表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/84

仮の住い、ケイトの趣味

 治療院の寮へと入ったリオックはケイトに引っ張られながら入口近くの窓口へとたどり着いた。


「寮長―! 臨時職員さんを案内しましたー!」


「あらあら、ケイトちゃん。そんなに大きな声を出さなくても聞こえていますよ」


 そう言って窓口から顔を覗かせたのは、柔らかい空気を纏った中年の女性だった。割烹着のような服装で、姿勢がよく優しい微笑みを浮べている。長いだろう髪は後頭部に団子で纏められていて乱れ一つない。率直な感想は、母性溢れる女性といったところだろう。


「まあ、こちらのお兄さんが臨時の方ね。あらあら、なかなかの男前じゃない」


「はい! こちらがリオックさんです! 凄い薬師さんですよ!」


「は、はじめまして。旅の薬師をしていますリオックと申します。短い間ですがよろしくお願いします」


 初対面でいきなり男前などと言われるとは思っていなかったリオックは、面食らいつつも挨拶をする。一瞬母性が隠れて獲物を狙うような獣の様な視線を向けられた気もしたが、それも一瞬だったので勘違いだったのかもしれない。


「まあ、話し方も丁寧なのね。ますますいい男だわ~」


 再び鋭い視線が向けられた気がしたが、意図した訳では無かろうがそれを遮るようにケイトが先を促した。


「寮長! リオックさんに寮の説明をお願いします!」


「ええ、そうね。それじゃあ説明するので近寄ってくださいね」


「え、ええ。お願いします」


 怪しい雰囲気を醸し出す寮長は、異様にリオックに顔を近づかせてから説明を始めた。


 この寮は、それ程厳しい規則などは無いが、幾つか必ず守らなければならない規則が存在した。だからといって、それは基本的な事ばかりで、生活圏も男女共同で、区切られているのはトイレと風呂の時間くらいなものだった。それに部屋は一人一部屋手配されている。ただし、自分の部屋への異性の連れ込みは固く禁止されていた。仮に男女で顔を合わせるのであれば食堂か談話室を使う事が義務付けられていた。因みにこれは後から聞いたことなのだが、この男女の棲み分けを厳しくしたのは今の寮長になってからで、寮長の個人的思惑が多分に含まれているらしい。寮長47歳独身の意地なのだろう。


「——になるわ。ご理解頂けたかしら?」


「ええ、大丈夫です。寮のルールは確り守りますよ」


 気迫せまる説明を聞いた後、リオックは自分が宛がわれる部屋の鍵を受け取る。


 その後、一度部屋を確認するために向かう事にして、後程ケイトと一緒に食事を取る約束をして先に食堂へ行ってもらって一度別れる事となった。個人の部屋に異性の入室は許されていないのでこればかりは仕方がない。


 指定された部屋はワンルームで、部屋にはベッドと机に椅子。クローゼットがあるだけの簡単な作りだった。ただ、部屋の広さは一人で使うには十分な広さなので文句はない。特に荷物の殆どが収納の魔導具に入っているので、手荷物を部屋へ置いたら食堂へと向かう事にした。建物の造りなどはそれ程特筆すべき物が無いので普通の宿に泊まる感覚とそれほど違いはない。


 夕日の射しこむ廊下を進み、教えられていた食堂へと歩いて行く。食堂に近づくにつれて、夕食の良い匂いが漂ってきて、空腹の腹が催促するように小さく鳴った。


「あ! リオックさん! こっちですよ!」


 食堂に入ると、真っ先にケイトがこちらを見つけて全身で自分の存在を主張するように手を振っている。


「すみません、お待たせしました」


 手を振るケイトに近づきつつ、リオックは小さく頭を下げる。未だ時間が早いのか、食堂には他に人は居なかった。


「いいですよ! それじゃあ、食堂の使い方をお教えしますね」


 そう言ってケイトは席を立ち、再びリオックを引っ張っていく。二度目ともなれば慣れたもので、リオックはその歩幅に合わせて付いて行った。


「ここでトレーを取って、器には自分で食事をよそって下さい! ある程度食べる量は自由ですが、他の人の分が無くなってしまわないように調整してくださいね!」


「ええ、分かりました」


 この食堂は、基本的に自分で食事を盛るセルフサービスになっているようだった。以前、フェロ公爵領に務める騎士団の食堂もこの様なスタイルだったので、こういった場所ではよくある手法なのだろう。


