別れの時、先の計画
「快適な船旅だったわ。流石アルテミシア王家お抱えの船乗りね」
休暇も終わり、島からも無事に戻って来る事が出来た。宮殿を仕切るソビセチュアも優秀な人だったが、島までの送り迎えをしてくれたこの船乗り達の腕前も非常に優秀だった。お嬢が抱える商会も優秀な船乗りが居るが、ここの船乗り達の腕前は別格と言える。
「フェロ公爵家のお嬢様に褒めて頂けるとは光栄です。次があるかは分かりませんが、また俺達の船に乗る時はよろしくお願いします」
「ええ、是非お願いするわ」
多少粗野なところこそあるが、一応の礼儀を弁えている船乗りは珍しい。これだけでも非常に貴重な人材なのだが、それに加えて船を操る技術も加味すれば、どこの組織も欲しがるような人材だろう。
俺達は船長と別れを告げて、港を出る。ここからは馬車で王城に向かい、従者達と合流して最後の確認をした後帰国する事になる。
「主様、フランシア様、ルーシェ様、お帰りなさいませ」
島へ渡るに当たり、エナ達には待機してもらっていたのだ。
正確にはこのアルテミシア王国の海側の玄関口であるこの町で、色々と情報収集を頼んでおいたのだ。港町なだけあり、各国の情勢や物流の流れを比較的簡単に調べる事が出来る。
それに、将来的にベレッザ商会がこの地に進出する時の情報収集も兼ねている。
高い利益が見込めるのであれば、小国群を飛ばしてこの地に支店を立ち上げるのも一つの手だ。
「ああ、ただいま。問題はないな?」
「はい、滞りなく」
短いやり取りで確認しあう。どうやら彼女達は無事に仕事を熟せたようだ。
「……優秀な人材はリオの周りに集まるのかしら?」
「人……と言えればですね」
お嬢がなにやらボヤいているが、こればかりは俺の能力故だ。ルーシェの切り替えしは相変わらずと言えるだろう。
実際、お嬢の能力も非常に強力なのだが、使いどころが戦闘に偏りがちだ。上手に周囲の力と同等であるかのように見せられるが、それ故に他者と使いどころは変わらない。全ての属性が使えるように見えるが、その分使い勝手も悪い。
そう考えれば、俺の能力はかなり広い範囲に応用が利く。それに大した資金も必要とせず、高い忠誠心と高い能力を兼ね備えた人手が確保できる俺の能力はお嬢にとっては喉から出るほど欲しい力だろう。まあ、お嬢の下におれが付いているのだから、お嬢の力の一部と言っても過言では無いのだが。
兎に角、俺達はエナが持って来た馬車に乗って、王城を目指す事となる。
俺は途中の宿場町にて別れる事になる。その後合流する従者達への言い訳が面倒な事になるし、正規の護衛であるジンコが居るので俺は必要なくなるのだ。
本来なら、この港町でお別れとなる処だったのだが、お嬢とルーシェにお願いされたので、王都手前の宿場町まで一緒に行く事になった。
この宿場町も、この国の主要な町で、東西南北何方に進むにも重要視する場所となっている。港町で揚げられた荷物は一度この宿場町に集まり、その後各方面に運ばれていく事になる。
俺はこの後、アルテミシア王国周辺の国を回って、ディエース教が各国に与える影響力を調べるつもりでいる。
薬師という仕事は、治療を行う教会に入り込むには非常に都合がいい。特に大陸中の知識を吸収している俺は、何処に行っても一定の扱いをしてくれるのだ。
