互いの条件、悪魔の囁き
俺達が楽しく休日を過ごしていたある日、突然アルテミシア王からの呼び出しが掛かった。
お陰で、今俺達は馬車に乗ってお城へと向かっている最中だ。
休暇を途中で邪魔されたお嬢は御立腹で、非常に機嫌が悪い。先程から鼻息が『フス~』『フス~』と粗い。淑女として問題ある行動だ。
「シア、少しは落ち着いてください」
流石に見かねたルーシェがそれを諫める。確かに王族を前にしてこの態度でいられては、フェロ公爵領の威信に関わる。
「私は落ち着いているわ」
そんな信憑性の無い返事をお嬢は返す。ルーシェもそれを聞いてあきれ気味だ。
「まあまあ、よく考えてみろよ。十中八九内容は契約の事だろ。再契約か新規契約かは分からないが、上手く運べばフェロ公爵家にとっても悪く無いし、休暇の延長も可能かもしれないぞ?」
俺の言葉を聞いたお嬢は、ハッとした顔をする。
これから交わす契約内容によっては、それを取り纏める文官たちの仕事も無駄に時間が掛かり、その間お嬢はバカンスを楽しめるのだ。なんなら今回の詫びにアルテミシア王家に何か要求してもいい。
因みに、俺は化粧と変装で、外注の護衛と言う立場で付いて来ている。
念入りに準備したのでバレる事は無いだろう。一応公の仕事で何度かかかわった事もあるので言い訳は立つ。
「それは良いわね……これは色々考えないと、ふふふふふ……」
俺の言葉に、何か思い至ったのか、お嬢は怪しい笑いをしながら何かを考え出した。
取り敢えず、これで当分大人しくなるだろう。
「フェロ公爵代理、フランシア・ディ・フェロ様ご到着」
俺達は王城に着くと、大した休憩もなく会議室へと通された。これにはお嬢よりもルーシェが怒っていたが、お嬢はそれを制止して、不敵な笑いを浮かべた。
流石のルーシェもそれを見ると、諦めたかのように大人しくなった。
お嬢は席へと案内され、俺は護衛らしく壁際に控える。一応、本来の彼女の護衛がここに入るので、余りでしゃばるのは良く無いだろう。
「フランシア・ディ・フェロ、陛下のお呼びにより馳せ参じました」
お嬢は着席を勧められ、一番豪華な格好をしている男性の正面に座る。状況からして彼がこの国の国王、エクート・リレ・アルテミシアなのだろう。
流石次期フェロ公爵様、心がササクレだっていても、こういった所作は非常に様になっている。決して内面を表に出すことは無い。
お嬢が席に着くのを確認してから、正面に座る男性が徐に話し出した。
「うむ、態々すまないな。実は先日の会談で決まった事を、もう一度考え直してもらいたいのだ」
やはり、予想通り王家の要求は契約に関する事のようだ。
「そう申されましても、我々の間に交わされていた契約は、前回の会談で互いの意見が噛み合わなかった為、締約通りに破棄される事になったはずですが?」
そう、このアルテミシア王家とフェロ公爵家の間に交わされた契約の一文には、『互いの意見が譲れぬ時、この契約を終了するものとす』との言葉が盛り込まれている。
しかも互いにその事を了承しているので、契約は完全に切れているのだ。
今、アルテミシア王家にできるのは、新たなる契約を結ぶ事くらいだろう。最も、こちらは大陸の反対側から態々赴いているのに、礼儀のなっていない貴族を当てがったなど、状況はアルテミシア王家には不利な状況だ。未だ無礼の謝罪もないので状況の改善は難しい。
「それでは、我々とまた新しく契約を結んで頂きたい。そちらとしても利益の有る話だと思うのだが、どうだろうか?」
「それは条件次第ですわ。少なくとも、前回の会談で提示された案など話になりません」
前回の会談でアルテミシア王国から提示された条件は、これまでの条件から三倍の物資の融通などふざけた物だ。常識を知っている物であれば、とてもではないが受け入れられるものでは無いだろう。
「分かっている。前回の契約とそちらの融資は据え置きで、こちらのエルフ産の、製品の量を一割増やすのはどうだろうか?」
