祭りの準備は楽しいです
リオックの案の通り、商会を立ち上げる事を決めたフランシアの行動は早かった。
まずは商業ギルドに、自分が代表として商会を立ち上げる旨を申請、登録した。ここで、虫人達の主であるリオックが商会長とする案もあったが、それは今後の事も考えてフランシアを代表にすることに決まった。実際の実務を熟す訳では無いので、ネームバリューとして強い方を選んだといっても良い。
そしてフランシアが商会を立ち上げるに至った最大の理由が、リオックが取り扱っているといった美容品だ。
これはフランシアも使用している物で、この世界で美容品と言えば、基本的に化粧品の事を指す。それに比べ、リオックが売っている美容品は、主にお肌のケアに関するものだ。
事の始まりはフランシアが若さゆえのお肌のトラブルに悩んでいる所に、リオックが持って来た美容品を使用した。するとたちどころにお肌は綺麗になり、更に以前よりも輝きが増したことに起因する。当然、それを見たルーシェもそれを使いだし、たちどころにオルテンシアもメランザナもそれを使いだした。当然入手先は秘密にしたが、彼女達は自分の主が使っているので疑いなく使っている。
そして、その変化にティターニアも敏感に反応し、その商品をどこで手に入れたのかフランシアを問い詰めたが、咄嗟の言い訳に使った行商人から買い付けたと言ったのを真実にする為に、リオックが配下の虫人を使って行商を始めたのは別の話だ。
こうして狭い範囲の中ではあるが、その確かな実績と高い評価を持っている美容品であれば富裕層の女性に売れる事は間違いなしだった。
女性とは、いくつになっても美を追求する事を忘れない。それに客層が富裕層だという事もフランシアにとっては都合が良いのだ。
たとえ強い権力を持っている男性であっても、自分の妻には弱いものだ。富裕層の女性陣を取り込めば、間接的にであってもフランシアは影響力を持つ事になる。正に一石二鳥と言えるものだった。
「さあ、ここが今日から私達のベレッザ商会の拠点よ」
現在、フランシアは従者を伴って立ち上げた商会の店舗に来ている。当然、学園祭の準備もあるので、一部の従者は不在だが、出来る限りの人員を商会立ち上げの作業に割いたのだ。
「フランシア様、ここがアノ美容品を取り扱う商会になるのですか?」
ここで質問したのが、商会で取り扱う商品の虜になっている一人でもあるメランザナだった。彼女もフランシアと同じくお肌のトラブルに悩まされていたのだが、それを見事に解決してくれた美容品には絶大な信頼を寄せている。
「ええ、商品を取り扱っていた行商人に融資の話を持ちかけて、共同で事業を拡大する事になったのよ」
一応、今回商会を立ち上げるに当たって、いくつかの行商を取り込んでいる。リオックの配下である虫人の行商は勿論、信用のおける行商に声を掛けて、将来的に支店長を任せられる人員の確保を行ったのだ。
将来的に、この商会でフェロ公爵領の物流を左右できるように、商会の拡大を視野に入れた計画である。
「それで、俺達は何で呼ばれたんですか?」
この未だに従者としての言葉遣いができないのがジンコだ。彼は護衛を担当する従者なので武力が重視され、そういった方面がおざなりになっている。
「それは勿論、人手が必要だからよ」
現在、商会の拠点となる店舗を手に入れることは出来たが、内装、外装合わせて手を入れる必要が有るほど傷んでいる。本来であれば、通りに面した場所の方が客入りは良いのだが、基本的に販売先は富裕層になるのでこちらからの売り込みがメインになる。店舗に買い付けにくるなど余程の事が無ければ在り得ないだろうということで、少し通りからは離れてはいるが、広い倉庫が併設された店舗を探した処、この場所が格安で売られていたのだ。
