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疲労の初日、独自の手法

「今日から薬の調合してもらうけどいいわよね?」


 目元に隈を蓄えたベレンシーが、これまた目元にうっすら隈を作ったリオックに開口一番掛けた言葉がこれであった。


 昨夜はあれからレイラに情報を流した事について確認しようとしたのだが、逆にフランシアからの質問攻めにあい、それに只管回答(弁明とも言う)を行っていたので解放されたのは空が白んできた時刻だった。


 そこから寝るに寝れず、虫達に周辺の様子を探らせていた。


 そう、リオックは長旅をしてきたにも拘らず一睡もしないままに仕事に赴く事になったのだ。そんな名誉の勲章(?)が、彼が目の下に蓄えた隈だった。


「ええ、大丈夫ですよ」


「……そっそう? それじゃあお願いしようかしら」


 リオックの声色は昨日と変わらないが、顔から滲み出る疲労感は昨日よりも悪い。しかし、ベレンシーは慣れないベッドで寝つけなかったのだろうと当たりを付けてそれ以上何かを聞こうとはしなかった。


 いや、ベレンシーにとってはそんな事を気にしている余裕が無いだけなのだ。彼女の顔から浮かぶ疲労感は、リオックのそれとは比較にできないほど浮かんでいる。連日連夜、只管大規模討伐に向けて薬を作る日々。当初の予定よりも圧倒的に遅れている仕事が、今この町に居る薬師を苦しめていた。


 それはベレンシーが薬師として劣っていると言うわけではない。寧ろ彼女と彼女の部下は優秀な薬師と言えよう。しかし、そんな薬師でも、材料が無ければ薬を作り出すことは出来ない。


 それもこれも、この町の北方にあるトリンシアが今回の大規模討伐に向けて気合を入れている事の皺寄せが来ているからなのだ。本来であれば大規模討伐が行われる遥か前に事前に取り決めがされている物資搬入の予定を、トリンシアを管理する貴族と、カクトゥス王国中央の意向によって物資を優先的にそちらに回す事になった。


 その結果、本来このトトンに回されるはずの物資は大幅に納入が遅れ、現在大規模討伐に関わる人達全てが慌ただしく動き回るはめになったのだ。


 そんな皺寄せをもろにくらったのが薬師であるベレンシー達であった。薬草とは物によっては鮮度が重要視される。その為、急遽追加を発注した処で在庫が余っている事など滅多に無い。その為、必要最低限の薬草を確保するだけでもこれ程日程としてギリギリになってしまったのだった。リオックから薬草に余裕があるのであれば譲ってほしいと言うのもこれに起因する。旅の薬師として活動する為、リオックはフレッシュな薬草にそれ程余裕はない。それでも、少しでも多くの薬を確保する為に、ベレンシーは薬草の在庫を買い取ったのだ。


「此方に来て頂戴。ここにあるリストの薬を作るのが私達の仕事よ。足の速い傷薬は後に回すとして、今日はそれ以外を調薬してほしいのだけど……大丈夫かしら?」


「ええ、まずはリストの方を確認させてください」


 大規模討伐が開始されるのはこれから三日後、それまでに必要数の薬を準備する必要があるのだが、リストを確認したリオックは絶句するしかなかった。


 作成する薬のリストは、『傷薬』『止血剤』『痛み止め』『解毒薬(タイプA)』『解毒薬(タイプB)』(解毒薬のタイプAは経口摂取した毒用、タイプBは神経毒用)『気付け薬』『胃薬』『便秘薬』『炎症止め』などの薬の名前が羅列されているのだが、その横に記録されている在庫数は、全体の必要数の三割ほどしか作成されていなかった。


 薬とは、長期間の保存が難しい為、必要な時に必要なだけ調薬されるのが常だ。しかし、今回の様に一度に大量に必要になることが予測される時は、事前に在庫を調薬する。こういった時は直前まで忙しく働くのは割りと普通の事として受け入れられる業種なのだが、それにしても現在の進行具合は芳しくない。町の規模などにもよるが、必要になる日程の三日前には全体の五~六割作成されている事が理想とされる。そう言った観点からも、現在の作業が間に合ってない事はありありと理解できた。


 それに、町の規模からみても薬師の数が若干少ない。これも例年よりもトトンに来る薬師の数が減少している事が足を引っ張っているのだ。


「これはまたかなりの仕事量ですね。……機材の方はお借りしてもよろしいですか?」


「ええ、大丈夫よ。共有の機材もあるけど、基本的には自分の作業場にある物は使ってもらって構わないわ」


 リオックが宛がわれた場所には、既に様々な機材が取り付けられている。又、リオックが普段使っている物よりも大型で様々な機能が付与された高級品だ。


 リオックは内心この機材を使える事に心躍っていた。普段は薬を少量しか作成する必要が無いので大型機材を使用したことなど数えるほどしかない。


 そう言った内心をおくびにも出さず、リオックは周囲で作業をしている者たちの様子を窺う。どの人も自分の作業に集中しているのだが、どうにも作業一つ一つが馬鹿正直だ。


 薬の作成には共通の中間素材がある。勿論、全ての薬に共通する訳では無いが、使用幅の広い中間素材は幾つか存在する。しかし、彼らはそう言った中間素材も毎回必要分だけ作成していた。これは抽出される薬効成分の濃度なども関係するので一概に纏めて作るのが正解とは言えないが、それをコントロールできるのであれば作業効率を大きく向上させる事が出来るはずなのだ。


 リオックは早速作業に取り掛かる……のではなく、薬草を持って一旦部屋を退出した。そんな後姿を、調薬室に居る面々は眉を寄せて見ていたのだが、自分の作業を優先させるために口を開く事は無かった。







