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船の移動、羞恥の風呂

「わあ、凄いわ。意外と揺れないのね」


「シア!? そんな所に立っては落ちてしまいます!」


 ロープに掴まり、船の縁に立つお嬢にルーシェは慌てて駆け寄る。ただ、近寄ったルーシェの方が、足元が覚束ない。彼女の意外な弱点を発見した。


「あら? ルーシェの方が落ちてしまいそうじゃない。仕方ないわね」


 そう言ってお嬢は縁から降りて、甲板に設置されている椅子へと戻って行く。本来船の甲板に椅子が置いてあるなんてことは無いのだが、この船は王族がリゾート地に移動する事のみに使われる専用船を借り受けているのだ。


「うぅ……、大きい船は苦手です。小舟なら平気なのですが……」


「普通小さな船の方が怖く感じるものではないのかしら?」


「確かに、小舟の方が揺れるし、転覆しやすいよな」


「いえ、大きな船の軋む音がちょっと……」


 確かにこういった大型船は波の揺れに合わせて木が軋む。それは設計の段階で敢えてそうしてあるらしい。それのよって船に加わる力を全体に分散させて、船体の破損を防ぐ為だそうだ。


 お嬢やルーシェの様に、一定の立場がある者は、基本的に船での旅をすることは無い。


 それは、船旅がそれ程危険だからだ。どれだけ安全な航路を進んでも、万が一がある。陸路でも危険は有るのだが、それに対処するのはそれ程難しくない。寧ろ金持ちが使う竜車と呼ばれる特別な乗り物にはモンスターが近づく事は少ない。それにこの竜車は早く、一月で大陸を端から端まで横断でしてしまう。正直大陸内の移動なら船に乗るより早い。


それに引き換え、船旅の万が一は対処が難しい場合が多い。特にこの時期は南方から強い嵐が来て、転覆の恐れもある。それにフェロ公爵領からこのアルテミシア王国に来るまでに二月は掛かる。大陸から出ない限りまず船に乗ることは無いのだ。


「ふふふ、弱っているルーシェも可愛いわね」


「ああ、滅多に見られないレアな姿だな。フム……、お持ち帰りしたくなるな」


「え!? ちょっリ、リオ!?」


「何を言っている。俺はリックだぞ」


 これ程慌てるルーシェは珍しい。しかし、本当に可愛いな。


 普段感情を表に出さないのに、今はまるで主人に縋るチワワのようだ。もともと身体は大きく無いが、更に小さく見える。それに加えて小刻みに震える姿は保護よくをそそられる。


 それと、現在俺はリックとして二人に同行している。


 俺達が向かうリゾート地には、王族の領地だけあって、それを管理する者達も居るのだ。その為、リオックの存在を極力隠すために護衛を請け負った探索者として同行した体を取っている。


「あら、ルーシェだけなの?」


「お? お嬢様も参戦か? 俺は二人相手でも構わないぞ」


「……なんだか十年くらい前のリオを見ているようね」


 俺は十年前こんな感じだったのだろうか。もう少し大人しかったと思うのだが、意外と自分で覚えているほど、過去の記憶とは確り覚えている物では無いのかもしれない。


「私はこちらの方が好きですよ。作っている感じがないですから」


「そうか? 確かにこっちの方が楽だけどな。正直堅苦しいのは得意ではない」


「そうね、昔は貴方が私達を仕切っていたものね。懐かしいわ」


 確かに、みなが純粋な頃は、俺がその場を仕切ることが多かった。ただ何時頃からか、お嬢は公爵令嬢としての自覚を持ち、他の面々も自分の立場を自覚した頃から俺は一歩引いた立場に落ち着いていたと思う。