深く考える事も無く始めた旅の薬師だが、ここまで都合のいい状況を作り出せるとは思ってもみなかった。これも日頃の俺の行いを神様(ディエース教の神ではない)が見ていてくれるからだろう。
「馬車の移動は落ち着きますね」
俺達に紅茶を淹れてくれた後、自分用の紅茶を用意して一息ついているルーシェ。彼女は相変わらず帰りの船でもブルブルと震えて、チワワのような瞳で縋って来た。俺はその可愛さに思わず抱きしめてしまったが、彼女もそれを拒否することがなかったので役得だ。
「ルーシェが船に乗るとしたら、軋む事の無い船が開発されてからだな」
「新しい概念の船とか、開発費が嵩みそうね」
俺の言葉に、お嬢も苦笑いを交えて返してくれる。
船旅など、貴族の娘は余程の事が無い限り経験する事は無い。そういった意味では、軋まない船の開発の優先度は低そうだ。
俺達が取り留めのない話をしている間に、今日の最終目的地である宿場町へと到着した。
そこは集積所も兼ねているだけあって、非常に広い土地が確保されている。俺達もこの町には何度も足を運んだことが有るので、見慣れた光景とも言える。
既に日は山肌に隠れ、視界の確保が難しい時間となっている。宿は既にエナ達によって抑えられているので、そこは心配ない。
暫く町中を進むと、馬車は一つの立派な宿の前に停車した。
「皆様、宿に到着致しました」
停車と同時に、エナが宿への到着を告げる。
ここは、この宿場町でも一位二位を誇る上級宿だ。非常に評判もよく、この町の事を知っている人であれば、この宿の事も知っている程度には有名である。
「ありがとう。それじゃあ、行きましょうか」
お嬢は颯爽と馬車を降りて宿屋へと入って行く。こういった時は従者が先行するのが普通なのだが、お嬢はそんな事は気にしない。寧ろ自分が一番に進みたがる。従者としては堪ったものでは無いだろう。
「あ! もう!」
ルーシェは油断していたのか慌ててお嬢を追いかける。何時も完璧な彼女だが、未だに船旅のダメージが残っていたのかもしれない。
俺はそんな慌ただしい二人を追う様に宿へと入る。宿の中は品の良い内装で、来客した者の心を落ち着かせてくれる。それでいて一つ一つの調度品は質の高い物が使われている事が窺える。流石はこの町一位二位を競う宿屋なだけはある。
宿の方も、俺達の事は事前に聞いていたのだろう。円滑に手続きを終えて案内をしてくれる。
今日取った部屋は、最上階フロア全てを占めるスイートルームだ。貴族や豪商が従者を伴って宿泊する事を前提とする仕様なので、俺達全員で泊まる事が出来る。
案内された部屋には、既に夕食が準備されていた。どうやら到着が遅くなることを見越して事前に準備していたようだ。流石上級宿屋。
「あら、準備がいいわね。丁度お腹も空いているし、先に食事にしましょうか」
給仕には此方の人員を使う事を告げ、身内だけの夕食が始まる。こういった時は周囲に他人の目が無いのは有難い。流石に貴族令嬢と護衛が同時に食事をするわけにもいかないからだ。
「さあ、最後の晩餐よ。乾杯しましょう」
「なんでそんな不穏な言い回しなんだ……」
「シアなりの寂しさ隠しですよ」
照れ隠しならぬ寂しさ隠しとは器用な事をする。いや、寂しさを隠す必要があるのか?
