島の探索、島の生態
俺が長老の屋敷へと戻ると、入り口にはイッカが立っていた。
「お帰りなさいませ、リオックさん。夕食の準備ができていますよ」
何故かイッカが家政婦のようなセリフを口にする。屋敷を離れた数時間の間に一体何があったのだろう。俺は疑問を覚えつつも、彼の案内に従って付いて行く。
案内された先は、大きなテーブルが一つに、多数の椅子が並べられた部屋だった。ここに置かれている家具も非常に上品で、その質の良さが窺える。
案内された部屋には、既に他の人たちも揃っていて、既にテーブルに付いていた。その中で、俺の知らない顔が一人。見た目30代半ばで、ラブラが色気を覚えたような容姿をした人が座っていた。
「あ! リオックさんお待ちしてました。ご紹介しますね、こちらが私の母のコククです」
「どうもご挨拶させていただきます。ナガスの妻でラブラの母であるコククと申します」
「これはご丁寧に有難うございます。旅の薬師をしております。リオックと申します」
お互いに自己紹介を済ませたら、席について食事を始める。食事はこの近海で取れた魚に、島で育てられた野菜。そしてこの島の規模では珍しい肉料理が出てきた。
「このお肉は何方で手に入れたのですか?」
島で肉を手に入れる方法など限られている。場所によってはかなりの高級品として扱うところもあるくらいだ。お世話になる身としてはあまり無理はさせたくない。
「ああ、この島で肉類はダンジョンの中での狩猟が主な入手先ですね」
「ダンジョン?」
「はい、この島にはダンジョンがあるのですよ。浅い階層にはそれ程強いモンスターも出ないので肉の供給源として重宝しています」
なんと、この島を一周するのに一日と掛からないような所で、ダンジョンを保有しているとは驚きだ。確かにダンジョンが有れば土地の広さなど特に関係ない。それに彼らは元々ダンジョンの中からの移住者である。下手な人よりもダンジョンについての知識は詳しいのだ。正直、ここで取れた肉を周辺の島々へ売りに行くだけで島の財政は豊かになるだろう。移動手段さえ確保できればの話になるのが残念だ。
この島は、周囲の島と限定的な交流しか持てない故に、経済そのものが停滞しているらしい。最も、自給自足で十分成り立っているので、それ程困ってはいないのだが、ここに住むエルフ達は、元のエルフの里に住む人たちと違って、割と積極的である。言い換えれば社交的なエルフが集まる集落なのだ。だから彼らは常々外との交流を何とか取れないかと日々試行錯誤しているらしい。
因みに、一番オーソドックスな方法は、瓶に手紙を入れて海に投げるらしい。何とも運任せな方法だが、過去に一度だけ返事が来たことがあるらしい。その時、返事を貰ったエルフは、その手紙の相手に会いたくなってこの集落を飛び出していったのだとか。それ以来彼は帰って来ていないらしい。
彼らエルフは長い年月を生きるだけあって、色々面白い話の引き出しが多い。一番年若いエルフであるラブラですら、100年以上生きているのだから、当然と言えば当然なのだろう。スケールの大きさが違いすぎる。
「そうだイッカ。明日リオックさんに島を案内して差し上げたら?」
ラブラの治療の予定について話している時に、明日の予定が空白になっている事を知ったラブラがそんな事を言ってくれる。こちらとしてもエルフの文化を知らないので案内人が居るのは非常に助かる。
「ああ、そうだね。リオックさんもそれでよろしいですか?」
「ええ、是非お願いします。エルフの文化に詳しくないので助かります」
「エルフの文化と言っても、この島ではそれ程昔からの習わしなど残っておらんぞ?」
「そうですね。元々そういったものが嫌いだから飛び出してきた者達の集まりですしね」
年長組二人の言葉に、俺達は思わず笑ってしまった。確かにこの島に息づくのはエルフの文化ではなく、この島独自の文化なのだろう。最も、それはそれで興味がある。それこそエルフの文化以上に。
久しぶりの肉料理や、珍しい海産物を使った料理など、楽しく食事を取った後は、お風呂を頂いて早めに寝る事になった。皆と話していて、エルフの文化の件で、唯一褒められたエルフの文化は風呂だと言ってのけたナガスに追随したコクク。若者二人も何を当然。と言わんばかりの顔で頷き、俺もそれに同意した。
