順調な工程は嬉しいです
フランシアの企画立案から早一月。今日は学園祭当日だ。
フランシアは学園祭の準備と商会の立ち上げに忙しい日々を送っていた。最も、商会の実務にはルーシェとリオックが対応し、学園祭の準備にもメルクリオを軸にオルテンシアとメランザナが女性陣の音頭を取り、ジンコも男性陣のマナーについての再確認など、実際に忙しなく動くのは従者達だ。
これだけ聞くと、一見暇そうに見えるが、当日来客するお客様への事前の根回しなどはフランシア自身が行っていた。特に有力貴族や豪商の婦人には直接顔を合わせて商会の宣伝や、学園祭での催しなどの紹介を行っていた。
「さあ、皆。今日まで学んできたことを、今日この本番で然り発揮してちょうだい」
フランシアは、クラスメイトの前に立ち、皆に意気込みを確認する。その面々には、この一月頑張って来た自信が顔から滲み出ている。実際、男性陣のマナーに多々不備が見つかり、公爵家からマナー教育の人材が派遣され、スパルタで教育を受けた。女性陣も、簡単な技術だと聞いていた割には、本格的な教育により高い技術を身に付けている。貴意の高い女性が集まるクラスなので、最初は反発する者が出ると思われていたのだが、教育に就いた人が上手に煽って女子生徒たちのやる気に火をつけたのが大きい。こういった優秀な人材が今後商会運営に携わってくれると考えれば非常に頼もしいと言える。
皆の裏付けされた自信を感じ取ったフランシアは、声高々に宣言する。
「さあ、エステサロン『妖精の雫』オープンよ」
こうしてフランシア達の学園祭は始まったのだ。
「ようこそいらっしゃいませ。お嬢様のご到着をお待ちしておりました」
ジンコは感情を隠し、笑顔で深々とお辞儀をする。今彼の目の前にいる女性は、数十年前にお嬢様と呼ばれるような時は過ぎている。それでもその女性はどこか気恥しくも、嬉しそうな表情を浮かべる。
リオックが持ちだした『母性本能を擽る接客㊙マニュアル』では、全ての女性客に対して『お嬢様』呼びをするとされていたのだ。ただ、突然呼ばれても客も戸惑ってしまうが、入室の前に手短に説明を受けているので、今の処それによって苦情はでていない。寧ろ受けは上々だ。
ただ、それが接客する側も同様であるかは別である。今笑顔を浮かべているジンコが腹の中で何を思っているのかは誰にも測れない。
「お嬢様にはこちらの中から今日のお世話をさせて頂きます者をお選び下さい。指名された者は誠心誠意お嬢様へご奉仕させて頂きます」
このセリフ、聞くところで聞けば勘違いしてしまいそうだが、今が学園祭である以上そういった勘違いをするような者は居ない。胸の内は別として。
因みに、ここから客には接客する者を指定する事が出来る。ジンコの仕事は、最初に到着した女性への挨拶だ。フランシアの従者をしているだけあって、貴族の女性であればある程度顔が分かる事と、意外にもそういった采配が得意だったのだ。本人も一人の客に長く接するよりも、早々に誰かに押し付けられるからと喜々としてこのポジションを選んだ。最も、学園祭終了後に個人対応した男子生徒が多額の『お小遣い』を受け取っていたことを知って後悔するのは別の話である。
「正にお嬢様にはこちらの美しい花がお似合いかと」
「あ、あら、そう? それでは次からはそうしようかしら」
処変わって此方は上昇志向が高いメルクリオだ。最初こそ接客と言う仕事に文句を言っていたが、対応する客が有力者ばかりだと聞いたら、喜々として仕事をこなしている。
今も、有力貴族の婦人相手にその甘い笑顔を使って媚を売っているのだ。知っている者からするとメルクリオの評判は悪いが、見た目は良いので初対面の女性であれば割りと騙されてしまう事もしばしば有るのだ。
「ええ、お勧めはオルキデア産の物です。良ければ私の知り合いに伝手を持つ者が居ますのでご紹介しましょう」
「ええ、オルキデア産の物は有名ですものね。そのような伝手お持ちだなんて、お若いのに優秀なのね」
「おほめに預かり恐悦至極です」
この女性もメルクリオの甘いマスクに当てられたようだ。実際彼の所作には色々と見処がある。立場が上の女性に対しては非常に紳士なのだ。それはもう完璧な礼儀作法を披露してくれることだろう。
ただし、女性の立場が自分よりも下であった場合は非常に冷たい。それはもう100年の恋も一瞬で凍り付くほどのブリザードだ。極稀にそれを好む奇妙な女性に付きまとわれるメルクリオだが、基本的にはその時点で女性は離れていく。至極当然の結果だ。
まあ、話の内容的に今回はそれ程問題も無いので、ここは放っておいてもいいだろう。
「ああ、いいわ。そこ、そこよ」
ここは打って変わって先程の部屋とは違った光景が広がっている。こちらはエステサロン本来の目的である美容に関する施術が行われている。
この女性は現在、全身をオイルマッサージされている。施術しているのはメランザナであり、彼女の手によって女性の身体は磨かれている。
