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夜の食事、淑女の食事

 丸一日川遊びを堪能した後、お嬢様一行はコテージへと帰って来た。


 流石に疲れたのか、今お嬢様方はソファーに座り、お茶の時間を楽しんでいる。俺でもルーシェ程美味しいお茶を淹れることは出来ないが、それなりの物を淹れることは出来る。


 人心地着いたところで、俺は夕食の事について切り出した。


「お嬢様方、今晩の夕食ですが、野外での食事を予定しております。開始の準備は既に整っていますので、いつでも夕食を開始できます」


 時刻は既に日が沈みかけ、夕食を取るには丁度良い時間だ。実際、お嬢のお腹から小さく『クゥ~』と鳴ったのを聞き逃しはしなかった。


「あら、いいわね。でも、態々(わざわざ)外で食べるの? ダンジョンに潜る時みたいね」


「庭先に何か準備していましたが、それを使うのでしょうか?」


 どうやらルーシェは俺が準備していた物を見ていたらしい。今夜の夕食には欠かせない物が庭先には準備してあるのだ。


 お腹を空かせた二人が夕食を取る事に反対する事も無く、二人は俺に連れられて庭に出る。


「まあ、これは凄いわね」


「ああ、お腹が空く匂いです」


 コテージを出ると、気配を読んだエナ達が夕食の準備を開始してくれていた。今回は山の中のコテージということで、俺が準備したのは、お嬢が普段食べる事の無い物であろう。


BBQだ。


 炭火でじっくり焼かれる食材に、昼間釣った魚の塩焼き、他にもメインを張れるほどの品々を準備している。


 肉から滴り落ちた油が炭の上に落ちて、周囲に肉のうまみが詰まった匂いが広がる。その匂いにつられてしまったのか、何処からともなく『クゥ~』という音が聞こえてくる。


「さ、さあ、食べましょう! もう我慢できないわ」


「(ごくり)」


 ルーシェに至っては、既に会話に回す思考すらない。


 しかし、肉は先程網の上に乗せたばかりなのでまだ早い。ここは彼女達の成果から食べてもらう事にしよう。


「畏まりました。それでは本日の一品目、アヤメの塩焼きでございます。齧り付いてお召し上がりください。お勧めは背中から御召し上がって頂ければ幸いです」


 俺が最初に出したのは、彼女達が釣り上げた魚の塩焼きだ。万遍無く塩を塗り、串に刺して炭火でじっくり火を通した一品である。


「か、齧り付くのね。私に出来るかしら……」


「シアにそのような食べ方……仕方ないですね」


 ルーシェが何か言いかけたが、食欲がまさったのか諦めた。


 二人は渡されたヤマメの串焼きをジッと見つめた後、その可愛らしい口を開いて魚に齧り付いた。


「「んん!?」」


 二人は一瞬固まったのち、競い合う様に串焼きを食べていく。二人の普段の食事からは想像ができない光景だ。


 想像していたよりも美味しかったのだろう。二人は瞬く間に串焼きを食べつくしてしまった。


「リオ、これは宮廷で食べた料理より美味しいわよ!?」


「魚の仄かな苦みと、塩加減、そしてその身に詰まった美味しさが折り重なり、更なる美味しさに昇華されています」


 ルーシェの分かりにくい食レポを聞きつつ、まだまだ空腹の子猫たちの為に次の料理を用意する。


 今度は俺の成果であるニジマスを使った料理だ。


 今回釣り上げた巨大ニジマスを何に使うかは非常に迷った。この大きさを手に入れる事など滅多にできない。


そして、俺が考え抜いた末に辿り着いた答えは、魚の生食だ。


本来、魚の生食、特に川魚などすることは無いのだが、これだけしっかりした身をしていたら刺身がいけると判断したのだ。他にもその鮮度を活かした料理を幾つか用意している。


「続きまして、ニジマスのカルパッチョでございます。他にも、刺身や寿司、ユッケなどをご用意しております」


「な、生で食べられるの?」


「はい、食べられるように処理を致しました。問題無くお食べ頂けます」


「聞いたことは有りましたが、魚を生で食べるのですね……」


 フェロ公爵領では一部を除いて魚を生で食べる文化が無い。港町であればその限りでは無いのだが、それでもごく一部の漁師達だけだろう。


 二人は恐る恐るフォークで刺して口へと運ぶ。


「「美味しい……」」


 予想以上に美味しかったのか、二人とも二口目からは躊躇なく次々と食べて行った。


ただ、其々好みが有るようで、お嬢は濃い味のニジマスユッケがお気に入り、ルーシェは酢飯と共に食べる寿司が気に入ったらしい。そして二人がニジマスを楽しんでいると——。