そう、エルフは毎日風呂に入る文化があるのだ。それはこの島も例に漏れず、ダンジョンのお蔭で燃料に困らないので、各家庭が湯を張れる風呂を持っているらしい。俺は船旅で入れなかった暖かい風呂に、数日振りに入れる事が嬉しかった。
この日は、お風呂を頂いた後は、色々と疲れがでたのか、自然と眠気が押し寄せてきたので宛がわれた部屋で早々に眠ることにした。その部屋に備え付けられていたベッドも又寝心地が良く、横になると同時に意識を手放してしまった。
翌朝、朝食を頂き出掛ける準備をする。朝食時は意外にもバラバラで食事をして、各々好き勝手にするらしい。だから家族が揃うのは夕食の時間だけなのだとか。だからこそ、その時間は必ず集まるらしい。ある意味これも文化の一部なのかもしれない。
「リオックさん準備はいいですか?」
「ええ、大丈夫です。行きましょうか」
そして今日の予定は昨日お願いした島を案内してもらう。昨日は長老宅とアイシャの薬院にしか行けなかったので、ここに住むエルフ達の生活を見るチャンスである。
ただ、今日はこの島全体を案内してもらう事にしている。エルフ達が作る工芸品も気になるのだが、それを見るには一日では足りない。だから先に島全体のことを見せてもらう事にしたのだ。
長老宅から出て、集落の中を歩くが、見慣れた様式の建物が立ち並ぶ街並みが広がるだけだ。そこに耳の長い美形の人たちが住んでいるが、纏うオーラは港で見た人達と同じように普通の村民である。
そう、ほら、あそこで洗濯物を洗っている美人のエルフさん。その道のプロだと言わんばかりの手つきで、次々と大量の洗濯物を洗う姿は、正に集落のおばちゃんだ。おっと、睨まれてしまった。
「リオックさん、何方から見て回りますか?」
「そうですね、島を一周してみたいのですが、宜しいですか?」
「島をですか? 構いませんが、特にみる物は無いですよ?」
「その島の植生を知るのは、薬師としての癖みたいなものですから。是非お願いします」
「そういう事でしたら分かりました。それでは参りましょう」
こうして俺はイッカに島の案内をしてもらう。確かに島の植生を調べるのは、薬師としての活動では有利になる。ただ、今回は少し気になることが有ったので、この島の植生を調べたかったのだ。
島の港は南東に位置しているので、俺達は最後にそこに辿り着けるように、南から時計回りで島を進む。島の外周は、岩場で切り立っているところが多く、海に直接アクセスできる場所は限られているらしい。南方から西方にかけては崖が続いていて、それ程珍しい物も発見できなかった。
ただ、途中で出会った山猫が可愛くてついつい餌を与えてしまったのは仕方ないだろう。
崖が続く場所を抜けると、今度は砂浜が広がる場所に出た。一つ一つの砂粒が細かく、歩く度に、グッグッと音が鳴る。歩く速度が一定なので、刻むリズムも一定になる。
軽快な音を奏でて歩くのは楽しいのだが、海岸は漂流物が放置されたままになっているのが残念だった。そこに流れ着いたゴミたちは、自然が齎した木の実の様な物から、人が加工したと思われる木材。それに漁師が使っていたであろう、浮力を出す為のブイなどが流れ着いていた。
最も、ただ汚れただけの砂浜であれば、それ程気にすることは無かっただろう。フェロ公爵家の家紋が刻印されたブイが転がってなければだ。
「イッカさん、ここには漂流物が良く流れ着くのですか?」
「ええ、三月に一度は集落の人が集まって掃除をするのですが、ここには良く物が流れてきますね」
「最後に掃除をしたのは何時頃ですか?」
「えーっと……、確かまだ二月経ってないと思います」
逆に言えば、この場所に流れ着いた漂流物は、最も古い物でも二月経ってないということだ。そしてフェロ公爵領では一月前に大型の嵐がきて、大きな被害が出ている。俺が丁度、大陸を離れた後にやってきたのだ。その中にはお嬢が主導した、魚の養殖事業も含まれているのだが、フェロ公爵領内にある港町の活性を狙っての事業だったのに、お陰で振り出しに戻ってしまった。再び事業を進めるのであれば、また予算の積み立てから始めなければならない。お嬢が頑張っていた事業を駄目にした嵐には怒りを覚えたものだ。
その被害から考えるに、フェロ公爵領近海の物は、一月あればこのウルメ島に到着しうる何かがある……。といっても考えられる物はこの島とフェロ公爵領近海を繋ぐ海流の存在だ。