 それから色々あって、今の状況に落ち着いたわけだが、流石に昔を懐かしむには俺達はまだ若すぎると思う。日ごろ忙しすぎて老け込んでいるのかもしれない……。


 是非この休暇でしっかりリフレッシュしたい所だ。


「フランシア様、島が見えて参りました」


 俺達が昔話に花を咲かせていると、この船の船長がそう告げる。


 前方を見てみれば、遠くではあるが肉眼でも確認できる程島が近づいていた。


「よかったわね、ルーシェ。怖い船旅はこれで終わりよ」


「シア、余り意地悪すると眼鏡から助けませんからね」


「え、ちょ、それはダメよ! もう、ただの冗談じゃない。ほら、リックからも言ってやって!」


 こういった時、普段お嬢を手助けしているルーシェが一歩先を行く。ルーシェが機嫌を損ねれば、お嬢が被る苦労は大変なものになるだろう。


「そうだな、いっそ俺と一緒に旅するか?」


「まあ、それは魅力的なお誘いですね」


「ちょ! 洒落にならないわよ! もう、私が悪かったわ。許して~」


 お嬢はルーシェに縋りつく。実際、冗談だと分かってはいるのだろうが、ノリのいいお嬢だ。ただ、ルーシェの胸元に顔をうずくめるのは、少し羨ましい。


 お嬢とルーシェがじゃれている間に、島への距離はかなり近くなっていた。


 そして同時に見えてきたのは、白を基調とした宮殿、正に白亜の宮殿だった。それ程大きくは無いのだが、非常に美しい作りの建築物だ。しかも、白いビーチと南国の木々など、周囲の風景にマッチしていて、非常に調和が取れている。


「あら、流石王族が使うだけあって綺麗な場所ね」


「確かに、こんな所にお金を掛けているから、今回の様になるのですけどね」


 さらりと毒を吐くルーシェ。ただ、その意見は的確だとも思う。いったいこの場所を作るのにどれだけの金を費やしたのだろう。それにこれ程の美しさを維持するには、更に金が掛かるだろう。


「まあ、そのお陰で俺達は良い思いができるんだから良いんじゃね?」


 金を払うのはアルテミシア王家だ。俺達はそれを享受するだけ。


「それもそうですね。美味しい処取りですね」


 俺達の言葉に、周囲に居る船乗り達は苦笑いだが、本人達も多少なり思うところは有るのだろう。頷いている者もいる。


 それから程なくして、船乗り達の巧みな舵取りで船は桟橋に着岸した。流石王族お抱えの船乗り達だけあって、非常に洗練された腕前だった。間違いなく俺が見た船乗り達の中で一番の腕を持っている。


 船から降りると、事前に連絡が行っていたのだろう。執事服の妙齢の男性と、数名のメイドが桟橋で待っていた。


「ようこそいらっしゃいました、フランシア・ディ・フェロ様。私、この地を任されていますソビセチュアと申します。我々一同、皆さまを御もてなしさせて頂きます」


 見事な礼をとって挨拶する執事。きっとこのリゾート地を管理している王族付きの執事だろう。


「ええ、これから数日よろしくお願いするわ。この二人は私のお付よ。でも一緒に休暇を楽しむからそのようにね」


「畏まりました。それではご案内させて頂きます」


 俺達はそう言って先を進むソビセチュアの後ろに付いて行った。


 先程、遠くから見た白亜の宮殿だが、中の造りもかなり凝ったものだ。調度品も品の有る物で統一されていて、過ごす者が寛ぐのに最適な場所になっている。


 内装は落ち着いた家具で統一されていて、室内は淡い光で照らされていて落ち着いた趣だ。


 そんな落ち着いた造りのリビングに俺達は通された。


 そこに据えられているソファーに腰を下ろし、俺達は一息つく。今朝港を出て、今はもう日が傾くような時間だ。ただ乗っているだけでも船旅とは疲れる。左右に揺れる故に、普段使わない筋肉を酷使する。だから慣れないと普段の生活よりも疲労が溜まりやすいのだ。


