港の様子、追加の良報
「あ! 兄さんじゃないですかい。こんな所でどうしたんですか?」
イッカと二人で島を一周して、最後にこの島唯一の港に遣って来た。そこには、既に荷を降ろしたモンコネ達が酒を飲んで寛いでいる姿が見えたのだ。
「こんばんは、モンコネさん。取引は順調ですか?」
「はっはっは、運んだ荷は全て売れたよ。更にここの特産品の買い付けも終わったぜ。後は荷を運んで積み込むだけだ」
モンコネの所の商会は順調に取引をこなしているようだ。滅多に人の出入りが無いこの島では、ライバルになるものが居ないので品物も直ぐにはけるのだろう。
「順調なようですね。帰還の日時は決まっていますか?」
「おうよ、だからこんな時間から酒が飲めるってもんよ。帰りは——予定だと五日後に出航だぜ」
五日後……、アイシャに色々教えるにはとてもではないが間に合わない。こうなると帰りは別の方法を考えなければならい。最悪、虫に頼る事も可能だが、取り敢えずモンコネが納得する理由を考えないといけないだろう。
「そうですか……、私はこの島で少し仕事が出来たので、帰りは御一緒できないですね」
「本当ですかい? しかし、この島に来る商船なんて滅多にないですよ? 本気ですかい?」
そう、この島へのアクセスの悪さ故に、モンコネ達の船で帰らないとなると、最悪一年間この地に取り残される事になりかねない。普通であれば一緒に帰らない選択肢は無いのだろうが、俺は少し特別だろう。
「それでしたら、帰りは我々に任せて頂いても構いませんよ。季節の終わりには我々も他の島へと物資の調達に行くので、その時期を調節すればリオックさんをお送りできます」
ここでイッカが補足をしてくれる。彼らも決して島から出ないわけではない。ただ簡単には出られないだけだ。それ故に、普通に島を出て買い出しに出掛ける。どうやら何時もは冬の終わり頃に出掛けるようだが、今回は俺の都合に合わせてもらえるらしい。モンコネを納得させるには十分な理由だろう。
「だ、そうなので大丈夫です。少し早いお別れですが、またお会い出来る機会もあるでしょう」
そう、こちらの思惑が上手く行けば俺達が再会するのは、そう遠い未来の話では無い。こちらとしては何としても『梅干し』を確保したいのだ。サルディーナ諸島群の数少ない現地のコネを活用しない手はない。一月もすればベレッザ商会の方からなにかしらの接触を図るだろう。
「そうですかい。それじゃあ仕方ないですね。まあ、後五日はいるんで、また寄ってください」
「ああ、是非そうさせてもらうよ」
それからモンコネ達と雑談して、俺達は屋敷へと戻る。モンコネ達は結構前から呑み始めていたようで、直ぐに酔いが回り会話どころではなくなってしまったのだ。
仕方が無いので彼らの事は放置して、俺達は酒場を後にした。既に時間は、日が沈む時だ、屋敷に戻って皆と夕食を取らないといけない。ここの食事は非常に美味しいので、毎回楽しみである。この島のエルフ独特の文化なのか、海水を使った蒸し料理がよく出てくる。卵、魚、肉、色々な蒸し料理が楽しめて面白い。それに味付けもそれに合わせてあって、少し酸味を利かせた調味料がとても良くあう。こういった味付けが好きだから彼らは好んで梅干しを買うのかもしれない。塩味と酸味の融合がこれ程美味しいとはこの地に来るまで知らなかった。今晩はそれに柚子を少し加えてみよう。
楽しい食事と快適な風呂、それに程よく体が沈み込むフカフカのベッド。これほど快適な環境で寝起き出来るのは久しぶりだ。どれもが一級品で、文句をつけようがない。
ここ最近、サルディーナ諸島群を旅するようになってから、お嬢への連絡を怠りがちだったので、今日は良い報告ができるだろう。決してご機嫌取りではない。
『お嬢、俺だ。今日はいい報告を持って来たぞ』
