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閑話:突然の狩、美味の鳥

 アイシャと二人で勉強していた、日差しの柔らかいとある昼下がり。今日は二人して集中してしまった為か、昼食を忘れて没頭してしまった。


 ラブラの容態も安定して、長時間張り付いている必要も無くなったので、俺達は自由な時間が増えたのだ。


だからこうして、二人で勉強をする余裕がある。しかし、二人とも一度集中してしまうと、時間が経つのを忘れる性質なのか、よく食事の時間を過ぎてしまうのだ。


 今日は、そんなよくある日常に、アイシャの我儘から始まった出来事だ。


「……美味しいお肉が食べたいわ……」


 勉強がひと段落した処で、アイシャがポツリとそんなことを呟いた。


「今朝もローストビーフを食べていませんでしたか?」


 彼女はラブラの診察にかこつけて、最近は朝食を長老の屋敷で食べている。今朝も山盛りのローストビーフを食べていたのを見たのだ。


 彼女は非常に肉食系で、毎食必ずお肉を食べている。野菜、穀物、魚類が無くても肉が有れば大丈夫。寧ろ肉が無いだけで食事に文句を言うくらいには肉が大好きなのである。


 他のエルフ達は、栄養バランスの良い食事を取っているのだが、稀に偏食家のエルフがいるらしい。マイノリティとは何処にでも存在するものだ。


「確かにあれも美味しかったけど、とびっきり美味しいお肉が食べたいのです」


「はぁ……? 例えばどんなお肉ですか?」


「そうですね……、例えばナベグルーなどが理想的です」


 彼女の言うナベグルーとは、この島にあるダンジョンに稀に発見される鳥の事らしい。見つけるのは大変だが、時期によっては頻繁に見かける事もあるとか。そしてこの時期であれば、発見はそんなに難しくないらしい。欲望全開の顔で言われても、今一信憑性に欠ける。


 それから彼女は只管肉が食べたいと訴えかけてきて、勉強どころではなくなったので、俺は渋々アイシャを伴ってダンジョンに潜る事になった。








「……ここ」


 今俺達は、ダンジョンの一階層にある大きな湖の畔に来ている。ここは比較的安全な為、気軽に遊びに来るエルフ達がいる人気スポットだ。戦闘を生業にしていないエルフでも、比較的高い戦闘能力を持つが故かもしれない。人間であればダンジョンに遊びに来ると言う考え方はまずしないだろう。稀に聞こえてくる「ファー」と言う鳴き声さえ気にしなければ、本当に美しい景色が広がる唯の湖だ。


「レイラさん、態々すみません」


「……いい」


 そう、ここには俺とアイシャの他に、もう一人人員が追加されている。


それがレイラだ。


 アイシャの要望の元、ダンジョンに向かっている時に、ナベグルーの居場所について聞いた所、知らないと言い出した。流石に闇雲に探しては見つかる物も見つからないので、ここはダンジョンに頻繁に赴き、詳しそうな人に聞こうとした時に偶然レイラと出くわしたのだ。物は試しと、彼女にナベグルーについて聞いてみると、頻繁に見かける場所を知っていると言うので、案内してもらう事になった。彼女の仕事もひと段落していたのも良かったのかもしれない。


 こうして俺達三人は、ダンジョンに潜るとは思えない程、簡単な装備で目的の場所までやって来たのだ。


 目の前に広がる湖は、穏やかな水面で島の周囲に広がる海とはまた違った趣をしている。普段から大きな水辺を見ているエルフ達からしても、日常に溶け込んだ風景と違って、一種の観光気分になるらしい。


 そんな美しい風景の中に、必死に隠してはいるが、溢れんばかりの猛威が漏れ出ている草むらが一ヵ所あった。なんとなく予想は付いたが、俺達はその草むらに近づく。普段ダンジョン内で怪しい気配を感じたら、近づこうとはしないが、今回はちょっと特別だ。


「コククさん、欲望がはみ出ていますよ?」


 開口一番、失礼な事を言うアイシャ。ただ、悲しいかな否定できない。


「あら、お三人方仲が宜しいですね? リオックさんは両手に花ですか?」


「……ええ、まあ。それで、コククさんは如何されたのですか? 尋常ではない気配でしたが?」


「あらあら、素直なのですね。いえね、今日あたりナベグルーが飛来すると噂を聞いたので、少し狩りに来たのですよ」


 含み笑いをしつつ答えてくれるコクク。どうやら彼女の目的も俺達と同じようだ。そういえばこの人もお肉大好きな人だったな……。


「……だめ」


「ええ、欲望駄々洩れで、あれでは得物が近づきませんよ」


「あら、そうだったの。久しぶりにナベグルーが食べられると思ったら、感情が抑えられなかったみたいね」


 肉食系女子、恐るべし。


 口元をだらしなく歪ませる姿から、相当楽しみにしているのは理解できる。ただ、彼女の近くで狩りを成功させるのは不可能だろう。獲物がこない。


 その後、俺達はコククの元を離れて、他のポイントへ向かうことにした。彼女は同じ場所でまだ粘るらしい。成功を祈る。


 次のポイントは、幾つかの小川と湖が合流する浅瀬の広がる場所だった。試しに湖に入ってみたが、膝まで水が浸かることは無く、遠浅が特徴的な場所らしい。レイラが言うには、鳥が魚を取るのによく集まってくる穴場でもあるらしい。


 穴場と言うだけあって、そこには多くの鳥たちが集まっていた。一番衝撃的なのは、ショッキングピンクの体羽をしている鳥だろう。その鳥達が群れで屯している姿は、なかなか壮観だ。