商会の人間の指導によって、高い技術を身に付けた彼女のマッサージによって女性は甘い声と、蕩けたような顔をしている。
「ティリア様は普段から肩に大きな負担が掛かっていますね」
「ええ、本当に嫌になるわ」
こちらでは基本的に客の名前を呼ぶ事になっている。男子生徒にお嬢様と言われて嬉しいご婦人たちも、本当のお嬢様にそう言われてしまえば嫌味にしか聞こえない。その為、施術中にはファーストネームを呼ぶ事になっているのだ。
そして、このティリアと呼ばれた女性は胸部に立派な物を所持している。大きいと言われる人よりも更に大きい。色々と夢が詰まっている分、その負担が肩にのしかかっているのだ。それ故か、彼女も嫌になると言いつつも、その表情からはどこか誇らしげなものも感じる。実際、彼女はこれを武器に多くの男性を翻弄してきただろうことは想像に難くない。
その双肩に溜まった疲れを、メランザナは溶かす様に解しているのだ。そしてその疲れは徐々にだが無くなって行くのをティリア自身が実感している。少しずつ自分の双肩が疲れから解放されていくのを感じる。自身の疲れが溜まっているポイントを的確に突いてくる少女の指は、このまま自分の家へと雇い入れたい程だ。
勿論、ティリアもこの場所に通っている生徒の事を知っているので、そのような行動に出る事は無い。最も、この後ここぞとばかりにベレッザ商会の事を教えられるので、彼女の欲求はそちらが解決してくれるだろう。
それにこの部屋で、そんな感情を抱いているのはティリアだけではない。その証拠に、この部屋には女性しかいないのに、女性の艶やかな声が至る所で上がっている。もし、この部屋に男性が居たのならば、その内に秘めた感情を隠すのは難しいだろう。
「ああ、いいわ。このオイルも最高ね。香りも豊かだし、落ち着くわ」
「ありがとうございます。こちらのオイルも販売しておりますので、後程ご購入頂くことも可能です」
「あら、そうなの。それじゃあ後で見させてもらうわね」
「ありがとうございます。こちらのオイルですが、こういった使い方も出来ます」
そう言ってメランザナは、手で馴染ませたオイルでツボが密集する場所を刺激する。既に出来上がりつつあったティリアには抗う事は出来ず、再び甘い声を上げるのだった。
「なかなか順調なようね」
フランシアは部屋に居る者に向かってそう声を投げかける。最も、この部屋には現在フランシアを合わせても3人の人影しか見当たらない。
「はい。男性陣と女性陣の連携も十分機能しています」
男子生徒の役目は、女性を楽しませるだけでなく、施術に時間のかかる女子生徒の時間稼ぎも含まれている。そういった意味で二つの陣営は十分な連携がとれていた。
「商品のうけも上々です。既に大口の予約も3件入っていますので、最終的な売り上げは予想よりも上がりそうですね」
フランシアの問いかけに堪えたのは、今回の催しの為に他の人よりも尽力したルーシェとリオックだ。
3人の仕事は、事前準備に重きを置かれていた。仮にこのまま順調に進めば、学園祭が終わるまで殆ど出番はない。
「それは上々ね。流石私の商会が提携しただけはあるわ」
実際に動いたのはルーシェやリオックだが、そこは何も言わない。実際にここまで順調に商会の準備ができたのも、フランシアのネームバリューがあってこそだ。これはフェロ公爵領においては殊の外小さくない。次期公爵というだけでなく、フランシア自身も優秀であることを内外に示している。所謂普段の行いが良かった結果だ。
「確かに、シアが声を掛けた婦人方からの売り上げは大きいですね」
「ええ、其々力ある方々なので、そこから話が広がってご来訪された方も見えるみたいですよ」
高い権力を有したご婦人は、普通の人よりも多くの人脈を持つ。しかも、それ一つ一つも無視できない程の力を持った方々であることは想像に難くない。そういった女性を中心に声を掛けたフランシアの功が奏したと言える。
「あとはこのまま何も問題なく終わってくれれば良いのだけどね」
先程まで自信満々なフランシアだったが、突然その顔に影を落としてそんな事を呟く。その言葉に二人の従者は同意の意を示すも、その表情にはどことなくそれが不可能であるだろう予想が浮かんでいる。既にこの二人には、リオックが以前ノイズ商会の者が何かを企んでいる事を伝えてあり、十分警戒するようには言ってあった。しかし、この一月これといった事件も起こっていないので、この学園祭で何かを起こすつもりなのだと予測される。
「そう願いたいですね」
「確かに……、しかしこう言った事を話していると、逆に事件を引き寄せると言った話も有りますよ。確か……フラグ、だったと思いま「どういう事よ!」す」
リオックのセリフに被せるように、突然サロンの方が騒がしくなった。
予測はしていても、問題というのは起こらないに越したことは無い。三人の心内にはそんな問題が起こったことに対する諦めと憤りが芽生えつつも、部屋を出て騒がしい現場へと足を向けた。




