休暇の場所、久々の再会
お久しぶりです。
第四章開始します。
今回のテーマは「バカンス」です。
薬師? 密偵? 知らない子ですね。
照り付ける太陽に焼かれながら、整えられた広い道を歩く。普段の旅では、人の通りが少ない道をよく通るので、このように天下の往来を歩くのになんだか違和感を覚える。
今俺は、お嬢達との約束を守るために、指定された場所に向かって移動しているのである。
予定通りにいっていれば、今頃お嬢達はアルテミシアの代表者と会談を行っているだろう。もし順調に会談が進んでいれば、今頃細かな話を詰める段階かもしれない。最も、世代交代の時は何かしら一悶着あるものだ、今回もその例に倣って会談が難航しているかもしれない。
お嬢の事だから、それ程心配はしていない。いや、やりすぎてしまう可能性はある。
今回、会談を任された者は運が悪い。どんな状況にしろ、何某かの被害を受ける事になるだろう。どんな結果になるにしろ、フェロ公爵領にとって有益なものに持って行くに違いない。
石畳で綺麗に舗装された道は歩きやすくてよい。途中で商人や旅人、探索者達とすれ違う。港町と王都を繋ぐ道だけあって、色々な人が行き交い、見ているだけでも面白い。
そんな中、一つの大きな馬車が俺の横を通り抜ける。滅多に見る事の無い、馬を四頭も繋いだ大きく立派な馬車。傷一つないその車体からは、ここ最近製造されたものだと窺える。所々に最新の技術が盛り込まれており、あの馬車一つでいったい幾らするのか想像もつかない。
俺を抜かし、少しずつ距離を離していく馬車を見送りながら、そんな事を考えていると、突然馬車が止まって、その扉が開いた。
その両開きの扉から出てきたのは、美しいブロンドの髪を靡かせ、天女と見紛う程美しい女性だった。その女性が着るドレスも、着る者を選ぶようなデザインだが、それを見事に着こなし、美しさに拍車を掛けている。
何より驚きなのが、その美しい女性がこちらを見ているのだ。いや、俺を見つめていると言ってもいい。何処か見覚えがある顔だが——、このままセリフにしてしまうと、何処かのナンパヤロウになってしまうので控える。
「リオ……よね?」
「久しぶり、お嬢」
まあ、見覚え有るも何も、その顔を見た瞬間から気が付いていた。記憶の中にある姿よりも、大人びて更に綺麗になっている。幼さの抜けたお嬢は、正に絶世の美女だ。
「リオ!」
馬車を飛び出し、一目散に此方に駆けてくる。お嬢はその勢いのまま、飛びつくように抱きしめてきた。俺はその勢いを殺しつつ、確りと抱きとめる。そのお嬢の女性らしい身体は、軽くて簡単に勢いを殺せるが、その美しい素肌に傷が付かないとも限らない。もう少し淑女としての自覚を持ってもらいたいものだ。
「もう! 遅いわよ!」
「おいおい、予定より早いだろ? あれ? てか早すぎないか?」
俺達が合流するのはもう数日後の筈だった。目的の場所は、ここから徒歩で四、五日掛かる予定だ。会談の事を考えれば、現地での合流を予定していたのだが、何故こんなにも早く、この場所にいるのだろう。何かあったな……。
「シア! 先に飛び出さないでください!」
続いて馬車から出てきたのは、半年振りにその姿を見るルーシェだ。前回とは違い、メイド服を着ている。こちらの方が本来のルーシェの姿なのだが、昔見たメイド服姿よりも、少し豪華に見える。メイド服も、以前よりも上役の者が着る物になっている。彼女は順調に出世しているようだ。
「ごめんなさい、ルーシェ。でもほら、リオよ!」
「ええ、分かっていますよ。お久しぶりですねリオ」
「ああ、久しぶり、ルーシェも相変わらずだな」
彼女は相変わらずお嬢の行動に振り回されているようだ。お嬢の突拍子もない行動が成果に繋がっているのも、全てはルーシェのフォローがあってこそ。優秀な彼女だからこそ出来る事だとも言えよう。
「それにしても、到着にはもう少し時間が掛かるはずじゃないのか?」
「ええ、その予定だったのですが……」
「会談が早く終わったのよ。予定通りね」
「あれが予定通りだったのですか……」
ルーシェの反応を見るに、会談の結果はあまり思わしくないようだ。最も、当初から何かしら問題は起こることは予想されていたので、その対処に失敗したのかもしれない。
「そうよ。最初から契約は終わらせるつもりだったもの。交渉は決裂。結果、契約は終了。単純な話ね」
成る程……、お嬢の中の予定と、その部下の中での予定が違ったようだ。以後この様な事が無い様に、情報の擦り合わせは密に行ってもらいたい事である。
正直、今回どのような方法をとるにしろ、お嬢が契約を一度破棄する事は予想できた。何しろ今のフェロ公爵領にとって、アルテミシア王国との取引は損失でしかない。契約を結ぶにしろ、一度白紙に戻すほうが、フェロ公爵領にとっても都合がいい。
「はぁ、もういいです。取り敢えず移動しましょう。道の真ん中に馬車を止めておくわけにもいきません」
「それもそうね。さあ、リオ行くわよ」
予定とは違ったが、無事にお嬢たちと合流できたのでよしとしよう。俺はお嬢に引っ張られながら、豪華な馬車の中へと入って行った。なんだか馬車に乗るのも久しぶりな気がする。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。ルーシェの紅茶も久しぶりだな」
