閑話:従者の語り、会談の風景②
「フェロ公爵代理、フランシア・ディ・フェロ様ご到着」
アルテミシア王家からの要請を受けてフランシア様が再びこのアルテミシア城に戻って来た。久しぶりの確りした休暇を邪魔されて間違いなく怒り心頭だと思ったのだが、この前の会談のときより寧ろ機嫌がいい。
アルテミシア国王もせっかちなのか、フランシア様が到着早々会談を始めると言い出した。
馬車で一日近く移動してきた女性に対する気遣いすらないこの対応に流石に俺達も不満を覚えたが、当のフランシア様は意気揚々と会議室へ向かうので俺達は何も言えない。
それと気になることが有る。ルーシェがフランシア様と一緒に居るのは理解できるが、外から護衛を雇って近くに侍らせているのだ。一応その護衛も、本来フランシア様の警護を任されている俺が居るからか、特に出しゃばってくることはないのだが、その立ち姿から滲み出る強者の圧をひしひしと感じる。
ルーシェに聞いたら、以前から偶に商会の仕事を依頼していた探索者とのことだったが、あれほどの人員を確保しているとは流石としか言いようがない。
俺の師匠でもあるフェロ公爵騎士団の団長より遥かに強そうだ。正直敵に回したくない人物である。フランシア様が雇っているなら安心できるが、仮に敵対した時に俺は肉壁くらいしか仕事はないだろう。
てか、これで更に俺の存在価値が下がったな。うん。
「フランシア・ディ・フェロ、陛下のお呼びにより馳せ参じました」
そんなこんなと考えていたら、今回の会談の会場である王城の一角にある会議室に到着した。
フランシア様は勧められるままに国王の正面に座る。俺達従者はメルクリオとルーシェをフランシア様の両脇に置いて、バランスよく位置取る。外で雇った護衛の彼は壁際で控えるようだ。
視線を控えめに動かし、部屋の内装を確認している。天井をチラ見した後、小さく鼻で笑ったのを見逃さなかった。
どうやら俺は無遠慮に視線を向けすぎたようで、彼と視線が合ってしまった。俺は逃げるように視線を逸らす。本来であればフランシア様の警護を任されている身であるのだから、彼の様な根無し草の探索者に怯える必要はないのだが、俺の心は既に負けを認めている。
大丈夫。敵では無いのだから下手に関わらなければ問題ないはずだ。
俺のこういった勘は非常に信用できる。寧ろこの勘に従って生きてきたのだ。
そんな事を考えていたら、フランシア様達の交渉が白熱していた。
「まったくお話になりません。前回の会談でも、我々からの融資を五分の一に下げてもらいたいと伝えた筈です。それを遥かに上回る金額では商談にもなりませんわよ?」
「なっ!?」
なんとフランシア様は前回の会談の時と同じ条件を出して来た。正直、あれは冗談の類なのではないかと俺達従者の間で話していたのだが、国王に向かって同じ条件をだすのだから本気なのだろう。
そういえば、最近フランシア様が経営する商会の動きが活発だったが、それが関係しているのかもしれない。
「どうやら陛下は情勢に疎いようなので私から説明させて頂きますわ」
背筋が凍る。
一国の王に向けてこの挑発的な態度が取れるとは流石我が主フランシア様である……。
いやいやいや、駄目でしょ!? 下手したら戦争すら在り得る行為ですよ! 驚いているのは俺だけではなく、メルクリオや他の従者も口を開けて驚いていた。そんな中で、ルーシェがいつも通りの無表情なのは分かるが、壁際に立つ護衛の彼が声を殺して笑っていた。
探索者故に今の状況を理解できていないのかもしれない。
だが、この後のフランシア様の言葉は、更なる驚きを国王に齎したようだ。
「ええ、その商会で最近大陸外のエルフとの取引を開始しましたの、現在それも軌道に乗って、順調に利益を上げていますわ」
この言葉で国王は完全に呆けてしまった。どうやら国王までこの情報は上がっていなかったようだ。
前回の会談で、フランシア様はフラメ公爵にその旨を伝えていた筈だが、どうやら彼はこの情報を重要視しなかったようだ。あのような礼儀も知らない貴族であれば仕方がないかもしれない。
そこからはフランシア様の独壇場だった。
証拠とばかりにフェロ公爵領で取引されているエルフ製品の品質を見せつけ、その値はアルテミシア王国より遥かに安い。高品質の物が、安定した数を確保でき、更に安く仕入れる事が出来るとなれば、人々はどちらから購入するかなど一目瞭然だ。
そこから更に捲し立てるフランシア様に、流石の国王も魂が抜けてしまったかのようだ。
だがこれは一国との取引だ。フェロ公爵領の了見で国交を悪化させるのは流石に良くない。戦争までいかなくても、国交断絶となってしまえば、その責任をフランシア様が負わなければならい。実際はフェロ公爵が責任を取る事になるのだが、将来のシコリになることは間違いないだろう。
最も、俺の心配など、ただの取り越し苦労だった。
そこからフランシア様は巧みに話を誘導して、今回の責任をミスカンティス聖国とディエース教に押し付けたのだ。
この二つ、とある小国の国王を傀儡にしようとして、それをフェロ公爵が阻止した過去がある。過去と言っても昨年の事などだが、それ以降地味な嫌がらせを続けてきている。
どうやらフランシア様はここでミスカンティス聖国やディエース教の影響力を大きく削るつもりのようだ。
ちゃっかり最初の会談を担当したフラメ公爵を大罪人扱いしている辺り、相当頭に来ていたようだ。
その姿は頼もしくあり、少し空寒い物を感じた。
そこからは、あれよあれよと契約内容を決めていき、後は事務方が調整する処まで落とし込んで行った。正に早業である。
その後、ちゃっかり王族専用のリゾート地の使用許可をもぎ取り、フランシア様とルーシェ、そして護衛の彼を伴って、次の日の朝には王城を出発していた。
正直、一国との契約で対談時間数時間など驚きを超えて呆れを覚える。
その後は再び俺達従者が後の細かな話し合いを任され、かといって殆ど決まってしまった契約の書類作成が主な仕事で、それ程忙しくもない日々が始まった。
メルクリオは相変わらずだが、それに追加して護衛の彼の文句を言っている。これにはオルテンシアとメランザナも呆れ顔だ。
俺としてはちょっとそれ処ではない。
会談の後は解散して夕食を取り就寝となったのだが、偶然お手洗いに言った時に聞いてしまった話が頭から離れない。
あの会談の時、アルテミシア王国側の暗部が天井や壁の隙間に潜んでいたらしい。しかし、その全てが完全に無力化され、向こう一月は使い物にならないと、大臣が文句を言っていたのを聞いてしまったのだ。
最初こそ、どんな凄腕だろうと考えたのだが、俺はそれを見ている事に気が付いて背筋が凍った。
あの時、天井を見て鼻で笑っていた男が一人いた。これといて不自然な動きなどなにもしていなかったが、彼にとってはそれで一国の暗部を無力化するに足る事なのだろう。
俺にとって想像する事も出来ない程の強者……フランシア様は俺達を置いて遥か先を進んでいるのだな……。




