森人の相談、森人の知識
俺が最初に抱いた感想は、『普通』だった。このサルディーナ諸島群を旅する中で見てきた、発展途上の島の港と同じような様式をしているのである。遠目には漁師の方が漁から帰って来たのか、魚の取り込みをしていたり、大きな網の手入れをしている姿が見て取れる。
よく見ると、耳が長くて美形なのは分かるのだが、エルフに抱いていた印象は一瞬で消し飛んだ。彼らから放たれているオーラは、正に漁師(一般的)である。降ろされる荷から見える魚を見る限り、枕詞に『優秀な』と付くかもしれない。
エルフ達も生きていく上では生産活動は欠かせないのだろう。島という限定された土地では、十分な糧を得る事が出来ない故の漁なのかもしれない。きっとそうだ。
「兄さん、少し宜しいですかー?」
俺が港に降り立ち、周囲を観察していると、モンコネが呼ぶ声が聞こえてくる。彼の方に視線を向けると、その横には、高身長でイケメンな男が立っていた。年のほどは人間であれば20代後半、エルフなのでもっと年をとっているのだろうが、非常に格好いい男性が立っていた。
「どうしました?」
横にいる男性が気になるが、一応声を掛けてきたモンコネに話を振る。決してイケメン過ぎて直視できなかったわけではない。
「兄さんに紹介します。彼がこの島の代表の代理をしているイッカさんです」
「はじめまして、長老の代理で島の運営をしているイッカです」
「これはご丁寧に有難うございます。私は旅の薬師をしていますリオックと申します。ここへは、エルフの方々が持つ、技術の一旦に触れたいと思い参りました」
見た目の良さに加えて、この物腰の低さである。彼が初対面で印象を悪くとられる事など無いだろう。非常に爽やかな男性だ。
「実はイッカさんが兄さんに相談があるみたいなんですよ」
「はい、先程モンコネさんにリオックさんは薬師の方だとお聞きしまして、それで良ければ診てもらいたい人がいるのです」
イッカは少し追い詰められた様子で、こちらの目を真っ直ぐ見据えて訴えかけてきた。その顔からは彼の必死な思いが伝わってくる。
「おや、患者さんが居るのですか? 私で良ければ診察致しますよ」
「本当ですか! 是非お願いします!」
エルフの島であれば、高い知識を持った薬師がいても可笑しくない筈なのに、彼の必死な姿から、薬師が居ないのか、仮に居てもエルフの薬師では対処できないような症状なのか、少し疑問は残るが彼に付いていく事にする。
モンコネ達、商船のメンバーに断りを入れて、俺はイッカと共に患者がいる長老の家へと向かう。商船の人たちはイッカの部下と名乗ったエルフと共に商談を始めるらしい。
道すがら色々とイッカに聞いた所、この島にもエルフの薬師は存在するらしい。しかし、ある事情からエルフの薬師としての知識を全て継承していないので、今回のような症状の患者への対処ができていないのだとか。一応今までこの病状で死者は出ていないのでそれ程深刻ではないのだが、嫁の苦しそうな姿を見るのがつらいので、少しでも可能性があるのならそれに縋りたい思いだったのだとか。そう、今回診る患者さんはイッカのお嫁さんで、長老の一人娘なのだとか。即ち、彼は長老の家へ入った入り婿さんなのである。だから長老の代理として島の取りまとめをしている事にも納得だ。
何となく見慣れた風景が広がる道を進みながら彼の後を付いて行く。町の風景もサルディーナ諸島群でよく見られる様式と類似している。しばらく歩くと、その中でも一際大きな家、屋敷とも呼べるような建物が見えてきた。集落のほぼ中心に建っていて、これが長老の家なのだろう。
案の定、イッカは屋敷の方へと向かう。この屋敷だけは他の建築物とは様式が変わっていて、木材そのものの特性を活かした建築がされている。ただ、その中にも不思議な品格があり、もしかしたらこの屋敷はエルフ様式で建築されているのかもしれない。
