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島の散策(前編)

「……よしよし」


 ルーシェが一心不乱に自分より頭一つ分小さな仔馬を撫でる。その愛くるしい目は、気持ちいいのかトロンと蕩け、甘えるように頭を擦り付けている。


「あの子は昔から動物には目がないわね」


 俺達の今日の予定は、ポニーに乗ってこの島の中を散策するのだ。


 この島はリゾート地として整えられているが、住民が居ないわけではない。島を美しく保つため、大きな集落が存在するほどの人が居る。これによって王族が来た時に、新鮮な食材を確保したり、不測の事態にも対応できるように備えている。


 その為、変な言い方だが、この島の住人は王族が信を置いている物たちで固められている。その為に、色々優遇されているらしい。一種の特区のようなものだろう。


「ああ、ダンジョン攻略の時も、人との距離が絶妙な鹿馬が、ルーシェに懐いていたからな」


「こういったのも一種の才能よね」


 俺達がルーシェを微笑ましく眺めていると、昼食用のお弁当が入った鞄を持ったメイドさんがやってきた。


「フランシア様。こちらにお弁当はご用意しましたが、本当に我々の同行は必要無いのですか?」


 今日は島の中を見学して回るだけとはいえ、一般的な貴族であればシェフやお付を大量に引き連れてのお出掛けが普通だ。お嬢のように、フラフラと出かける事は滅多に無い。お忍びでももう少しお供は多いだろう。


「大丈夫よ。貴方たちは基本的に宮殿の中の給仕だけで十分よ」


 彼女達からしたら、自分が仕える主人の客人に不便な思いをさせるのは矜持に反するだろうが、俺達の関係上知られたくない話もするので周囲に侍られる方が逆に負担になるのだ。


「……畏まりました。皆様のお帰りをお待ちしております」


 彼女達も客人に言われてしまってはどうしようもないだろう。実際、昨日は俺達だけで海の上を移動しているので今更でもある。


「さて、そろそろ出発しましょうか」


「ああ、そうだな。……ルーシェそろそろ戻ってこい」


 俺達が話している間も、仔馬と戯れていたルーシェ。彼女が一度そっちの世界に浸ってしまうと、自力で戻ってくることは滅多に無い。それでも仕事に支障をきたしたことは無いのは、彼女が優秀だからだろう。


「あ、すみません。出発ですか?」


「ええ、そろそろ行くわよ。準備は終わっているわ」


 普通は従者が準備をするのだが、今回はこの宮殿付きのメイドさん達が準備してくれた。ルーシェにとっても今回は休暇を取りに来たので、大好きな動物と戯れるのも構わないだろう。


 ルーシェは先程まで撫でていた仔馬と名残惜しそうに別れを告げて此方に来る。流石に腰辺りまでしか体高のない仔馬には乗ることは出来ない。


 今日、俺達が乗るポニーは、体高がお嬢達と殆ど同じサイズで、肩までが140センチ程の大きさだ。毛並みも良く、鬣はサラサラだ。


 鞍に今日のお弁当が入っている鞄を取り付け、のんびりと出発する。


 基本的に貴族として生まれると、乗馬は必須スキルと言っても過言ではない。それ故俺達は三人とも馬には乗れるのだが、このポニーは普通の馬に乗るよりも、更に乗りやすい。実際、貴族が幼少期に練習するのにも使われているのだ。


 戦の時に騎馬として使われる馬に比べ、非常に大人しい性格をしていて、背も低いので乗り心地も悪くない。


 その割に、本気で走るとなかなかの速度を出すので、なかなか優秀なのだ。


「さあ、行きましょう!」


「はい」


「おう」


 ポニーに跨り、いざ出発。普段よりも少しだけ視線が高くなるのが面白い。









 先頭をお嬢が歩き、続いてルーシェ、そして最後尾に俺がつく。昨日と同じ布陣だが、昨日に比べて非常に楽だ。未だ二の腕に痛みを感じるので非常に有難い。日頃の旅で足には自信があるのだが、腕はそれ程鍛えていないので筋肉痛が酷いのだ。


