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問題への対応は迅速に

 騒ぎが起こる少し前、オルテンシアは一人の女性を担当していた。


 その女性は何処か少し影があるものの、非常に美しいと言える女性だった。年の頃は20代後半で、その美貌を羨む者も少なくないだろう。


 そんな女性を担当する事になったオルテンシアは、教わった通りの接客と苦労して身に着けた技術で彼女にフェイシャルマッサージを施していた。その女性は元々綺麗な肌をしていたが、彼女がマッサージを施すことによって更にその美しさに磨きが掛かった。そして、最後に肌のうるおいを保つための化粧水を使う段階で、女性から飲み物の注文が入った。


 オルテンシアは、これまでも何か飲み物を求めたお客様が居たので、少し席を外して待機していた者へと飲み物を持ってくるように指示を出し、女性に暫くすると飲み物が届くと伝えてフェイシャルマッサージの続きを行った処で問題が起こった。


 化粧水を塗布してマッサージすると、みるみるうちに女性の顔が赤く腫れたのだ。そこには先程の様な美しい顔は無く、腫れあがった顔は他者が見えれば醜悪とも言えるものだった。


「どういう事よ!」


 当然その女性は自分の現状に気が付いて大声を上げる。それこそ周囲に見せつけるかのように大きな声を出して。







 フランシア達が騒ぎの起きている所に到着すると、そこには顔を赤く腫れあがらせた女性と、その女性に必死に頭を下げるオルテンシアの姿が見えた。


 本来であれば施術は隣の部屋で行われているのだが、態々最初に接客するためのフロアに来て騒いでいることに最初は戸惑いを覚えたが、自らの顔が醜く腫れあがっている事に悲壮な表情を浮かべるでもなく周囲に見せつけるかのように騒ぎ立てる女性を見てフランシアはノイズ商会の回し者だと予想した。


 本来、貴族の女性は顔に吹き出物が出来ただけでも人と会う事を拒む程だ。それが大勢の人に見せつけるかのような立ち回りに違和感を覚えてしまっても仕方がない。


 実際、彼女の顔を見て不安そうな感情を露にするご婦人もちらほら見て取れる。それでも周囲が大きく騒ぎ立てないのは、この催し物の中心にはフランシアが居た事と、大声で騒いでいるのが彼女だけだという事が大きいだろう。


「お客様、如何なさいましたか?」


「見ればわかるでしょ! この化粧水を付けられたら顔が真っ赤に腫れあがったのよ!」


 そう言って彼女はベレッザ商会で取り扱われている化粧水の入った瓶を見せつけてくる。実際、それは間違いなくベレッザ商会で使われている化粧水の瓶だった。


 しかし、フランシアはそれをこの場で認める訳にはいかない。立ち上げたばかりのベレッザ商会には多くの独自製品を取り扱っている。その製品の一つに大きな問題があったのであれば、他の製品についても問題があるのではと疑われてしまう。それにそのような商品を取り扱う者と取引をしたい者など居ないだろう。


「申し訳ありませんが、一度確認させて頂いてもよろしいでしょか?」


 フランシアは何かしら細工がされているだろうことは予想できるが、どのような方法を取ったのかを確認しないことには周囲を納得させることは出来ない。


 それに顔を赤く腫らしている女性には何処か狂気の様なものを感じる。自分の顔が腫れあがり、それに怒りを覚える以上の何かを。


「ええ、確り確認して頂戴! 間違いなく貴方たちが用意した化粧瓶よ」


 そう言って女性は化粧瓶を差し出すが、この中身を付けたことで顔が赤く腫れあがったのだから、そんなものをフランシアには持たせられないとルーシェが受け取る。


 ただ、フランシアにしろルーシェにしろ商品に関しての知識は殆ど無く、見た所で判断に困ってしまう。


 そうして化粧瓶を見て首を捻っていると、横から手が伸びてきてその瓶を掻っ攫った。


 その瓶を掻っ攫った手の持ち主は少し観察すると、続いてこう告げたのだ。


「ええ、これは間違いなくベレッザ商会で取り扱っている化粧水の入った瓶ですね」


 そう告げたのは、フランシアが最も信頼する従者の一人でもあるリオックのものだった。


「当然よ! これで貴方達の商品のせいでこうなったことが証明されたわけよ」


 リオックの言葉で、『我が意を得たり』と女性は捲し立てる様にそう告げた。その言葉で周囲が大きくざわつくも、次のリオックの言葉で再び沈黙が訪れる。


「しかし、これは本日使われている物ではありませんね。こちらは商会が通常販売したものになります」


 リオックの言葉を聞いて最も驚いた顔をしたのは、顔を赤く腫らした女性だろう。他の者の顔には疑問符が浮かぶのみだが、その女性からは何故リオックがそれを知り得たのかが分からない。


「本日我々が使用している化粧瓶ですが、学生が施術する事を考え万が一が無い様に、瓶の底には商会の紋章の代わりに不純物が入った場合は即座に凍結される魔法陣が刻まれております。それに引き換え、こちらの化粧瓶には通常販売のベレッザ商会で使用されているものです。それに此方も、通常であれば紋章の色は白ですが、不純物が混入した場合は黒く変色するように加工されております。そして、この化粧瓶は意図的に不純物を混入しなければ余程の事が無い限り不純物が入らない構造になっております。この事から、こちらの物は何者かによって意図的にすり替えられたものだと判断できます」