アルテミシア王家としてはなかなか頑張った数字だろう。実際の取引量からすれば結構な増量だ。しかし、彼らは自分達が置かれている状況を理解できていない様だ。
「まったくお話になりません。前回の会談でも、我々からの融資を五分の一に下げてもらいたいと伝えた筈です。それを遥かに上回る金額では商談にもなりませんわよ?」
「なっ!?」
国王はお嬢の言い分に非常に驚いている。これは前回の会談の内容を理解せずにこの場を設けたのだろう。完全にこちらを舐めている。
「それは余りにも不公平ではないかね、フランシア嬢?」
「いいえ、寧ろ今までの関係が有るからこその好条件を提示したものですわ。そうでなければ取引其の物をすることは無いでしょう」
お嬢としては、この取引そのものが損失になるので、契約終了は非常に利益になることだったのだ。アルテミシア側はあまりにも情報に疎いようだ。これは国政を預かる者からしたら罪である。
最も、それも分からなくはない。この大陸では貴重なエルフ製品を手に入れようと思えば、アルテミシア王国からしか買う事は出来なかったのだ。このあまりにも大きなアドバンテージが、彼らを怠慢にしてしまったのだろう。
「それは、フェロ公爵領はエルフ産の製品など必要ないと言う事かね?」
「それでは語弊がありますわ。我々フェロ公爵領は、アルテミシア王国からのエルフ産製品の購入は必要ないと言う事です」
「……それはどういう事かね?」
お嬢の言い回しに、国王は怪訝な顔をする。これだけ手札に差があると最早交渉ではない。お嬢の一方的な搾取だ。きっと心の中では高笑いをしている事だろう。
俺がそんな事を考えていると、お嬢は小さく咳ばらいをした後、ゆっくりと話しだした。
「どうやら陛下は情勢に疎いようなので私から説明させて頂きますわ」
一国の国王をさらりとディスるお嬢。これは酷い。
「陛下は私が商会を保有している事をご存知ですか?」
「ああ、ティターニア殿から聞いたことが有る。それがどうかしたのかね?」
流石は一国の国王、小娘の悪口などさらりと流す。立場が違えば盛大にそこを突いて攻め立てる事くらいするだろうが、現状不利なのはアルテミシア王国である。腹の中では何を考えているか分からないが、それをおくびにも外には出さない。
「ええ、その商会で最近大陸外のエルフとの取引を開始しましたの、現在それも軌道に乗って、順調に利益を上げていますわ」
お嬢の言葉に、ハトが豆鉄砲を食らったかのような顔をする国王。アルテミシア側は、ここに来て自分たちの武器が幻影であることを知ったのだ。
本来、エルフ産の製品をこの国が一手に取り扱っているのは、出不精のエルフがめんどうくさがったのと、この国がまだ今の形になって無い頃、当時の国王が昔エルフを助けたことから独占するに至ったのだ。
それ故に、この大陸内のエルフと取引できるのは、このアルテミシア王家だけとなっていた。
しかし、ここに来て大陸外からのエルフとの取引など、予想もしなかっただろう。一応、ウルメ島の事は知っていただろうが、限定的な取引しか行えないので、脅威にはなり得なかった。
それがここに来て、その手段を確立した者との取引など、彼らにとっては悪夢以外の何物でもない。それこそ、国家存続に関わる一大事件だ。
「……それはサルディーナ諸島のエルフ達だろうか?」
「そこは御想像にお任せしますわ。ただ、我々が取引している品は確かなものでしてよ」
そう言って、お嬢はルーシェに目配せをする。そして、ルーシェが持っていた箱の中から、純度が高い事が分かる魔力薬が入った小瓶を取り出す。
それは、淡く青い光を放つ液体が入った小瓶だ。この国が取り扱っている物よりも、その青みが強いのが分かる。これは保有する魔力の高さを証明する物だ。
出不精のエルフ達と違って、色々な人や技術と出会ったウルメ島のエルフ達の技術は高い。正直比べるのも可哀そうなくらいの品質だ。
「なんと……、この様な品を……?」
「ええ、我々の取り扱っている物ですわ。これらを我々はこちらでの取引よりも安価に、且つ大量に取引しています。他の方々はどうか知りませんが、我がフェロ公爵領にとっては、これ以上の物を提示して頂かないと、今までの様な価格での取引は不可能ですわ」
