最後の夜、次への旅立
この一月と半分、お世話になった部屋の掃除をする。
エベレスとイッカの代表達の商談が終わり、初回の取引を三か月後として、その後の取引方法については、随時考えていく事に話がまとまった。
エルフ達は、島では手に入らない物資を主に輸入する。特に技術はあっても、加工する物が無いといった、不思議な状態だった所が改善できると喜んでいた。ベレッザ商会の力が有れば、大抵のものは手に入るので、エルフ達も満足のいく取引ができるだろう。
そしてベレッザ商会は、エルフ達の特産品を主に取引する事になったそうだ。それも出来るだけ多くとの要望を出したようで、今まで農業や漁業で二足の草鞋だった工房も、自分の特技一本でやっていけると喜んでいるらしい。その分下がる食料自給率だが、備蓄も多く、輸入品もあるので緊急時でも対応は可能との事だ。
因みに、買値も結構な額だが、フェロ公爵領が今まで買い付けていたエルフ製品に比べれば、月と鼈と言えるほどに安い。その上で品質の高い物が多いので商会は笑いが止まらないだろう。俺も少しお零れを貰えそうだ。
こうして交渉が終われば、船に積んである荷を捌いて何かしら仕入れるのだが、運んできた荷物は殆ど売れてしまったらしい。しかし、エルフ側から売れる物の在庫がそれ程無いので、各工房が急ピッチで片端から商品を作っている。出来上がったものは随時積み込んでいるが、とても船の中を埋め尽くすほど溜まることはなさそうなので、ある程度の数が確保できれば、次の取引の時に回してもらうらしい。
そんなこんなと慌ただしくしていたら、何時の間にか出発を明日に控えていた。
俺と言えば、毎日のんびりとして、コククやラブラとお茶をしたり、忙しそうにするレイラに材料を届けたり、アイシャとお茶をしたりと、自由に過ごした。
そして、エベレスから出発の日程を聞いて、慌てて掃除をしているのである。もう少し早く教えてくれよ。
今日は最後の日なので、みんな広場に集まって送別会をしてくれることになっている。始まるのは夕方からなので、先に掃除を終わらせておきたいのだ。立つ鳥跡を濁さずの精神で、部屋を綺麗に掃除する。
まあ、今晩もここに泊まるので、また汚してしまうのだが、これは心の持ちようだろう。この部屋にお世話になったちょっとしたお礼だ。
部屋の隅々まで綺麗に掃除をして、一切の汚れを許さない。偶に掃除していたけど結構汚れとは溜まるものだと思う。
掃除が終わる頃には、既に昼時を過ぎており、少し小腹が空く。今晩は御馳走なので、ここで余り食べたくはないが、無理に空腹を我慢する必要も無いし、軽く食べる物を求めて彷徨う。
尤もそれ程選択肢が有るわけでは無いので、俺は酒場で簡単な物を頼む。結局この店のメニュー全てを制覇することは出来なかったので、次に来た時こそ、食い尽くしてやろうと思う。取り敢えず、今はお気に入りの二枚貝の酒蒸しと焼き魚、立派なカニの足を頂く。
これらは、この島に来てから俺を虜にして已まない美味なる物たちだ。二枚貝の酒蒸しはそのプルンとした触感がたまらず、剣のような形をした焼き魚は大根おろしとの相性が最高だ。そして言わずもがな、極太のカニの足は食べる者を無言にさせる。
「あら? リオック様、こちらでお食事でしたか」
「ん? ええ、小腹が空いたので、お気に入りのメニューを頼んだのですよ」
俺が、お気に入り三点セットを食べていると、見知った顔が現れた。
「確かにここの料理は美味しいですからね。生ものなので買って帰ることが、出来ないのが残念です」
「そうですね。処で、明日の準備は終わっていますか?」
「ええ、勿論です。今は最低限の人員を残して、今晩の送別会の準備を手伝っている所です」
「そうでしたか、商会の方は働き者ですね」