 リオックは捲し立てる様に現状判明している事をつらつらと喋る。それは聞く者が聞けば、先程の女性の様に周囲に意図的に聞かせるようにだ。ノイズ商会の件があったので採算度外視で凝った仕掛けをしておいたのが功を奏した。


 最初こそ息継ぎ無しに喋ったリオックの話の内容に理解が追いついていなかった者達も、次第にその意味を理解しだす。今回の騒動はベレッザ商会の商品にではなく、何者かの手によって引き起こされた事件であるという事を。


 実際、犯人が判明した訳では無いが、今回の犯行が無差別的な物なのか、意図的に彼女を狙っての物なのかは分からないが、誰かが悪意を持っての行動であることは明白である。


「ただ、これが通常販売された物であれば、何方がご購入された物なのか判別するのはそれ程難しくは有りません。しかし、このような状況では以後の施術は安全の再確認が不可欠ですが……。」


 リオックは周囲が騒がしくなってきた所で話を続けた。そんな中でリオックの低く良くとおる声は不思議と周囲の関心を誘う。


「この様に美しい女性に、何時までも腫らした顔を周囲に見せるのは良くありません。ここは美容に絶対の自信を持つこのベレッザ商会が、責任をもって元の彼女の美しい顔へと戻してみせましょう」


 そう言ってリオックは吹き付けタイプのノズルが付いた瓶を一つ取り出した。そして、顔を赤く腫らす女性を自然な動作で抱え込む。そうすると年齢にしては身長の高いリオックの腕の中へと女性はすっぽりと収まる。


「さあ、目を瞑って」


 状況に付いていけない女性は、リオックに言われるがままに目を瞑った。


 リオックはその隙に自らの手に持つ瓶の中身を霧状にして女性の腫れあがった顔へと吹き付ける。腫れあがった場所に万遍無く吹き付け終わると、その腫れはみるみると引いて行き、残ったのは元の美しい女性の顔だった。


 人の肌が瞬く間に改善される程の美容品。それを見ていた人達が抱いた感情は正に『奇跡』だろう。その状況に周囲は呆気に取られていたものの、その現実を飲み込んだものから騒がしくなる。


「なに!? その美容品は何なの!?」


 ご婦人方は普段の『お淑やか』を脱ぎ捨ててリオックに詰め寄るように聞きただす。この美容品は実質的には秘薬と呼ばれる物に近い。実際材料はそれに準ずるものが使われている。その分お値段もとんでもない物になっているのだが、今のご婦人方にそれを言っても聞いては貰えないだろう。


 リオックはご婦人方に詰め寄られつつも、落ち着いた声色で話す。


「お嬢様方、こちらはサロンになっております。一度落ち着かれますようお願いします。現在お迎えの方々をお呼びしておりますので、もう暫くお待ちください。そして、こちらの新商品ですが、その説明は学園祭最終日に行いますので、良ければ振るってご参加ください。勿論、抜け駆けは禁止です」


 リオックの良く通る声なのか、お嬢様と言われたからなのか、ご婦人がたは自分たちが人目もはばからず取り乱していたことに気が付いて、慌てて居住まいを正す。


 周囲への対応を他の者に任せ、リオックはオルテンシアの元へと向かう。周囲は落ち着きを取り戻しつつ有るも、先程まで目立っていたリオックから視線を放せない。


 その間に、フランシアとルーシェは顔を赤く腫らしていた女性から事情の説明を聞く為に静かに女性を連れ出し、別室へと向かった。


 そんな姿を横目に捉えながら、リオックはオルテンシアへと声を掛けた。


「オルテンシア、手を見せてください」


「え?」


 先程まで、自分が施術していた女性が顔を腫らしてしまったことに大きく取り乱していたオルテンシアだが、リオックに言われて自分の手を見てみると、その手のひらも彼女の顔と同じように赤く腫れあがっていた。


 先程までは其れ処では無かったが、気が付いてしまうと腫れた手が非常に痛むようでその顔が僅かだが歪む。


「さあ、手を出して。大変でしたね。治療が終わったら貴方は一度裏で休憩してください。その後はフランシア様から事情を聞かれると思います。自らに起こったことをありのまま伝えてくださいね」


「は、はい」


 そういってリオックは瓶の中身を霧状にして吹き付ける。そしてオルテンシアの手は先程の女性と同じようにみるみるうちに元の綺麗な手に戻って行った。


 オルテンシアとしてはその光景にも驚きだが、普段自分になど優しくしないリオックから優しく気遣われた事に驚きを隠せないでいた。治療が終わり、リオックに背中をおされて別室へと移るのだが、心配したメランザナが声を掛けても、彼女は暫く何処か生返事を返すだけだった。


 こうして学園祭一日目は営業を続けることも出来ず、大きく売り上げを落とす事になったのだが、前日の出来事が噂で広まり、二日目、三日目の集客は当初予定していたよりも遥かに大勢の人が押し寄せる事になった。スタッフ一同は嬉しい悲鳴をあげつつも、自分の与えられた役割をこなし、なんとか全日程を終える事が出来た。


 因みに、一日目に起きた事件で悪い噂が立たないように、手早く手を回したルーシェのお蔭で、寧ろフランシアの美談として噂が広がったのはまた別の話である。





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