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雇用の契約、施設の案内

 治療院に足を踏み入れると、そこは外へと伝わっていたように、忙しなく動き回る人で溢れ返っていた。働いている人も様々で、似たような服装をしているのは普段からこの治療院で仕事をしているのか、動きに迷いが無く指示を出している者もいる。そして、個々で違った服装をしている者は臨時で雇った者に見えた。ただ、誰もが共通しているのは、白く清潔感のあるエプロンを着けていた。


「慌ただしくてすまないね。大規模討伐も数日後に迫ると色々忙しくてね」


「いえ、その為に来たのですから気にしません」


 そんな事を話しながら、医院長室へと案内された。


 部屋に入ると、ソファーへと勧められ、クレンマは自らの手でお茶を淹れてくれた。


「すまないね。普段であればお茶を淹れるのが上手な人が居るのだが、今は何処も忙しくて出払っていてね」


「いえ、暖かいお茶は久しぶりに頂きます。私にはこれだけでも贅沢です」


 一口含んだお茶は、お世辞にも美味しいとは言えないものだった。渋みが強く、苦みもあり、しかし茶葉が少なかったのか味が薄い。普段自分でお茶を淹れていない事がよくわかる。逆にこれほどお茶を不味く淹れる事が出来るなど、感心してしまう程だ。


「さて、早速だが話を初めてもいいかな?」


「はい、私としても早めに仕事に入りたいのでお願いします」


 討伐が始まれば、周囲の人との連携も重要になってくるので、早めに顔を覚えてもらって人間関係を構築しておいた方が今後の仕事もしやすくなる。


「それは有難いね。今年はトリンシアが普段よりも気合を入れているみたいで、ここみたいに小さな町には人が集まりにくくて困っているから、何処も手が足りてなくてね」


 彼の言ったトリンシアとは、この町からさらに北上するとある巨大な要塞都市だ。そこはモンスターの侵略から国を守る最前線といえる場所で、最前線というだけあって、探索者以外にも、駐屯する軍隊も強力である。それに傭兵の類も仕事にあぶれることがないので多く滞在している。


 そんな大都市に普段よりも多く人が集まれば、周辺都市の人員が減ってしまうのも仕方がないだろう。


 この大規模討伐は、モンスターの素材採取や、領域の切り取りと言った目的であるが、参加している貴族の間ではちょっとした実力比べともなっている。それは単純に大規模討伐の利益で競っているのだが、これは毎年フェロ公爵領が一位で、先程のトリンシアを治める貴族が二位で不動と言われている。


 一位になったからと言って何かあるわけでも無いが、貴族として実績を示すにはこの一位と二位の差は大きい。今年はフェロ公爵領の責任者がお嬢なので、勝ちを見出して本気を出してきたようだ。


 ここはお嬢の経歴に傷をつけない為にも、色々動かないといけない様だ。自分で動くのは難しいので、今回は虫達に頑張ってもらう事にしよう。


「微力ですが、全力で当たらせて頂きます」


「いやいや、リオックさんのお名前は有名ですからね。期待していますよ」


 クレンマのこの言葉に、リオックは小首をかしげる。旅の薬師として活動を始め未だ三年。それ程多くの実績を残してきたわけでも無いので、有名になる理由が分からない。


「私は未だ薬師としての経歴も短く、名が知られる程ではないと思うのですが……」


「ええ、それでも煙を薬として使用する発想を編み出したのはリオックさんではありませんか。あれは医療現場に革命を齎しましたよ」


 これはベレッザ商会で取り扱っている商品の一つだ。薬師達と提携して、一部の治療知識も付随して広めている。不治の咳を治す薬や、安眠用の薬、などこれまでの治療方法では治せなかった病に対応した物を広めている。名前は伏せていないので、調べればすぐに名前が分かるのだが、それでも自分の名前が売れているとは思いもしなかった。


「そうでしたか、私としても世の役に立てたのであれば幸いです」


 意図的に隠している訳では無いが、それでも商会との連携で名前が売れるとはリオックとしても予想外であった。これまで薬師とは個々での活動ばかりで、他の組織との連携といえば治療院くらいなものだった。治療院も町ごとの独立性を保つために、他の町との繋がりが薄いので、それが余計に繋がりを薄くする原因となっていたのだが、ベレッザ商会が新しく始めた取り組みは、当初の予想よりも様々な副産物を生み出していたのだ。


