可が出た段階で達成されているのだ。そんな事を知らないリオックは旅の主導権を取る為の言葉だったのだが、それを簡単に受け入れられてしまって肩透かしをくらう。
「そっそうか、まあ何か意見があったら考慮はするから何かあったら言ってくれ」
「……うん。じゃあ娼館はダメ」
取り敢えずのアドバンテージが取れたと思い、ドリンクへと手を伸ばした時、レイラの口から予想外の言葉が飛び出した。
その言葉に、一瞬ドリンクへと伸ばした手が止まったが、素知らぬ顔でそれを口へと持って行き一口飲む。そしてグラスを下した時に見えたレイラの顔には、普段よりも気持ち開いた瞳で此方を真っ直ぐ見つめていた。
そして、ここに来てレイラとお嬢達の間に交わされた密約の一部が何であるのかを理解した。
元々お嬢達はリオックが情報収集の為とは言っても娼館へ行く事に不満を抱いていた。どれだけリオックがビジネスと割り切っていても、はた目からはその真意は分からない。
実際、娼館で手に入れた情報でフェロ公爵領に利を齎したことは何度も有る。だが、その情報を報告する時は何時もお嬢の機嫌は氷点下だ。因みに一度も娼館に行ったなどと口にした事は無い。
つまり、レイラの目的と、お嬢達の利害が一致したからこそ彼女はこの場所に居るのだ。田舎に引きこもっているエルフにとって娼館などと言う言葉には馴染みが無いだろからこの言葉はレイラ自身で考えた可能性は低い。これが密約の一部に抵触する可能性は高いだろう。
「……そんな事実はない……」
少なくとも、俺の口からこれを認める訳にはいかない。事実はどうあれ彼女達が想像しているようなことは何一つしていないのだ。
それにしても貴重な情報源を一つ潰されたのは痛い。もしここでこっそり娼館へ行こうものならレイラは必ずそれを阻むために動くだろう。優秀な狩人であるレイラから隠れて行動するのは至難の業だ。
ダンジョンに潜る前に出来るだけ多くの情報を集めておきたかったが、こうなっては別の方法を考えるしかない。
「……そう?」
レイラから帰って来た言葉は、普段の「そう」とは違ったニュアンスを含んでいた。それは完全に疑っているものだった。その視線がそらされる事は無く、レイラの感情を読ませない瞳は真直ぐにリオックを捉える。ここで先に視線を逸らすのは悪手だ。こちらには何一つ落ち度はないのだから真っ直ぐその視線を受け止める。
そんな二人が見つめ合い、沈黙が続く事十数秒——。
「あー! リオックさんやっぱりここに居ました!」
そんな状況を破壊したのは、この話には全く関係の無い部外者であるケイトの大声だった。
「もう! 待ってくれてもいいじゃないですか!」
少しずれた物言いだが、彼女には感謝しよう。