「皆様、船旅お疲れ様でした。夕食の時間までは今しばらく御座います。宜しければ露天風呂をご用意しておりますが、いかが致しますか?」


「あら、いいわね。是非入らせてもらうわ」


「畏まりました。既に準備は整っておりますので、こちらのメイドに案内させます」


 丸一日潮風を受けていた身として風呂は有難い。俺達はメイドの後に続いて風呂へと向かう。


「お風呂はリックと一緒に入るのでしょうか?」


 少し頬を赤くしたルーシェが混浴を匂わせてきた。彼女は結構エロい。


「申し訳ございません。露天風呂は男女別々となっております」


 流石王族付きのメイド、顔つき一つ変えずに受け答えする。この国は為政者が残念な分、周囲に優秀な人員が揃っているのかもしれない。


「あら、残念ねリック。私の美貌を堪能できなくて」


「なに、それは風呂である必要はないだろ」


 いじわるのつもりで俺を揶揄(からか)ったつもりだろうが、俺の切り替えしに二の句が出てこない様だ。


「お二人共、冗談はそのくらいでお願いしますね。お風呂に着いたみたいですよ」


 俺達がふざけていると、風呂に到着していた。そこには二つの入り口があるのだが、さりげなくメイドが俺の進路を限定している。いや、行かないから。


 入口で二人に別れを告げ、俺は一人風呂へと向かう。入り際にメイドが付いて来ようとしたが、それにはお嬢とルーシェが全力で阻止していた。


 俺は残念に思いながらも、一人でのんびり入るのも悪く無い。服を脱ぎ棄て、風呂へと入る。


 そこは、風呂の半分に屋根が掛かり、もう半分には澄み渡る空が広がっていた。そして何より目を奪われるのが、全面に広がる広大な海に、赤々とした夕日が沈むさまだ。


 一日慣れない船旅をして、到着した所にこの景色。色々とアルテミシア王家の悪口を言ったが、彼らはセンスだけは良いようだ。


 俺は賭け湯をしてから、夕陽を眺める事が出来る場所に陣取り湯船に浸かる。


「まあ、凄いですよシア」


「あら、本当ね。これはなかなか憎い演出ね」


 そうしていると、遅れて女性陣の声が聞こえてきた。どうやら女性用の風呂は隣のようで声は筒抜けのようだ。確かに上は開いているのだから声が聞こえるのは当然だ。


 彼女達も賭け湯をして湯船に浸かる音が聞こえる。美女が風呂に入る音を聞くなんて、そうそう有ることではない。


 俺がのんびり夕日の沈む光景を眺めて入っていると、女性陣が気になる会話をし始めた。


「あら? 少し胸が大きくなったのじゃないかしらルーシェ?」


「そうですか? ここ最近下着のサイズは変わりませんよ?」


「そう言えば二人でお風呂に入るなんて久しぶりね。これは確り確認しなきゃね」


「ちょ、ちょっと、何処を触っているのですか! シアこそこんなに立派に育って!」


「きゃ! やったわねー」


 若い娘さんがキャッキャウフフと騒ぐ(私語)。正直、正面の光景より気になってしまうのも仕方がない。


「それにしてもシアの肌は綺麗ですね、吸い付きます。同じクリームを使っているのに、なぜこんなに違うのでしょうか?」


「そうかしら? ルーシェの肌も綺麗よ。それに男好きする体つきだと思うわ」


 これが女性どうしの会話か。男性には見せない姿ってやつだな。


「それならシアの方がメリハリあって男性は好むのではないですか? リオも絶対いやらしい目で見ていますよ」


「そうでもないわよ。リオは貴方の事も見ていたわ。特にお尻のラインをガン見していたわね。多分リオは胸よりお尻派なのよ」


 バレている……。男のチラ見は女のガン見なんて言うが、これは真実だったようだ。さりげなく視線を向けていたつもりだったが、バレバレだったようだ。


「ああ、確かに結構遠慮なくお尻を見てきますよね。昨年ダンジョンに潜った時も、頻繁に視線が向いていました」


「むむ、これは他の女のお尻も見ているわね。要注意よ」


 俺はゆっくりと湯船から出る。決して音は立てない。自らの動きに全神経をとがらせ、又気配を消して逃げるように風呂から出る。


 これ以上俺が聞くのは良くない。主に俺の精神の為に。


 俺は風呂場から脱衣所に戻り、何時の間にか準備されていた洋服を着る。先程まで着ていた洋服はメイドに回収されたようだ。こちらに気配を掴ませないとはなかなかできる。


 無い物は仕方が無いので、用意された洋服を着る。


今も聞こえてくる女性陣の声に耐えつつ洋服を着終わると、物音を立てないようにその場を後にした。









 この会話、メイド達も聞いているのだろうな……、忘却薬を用意しておこう。




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