「ここが長老の家です。私達夫婦もこの家で生活しています。どうぞ中にお入りください」
俺は案内されるがまま家へと足を踏み入れる。屋敷の中も基本的に外観と同じで、木材を余り加工しない作りをしている。確かアルテミシアの建築方式の一つ、ログハウスを大規模にしたような仕様だ。木の香りが漂い、木の温もりを感じる。
「暖かい家ですね。気分が落ち着きます」
「ありがとうございます。ここは我々の昔からの文化方式で建築されていますから。他の家とは違う作りをしているのですよ。さあ、こちらです」
イッカに案内されるがまま付いて行って、辿り着いたのは屋敷の一角にある部屋だった。扉の作りも外の部屋よりも少し豪華で、ここが長老の娘さんの部屋なのだろう。
「ラブラ、少しいいかな? 薬師の先生を連れてきたんだ」
イッカはノックをして中へ声を掛ける。暫らくすると「どうぞ」と入室の許可が下りた。彼は扉を開けて中へと入るので、俺も一声かけて入室する。中は結構な広さが確保されており、大きな窓がついていて光もしっかり確保されている。窓際の中央には大きなベッドが備え付けられている。家具一つ一つの作りも確りしていて、デザインも統一され、利便性、デザイン性を兼ね備えた部屋だと思った。
そのベッドに、先程まで寝ていたのだろう。非常に美しい女性が身体を起こして座っていた。金髪のサラサラストレートを流しながら、その隙間から長い耳が見える。身体は華奢だが、決して不健康な印象はうけない。町の中で見かけたら、思わず振り向いてしまうような美貌だろう。
「ようこそいらっしゃいました。私はラブラと申します。この様な姿で申し訳ありません」
「あ、いえ、私は旅の薬師をしております。リオックと申します。こちらこそ突然の訪問ですみません」
イッカに頼まれて来たので、俺の方が断りを入れる必要は無いのだろうが、あまりの美しさに、少し腰が引けてしまった俺を誰が責められようか。
一見、彼女が病気だとは感じないのだが。なんでも、動くと直ぐに体力が無くなってしまうらしい。この症状は一週間ほど前から出てきて、今は一日中大人しく寝る生活をしているのだとか。
取り敢えず、診察してみない事には何も分からないので、断りを入れて色々と準備をする。ただでさえエルフへの知識は少ないので、人間と同じだろうと思い込みでの診察は危険だ。昔少しだけエルフに詳しい人に師事したことはあるが、人に対しての知識とは比べ物にならない程少ない。
「それでは診察を始めますね。ラブラさんは楽にしてください」
準備を終えたら早速診察に入る。まずは脈や瞳孔、内部音を確認する。それで異常がなければ触診に入る。昔学んだエルフの身体にあるツボを刺激しながら、手や足、背中に顔と色々調べていく。
しかし、これと言っておかしなところは発見できなかった。元々持っている知識は少ないが、何一つ異変を見つけられないとなると少しおかしい。俺の診断では彼女は至って健康なのである。
「一通り診察しましたが、どこにも異変は見つかりませんでした」
「そうですか……島の薬師の先生にも同じことを言われました。私は病では無いのかもしれませんね」
彼女はこちらに気を使ってか、自虐的なセリフを吐いて笑う。イッカはその姿をみて、辛そうに顔を伏せた。彼女の為を思って、少しでも可能性があればと俺を連れてきたのに、結果的には彼女に余計に辛い思いをさせてしまっただけだと後悔しているのであろう。彼女も無理やり作った笑みは長続きしなかったのか、直ぐに伏目がちになり、膝の上に置かれた手に力が入る。
なんとも居た堪れない空気が漂う中、俺は彼女の言葉を聞いて、一つの可能性を思い至った。俺はカバンの中から一つの匂い袋を取り出す。この匂い袋自体はそれ程珍しい物では無く、平民の女の子なら小さい時からお洒落の一つとして持ち歩いているようなものだ。
「すみません、ラブラさん。この匂い袋を少し嗅いでみて頂けませんか?」