お嬢の馬車に乗り、今回の目的地に向かって進んで行く。普段の移動は、徒歩か飛行しての移動だから、馬車で移動するのが何だか新鮮に感じてしまう。それにお嬢が乗る馬車なだけあって、非常に乗り心地が良く、なんとも優雅な旅を提供してくれる。
「それにしても、なんでこんな所を歩いていたの? リオなら飛んだ方が早いでしょ?」
「ああ、それは素材を集めたり、植生を調べたりしてたからだ。それに明るいうちに空を飛んだら目立つだろ」
「リオは薬師の仕事も一生懸命ですね。最近は商会の方でもリオの名前を聞くことが有りますよ」
どうやら俺の薬師としての活動が実って、多少なり名前が売れているらしい。実際の所、商会そのものがその枝葉を伸ばしているからこそ、目耳が育った故に情報を集める力が高まったことも関係しているのだろう。それでも、自分の活動が他者に評価されているのは嬉しい事だ。
「へえ、それは凄いわね。正直リオが薬師になったときは驚いたけど、意外と相性がよかったのね」
「まあな、俺自身こんなにも薬師としてやっていけるとは思わなかったさ」
実際、薬師としてここまでやってこられたのは、初動が上手く嵌った事と、虫達を使った他者との差別化が上手く行ったからだ。それに俺自身この仕事が嫌いじゃない事も一つの要因だろう。
「でも上手くやってくれた良かったわ。あの時は予想外な事が重なったもの……」
お嬢の言うあの時とは、理由をつけて俺を追放する時の事だろう。本来であればもう少し順序立てて、平和に出発する予定だったのだが、色々手違いがあって、中々のハードモードだった。それにメルクリオの悪口は完全に私情が混じっていた。あいつは野心が露骨だから色々問題があるのだが、この三年でそういった所も直っていて欲しいものだ。
「なに、確かに予想外の事もあったが、概ね予定通りだったろ。結果的には俺の離反を信じ込ませるには有効だったしな。そういえば他の従者の連中はどうしたんだ?」
「当然、置いてきたわよ。今頃お城で細かな決めごとの打ち合わせをしていると思うわ。お陰でゆっくり休暇が楽しめるわね」
これだけ聞くと、部下を働かせて楽をしようとする上司だが、今回はお嬢の休暇こそ本来の目的だ。それに、ルーシェに比べて他の従者の仕事の量が圧倒的に少ないので、今後の事も含めて奴らに仕事を任せたのだろう。お嬢は意外と部下に恵まれていない可哀そうな統治者なのだ。ルーシェ程ではないにしろ、信用が出来る部下をもう少し作ってもらいたいものである。
「そうか、それならしっかり休暇を楽しまないとな。……そういえばエルフ達との、二回目の取引も無事に終わったらしいな。順調に信頼を築いてるようで何よりだよ」
半年前、俺が訪れたウルメ島との交流が可能になり、フェロ公爵家とウルメ島のエルフ達の間で取引が行われているのだ。それ故に今回の会談で、お嬢は強気の態度で出られるのだから、俺の頑張りも無駄ではなかっただろう。
「ええ、順調そのものよ。リオが確り信頼を築いてくれたから本当に楽だわ。ただ……あなたはもう少し節操を正すべきよ。随分エルフの女性と仲良くなったようね?」
「ん? 確かに仲の良い奴らはできたぞ。やっぱり信頼関係を築くのは重要だからな」
「島の女性からリオ当ての手紙が多数来ているのですよ。因みにこれがその手紙です」
そう言ってルーシェが俺の前に差し出してきたのは、数枚の封筒だった。手紙を送る時に良く使われるものだが、その上質な紙質からしてエルフ製品だろう。
送り主を見てみると、ナガスとコクク夫婦に、イッカとラブラ夫婦。そしてアイシャやレイラからの手紙だった。そういえば連絡を取る時は、商会に手紙を託すように言っておいたのだった。
「ああ、島でお世話になった人たちだな。長老一家と薬師に、ガラス細工工房を任されているエルフだな」
「ふーん……、その人達は綺麗だった?」
「ああ、エルフは皆美男美女ってのは、本当だったよ。俺達の曾爺さんより前に生まれているのに、最年長でも俺達の親世代の見た目をしていたからな。エルフの高い技術も、その長い寿命を活かした長い研磨によって編み出された物だったよ」
「それは噂通りなのですね。でも、シアが言いたいのはそういう事ではないですよ」
頬を膨らませ、こちらをチラチラとチラ見してくるお嬢。いちいち仕草が可愛くて仕方がない、久しぶりに会ったからか余計にそう感じてしまう。お嬢からの嫉妬の視線を感じるのも心地いいが、余り不安にさせるのも可哀そうだ。
「ま、エルフよりもお嬢の方が数倍魅力的だがな。……本当に綺麗になったね、フランシア」
「とっ、当然でしょ! 私を誰だと思っているの、フェロ公爵令嬢でしてよ!」
顔が一瞬にして真っ赤になっているが、当然だとばかりに胸を張る。しかし、目線は合わせてくれない様だ。
「シア、嬉しいのは分かりますが、もう少し落ち着いてください。それと、私には何も言ってもらえないのですか? リオ」
「おっと、当然ルーシェも綺麗さ。ルーシェの旦那さんになる人は果報者だね」
俺の言葉に、ジト目になるお嬢とルーシェ。……何か言葉選びを間違えただろうか。
「そうね……、三年経ってもリオはリオなのね」
「相変わらずです」
「ええ……、なんか、ごめん」
訳も分からぬまま謝罪をすると、二人はクスクスと笑う。やっぱり三年経っても俺はお嬢達には敵わない様だ。
その後も、会えなかった時間を埋めるように俺達は色々な事を話した。普段、念話で話はいているが、それでも話題には尽きない。
こうして俺達のバカンスは始まったのだ。