「んー、風が気持ちいいわね」


 お嬢はポニーの上で器用に伸びをする。確かに今日は天気も良く、昨日と変わって程よく風が吹いているので予想よりも涼しく感じる。日差しは強いが、日陰に入ると結構涼しい。


 この島の道は、日よけ用の並木が植えられていて、整備が行き届いているので真夏の移動だが結構快適だ。


「木漏れ日の射す道も風流で良いですね」


「ああ、手入れが行き届いてるな。ただの道だが歩いていて気持ちがいい」


 実際、自然界に存在する木々は好き放題に延びていくので、手入れされていない場所だと歩くのに邪魔になることが多い。それに引き換え、この道は確り整備されていて、歩くのに邪魔になる枝が飛び出ている事も無い。


「うちの領地でも取り入れてみようかしら?」


 この道を見て、何かを考え込んでいたお嬢はそんなことをポツリと呟いた。


「この道をですか? それだと予算の確保が大変そうですね」


 こんな時、事務的な事を任されているルーシェらしい意見だ。だが、彼女の言う通りこれだけ確り整備するとなると、新たに予算を確保する為の労力は一入だろう。


「確かにな、でも流通面を考えれば悪い事でも無いな。移動速度も上がるし、見通しが良くなれば危険への対処も楽になる」


「なるほど……、綺麗なだけじゃなくてそういった効果もありますか……」


「取り敢えず、帰ったら考えてみましょう。今は仕事の話はなしよ」


 そういって、お嬢はポニーの横腹を足で叩き速度を上げる。俺達二人もそれに倣って速度を上げた。








「畑ね」


「畑ですね」


「畑だな」


 綺麗な並木道を抜けて、暫く進んで行くと、大きな畑が広がっている場所に出た。


 ここは宮殿からは丁度隠れている場所で、今日みたいに島の中を歩かないとみる事が出来ない場所、この島での裏方の仕事をしている人達だろう。


 畑には、様々な夏の野菜が植えられていて、どれもこれも瑞々しい。中には俺が今まで見たことない野菜も植えてあった。麦などの保存の利く物ではなく、収穫してから直ぐに食べるような野菜や果物が主に栽培されている。


 本当に旬の物を直ぐに食べられるように、常に備えているみたいだ。


 周囲が畑に代わると、農作業をする人がちらほらと見えてくる。相手も此方を見つけると一つ頭を下げる動作をする。この島で見知らぬ人が居れば、王族の客人くらいだろうから彼らなりの礼儀なのだろう。


 そんな中を進む俺達に、一人声を掛けてくる人がいた。


「おや、こんにちは、今島に来ているお客様ですかなっ?」


 声を掛けてきたのは、いかにも農夫といった立ち姿の壮年の男性だった。なにやら野菜を収穫しているようで、手にはハサミを持って作業している。


「「「こんにちは」」」


 俺達は挨拶を返す。


「ふむ、久方ぶりにお客様が来たと聞いたのですが、皆お若い方々なのですなっ。よろしければ私共の育てた野菜を食べて行ってくださいなっ。採れたては美味しいですなっ」


 なんだか語尾が特徴的な喋り方だが、男性は俺達に自分が収穫していた野菜を差し出して来た。


「あら、よろしいですの? それではお一つ頂きますね」


 そういってお嬢は差し出された野菜——トマトを一つ取ると、豪快に齧り付く。……この休暇が始まってからお嬢が野生化してきたと思うのは俺の勘違いだろうか……。いや、ルーシェも呆れた顔をしているからきっとそうだろう。