「今回はそのお力をこの町の為にお願いしますね。リオックさんには薬の作成と、討伐が始まった後の治療をお任せしたいのですが宜しいですか?」


「はい、私は構いません。ただ、専門的な外科の技術はないので、重症患者の対応は不可能ですが構いませんか?」


「はい、それは大丈夫ですよ。外科の対応は私のチームで行います。リオックさんにはこの治療院付きの薬師の下に付いて貰います」


 どうやらクレンマの専門は外科のようだ。外科医は薬師以上に数が少ない。病によっては身体を切り裂いての治療を行う。それを忌避する人達が多いのだ。それもこれもディエース教の影響が大きい。教義の中に、外科治療では必須の人切を禁止するものがある。それが外科医療の発展を阻害しているのだ。今でこそ大陸の東方面では意識改革が進み、外科医の数も増えてきたが、未だに西方では外科医は禁忌として扱われてしまう。これも東方国家がディエース教を受け入れられない要因の一つなのだ。


 その後も、治療院で働く為の大まかな説明を受けた。どうやら治療を行う時は補助に人を一人付けてもらえるらしく、この後その人を紹介してもらえるようだ。それに、治療行為とは別で、薬の作成には別途給金が出るので結構な金額が稼げそうだった。


「それでは大まかに院の案内をしましょう。その時に治療の補助を行う者も紹介しますね」


「分かりました。よろしくおねがいします」





「こちらは私達外科医が治療を行う場所です。そしてこちら側が診察室ですね。ただ、大規模討伐の時は、患者を寝かせるベッドを設置するので他の部屋と同じように使う事になると思います」


「先程の大フロアにも沢山のベッドがありましたが、それ程の患者さんが参られるのですか?」


「ええ、この治療院では足りなくなるので、この裏に仮設テントを設置する程です」


「それ程ですか……」


 これにはリオックも予想外の事だった。町の規模に対して大きな治療院だが、それに収まらない程の患者が来るとは予想できなかった。これはリオックが多くの患者を捌く医療現場の経験がない事が起因する。普段は患者と一対一の対応しかしたことが無い。今回の様に大規模討伐で治療行為を行うのも初めてなので、その様子が想像つかないのだ。


 その後も、他の場所を案内してもらい、凡そ案内が終わったところで、クレンマが一人の女性を見つけて声を掛けた。


「ああ、ケイト君。少しいいかな?」


「はい! なんでしょうか医院長?」


 ケイトと呼ばれた女性は、若いが治療院の制服を着た女性だった。


「ケイト君、こちらはリオックさんです。貴方には彼の元に付いて治療に当たってもらいます。彼は優秀な薬師なのでよく勉強してくださいね」


 そんなクレンマの紹介でケイトと呼ばれた女性はリオックに向き直る。


「初めまして! 私はケイトです! まだ新人ですが頑張りますのでよろしくお願いします!」


 ケイトは女性としても小柄で可愛らしい少女に見えなくも無い見た目をしているが、非常にはきはきと話す元気が良く明るい性格のようだった。


「こちらこそ初めまして、旅の薬師をしていますリオックと申します。短い間ですがよろしくお願いしますね」


 お互いに挨拶を済ませると、クレンマは他にも仕事があるらしくケイトに案内を託してその場を去って行った。医院長と言うだけあって、他の者に比べても忙しい中を案内してくれただけでも有難い事である。クレンマとしてはそれほどリオックには期待していたのだ。名の売れている旅の薬師とはそれほどの実力者とも言えるのだ。


 治療院の案内を引き継いだケイトに続いて治療院を見て回り、最後にリオックが務める事になる医薬課の看板を掲げた部屋へと案内された。


「リオックさん、ここが最後の医薬課です! 治療院で使われている薬関係は基本的にここで作られるんですよ!」


 ケイトは紹介されてから常にこの元気娘全開であった。少しそそっかしい処は有るが、治療院の案内の時にすれ違う人達とも親しく、そういった処からも彼女の人となりが見て取れた。そんな案内の合間合間に聞いたところでは、彼女はこの町の出身で、両親も医療関係の仕事に従事しているらしい。今回両親は最前線の仮設治療所に勤めているので会う事は無いらしい。因みに彼氏募集中との事だ。