資金にそれ程余裕がないフランシアにとっては渡りに船だと速攻で決めた。購入の際に、当然案内され、建物が古びている事は知っていたが、下手に綺麗なよりも、好き勝手に内装な外装が弄れるのでこちらを選んだのだ。当然、建物の重要な柱などが痛んでないかは確認済みで、問題が無かったので購入に至ったのだ。
ここまで来るのに、三人が話し合ってから三日である。これでフランシアの行動の速さが窺えるものだ。
「でも俺達そう言った事は素人ですよ?」
ある意味、彼の言っている事は事実だ。従者としての教育は受けているので商人とのやり取りについては多少の心得はあるが、商売のはなしとなれば全く別の話だ。
「大丈夫よ。ここの仕切りはルーシェに任せる事になるわ。商品はリオックの伝手をつかうから問題ないわ。貴方たちにお願いしたいのは、この店舗のリフォームの手伝いと、この商会で働く者達との顔合わせよ」
実際は、商会メンバーとの顔合わせに比重が大きく傾いている。今この場に集まっているのは今後商会で上の地位に就くことになる者達ばかりだ。従者である以上そう言った者の顔を覚えておいてもらわなければ困るのだ。
フランシアの言葉に三人は納得がいった顔をする。いくらフランシアの従者といっても、まだ13歳の少年少女に難しいことを求めるのは酷だ。今後の成長次第では、色々責任ある立場も任せられるが、それは彼らの今後の成長次第だろう。ある意味リオックやルーシェが特別なのだ。
「それで、これが学園祭の準備になるのですか?」
今度はオルテンシアからの質問だ。今回の招集には、学園祭での出し物について名案が浮かんだとフランシアに言われてその話をする為に集まったのだ。未だクラスの連中にそのことは言っていないのだが、既にフランシアの中では決定事項となっている。実際、彼女に意見できるような人間はクラスの中ではごく少数なのでこれは間違ってはいない。
「ええ、私達のクラスと提携する商会は、このベレッザ商会になるわ。貴方たちにはその為に先に訓練を受けてもらうことになるわ」
「そうですか……、それで学園祭では何を催すのでしょうか?」
現状、フランシアの頭の中(一部の人間除き)だけで計画された催しに、何をするのかまるで理解できていない彼女の純粋な質問だった。
「エステティックサロンよ!」
フランシアの宣言に、微妙な顔をする三人。エステティックサロンと言う言葉を理解できないのだ。いや、貴族である以上サロンという言葉には覚えはあるが、エステティックという言葉と馴染みが無い。
そんな微妙な顔をしている三人に、フランシアは一から説明する。
「解らないのも仕方ないわ。それじゃあ最初から説明してあげる」
そう言ってフランシアは丁寧に三人に説明をする。最も、この案を出したのはリオックだ。フランシアはリオックの案をそのまま採用したに過ぎない。
その案とは、客層を高位の女性に限定して、美容に関するサービスをすることだった。そのサービスとは、商会の製品を使ったマッサージやムダ毛の処理、美容に関する正しい知識に、美容に関する個別相談など美容全般の悩みを解決するための催しだ。
当然、その中ではベレッザ商会の製品を全面に押し出して進めるのだが、その品質はどれも自分たちが体験したことが有る分、自信を持ってお勧めできる。実際、ティターニアが使用して以来、各所から問い合わせが来るので、今後は事業を拡大することを理由にもできる。
中等部に入る娘が居るのに、未だに若々しいティターニアが使用している美容品の販売が大々的に始まることを知れば、女性陣は間違いなく飛びつくだろう。ある意味良い広告塔となってくれている。
「「私達がエステティシャン?」」
「俺達は接客か……、できるか……」
当然、お客様が女性となり、さらに身体に触れるサービスをするとなれば男性陣には出番が無くなる。しかし、エステと言うだけあって、来客するお客様にはリラックスした充実した時間を過ごしてもらう事を旨としている。