この外洋船、サイズがサイズだけに多くの船員が乗っている。全員、商会に雇われた人間なのだが、忠誠心の高い人はごく一握りだ。俺も顔がばれないように、一月前から少しずつ化粧で顔を変えている。今では一見しただけで俺だとは分からないだろう。名前の方はどうしようもないので諦めも肝心だ。最も、俺の事を覚えている人などそれ程居ないだろう。多分。
一応、エベレスには大陸西方の商談の時に知り合った事にしてもらっているので、ある程度は誤魔化せるだろう。最も、ここまで神経質になる必要はないのかもしれない。バレてる人にはバレてるしね……。
エベレスはこの後特に予定も無いと言うので、適当に一緒に散歩をすることにした。普段、配下の虫人達との交流する機会が無いので、今度慰労会みたいなものを開いてもいいかもしれない。日ごろから頑張ってくれている部下を労うのも大切な事だ。
この島も見納めなので、二人で島の中をあちこち歩く。一月以上もいたのに意外といったことない場所もあって驚いた。人間自然と知っている場所に行きたがるものだが、こんな狭い島でもその習性は発揮されるらしい。
ぐるぐる島を行ったり来たりしていると、広場の方が段々と騒がしくなってくる。送別会の準備は着々と進んでいるようだ。
「リオック様、そろそろ広場へ向かいませんか?」
何時の間にか太陽が水平線近くにまできていた。エベレスが教えてくれなかったらもっと暗くなっていただろう。思った以上に感傷に浸っていたのだろう。この島での生活は思った以上に楽しかったのだ。
俺達が広場に付くころには、送別会は始めるばかりになっていた。遅れて申し訳ない。
「今日の主役が来ましたよ! さあ、リオックさん此方にどうぞ」
「ありがとうございます。おくれてすみません」
既に皆グラスの準備まで終えており、俺の到着を待っていたようだ。俺もグラスを渡され、美味しそうな飲み物をもらう。
「えー、それでは主賓が参りましたので、送別会を始めます。あまり長々と話しても、皆待ちきれないので、リオックさんの一言と共に乾杯しましょう。それではお願いします」
事前説明なしだったが、今回は此の展開を予想していたので、ちゃんと挨拶をかんがえてある。抜かりはない。
「それでは手短に……、一月半と長らくお世話になりました。今日で一先ずお別れですが、私達の交流は、今始まったばかりです。これから良きパートナーとなれるよう、皆で頑張っていきましょう。この良き隣人の幸福を願って……、乾杯!」
「「「「かんぱ~い!」」」」
流石、事前に考える余裕があるだけ、程よい長さ、盛り上がる内容と満足のいく挨拶だったのではないだろうか。自画自賛と言うなかれ。
そこからは順番に挨拶をして回る。この島で知り合った人は本当に多いので、知り合いを一人一人回るだけでも大変だ。家族なんかは一纏めで挨拶してしまったが、そうしないと全員を回れなかった。ただ、その中でも特に係わりが深かった人たちは、一人一人確り挨拶をする。
ナガスやコククなんかはあっさりした挨拶で済ませたが、ラブラとイッカは長かった。特にイッカ。意外と涙もろいのか、挨拶をする時は顔をクシャクシャにして、最後は何を言っているのか分からなかった。ラブラが回収してくれなければ、いつまでも泣いていただろう。
それからアイシャや、各工房でお世話になった人達とも、確りと挨拶をしておいた。今後ともお世話になるので、その当りは抜かりない。
ただ、意外だったのが、レイラと別れの挨拶をする時だった。
「……帰る?」
「ええ、明日には島を離れます。今日はその別れの挨拶にきました」
「……そう」
「レイラさんには非常にお世話になりました。次に島に来た時もまた寄らせてもらいますね」
「……そう」
「あー仕事上、瓶製品は頻繁に必要になるので、また買いに来ますね」
「……いく」
「え? ああ、そうですね。その時は商会にお願いしますよ。又会う時までお元気でいて下さいね」