「あ……ああ……」
国王はお嬢の言い分を認め……た訳では無いな。完全にルーシェが出した小瓶を見て呆けている。今、彼の中では色々な物が崩れて行っているのだろう。
格下の小娘に世の中の常識を教えてやろうとしたら、実は化け物でした。なんて心境なのかもしれない。ちょっとだけ同情する。
アルテミシア王国側は完全に思考停止だ。現状彼らは交渉に必要な手札が一枚も無いのだ。それどころか負債すらある。お嬢がこの国に来てからの王家の対応は、完全に見下したものと取られても仕方がない。
「本来であれば、多少の条件緩和のみで取引の継続をすることは吝かではなかったのですが、今回の会談では非常に礼に失した対応をされたので、我々との契約などその程度の扱いなのだと判断したのです。残念でなりません」
そしてここで非は全面的にアルテミシア王家にあるような言い分でお嬢は話す。
会談に対応する者を選ぶのは国王だ。即ち、その者が取った行動の責任は、最終的に国王に起因する。
これは遠回しに、今回の件は国王の対応が不適切だったことを伝えているのだ。こう言われてしまっては、国王も大きくは出られないだろう。この後、起こるかもしれない国難の責任が国王にあるのですよ。などとこの国の重鎮が居る中で言われてしまっては、この後の政治に大きく影響が出る。
本来、交渉の場で黙り込むなど愚の骨頂だが、彼らは完全に手詰まりだ。
そして、ここからがお嬢のターンだ。いや、もっと前からだったかもしれない。
「ただ、私も陛下にお願い事が御座いますので、それ次第では新たな契約を結ぶことを、前向きに考えさせて頂きますわ」
お嬢はなんとも妖艶な雰囲気を纏いながらそんな甘い言葉を吐く。実際、この場に居た将来有望な若い文官たちは、その姿に見とれているようだ。
「聞かせて頂けるだろうか……?」
「ええ、まずは——。」
「鬼を見たな」
「いえ、あれは悪魔の囁きですよ」
俺達は今馬車に揺られて移動している。
「ちょ、ちょっと、それは酷くない? 私頑張ったわよ!」
あの後、拒否する事が許されない国王に対して、一方的に条件を叩きつけてそれを認めさせたのだ。その条件を掻い摘んで話すと——
ミスカンティス聖国並びに、ディエース教とのエルフ産の製品の取引の停止、及び両組織と深く繋がりの有る貴族の排除である。
しかも、この内容を伝える時も、そもそも今回我々の契約が終了してしまったのも、彼らの妨害があった故、その責任をきっちり取らせるべきだと、責任の有り処を何時の間にかミスカンティス聖国とディエース教のせいにしてしまい。
悪いのは国王ではなく、暴利を働く宗教家達だと、大勢の前で訴えたのだ。
先程まで責任の有りかが国王だったのに、見事な責任転換に乗っかるしかない国王である。話がまとまるのは早かった。
それからは、おおざっぱな取り決めを話し合い、後は細かなところを文官とメルクリオ達で纒らるところまで落とし込んだ。
さらにお嬢はついでとばかりに、王家専用のリゾート地の使用許可をもぎ取ったのだ。まあ、これは休暇を邪魔された為、補填と考えれば妥当な要求だろう。
「まあな、お陰で豪華なリゾート地に行けるしな。お嬢様サマだな」
「確かに、少しスッキリしましたね」
「でしょ! 私は頑張ったわ。もっと褒めなさい」
そんなこんなで、俺達は再び休暇を堪能する事にする。一般人では立ち入ることも出来ないリゾートとは本当に楽しそうだ。
因みに、会談を担当したレトルー・デ・フラメ公爵は、もろもろの責任を取らされ爵位剥奪及び、現当主は死刑。並びにその家族は生涯幽閉の罰が下った。
フェロ公爵領から大量に送られる食料が無くなれば、瞬く間に飢え死にしてしまうような政治状況だからこその罰だろう。
今回の事で学習した王家は、今後フェロ公爵領への依存を減らしていくだろうが、こちらとしては痛くもかゆくもない。
お嬢は正に理想の条件を取り付けたと言えるだろう。