念話を入れるときは何時も突然だ。呼び鈴が有るわけではないので仕方がないが、戦闘中に突然頭の中に声が響くと結構驚く。いや、普通に焦る。
『あら? ここ最近、全然連絡をくれないリオ君ではありませんか? どんなイイ報告を持って来たのかしら?』
……俺から連絡すると大抵この件から始まる。これでも極力連絡するようにはしているのだが、忙しかったり疲れていたりする時は、どうしても連絡を怠ってしまう。おっと、これでは彼女に言い訳する彼氏みたいになってしまっているな。連絡はマメにしよう……。
『そうだな……、夏季のアルテミシア王国行きで、日程の殆どを休暇にできるような情報だ』
『……そう、報告を聞きましょう。貴方の事だから余程の事案なのでしょう?』
『まあな、それで——』
俺は今日一日見て回った出来事、それに加えてエルフと交わした約束や、今エルフが望んでいる事について報告した。それに加えて、俺の予測と今後の行動方針、お嬢の方でどうやって動くかについて話す。
『即ち、このフェロ公爵領が持つ港町と、貴方が今居るウルメ島に繋がる海流が存在して、それを見つければエルフとの交流が可能になる。と言いたいのね?』
『ああ、だから商会の人間を使って、その海流の調査を頼みたい。別件をお願いしている最中で悪いが、こちらも大きな利益が見込める話だ』
『そうね、これが事実であれば我々の得る利益は計り知れないわ。……良いでしょう。船を手配します』
実際、確度の高い案件だ。損をすることは無いだろう。それこそ嵐の被害を補って余りある利益が見込めるのだ。
『悪いけど、貴方の部下もお借りしますからね。流石に人手が足りないわ』
『ああ、それは構わない。こちらからも積極的に手伝うように言っておく』
『ただ、ベレッザ商会が忙しくなるから、ルーシェへの言い訳は自分でして下さいな』
『……そこの処、まかりませんか?』
『まかりません』
なんという事だ、こちらからの要望を叶える皺寄せが、ルーシェに行ってしまう事は分かっていた。何かしらの形で、その埋め合わせはしなければと考えてはいたが、そのフォローをお嬢に期待しなかったといったら嘘になる。正直、後で何を言われるか分かったものでは無い。いや、彼女がそんなに酷い事を要求するとは思えないが、以前仕事を押し付けた時は、大陸を3往復する破目になった。今回の事案はそれ以上だと考えると、いったいどんな目に合うか……。
『夏季休暇の時には存分に頑張ってもらいますからね』
『ん? ああ、任せろ。……何を頑張るんだ?』
よく分からないうちに変な約束をしてしまった。夏季休暇で何をさせられるか不安だが、こうなっては仕方がない、諦めて覚悟を決めよう。
その後は、今後の行動方針を話し合う。その時に情報の擦り合わせも忘れない。結局この日は、連絡を怠っていた時間の分まで補うほど、夜遅くまで念話をする事になった。話の殆どは何気ない日常の話だが、夏季休暇の予定を話すのはまだ早いと思う。遊び道具の手配にも抜かりはないようで、色々揃えているようだ。思わず俺も欲しい物をお願いしてしまった。
眠りにつくころには、既に空が白んでいたが、色々話ができたのは楽しかったのでよしとしよう。
僅かな時間しか寝る事が出来なかったが、今日はアイシャと、ラブラの診察をする約束があるので眠気に耐えて起きる。
朝食を済ませ、コーヒーを一杯頂いている間に、アイシャが到着したようで、玄関が騒がしくなる。暫らくすると、俺が待っていた応接室にアイシャが入って来た。
「来客より先に入って寛いでいるなんて、貴方なかなか上級者ね」
「ええ、私も客人ですから。それに、ここで待っていた方が貴方の来訪時に手間がなくていいでしょう?」
「ふふふ、それもそうね。言われた物は持って来たのだけど、確認して頂けるかしら?」
「ええ、お願いします。……大丈夫みたいですね。それではラブラさんの診察に伺いましょうか」
