知識の収集、初の食事
「はい! ここが自宅兼、店舗兼、調合場の、私達の家よ」
ダリアさんの案内の元、俺達は彼女たちの家へと遣って来た。
そこは外から来た人が本来、来るような区画では無いようだ。ここは、島の住民達が住む場所のようで、沢山の家が立ち並ぶその一画にその家はあった。決して豪華とは言い難いが、機能性が高く、実用的な作りをした建物だ。
「たっだいまー。ウマルー、お客さんよー」
ダリアさんは豪快に扉を開けると大きな声で自分の帰宅を知らせる。俺は彼女に招かれ、家の中へと入る。家の中は薬師特有の薬草の匂いが充満しているのだが、俺の知らない匂いも幾つか混じっている。これがこの周辺で使われている薬の匂いなのかもしれない。
「おや、何方様かな?」
ダリアの声に姿を現したのが、見た感じ?三十代の知的な顔をした男性だった。真っ白な白衣を着て清潔感のある格好をしている。その顔は、優しさが滲み出ているような相手を安心させるような顔つきだ。
「こんにちは、私は旅の薬師のリオックと申します。薬師として知の天秤を求めてダリアさんに案内してもらいました」
「これはようこそおいで下さいました。私はここの薬院を任されている、ウマルと申します。こちらに薬師の方が来ていただける事は滅多に無いので歓迎致しますよ」
「そうなのですか?立派な薬院なので、色々と交流があるのかと思ったのですが、島嶼だと薬師の移動も大変なのでしょうか?」
「いえ、そうではないのですが、他にもっと大きな薬院が通りにあるので、薬師さんはそちらに行かれてしまうのですよ。私達は始めてまだ間もないのもありますが」
成程納得、新規参入はどの分野でも最初は厳しいものだ。彼らも今はその時期なのだろう。俺も将来的に店舗を持つ事になれば、同じような悩みを持つようになるのだろう。
先程ダリアが屋台で働いていたのも、少しでも運営の資金を稼ぐためなのかもしれない。
ただ、此方としては非常に都合がよかった。頻繁に外の薬師と知の天秤をしていれば、此方が欲しい知識を手に入れる事が出来なかったかもしれない。そういった意味で、俺とウマルはお互いに丁度いい相手だったのだろう。
実際、互いの知識のバランスは良かったので、少し効率重視で多くの知識を交換したが、互いに有意義な時間になったと言える。これが通りに面して店舗を構える薬院であれば、こうも沢山の知識を手に入れることは出来なかっただろう。そういった意味では今回の出会いに感謝だ。
魚の串焼きにオマケをしてもらえたに留まらず、知識を手に入れる機会までくれたダリアには感謝しかない。
俺達のやり取りは日が暮れるまで続いた。といっても、夕方から始めたのでそれ程時間が経ったわけではないが、お互い過ごした時間の密度は濃かったと言える。案内してくれたダリアさんをほったからかしにしてしまった事は申し訳ないと思う。
「リオックさん、大変お世話になりました」
「いえ、こちらこそ貴重な時間を頂き、ありがとうございます」
知の天秤を終えた頃には、お互いに固い握手を交わす。今回手に入れた薬の知識は、今までの物とは発想が大きく異なっていた。
俺の中で薬とは、即効性をいかに高めることができるかで、患者を救う事が出来ると信じていたが、今回ウマルから教えてもらった治療法は、中長期的な治療に用いられる、遅効性と持続性に富んだものが多かった。今までとは全く異なる視点の薬だが、今後の薬師としての活動に非常に役立つこと間違いない。
その後は一緒に夕食を勧められたが、突然の訪問であったし、宿の方にも何も言ってないので、後日一緒に夕食を取る約束をしてその場を後にした。
辺りはすっかり暗くなり、急いで帰らねば夕食の時間が終わってしまう。せっかく海産物豊かな土地の、宿の夕食なので是非とも食べたい。きっと俺のまだ知らない料理が沢山出てくるに違いない。
「おや、リオック様お帰りなさいませ。お食事はどうされますか?」
「ただいま帰りました。まだ時間が許すなら、こちらで食事を取りたいと思います」
「ええ、大丈夫ですよ。直ぐに食事を始められますか?」
「はい、お願いします。荷物を置いたら直ぐに向かいますから」