「皆様方、お肉が焼きあがりました。どうぞお召し上がりください」


 今日の主役が完成したようだ。


 二人とも、先程から匂いだけで食べる事が出来なかったからか、素早い切り替えで肉が焼かれている場所まで移動する。


 そして、エナから串焼きを受け取ると、淑女に似合わない動作でおもいっきり齧り付いた。


「「んん~~」」


 二人はその美味しさに顔の筋肉が緩み切っている。それもそうだろう、今回の肉は丹精込めてこの美味さにまで育てたのだ。


「ちょっと! このお肉宮廷で出されたお肉より美味しいわよ!?」


 お嬢の料理の美味しさの基準は宮廷料理になるらしい。あれは美味しさよりも、品格などを求める節が強いので、純粋に宮廷料理より美味しいものなどいくらでもある。お嬢にはもっと美味しい物を食べてもらいたいものだ。


「これは……、肉を何かに付け込んで柔らかくしてありますね。それでいて味其の物のクオリティも跳ね上げています。更に、焼く前に振りかけられた胡椒と岩塩によって、味に締りがでてメリハリのある美味しさです」


 相変わらず謎の食レポをするルーシェだが、気に入ったのか直ぐに二口目に取り掛かった。


「お嬢様方、お野菜もございますので、欲しい物を仰ってください。こちらに特製ソースもご用意させて頂いております」


 BBQに合う野菜も一緒に焼いている。


 実際、どの品もメインと成り得る物ばかりで、こればかり食べていては直ぐに胃もたれになってしまう。そういった意味でも野菜を挟んで食べることは重要だ。


 しかしこの二人、本当に美味しそうに食べる。こちらも二人と同じように動いているので当然空腹だ。一応、どの料理も味見と毒見の為に一口ずつ食べてはいるが、それが(かえ)って空腹感を強くしている。