ラブラの診察に必要な物を確認して、俺達は彼女の部屋へ向かう。今日、これから本格的にラブラの妊娠に対して治療を開始する。それと同時にアイシャへの教育も始めるので、今日は一緒に診察するために集まったのだ。
今日の診察は、妊婦の体調の観察、そして順調であれば着床を助ける薬を服用して、本格的に妊娠の治療を施す事になる。この島のエルフ達の妊活の開始だ。
ラブラの部屋をノックすると、ドアが開き、中からイッカが出てきた。
「おや、お二人共、おはようございます……ああ、治療の約束でしたね。どうぞ、お入りください」
イッカに促されて、俺達は部屋へと入室する。ラブラはベッドで確り休養をとっているようだ。
「おはようございます」
「ええ、おはようございます。早速アイシャさんを交えて治療を開始しようと思うのですが宜しいですか?」
ラブラの許可を得て、早速診察に入る。勿論、診察するのはアイシャである。俺は彼女の診察で、分からない時や、間違っている時に口を出すくらいで、基本的に俺は見ているだけだ。
一通り診察をして、問題無い事が分かったら薬の服用をしてもらう。薬の服用から三日ほど、俺達は交代しながら経過を観察する。問題が有れば、即座に対応できるようにする為の配慮だ。昼時はアイシャが、夜間は俺とイッカが担当して様子を見る。一時間おきに呼吸、熱、脈、発汗量を測り、小さな変化も見逃さない。
俺は自分の担当の時間まで一度部屋を離れる。本来であればイッカも無理せず、休むのがベストなのだが、彼は気になって仕方が無いのか、これから三日は付きっ切りで付き添うようだ。
三人に挨拶をして、俺は昨日行った海岸へと足を運ぶ。もう一度確り確認をして、少しでも不備を減らさないと後が怖い。
屋敷から直線距離で浜辺に向かうと、徒歩で一時間もあれば辿り着く事が出来た。屋敷がほとんど中心に位置する事を考えると、この島は本当に小さいのだと感じる。エルフが子を生せなかったことが、結果的にこの島の存続には必要だったのかもしれない。今後子供が増え、人口の増加が顕著になった時に出てくる問題も、ある程度予想して対処しておいたほうがいいかもしれない。これも俺達が交流を持つ時に交渉するカードの一つになるかもしれない。
浜辺に辿り着き、周囲を観察する。昨日見たように色々な物が打ち揚げられている。よく観察してみると、昨日は気が付かなかった物も幾つか流れ着いていた。鉄製品か何かが詰まっている麻袋、それに大型の海の生き物の死骸。これだけでもこの海流の力強さが感じられる。
俺は昨日見つけたフェロ公爵領で養殖事業に使われていた破材を探す。それらは浜辺全体に散らばってはいたが、思いの外簡単に集める事が出来た。俺はそれらを組み合わせて、一つの大きな筏をつくる。簡単には壊れないように、頑丈な作りにして、中心には一本の棒と旗を立てた。
この旗には適当に言葉を書いておいた。配信者やそれを受け取る側を悟られない為の配慮である。仮に、この言葉をお嬢が確認したら、念話で俺に聞けばいいだけである。このリアルタイムでやり取りが出来るのが俺達の最大の強みだろう。
出来上がった筏を、島の北西より海へと出す。潮の流れを見る限り、島から離れる潮の流れは、北西方面に偏っているように見えたのだ。
海へと旅立った筏は、波に乗ってどんどん岸から離れていく。どうやら俺の予想通り北西には、この島から離れる潮の流れがあるようだ。あの筏には俺の配下の虫を何匹か乗せてあるので、情報収集には十分だろう。
筏を見送った後は、一度屋敷に帰って寝る事にする。今夜はラブラの経過観察の為に夜中は起きていないといけないので、この寝不足の状態では問題がある。
取り敢えず、今は状況が変わるのを待つだけだ。俺は欠伸を噛み殺しつつ、屋敷へ向けて歩を進めた。