「あらー、凄い数ね。この中にナベグルーは居るのかしら?」


「アイシャさんはナベグルーの姿を知っているのですか?」


「羽を毟った姿なら見たことありますよ?」


 彼女はもしかしたら天然なのかもしれない。何処の世界に下処理の済んだ食材が自生していると言うのだろうか。


「……いた」


 俺やアイシャと違って、寡黙な職人は仕事人だった。探しに来た獲物の姿も知らない俺達とは違って、目的のナベグルーを見つけ出したのだ。


 正直、ダンジョンに潜るのにこんな状態では問題がある。簡単なダンジョンだからと気持ちが緩んでいるのかもしれない。ここは一つ、もう一度気を引き締め直す必要があるようだ。


 俺が一人、心の中で反省をしていると、レイラは目線で訴えかけてくる。そこにどんな感情が込められているか、そのジト目からは読み取れないが、状況からしてどうするのか判断を任されたのだろう。


 彼女が指さした先にいるのは、ショッキングピンクの群れに紛れる様に存在する灰色の身体を持った全長1メートル程の大きな鳥だった。


 よく見てみると、ショッキングピンクの鳥とは棲み分けが出来ているようで、ナベグルーは岸より、若しくは岸に上がったところに屯していた。


「へぇ、あの鮮やかな鳥ほどではありませんが、結構な数が居るのですね。どうやって捕まえるのですか?」


 俺達三人は、茂みの中に隠れて鳥達を観察する。ナベグルーと俺達が隠れる茂みの間は、約50メートル離れていて、並みの得物では仕留めるのは大変だ。


「……これ」


 そう言って、レイラが取り出したのは、彼女が普段工房で使っているような、ガラスを膨らませる鉄パイプと、先の尖ったガラスの弾であった。


「……こう」


 彼女はその弾をパイプの中に入れて、片側を茂みから出して一匹のナベグルーに標準を定める。


「……すぅ~」


 そして、大きく息を吸い込んだかと思った瞬間、一瞬のうちにその空気をパイプの中に送り込んだ。


 次の瞬間、最初に詰められたガラスの弾は勢いよく反対側から飛び出して一直線に狙った先に飛んでいく。そして、標準の先に居たナベグルーの頭を見事に貫いたのだ。


「……こう」


 鳥は、胴体が大きく、頭が小さな形状をしている。その頭を寸分たがわず狙い撃つその腕前は凄まじい。それに、ガラス弾を鳥の頭を貫通するほどの勢いで発射するその肺活量にも驚きを隠せない。エルフとは格も凄まじい存在だ。


「普通のエルフには無理よ」


 アイシャが心の声に反応するが、敢えて無視する。


 今はレイラが仕留めた獲物の回収を優先しなければならない。先程までいた大量の鳥たちは、突然訪れた危険から逃れるために飛び立ってしまったので、この収穫を横取りされる訳にはいかないのだ。


 こうやって俺達がお喋りで時間を消費してしまっている間に、優秀なハンターは既に獲物を確保して、下処理を開始していた。


心臓部にナイフを入れて湖面に浸し、羽を毟る。これで血抜きと並行して処理ができる。なんとも手慣れた手つきだ。瞬く間に裸にされたナベグルーは、内臓を的確に取り出され、仕分けされていく。


 結局、レイラの手によって物の数分で解体され、ナベグルーは素材ごとに仕分けされた。毟り取った羽すらも確り回収されている所を見ると、無駄になる所など一切ない様に見える。


「あらあら、流石レイラさんね。見事な手並みだわ」


 何時の間にか俺達の背後に立っていたコククである。先程までとは違って、気配一つ感じさせない。俺も話しかけられるまで気が付かなかった。


「……ええ、非常に慣れた手つきですね。発見からあの姿になるまでに15分と経ってないですよ……」


「ふふふ、彼女はこの島でもトップの狩猟技術を持っていますからね。ただ、自主的に狩りに出てくれないのが残念です」


 コククが言うには、レイラは島一番の狩り人と言っても過言ではない程の腕前らしい。ただ、彼女自身あまり肉を好んで食べないので、滅多に狩りに出かける事は無いのだとか。普段は、梅干しを餌にレアな食材の採取をお願いするらしい。普通にお願いしたら協力してくれたが、今度お礼をしておこう。サレハに特別に卸してもらった年代物の梅干しがあるのだ。


「……まだ?」


「いえ、これだけ大きければ一匹で十分ですよ。結構いい時間ですし、戻って夕食にしましょう。今日はみんなで一緒に食べましょう。いいですよね? コククさん」


「ええ、ナベグルーは御鍋にしてみんなで食べるのが一番です。仲間外れはいけません」


 コククを見るに、結局ナベグルーを狩ることは出来なかったようだ。レイラの仕留めた獲物のご相伴に預かる気まんまんである。各言う俺やアイシャも、何も仕事をしていないので同じようなものだ。


「……そう」


 「みんなで」と言ったあたりで、心なしか顔を綻ばせるレイラ。普段一人で生活しているので、誰かと食事をするのが新鮮なのだろう。今度食事に誘うのも良いかもしれない。


「さあ、それじゃあ戻って食事の準備をしましょう!」


 最後に締めくくるように纏めるアイシャ。今回何の役にも立ってないので、ここで存在感をだして食いっぱぐれるのを防ぎに来た。よく考えたら、彼女の要望で今回の狩猟は始まったのだ。今回の成果を一番喜んでいるのは彼女だろう。俺も何の役にも立っていないので人の事は言えない。


 こうして俺達は、湖を後にして屋敷へと向かった。









「う……うめぇ! なんだこりゃ!?」


 ナベグルーは最強に美味かった。




これにて第三章は終了です。

第四章はバカンス編を考えています。

また投稿があきますが、今後ともよろしくお願いします。

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