 正直、目の前で美味しそうに食べている二人が羨ましい。それもこれも釣り勝負に負けた自分が悪いのだが、なんとも切ないものだ。


 俺の私念篭った視線を感じ取ったのか、お嬢は何かを思いついたかのような顔をする。


「リオ、貴方もお腹空いたでしょう? 一緒に食べましょう」


「そうですね、リオ一人だけ仲間外れは可哀そうです」


 ルーシェは裏表のない顔で同意してくれるが、お嬢の含み笑いから、何かを企んでいる事が伝わってくる。


「ただ、罰ゲームを蔑ろにするのは良くないわよね……。良い事を思いついたわ! 私達が食べさせてあげるのは、良しとしましょう!」


 最初、何を言っているのか分からなかったが、次第に何を言いたいのか理解出来た。要するに、俺は彼女達の手からのみ食事する事を許されたわけだ。


「まあ、シアそれは名案です。是非そうしましょう」


 ルーシェもこのお嬢の意見に賛成なようだ。いや、肯定か。


「あの……、それは執事として如何なものかと……」


「ん? 別にお世話をしてとは言ったけど、執事をやれなんて言ってないわよ。だから問題ないわ。それとその喋り方もやめなさい」


「そうですね。丁寧に喋るリオよりも、すこし粗雑な喋り方の方が格好良いですよ」


 どうやら俺は執事ではなかったらしい。とりあえず二人の要望なので喋り方は戻すことにする。俺的にも楽なので有難い。


「それは分かった。で、どっちが食べさせてくれるんだ?」


「そうね、二人で交互に食べさせ合いましょう。リオは何が食べたいの?」


「あー、そうだなぁ……」


 何から食べたいのかと聞かれると結構悩む。正直どれも美味しそうで手当たり次第食べたいのだ。


 そんな時、エナがもう一品準備していた物が出来たと知らせてくれた。


 それは、先程の塩焼きと同じで、二人が釣ったヤマメを使った料理なのだが、調理法を少し変えてみたのだ。


 直接火に掛けて焼くのではなく、衣を纏わせて油で泳がせる。即ち揚げ物である。


 今回は衣とソースにも一工夫加えてある。これは美味い事間違いなしだ。


「せっかくだし、今来た料理を頼むよ」


「わかったわ。それじゃあ私からね」


 そう言ってお嬢は揚げた魚をフォークに刺して俺の口元に持ってくる。正直少し食べにくいが、この空腹には逆らえない。


 俺は大きく口を開けておもいっきり齧り付いた。


 サックサクの衣に、プリップリの身、甘じょっぱく整えられたソースがそれらを纏め上げている。


「んー、んっまい」


 食材本来の美味さに、料理として纏め上げられた美味しさ。更にはそれら全てを凌駕するほどの空腹感という名のスパイス。美味しいに決まっている。


「あら? これも美味しそうね。私も食べてみようかしら」


 そう言ってお嬢は自分の手荷物揚げ魚を一齧りする。この魚、油で揚げてあるだけあって、骨まで火が通っているので全部食べられるのだ。お嬢は遠慮がちに俺が食べた後を少ししか齧ってないが、本当は頭や尻尾から豪快に齧り付くのも美味しいのだ。


「まあ、これも美味しいわ。ルーシェも食べてみて」


 そう言ってお嬢はルーシェにも勧める。彼女はお嬢が勧めるがまま、お嬢と同じように俺が食べた所を少しだけ齧る。どうせなら豪快に齧ってもらいたいものだ。


「んん! 本当ですね。衣がサックサクで、身はプリップリ、甘じょっぱく整えられたソースがそれらを纏め上げて美味しいです」


 あれ? 変な食レポをするルーシェと同じ意見になってしまっている。俺も彼女と同類なのだろうか……。


 それよりも、淑女が男の食べた物を後から食べるとは、如何なものだろうか。いくら野外食と言っても少しハメを外しすぎではないだろうか。本来であればそう言った事を注意するのはルーシェの役目なのだが、彼女もいっしょにハメを外しているのだから、そうもいかない。


 まあ、今日くらいは良いか。


「ほら、リオ次は私ですよ。何を食べますか?」


 どうやら食べさせ待ちをしていたルーシェに催促される。取り敢えず魚は食べたので、ここは本命の肉を攻めるとしよう。


「そうだな……、それじゃあ、肉を頼む」


「お肉ですね。それじゃあ……、あーん」


 ルーシェは可愛く「あーん」なんて言うものだから、流石の俺も気恥しさが表に出る。よく考えたらこんな美少女に食べさせてもらえるなど、世の男性に知られたら嫉妬を受けてしまいそうだ。


「あーん……むぐむぐ、うん。美味い!」


 肉の味見はしたとは言え、焚火で簡単に焼いたものだったので、炭火焼きだとまた別格だ。無駄な油が落ちて、美味しさが際立つ。


「ちょ、ちょっと! 私の時「あーん」なんて言ってないわよ!?」


「それは、お嬢が「あーん」って言わなかったからだろ」


「そ、そう言うもの? それじゃあ次は言うわ。次は何を食べるのかしら?」


「そうだな……、じゃあ、次も肉だ」


「あら? またお肉を食べたいの?」


 おれが肉を連続で食べる事に疑問を抱いたのか、態々聞き返してくる。やはり若いうちは肉を沢山食べるべきだと思う。肉は活力だ。


「ああ、お嬢の肉を食べたいからな。頼むわ」


「そう……、それじゃあ、あーん」


「あーん、もぐもぐもぐ。うむ、これも美味い」


「ふふふ、それは良かったわ」


 お嬢が差し出してくれた肉は、先程の物とは味付けを変えてある物だ。これも非常に美味しい。


 こうして俺達は、満足いくまで楽しい夕食を堪能した。淑女二人にもなかなかの高評価を得る夕食となったのは嬉しい。


 やはり、普段と違った環境での食事は楽しいものだ。特にバカンスに来ているなら、こういった所で心を切り替えるのが重要だと思う。遊ぶときは本気で遊ばないといけないと思うのだ。


 そしてお腹が膨れると、睡眠不足と今日の疲れで流石に眠くなる。片付けはエナ達に任せて、今日は早々に寝る事にした。


 そして——。





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