「んん!? 甘くて美味しい!」


 トマトが予想以上に美味しかったのか、お嬢は大きな声を上げた。口元が汚れている事も気にせず、二口目を齧り付く。


 その美味しそうに食べる姿に、流石に俺もこのトマトが気になってくる。


 俺も男性が差し出すトマトを一つ貰って、袖で汚れを取って齧り付く。


 口の中で弾ける果肉汁と濃厚な旨味。そしてトマトらしい仄かな酸味と想像以上の甘みが口の中に広がった。


「うっうま!」


 思わず感じたままを口にする。今まで食べていたトマトとは何だったのかと言いたくなるほどに旨味が凝縮され、甘みが凄い。下手なフルーツよりも遥かに甘くて美味しいと言える。


 俺達が食べる姿をみてルーシェも気になったのか、男性に一言いれてトマトを受け取り、上品に小さく齧り付く。齧り付くのに上品があるのかは謎だが、美少女がすると様になるというものだ。


「! 甘くてとっても美味しいです」


 そこからはルーシェも黙々とトマトを食べ続ける。


 普段食べるトマトに比べて、少し果肉は固く、シャキシャキとした食感を楽しめる。そして種の周囲のトロッとしたところは非常に甘みが強く、またそののど越しも独特で楽しい。


「これは凄いですね。この島の野菜はこんなに美味しいのですか?」


 瞬く間に食べ終えたお嬢が、農夫の男性に質問を投げかける。確かにこれほど美味しい野菜を作り出す秘密は気になる処だ。


「ええ、この島の大地と、ミネラルの多い水が育んだ野菜は、他とは一味違うのですなっ」


 それから男性に色々聞いたところ、この島と周辺の海に湧き出る水には、非常に多くのミネラルと言う野菜の栄養が沢山入っているらしい。この水は、人の身体にも良い物で、態々ここの水を注文するレストランもあるらしい。


 そしてもう一つ、昨日俺達が行ったマングローブ地帯から取れる土に植物の成長を助ける成分が含まれていて、それを肥料として与えているので、ここの野菜は非常に美味しいものになるらしい。


「他には真似できない、この島の特産ですなっ」


 確かにこの島の強みだろう。実際、他ではまねできない事が多い。非常に恵まれた土地だと言える。


「確かにそれは真似できないわね。おじさん、お野菜ありがとう。美味しかったわ」


 俺達は農夫の男性にお礼を言ってから再び出発する。もし、この野菜を作る秘策があれば、お嬢はもっと突っ込んだ話をしただろうが、水と土地故のものであれば諦めざるおえない。実際、他の目新しい事をしているわけでもないようで、土地の恩恵を十分に受けた結果でしかないようだ。


「お嬢様、また仕事モードになってるぞ」


 俺の一言に、自覚を持ったのか照れ笑いをする。先程の並木道の事もだが、お嬢は他っておくと直ぐにフェロ公爵領の発展に繋がることを考える。


 今回の休暇はそう言った事から離れて、身も心もリフレッシュする為に来ているのだから、あまり仕事の事ばかり考えていたら気が休まらない。


「シアは目を話すと直ぐに仕事をしていますからね」


「お前もだぞルーシェ。商会が一枚噛めないか考えてただろ」


 人の事を言えないルーシェである。トマトを齧りつつも、「販路が……」なんて呟いていれば嫌でも分かる。


 そしてお嬢と同じように照れ笑いをする。本当にこの二人はこういった所がそっくりだ。


 最も、これは二人が本当に領地の為に頑張っているが故だ。少しでも領地を豊かにしようとする二人には本当に頭が下がる。


「そうね、ルーシェも人の事言えないわ」


「むぅ……、ほら、先を急ぎますよ。島は広いのですから!」


 俺の言葉に乗っかったお嬢の言葉に、居心地が悪くなったのか、お嬢を追い抜いて先へと行ってしまった。


 そんなルーシェの行動に、俺達は微笑ましいものを見るように暖かい視線を向ける。


「ほら! お二人共、おいて行ってしまいますよ」


 俺達が付いて来ていない事に気が付いたのか、ルーシェが大きな声で催促する。


そんな彼女を追いかけるように俺達は速度を上げて追いかけた。





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