「それにしても、今回は漂流物が多いです。普段は木の実などが多いのですが、何処かで災害でもあったのでしょうか?」
「……一月ほど前に大陸に大嵐が上陸しましたよ。このブイに入っている紋章にも覚えがありますから」
「成る程……、それなら納得ですね。人的被害が無いと良いのですけど」
「それは大丈夫だったようですよ。それと少し気になったのですが、普段流れ着く木の実とはどういった物なのでしょうか?」
「それなら、ええっと……ほら、あそこにあります」
イッカが指さした先には、何処かで見覚えのある木の実が流れ着いていた。あの木の実はフェロ公爵領近郊の森、モンスターのテリトリー内で自生しているヤシの木を二回り大きくしたような木の実だ。ヤシの木よりも油分が多く、浮力が高いので海流に乗って流れ着いても可笑しくない。この木の実は他では見る事が出来ない、あの地域特有の植物なので出所は間違いないだろう。
それに気になっている事が有る。それは、ここに来るまでに所々生っていた自生していた果物だ。柑橘系の物なのだが、少なくともこの島に来るまでに生っている所を見た事が無い。それに島の中に自生しているだけで、人の手が入っているようには見えない。
この果物、確かマンダリンと言うのだが、実はフェロ公爵領の港町周辺の浜辺によく打ち揚げられている。海流を流れている間にイイ感じに塩漬けになっていて、密かなファンがいる事は有名な話だ。余分な水分が飛んで、甘みが増し、保存も効くからと子供たちがおやつ感覚で拾い食いするのだ。
かく 然のように 言う俺も、まだお嬢の従者として働き始めた時に、一度遊びに行って打ち揚げられたマンダリンを食べたことが有る。あの時は、お嬢も大はしゃぎだったのを覚えている。まだまだ小さかった頃の懐かしい思い出だ。
「あの木の実は油が多く含まれているので、実は重宝しているのですよ。ははは」
「ああ、昨晩の夕食の揚げ物で使われていた油は、あの実から搾った物でしたか。通りで風味に覚えがあったわけです」
「おや、お気付きでしたか。この島ではちょっとした人気の品なのですよ」
俺達がマンダリンを食べているのだから、彼らもそれを活用していても可笑しくはない。そう考えると、もしかしたら、この島とフェロ公爵領はかなり昔から、超自然的に物々交換していたのかもしれない。
こうなると、本格的に調べてみるのも一興だ。もし、この島との航路が結べるのなら、この前の嵐の被害など、たかが知れていると言っても過言ではない。今晩当たり、お嬢へ報告しておこう。
その後も、俺達は島の周囲を回った。マンダリンの木は、基本的に何処にでも生えているようで、途中で一つ食べてみた。だが、酸味が強くて余りおいしくなかった。海流に流される時に熟成して美味しくなるのかもしれない。マンダリンの浮力はそれ程高くないので、もしかしたら海中を進んでいる可能性もある。この周辺の海流は冷たいので、自然の冷蔵庫の様になっているのかもしれない。
島の周囲にある植生を調べながら進むのだが、それ程珍しい植物が自生していることは無かった。小さな島と考えれば、種類が豊富で、その数も多い。ただ、俺が普段触れている薬草の種類に比べれば、やはり見劣りしてしまう。ただ、アイシャの薬院には、この島に自生していない薬草がフレッシュの状態で置いてあったので、もしかしたらダンジョンの中には、この島では取れない薬草の採取が可能なのかもしれない。
そう、この島にあるダンジョンなのだが、島の周囲を回っている時に島の東側で見る事が出来た。近くまでは寄ってないのだが、遠目でもダンジョンの種類は確認できた。広い草原タイプであった。獣の肉が取れる事を考えると、オーソドックスな獣系の平原なのだろう。
それとイッカに教えてもらったのだが、島の東側では海中に珍しい薬草が自生しているらしい。もし欲しいのなら知り合いの漁師に頼んで取って来てもらえるらしいので、今度お願いしようと思う。
そんなこんなで、俺達は今日の最終目的地であるこの島の港まで戻って来た。
この後、この島の特産品である海産物を見学するのが、実は楽しみだったりする。どんな美味しいものに出会えるだろう。
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