そんな中で、年若い男の接客と言うのはなかなかに当を得ている。
フランシアが所属するクラスなだけあり、それなりに礼儀作法を学んでいる生徒が多く所属している。それ故に貴族に対する対応も可能だ。
因みに、リオックが提案した。『母性本能を擽る接客㊙マニュアル』といった冊子を添えて。
そして女子生徒には、美容に関するノウハウを学んでもらう。そしてその技術を持ってお客様を持て成すことになる。当然、それを補佐する者も商会から派遣する事になる。当日も数人の人間が商会から派遣され、生徒たちを補佐することになるだろう。
しかし、直接お客様と対応するのは女子生徒になるので、その前段階として、オルテンシアとメランザナにはその技術を学んでもらう事になったのだ。
専門的な事であれば一朝一夕では身に付ける事は出来ないが、サービスを限定する事でそれを可能にする。もし、他にもサービスを受けたければ直接ベレッザ商会に来てもらう事になるだけだ。生徒に技術を身に付けさせつつ、商会にも利益が出るような計画となっている。因みに、こちらはルーシェが考えた案だ。
「どう? なかなかいい案でしょ? この案で、明日学校で決を取る事になるわ」
決を取ると言ってはいるが、これがほぼ決定事項だという事は彼らも理解している。仮に反論があるのだとすれば、今以上の案を出した上で、次期公爵様に睨まれる特典が付いてくるのだ。基本的に逆らう人は居ないだろう。
因みに、今この場にリオックとルーシェは居ない。リオックは商品の確保の為に動いていて、ルーシェは商会として活動する為の手続きをしている。
「それじゃあ別れて動いて頂戴。ジンコは力仕事、メランザナとオルテンシアは勉強よ」
こうして、従者一行は各々フランシアに引っ張られるように動き出す。
因みに、後日学園祭の催しの決を取るに対して、クラス全員満場一致で決定された。
※※※※
「あの小娘! 人の庭に土足で入ってきやがって! これだから世の中を知らないガキは!」
ここは公都の一角にある豪華な家々の一つ。富裕層で占められた地域にある場所の家だ。家というよりは屋敷と言い換えても遜色ない佇まいが、その財力を表している。
そんな屋敷の主である男が、部下から上がって来た報告を聞いて声を荒げて誰かを罵っている。誰か、と言ってもその本人はこの場には居ない。もしこの場に居ればこの男の首は即座に飛んでいた事だろう。
「旦那様、如何なさいますか?」
苛立たし気に声を荒げている男に話しかけたのは、この家の家令を務める初老の男だ。
「我らノイズ商会の庭を土足で踏み荒らすのだ。相応の報いは受けてもらわんとな」
家令の言葉に少し落ち着きを取り戻した男は、飲みかけのワインを一気に煽って告げる。しかし、その男の言葉とは裏腹に、苦虫を潰したような顔をしている。実際、相手が相手なだけに、表立っては動けない。寧ろこちらの存在を気取られ訳にはいかない。そんな事になれば自分など簡単に消されてしまう事を理解しているからだ。
「それでしたら、丁度良い者が居ります」
「ほぉ、聞かせてもらおう」
男はそう言うと家令に話の先を促した。そして、その提案を聞いて男は醜悪に顔を歪ませて笑い声をあげる。
「くっはっはっは、良いではないか。ならば直ぐに手配しろ。くれぐれも気取られるなよ」
「畏まりました」
家令の男性は、主の命を実行するべく一礼して部屋を出ていく。この男の商会が成長できたのは、一重に優秀な部下に恵まれたからに他ならない。最も、本人は自分の才覚だと信じて疑わないのだが。
部屋に一人になった男は残りのワインを飲み干し、再び醜悪に顔を歪めて一人呟く。
「我々の領域に手を出すなどいくら公爵であろうと許されない。それを身をもって学んでもらおうか。ックックック」
そんな男の姿を、複眼を持つ存在が頭上から見ている事を彼には知る由もなかった。