彼女は俺の手の平に乗せられた、可愛い刺繍が施されている匂い袋を見つめる。
「あら? 可愛らしいですね。こんな可愛い匂い袋は初めてみま……うっ」
彼女は匂いを嗅いだ瞬間、吐き気を我慢するかのように口元を抑えて、匂い袋を放り投げる。そんな彼女の姿をみたイッカは、彼女に寄り添い、こちらを睨みつけながら問いただしてきた。
「何をしたんですか! 彼女に変な物を嗅がせたんじゃないでしょうね?!」
鬼の様な形相とは正にこの事かと言いたくなるほど剣幕な顔つきでこちらを睨むイッカ。イケメンが顔面を崩すと異様な迫力があるのだなと場違いな感想を覚える。
「違うわイッカ。良い匂いだったのよ。ただ気分が悪くなっただけ」
ラブラも少し混乱しているのか、話の内容が少しおかしい。このまま二人のやり取りを見ているのも面白そうだが、不安なままで居るのは今の彼女には良くないのでネタばらしをする。
「今の匂い袋は一般的な物ですよ。ただ、入っている花がコヨメナと言われる野生の花です」
「……コヨメナと言えば野に普通に咲いている小さな花ですか?」
「ええ、そうですよ。この花の匂いをエルフの妊婦さんが嗅ぐと、吐き気を覚えるのですよ」
「「え?」」
「おめでとうございます。ご懐妊ですよ」
そう、エルフの女性が妊娠すると、かならずコヨメナの優しい匂いが、ゲロを凝縮したような刺激臭に感じられるらしい。これは妊婦の中でも、安定期に入る前の初期の段階のエルフに見られる特徴で、コヨメナを臭いと感じたら直ぐに助産師に相談するのがエルフの習わしだと聞かされた。
「「妊……娠?」」
「ええ、間違いないでしょう。ただ、妊娠初期ですので、早めに助産師の方に相談された方がいいですよ」
呆ける二人をよそに話を進める。エルフは出産率の低い亜人と言われている。正確には、自然に着床する可能性が低く、それを手助けしてやらないといけないらしい。俺が師事した女性がエルフの妊婦を診たことが有るらしく、そういった話を聞いたことが有るのだ。
「「あ……」」
この二人、先程からシンクロしている。しかし、何故か二人の顔色は悪い。
「どうかしたのですか?」
「実は、この島には助産師が居ないのです」
代表してイッカが教えてくれた。本来助産師が居ないなど在り得ない事なのだが、その後この島に住むエルフの事について教えてくれた。
この島に住むエルフは、元々アルテミシアに隣接する森の中のゲートを潜った先にある、エルフの里から抜け出してきた者達で、成り立って出来上がったらしい。エルフの文化の一つとして、婚約者は親が決めるのだが、それを嫌って愛し合った者たちが駆け落ちし、そういった人たちが集まって色々な苦難を乗り越え、最終的にこの島に辿り着いて一つの集落を形成したのだとか。エルフの里を抜け出したものは多く、それと同時に色々な知識も持ち出せた。それを人間の知識と融合させ、独自の知識として発展させたのだが、幾つかの知識が不足しており、そういったものは人間の知識で代用しているのだとか。しかし、エルフの出産に関しての知識は人間から学んだことも通用しなくて、この島の出生率は非常に低い。この島で唯一産まれたのがラブラだけなのだとか。それも長老達がこの島に辿り着く前から妊娠していた可能性もあるので、実質この島のエルフは子を生した事が無いらしい。
マジで滅びる○○前である。
確かにエルフが確実に子を生そうと思ったら、薬に頼ることも必要になってくる。その知識を持った者が助産師なのだが、この島では望んでも手に入らない者の一つなのだろう。
二人が暗い顔をしたのもこれが原因だ。ラブラの体調不良の原因は分かったが、それを解決する方法がない。本来喜ぶべき事なのに、それに対しての知識が無いので対処ができない。彼らは完全に手詰まりなのだ。
「仕方ありませんね。ここは私が一肌脱ぎましょう」
困っている患者を前に、見捨てるなんて選択肢は薬師には無いのだ。