「寮長、少し宜しいですか?」


「あらあら? リオックさん、どうしたのかしら?」


 調薬室を出てリオックがやって来たのは昨日からお世話になっている寮の受付だった。


「はい、少し食堂の(かま)をお借りしたいのですが宜しいでしょうか?」


「竈ですか? それは構わないわよ~。綺麗に使ってねぇ」


 寮長の許可を得て、寮にある食堂の竈に火を入れる。未だに厨房で作業している人たちも居たが、朝食終りなので火周りで作業をする人は居なかったので一言だけ断りを入れて準備を始める。


 今から行うのは、薬草に含まれる成分を効率よく抽出する為の作業だ。リオックは各地の知識を吸収して自分なりの技術へと昇華している。その中で、薬としての成分だけを抽出する方法の研究には余念がない。


 そんな中でも、幅広く使用できる中間素材へはより力を入れて研究している。これはそんな研究結果の一つでもある。


 一般的な方法としては、大量の湯にすりつぶした薬草を淹れる。そして一度不純物を取る為に絹漉をして、更にそれを煮詰めて効能を上げる。


 しかし、この方法では使用範囲を狭め、更に効能を十全には発揮できないのだ。


 そこでリオックは蒸留の技術を応用して成分の抽出を試みた。


 まずは沸騰した湯に薬草を素早く潜らせる。その後、銅の蒸留器の中に薬草と純度の高いアルコールを入れて火に掛ける。ここで大切なのが通常の蒸留器であれば冷やして濃度の高い酒を取り出すのだが、今回は二股に分かれた銅製の管の片方に火を近づける。


 すると、そこには高濃度のアルコールに火が付き、もう片方の管からアルコールが排除された薬草の薬効成分が濃縮された透明な中間素材の完成だ。作業時間、効能共にこちらの方が遥かに優秀だ。


 因みに、この方法で薬を作ると、中間素材の材料が五分の一に減らす事が出来る特典付きだ。強いて問題があるとすれば、蒸留する時に使用するアルコールは特定の物を使用しないと薬効成分が抽出できない事だろう。とある地方でのみ作られる珍しい酒を蒸留して作った物なので、それ程数を揃える事が難しいのが欠点と言えた。(※:現在ベレッザ商会が介入して今後生産量の増産を図る算段が付いています。)


 後は吹き出す蒸気が消えるまでゆっくり火の番をするだけの簡単なお仕事だ。リオックは腰掛け、火の番をしながらゆっくりと読書を楽しんだ。








「あれ? リオックさん何してるんですか!?」


 中間素材を完成させて調薬室に戻る途中で聞き覚えのある元気な声が響いた。


「おや、ケイトさんこんにちは」


 その声の持ち主は、今回リオックのパートナーとなるケイトであった。彼女はリオックが調合の仕事をしている間手持無沙汰になるので他の仕事へと回されている。そんななか偶然すれ違ったようだ。


「はい! こんにちは! リオックさんは何をされてるんですか?」


「今は薬の調合中ですよ。ケイトさんは大規模討伐の準備ですか?」


「はい! 最後の補給物資が先程到着したのでその整理です!」


 どうやらトリンシアに優先して回されていた物資が、ギリギリ間に合って大規模討伐直前になって到着したようだ。その中には当然医療関係に関する物資も入っているので、治療院のスタッフも総出でその整理に当たっているのだろう。


 そうなると最も不足していた薬草類も到着したことになるので、今調薬室のメンバーも更に慌ただしくしているかもしれない。


「そうでしたか、ですが物資が間に合って良かったですね」


「はい! でも、一部の品は足りてないみたいですよ。もう殆ど国内に物が無くて不足物資は現地調達の指示が出ているそうです……」


 更に詳しく話を聞いてみると、このトトンの町だけではなく、他のモンスターの領域と近い町も物資の不足は深刻な問題となっているらしい。物資は大きな防衛拠点に優先的に回されているようで、大なり小なり町や村の規模の拠点には物資不足が問題となっているのだとか。


特にトリンシアへの物資優遇は国の意向でもあるようで、地方貴族や役人からの陳情も受け入れてもらえないらしい。


「そうですか……、ですが有る物で対処するしかありませんからね、探索者の方々も採取や狩猟に参加して頂いているのですよね?」


 必要な物資の中には鮮度が重要な物もある。そう言った物は現地調達が基本となる。特に保存の利かない糧食や薬草類などは、今現在も調達に多くの人手が割かれているのだ。


「そうですよ! 特にレイラさんが凄いんですよ! 毎日一人で数人分の薬草を集めてくれてるんです! しかも! 貴重な魔法瓶も沢山卸してもらいました!」


「成程……、彼女であればそれも納得がいきますね」


 レイラは長寿であるエルフに加えて高い戦闘能力を持っている。それにエルフの村ではガラス工房を任されていただけあり貴重な魔法瓶を持ち寄り、それに使われる薬草の知識も人に比べて多く持っているのだろう。


「ちょっと! ケイトなにサボっているのよ! 早く荷の仕分け終わらせなさい!」


「あ! ごめんなさーい。今行きまーす!」


 どうやらケイトは作業途中だったようで、他のスタッフから呼び出す声が掛かった。


「リオックさん、私は仕事に戻りますね! お仕事頑張ってください!」


「はい、ケイトさんも頑張ってくださ——」


 彼女はリオックの言葉もそこそこに慌ただしく廊下を駆けて行った。そんな彼女の姿に遠くから注意の言葉が飛んできたが、彼女は悪びれる事も無く走って行く。彼女が居る場所は騒々しいが常に賑やかだ。


「さて、私も仕事に戻りましょうか」


 そんな彼女の後姿を見送った後、リオックは踵を返して自らの仕事場へと向かった。





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