「……うん、リオも」
多分、この最後の言葉が、レイラとの会話の中で最長文だと思う。彼女も別れを惜しんでくれているのだろう。途中きになるセリフもあったが、彼女の言葉は短すぎて全容を理解する事は難しい。インスピレーションが大切だ。
そして忘れてはならないこの人、酒場の店主であるハリルである。多分名前は今初めて出たが、彼がとんでもない置き土産をしてくれた。なんとこの島の郷土料理のレシピを幾つか渡してくれたのである。その中には俺お気に入りの二枚貝の酒蒸しも入っていたのだ。大陸の方に戻れば、ここ程贅沢に海産物を食べることは出来ないが、幾つか応用も聞くし、港町に行けば食べる事が出来る。これからは、心の中で彼の事はハリル様と呼ぼう。本当に感謝だ。
こうして、全員に挨拶をして戻って来た時には、クタクタになっていた。
「あら? リオックさんお疲れね?」
「ああ、アイシャさん。皆さんにお別れの挨拶をしていたのですが、思いの外大変でした」
「程々にして食事を楽しんだ方がいいわよ。明日からは船食なのですから」
「ええ、そうします。ここの美味しい料理とも暫らくお別れですからね」
本当に、ここの料理が食べられなくなるのが悲しい。いくらレシピを貰っても、この近海の魚介は他では味わえない程、旨味を蓄えた優秀な食材なのだ。
それからは、会話もそこそこに、食べる事に集中する。偶に珍しい料理を持ってきてくれる人がいたので、それも有り難くいただく。
商船に乗っていた人達も参加していて、ここの料理の美味しさに魅了されている。次の取引の時には、また彼らは立候補するのではないだろうか。ここの味を覚えたら、そう簡単には離れられない。
楽しい宴会は夜遅くまで続き、屋敷に戻る頃には日を跨ごうとしていた。ラブラさんは先に戻っていたらしく、既に自室で休んでいる。他の三人は、未だ飲んでいるようで戻って来ていない。俺は明日の事もあるので、先に風呂を頂き、休ませてもらう事にする。エルフも海の男達とは違う方向性だが、立派な吞兵衛達だった。粛々と酒を飲む姿は若干シュールだったが、そこら中に転がる酒瓶がその凄まじさを物語る。
どうやらエルフは普段酒を飲まないが、こういった宴会では盛大に酒を煽るらしい。ラブラが自粛してくれて本当に良かったと思う。イッカは明日説教だろう。
風呂から出たら、当分味わえないだろう、フカフカのベッドに入って明日に備える。宴会の疲れもあったのか、この日はぐっすりと寝られた。
出発時の話を少し語ろう。
まず、船着き場まで見送りに来てくれた人は、僅か四人であった。その四人とは、コクク、ラブラ、アイシャにレイラだった。
その他の連中がどうなったかと言えば、この寒空の下、広場で寝転がっていた。そして酒臭い。聞けば、見送るまで飲み続ける予定だったらしい。しかし、久しぶりの宴会に、ペース配分を間違える者が続出。結局こうして起きているのは酒を控えていたライラとアイシャ、それと何が有っても早朝に目を覚ますレイラに、先程まで飲み続けていたコククだ。この人が一番ヤバい。多分昨晩、最も酒を煽っているのは間違いなくコククだ。瓶ではなく樽で飲んでいたからな。
別れの思い出は、なんとも酒臭いものになってしまったが、俺達は無事に出港する事が出来た。
それと、レイラから瓶の中に紙が入っている物を貰ったのだが、なんとか聞き出した所、開けずに持っていろとの話だったので、そのまま魔導具の中の肥やしにしておく。
別れ際に、一人一人頬にキスをしてもらった。この辺りでの船出の安全祈願らしい。酒臭いコククに遠慮してもらったが、効果に変わりは無いだろう。
最後に大きく、皆に手を振って、俺達は大海原へと旅立った。
これにて三章本編終了になります。閑話を数話入れた後、四章に入ります。