「それじゃあ入りましょう!」


 そう言ってケイトが開いた扉の先からは、薬の独特な匂いが部屋に充満し広がっていた。その中では、複数の白衣を着た者達が調薬器具の前で薬の調合をする姿が見て取れた。


「ベレンシーさん、臨時の薬師様をお連れしました!」


 ケイトの声で反応したのは、二十代後半の眼鏡を掛けた女性だった。その顔には疲れが浮き出ているが、それすらも女性の魅力を引き立てている様に見えた。


「あら? 確か貴方はケイトだったわね。そちらの男性が薬師の方かしら?」


「初めまして、旅の薬師をしていますリオックと申します。この度は臨時医療従事者の募集を見て此方へと参りました。クレンマさんからこちらで働くように言われています」


 リオックは丁寧に腰を折りつつ挨拶をする。これから働く場所の長には印象を良くしておきたいという思惑もあっての事だ。


 それにしてもこの部屋は薬師としても非常に興味深いものが多くあった。リオックは旅をする関係上、大掛かりな機材を持ち運ぶことは出来ない。収納の魔導具がある為、他の旅の薬師よりも機材は多く所持しているが、それでも大型の設備は未だに手が出せないでいた。そう言った事も有り、興味深い機材に目が奪われてしまうのも仕方が無い事と言える。


 こうしてリオック達が挨拶をしている間も他の薬師達は顔を上げる事も無く只管に薬を作り続けている。そんな彼らの顔にも、ベレンシーと同じように疲労感が強く出ている事が気になった。


「そうなの、人手が足りていないから優秀な人は大歓迎よ。今日はもう遅いから明日からお願いしたいわ。……それとは別にお願いしたいことが有るのだけど、もしよかったら薬草の在庫があったら譲っていただけないかしら? 適正な値段で引き取るわ」


「ええ、それは構いませんが薬草が不足しているのですか?」


 大規模討伐を目前にして薬草不足とは正直準備不足が否めない。どれだけ医療行為が出来る人間を揃えても、薬がなければ話にならないのだ。


「そう、助かるわ。大規模討伐に必要な数は揃っているのだけど、その後の薬不足は毎年の事なのよ。町に住んでいる患者さんへ回す薬が足らなくなるのよね」


 確かにベレンシーの言うように、薬を必要とするのは何も戦う者たちだけではない。それに薬草によっては新鮮でなければ使えない物も多くあるので、一度に確保できる量というのはだいたい決まっている。そんな中、今回の大規模討伐のように大量に薬を消費する行事の後に薬が不足するのは必然とも言えた。


「そういう事ですか。旅の都合上それ程多くは所持していませんが必要な物はお譲りしますよ」


「ええ、お願いね」


 こうしてリオックは手持ちの薬草を譲り、明日から働く職場を一通り案内してもらった。基本的にどの機材も大型化して大量生産を目的としたもので、自分の知識とすり合わせれば使えない物はなかったので仕事には支障がなさそうだと判断した。


 一通りの説明を受けた後、明日の仕事時間を確認して部屋を後にする事になった。本当はもう少し色々と聞きたい事もあったのだが、大人しく黙って待っていたケイトがソワソワしだしたので続きは明日へ持ち越すことにしたのだった。


「さあ、リオックさん! ここが最後の治療院で働く人が寝泊まりしている寮ですよ!」


 医薬課を後にして、ケイトに引っ張られるように移動した先は、リオックが寝泊まりする場所でもある治療院に併設されている寮だった。治療院で働く者は、基本的にこの寮にて生活している。基本的には歳若い医療従事者が住んでいる。その為、この町に実家のあるケイトもこの寮で生活しているのだ。


「さあさあ! 入りましょう!」


「あ、ああ。そんなに引っ張らなくても大丈夫ですよ」


 こうしてリオックはケイトに引っ張られるように寮の中へと入って行くのだった。











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