 用意されていた食事は、パンにシチュー、葉野菜のサラダとカットされたフルーツだった。一般家庭の食事と照らし合わせれば、これはかなり豪華な食事と言える。基本的に旅をしている時は、食事に掛ける時間を極力減らす為に味には拘っても品数は少ないのでパンとスープのみで済ませる事が大概である。そんなリオックだからか、今目の前にある食事は非常にありがたかった。


「それでは頂きましょう!」


「ええ、そうしましょう」


 食事を口に運んだ時、リオックは大きな衝撃を受けた。見た目こそ平凡な食事だが、その味は非常に美味といえる。シチューには具材の旨味が溶けだしていて、さらにそれぞれが違った歯ごたえを醸し出している。正に料理人の腕が窺える料理と言えた。最初故に、どれ程の量をよそって良いのか分からなかったリオックは、一般的な飲食店で出される量に抑えておいた。しかし、目の前に座るケイトの皿には、明らかに一人前よりも多く盛られている。それを美味しそうに食べるケイトの姿を見せつけられると、食事をしているのにお腹が空いてきてしまう。


 明日からはもう少し多めに盛り付けよう。


「これは美味しいですね。毎日こんなに美味しい食事ができるなんて羨ましいです」


「美味しいですよね! でもこれだけ豪勢なのはこの時期だけですよ! 普段は品数も一品少ないのです……」


 なんでも、この大規模討伐の時期になると、普段よりも食事が少し豪華になるらしい。単純に激務に耐えられるための体力を作る為なのか、一種の見栄なのかは謎である。


「ところで! リオックさんのお話を聞かせてもらってもいいですか?」


「私の話ですか?」


「はい、旅をされているなら色々な所を見たり聞いたりしているんじゃないかなーって思ったんです! 私この町から出た事が無いのでそう言った事を聞くのが好きなんです!」


「成程、そうですね……それでは海を旅した時の話を——」


 その後、ケイトには旅での出来事を色々と聞かれたが、情報収集などの面を取り除けば、精力的に活動する旅の薬師を自負しているリオックの話を楽しそうに聞いていた。特に、内陸に住む為か、海での船旅については本当に面白そうに聞いていた。リオックの生涯最大の獲物と言える巨大魚であるオヒョウの話は少し盛って話しておいた。


「わあ! 凄いです! 旅ができるっていいなぁ~」


 話が一区切りついた所で、ケイトは感嘆の声を上げる。確かに話を聞くだけでは楽しい事が際立つが、実際の旅に生じるリスクは想像以上に大きいものだ。


「危険も伴いますので訓練は欠かせませんし、食事も質素な物になるので一概に楽しい事ばかりではありませんよ」


「やっぱりそうですよね~。 でも憧れちゃいます! でも私にはとてもでは無いですが無理です。だからこうして旅をしている人の話を聞くのが好きなんです!」


「そうでしたか、そうなると今みたいに外から人が集まるこの時期は楽しみが増えますね」


「はい! 流れのハンターさんにも色々お話をきいたりするんです!」


 この時期は、各地のハンターが集まるので彼女にとっても色々な話を聞ける嬉しい季節のようだった。現に早くに町へ到着したハンター達に色々と話を聞いて回っているらしい。


 こうして食事を続け、今度はリオックがケイトにこの町の事について色々と聞いてみたのだが、良くも悪くも他の町とそれ程の違いは無かった。勿論、モンスターの領域が近い為、それ相応の備えはしているみたいだが、町の規模ではそれ程防衛に予算も回せないので、国からの援助金でこの町は守られているらしい。国も町を突破されて懐深くまで潜り込まれるよりも、水際で塞き止める事を重視しているようだった。