「ほら、早く!」
お嬢に急かされ、俺達は席に着いてグラスを握る。今日まではルーシェも休暇なので、給仕はエナ達にお任せだ。
「それじゃあ、楽しかった休暇に乾杯!」
「「乾杯!」」
互いにグラスを鳴らして、其々喉を潤す。勿論俺は二人よりも弱い酒だ。流石に二日酔いはもう勘弁してほしい。
「はー、美味しいわ。ここの料理は王城よりも美味しいかもしれないわね」
グラスを空にした後、目の前の料理に手を付けてからお嬢はそんな事を口にする。
王城で出される料理は、この国最高の料理人の元で作られているはずだが、お嬢はそんな事を言う。本来であれば即否定する処だが、ここは王都よりも港町や農村との距離が近いので、食材の鮮度が高いからあながち間違ってはいない。
「そうですね。野菜もシャキシャキで、魚もプリプリです」
食材の良さを最大限に引き出した料理に、皆舌鼓を打つ。確かにこれは王城で食べた物より美味しい。好みもあるだろうが、こちらは食材の鮮度を活かした料理で、王城の物は、よく火を通してソースなどの味付けで工夫している様に感じる。
「あ! でも私はリオの料理の方が好きね」
「ええ、リオの料理は美味しいですね。私も大好きですよ」
突然二人が俺の料理を褒めてくれる。今の料理技術を身に着けるまでに結構な苦労をしたので、越して褒めてもらえると嬉しいものだ。
「でも、今回みたいな事がないとリオの料理を食べられる機会なんて……良い事を思いついたわ!」
「「?」」
突然、お嬢が何かを思いついたのか、大きな声で叫ぶ。俺達はそれを怪訝な顔をして先を待つ。
「ダンジョンに潜ればいいのよ!」
突然、そんな事を言い出すお嬢。確かにダンジョンに潜れば、必然野営する事になるので、食事は野外食となる。本来であれば荷物の量的に豪華な食事は難しいが、俺の持つ収納の魔導具を使えばその問題はクリアされる。
「お嬢がそんな簡単にダンジョンに潜れるのか?」
「そうですよ。仕事だって沢山ありますし、危険なダンジョンへ行くことをティターニア様がお許しになるとは思えません」
フェロ公爵領にとって、お嬢は唯一の跡継ぎだ。それはそれは大切に育てられている。基本、危険な事は禁止されているのだ。
「いえ、次期フェロ公爵として武功の確立は一つの条件だわ。一番簡単な武功の証明として、ダンジョンから貴重な魔導具の入手は手っ取り早い方法よ。そうであればお母様も文句は言えないわ」
「「……ああ!」」
フェロ公爵家は今でこそ内政の切り盛りが巧みで、豊かな領地となっているが、その昔は北方から押し寄せるモンスターを押しとどめ、逆にその森を切り開いた正真正銘武家の一門が元となっている。
それ故に当主には一定の武力を求める古い習わしがあるのだ。
その昔は北側への領地拡大でその武功を示していたのだが、いまでは一つの事業としての側面が強いので、この後行われる北方遠征は余程の事が無い限り武功を上げたとは認められない。そもそも天幕の中で全体の指揮を取らねばならないお嬢が武功を上げるのは難しいだろう。
それ故に、内外に示す武功として使われるのがダンジョンから貴重な品を発掘する事である。要はコニーと同じような事をするのだ。
流石にあの国のようなルールこそないが、一定の能力を持った魔導具か魔導器を手に入れる事でその力を示すこととなる。能力の高い物ほど、守護者の力も高いので、武力を示すには打って付けなのだ。
各言うティターニア様もこれのよって武力を示し、その功績によってフェロ公爵就任となったのだ。
これは次期領主としては避けては通れない行事である。いかにティターニア様でもそれを阻害することは出来ないだろう。
それに、武功を示す為の物なので、全ての準備はお嬢の力によって行う必要がある。一応お嬢の方から声を掛けて『依頼』という形で他の貴族に力を借りる事は許されているのだが、お嬢の場合自前の物で十分事足りるだろう。
追随する人員の選定もお嬢に一任されるので、かなり自由が利くだろう。
「……確かにそれなら自由に動く事が出来ますね」
「でしょ? それに時期を年末に被せれば王都のパーティーに行かなくても済むわ!」
「!? 名案です!」
二人の中で次々と計画が進んで行く。流石に貴族として王都への顔出しは必要だと思うのだが、余程パーティーに行きたくないらしい。
「それだと流石にティターニア様も何か言ってこないか?」
「大丈夫よ。いい訳なら何とでもなるわ。ふふふ、楽しくなって来たわね」
「はい、帰ったら早速日程の調整をしましょう。商会の方も引き継ぎをしなければなりません」
もはや彼女達の中では決定事項のようだ。どうやら今年の年末の予定はもう決まってしまったようだ。
その後も二人は色々と計画を立てていき、食事が終わる頃には既に実行可能な段階までに落とし込まれていた。流石優秀なお二人である。
こうして、俺達の最後の晩餐は終わった。
さて、俺も二人の計画に支障をきたさないように確り仕事をしよう。
今回で第四章終了です。
現在、初期の構想に少し修正を入れています。
できるだけ早く次の章を書き上げたいと思いますので、引き続きよろしくお願いします。




