閑話:夫婦の話、恋人の話
「先生、お陰様で膝の痛みも無くなりました。こっちの先生は優秀やねぇ」
「それは良かったですね。又何かありましたら気兼ねなくお越しください」
私はウルマ、このカラ島で流行らない薬院をしていた。
この地に腰を下ろして居を構えてから、今最も私の薬院は繁盛している。それもこれも、私の妻であるダリアが連れてきた、旅の薬師をされている、リオックさんとの知の天秤のお蔭だ。
彼と交換した知識は、この島では聞いた事の無い知識で溢れていた。本来であれば、それ程どの知識を交換できるほど、私の持つ薬の知識は卓越しているとは思わない。
しかし、彼はこのサルディーナ諸島群にある薬の知識には詳しくなかったらしく、お互いの条件が上手くかみ合ったように思う。
もし、彼が先に他の薬院に訪れていたら、私とは知識を交換する事は無かっただろう。そう考えると私は妻に感謝しなければならない。
ここ数年は本当に金銭的にも困っていて、彼女には多大な苦労を掛けている。それに本当に困っている時は、いつも彼女に助けられているのだ。
今、こうして薬院に患者さんが来るのも、ダリアがリオックさんと引き合わせてくれたからに他ならない。
「はーい、お大事にねー。お次の方どうぞ~」
今では彼女は立派な薬院の看板娘だ。以前のように屋台で仕事をする必要も無い。これまで彼女に掛けた苦労にやっと報いてやれる。
「あら? 今の人で最後だったみたい。今日の診察は終りね!」
彼女の明るい性格が、病に伏している人たちの気持ちを明るくしてくれる。薬院としても非常に助かる。実際彼女目当ての患者さんは昔から一定数存在した。勿論、誰にも渡す気はない。
「よし! ウマル、私屋台のバイトに行ってくるわね。今日のオカズを稼いでくるわ!」
彼女は一方的にそう告げると、颯爽と出掛けて行った。私の話を聞いてもくれない。私が遠回しに、もうアルバイトは要らないと言っても、彼女は辞めようとはしない。寧ろ毎日楽しそうに出掛ける。
一度、こっそりと彼女が働いている所を覗いたことが有る。あれは確か、珍しく町に肉が大量に流通した時の事だ。彼女は知り合いのオーナーから串肉の屋台を任されて働いていた。その時は、本当に楽しそうに仕事をしていた。お客さんとも楽しそうに話し、こっそりと商品をつまみ食いする。いや、あの時は、日々の食糧にも困っていたので仕方ないだろう。
兎に角、彼女は本当に楽しそうに屋台の仕事をする。私もそんな姿を知っているので、無理に辞めろとも言えない……。
本当は薬院の仕事に集中してもらいたいのだが、彼女はこれからも屋台のバイトを続けるだろう。
せめて、盗み食いはバレないようにお願いしたいものだ。
※※※※
毎年、この季節は掻き入れ時だ。我が家の商品の殆どを買ってくれるエルフ達が遣ってくるのだ。
今年は例年と違って、他にもお客さんが来てくれたので、在庫も殆どはけてしまった。そのお客さんと言うのが、ペリラが連れてきたリオックさんだ。
彼女の家が経営している宿に、珍しくお客さんが泊り、そのまま彼女が案内と称して、この果樹園まで連れてきたのだ。
彼は旅の薬師をしてるらしく、普通のお客さんとは目の付け所が違った。親からこの果樹園を引き継いで、色々試行錯誤していくなかで発見したその高い栄養価。この時ほど薬師としての知識を齧っていてよかったと思ったことは無い。
リオックさんが言うには、今後需要が増えると言っていたけど、他の果樹園との兼ね合いもあるから、それ程劇的に変わるとは思えないけど、少しでもいい方向に向かえばいいと思う。
「サレハ、サレハ! 大変よ! 大変!」
彼女が来ると、いつも賑やかになる。僕が他の果樹園の経営者達の圧力に耐えられたのも、彼女が居たからだと思う。
「そんな大声出さなくても聞こえてるよペリラ。何かあったのかい?」
「サレハにお客さんよ。梅干しを買いたいんだって!」
そう言えばリオックさんが知り合いの商人に梅干しの事を教えるって言っていたからその人達なのかもしれない。
「分かったよ。今何方にいるの?」
「連れてきたわ!」
流石、彼女は行動が早い。誰かを連れて来る事は特技の一つなのだろう。
「はっはっは、すまねーな。こっちのねーちゃんに案内してもらったわ」
そこに立っていたのは、細身ではあるが、健康的な体つきで、髪をビシッと決めている男だった。身なりも綺麗で、船旅をしてきたとは思えない。
「はじめましてだな。俺はモンコネ、今はベレッザ商会の傘下に入ってる商船の船長をしている。ここには兄さ……おっと、リオックさんの要望で取引にきた」
やはり彼が、リオックさんが言っていた商会で間違いないらしい。モンコネと言う名前はどこかで聞いたことがある気がする。
「はじめまして、僕はこの果樹園を経営しているサレハです。取引との事でしたが、今は在庫が殆どなくて売るのは来年からになってしまいますがよろしいですか?」
「ああ、その辺の話は聞いてる。俺の役目は専属の契約を結ぶことだ。今回は買い付けじゃない」
「契約、ですか?」
なんだか予想していた話とは少し違うみたいだ。僕はてっきり梅干しを買いたいのだと思っていた。
「ああ、向こう十年、ここで生産された梅干しのうち、その七割を俺達が買い付ける契約だ。それに加えて、毎年生産量の増加を要求、及び協力の取り付けってところだな」
「じゅ、十年ですか!?」
予想していたよりも遥かに斜め上の話だ。リオックさんに言われた時は、売り上げが少し上がるくらいにしか考えていなかったけど、其れ処の話じゃなかった。もっと大きな話だ。それに生産量を上げるなど、この果樹園だけではとてもではないが不可能だ。必然、周囲の果樹園も巻き込む事になるだろう。
「やったわねサレハ! これでもう他の連中に文句を言われないわ!」
そういえば、彼女はよく誰かを連れてきたけど、それ以上に大きな話を持ってくることの方が多かったね。僕がこの仕事に付いたのもそれが原因だったかな。
この後、島中を巻き込んでの、大騒動に発展したのだが、それはまた別の話だ。
本当、彼女と一緒だと退屈しないよ。