 他にも、周辺のモンスターの出現頻度から、生産的な活動に制限があり、もっぱら町の産業は周辺の森から切り出される木材と、有り余るモンスターの素材が主な収入源となっているらしい。特に木材などは加工も含めて高い技術力を磨き、周辺の町や他国にまで輸出しているとの事だ。言われてみると、治療院に置かれていた家具のデザインはフェロ公爵領でも見たことが有るものが有ったので、リオックが知らないだけでブランド化こそされていなが、結構有名だったりする。


「「ごちそうさまでした(!)」」


 色々互いの話をして、ある程度の情報交換が出来た所で、楽しい食事の時間は終わった。食べ終わった後の食器類の片づけをし、この後は自由な時間となる。未だ早い時間なので、この後の事に考えていると、ケイトがある提案をしてきた。


「リオックさん! この後お時間有りますか?」


「ええ、特に予定はありませんよ」


「でしたらこれからハンターの方が集まる酒場に行くのですが、御一緒にいかがですか?」


「私はお酒が飲めないのですが……酒場ですか?」


「大丈夫ですよ! 私もお酒は飲めませんし、それよりもハンターの方とお話しするんです!」


 少し掘り下げて聞けば、ケイトは仕事終わりにハンターや旅人の話を聞く為によく酒場に繰り出すらしい。その為、ケイトはハンターの知り合いが多く、仲の良いハンターも複数居るらしい。今日は仲良くなった女性ハンターの飲み会に顔を出す約束をしているとの事だ。









 正直、行く気は全くなかった。酒が飲めないのに仕事終わりのハンター達が集う酒場に繰り出すのも躊躇されたし、リオック程広く旅をしている人など早々居ない上に、ハンターの主な仕事はダンジョンに潜る事なのでそれ程興味がそそられる話が聞けるとは思わなかったからである。確かにリオックもダンジョンに興味がない訳では無いが、普通のハンターが生活をする為に稼ぐ潜り方には興味が無かった。これがダンジョンの特性を調べる研究肌のハンターだったら非常に興味を惹かれたかもしれないが、そのようなハンターは滅多にいない。居たとしてもそれはパトロンを得て活動するハンターくらいなものだろう。


 しかし、リオックは今酒場に向かってケイトとともに歩いている。行く気が無かったのにケイトの勢いと、ある一つの気になるワードがリオックの背中を押したのだった。


「リオックさん、ここです! 入りましょう!」


 そこは、一般的とも言える大衆用の酒場だった。近くには寄合所もあり、多くのハンターが日頃から利用している酒場だ。


 中に入ると、そこには活気に溢れる光景が広がっていた。まだ夜が更けったばかりだが、酒場の中には多くの人が仲間と共に食事や酒を楽しんでいる。当然、酔っ払いが集まれば喧嘩の一つも起こるのだろうが、幸い今は平和なものだった。


「いらっしゃーい。あら? ケイトじゃない。いつものね?」


 給仕の一人が、入口から入って来たケイトに気が付いて声を掛けてきた。その言い回しから、ケイトがある意味ここの常連であることが窺える。絶対あの「いつものね?」はメニューの事でないのだと分かる。


「はい! 今日は待ち合わせしているんです! ……あ! 居ました!」


 そう言ってケイトが指さした先には、六人掛けのテーブルを一人で独占していて、ローブを深くかぶり顔の窺えない女性に見えた。女性と判断したのも、一般的なハンターにしては線の細い体格故である。エールと簡単な食事を少しづつ口にしている姿も女性と判断させた要因かもしれない。


 ケイトは給仕に注文をしてお金を渡した後、目的の人物が座っている場所に向かって歩き出す。リオックは給仕にケイトの連れだと伝えて、同じように注文をしてお金を渡して後に続く。


 そうして、二人がテーブルに近づくと、そのローブ姿の女性も此方の存在に気が付いたのか顔を上げた。その拍子に、深く被られていたローブのフードが頭から外れる。そこには、人としては有り得ない程整った顔立ちをした金髪の美しい女性だった。


「お待たせしました! レイラさん!」


「……ん。……ん?」


 そう、それは眠そうな顔をした耳の長い女性。エルフのレイラだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