割り当てられた部屋に荷物を置いたら、事前に教えてもらっていた食堂へと向かう。最初は食事も床でするのかと思っていたが、そこはきちんとテーブルを使うらしい。ただ、普通のテーブルと違い、真ん中にある板が回るのが少し面白い。そこに料理が置かれているみたいだ。皆、我先に食おうと食事よりもテーブルを回すのに必死なようで、そこかしこから喧嘩する声が聞こえてくる。中には俺が治療した人達も交じっているようで、比較的体力があったものは既に元気な者も多いようだ。あの薬の効果が出るのは明日の明朝なのでそんな筈は無いのだが、病は気からとも言うし、無理をしないのならうるさく言う必要もないだろう。
仲居さんの案内の元、着いた席にはモンコネと商船の幹部らしき人達が居る席だった。
「おお! 兄さん待っていたよ」
本来寝ているはずの彼がこんな所で食事をしているのには一言いいたいが、食事時に煩く言っても食事が不味くなるので我慢する。
「モンコネさん、お加減はどうですか?」
「はっはっは、兄さんのお陰で元気一杯さ! 明日にでも出港できらぁ!」
病気に仲間が苦しんでいた状況が改善されたことが余程うれしいのだろう。モンコネは陽気に話す。実際周囲の顔にも笑顔が見えるので、余程切羽詰まっていたようだ。
「それは良かった。今は沢山食べて失った体力を取り戻してください」
「おうよ。兄さんも一緒に食おうぜ、ここの飯はちょっとしたもんだからよ」
「ええ、御一緒させて頂きます。今日のメニューは何ですか?」
同じテーブルに案内されたのだから最初からそのつもりだったのだろう。こちらとしても一緒に食事をとる人がいた方が楽しいので有難い。
俺達が会話に花を咲かせていると、今晩の料理が運ばれてきた。スープに麺類、粥、魚介料理二品、肉料理二品、蒸し物、デザートと色々な料理がテーブルの上に並べられていく。一度に料理を並べると冷めて美味しさを損ないそうだが、料理がコンロの様な物の上に置かれていて、常に温められているようだ。
それに盛り付けは豪快で、以前ルーシェと食べた食事とは違ったベクトルで美味しそうだ。以前食べた料理を表現するなら『調和』だが、此方の料理は『重厚』と言える。素材一つ一つも大きくカットされていて、食べ応えがありそうだ。
「さあ、兄さん食ってくれ! ここの料理はなかなかだぞ!」
色々な種類があるからどれから食べるか悩むが、やはりこの周辺の特産である魚介から食べてみる。二品ある魚介のうち一品が、平たい貝を蒸した料理だった。漂う香りがよく、食欲をそそられる。俺はその貝を一つ取り、ナイフを使って切り分け、口に運ぶ。切り分けるときもナイフは抵抗なく入る。
口の中に入った瞬間、その貝は大人しかった。しかし、奥歯に入れて一噛みした瞬間、その本領を発揮する。その身の弾力と、貝類独特の旨味。それが舌の上を滑るように広がり、口の中で存在感を主張する。その貝を更に一噛み、二噛みと続けると、旨味の奥にある細かな味が溢れてくる。
美味い。
あまりの美味しさに、自分の世界に浸っていたが、周囲の視線が俺に集中していることに気が付くと少し気恥しくなった。
「美味しいですね。食べた事の無い美味しさです」
俺の感想を聞いて、周囲は色めき立つ。実際その美味しさは、今まで食べた事の無い物で、強いて似たような味を表現するのであれば、甲殻類が近いかもしれない。もしかしたら固い甲羅や貝殻に覆われている生き物は美味しいのかもしれない。因みに後で俺が食べた貝の名前を聞いたら『アワビ』と言う名前らしい。
俺が一口食べたのを皮切りに、皆が好きな物を自ら取り分け食べ始める。薬の効能が落ちるといけないので、酒類は飲むことは禁止しているが、皆楽しそうに食事をする。この好きな物を好きなだけ食べられるスタイルは、食事を楽しむのに非常にいい。
俺も会話と食事を楽しみながら、非常に楽しい時間を過ごす事が出来た。一応出された料理は全て食べてみたが、一番美味しかったのは最初に食べた貝だと思う。聞いた所、昼に素潜りで取って来た新鮮な物を使っていたらしく、他では食べられない程の鮮度である。
美味しい食事を取った後は、食後に茶を頂く。サルディーナ諸島群特有の茶葉を使い、俺達が普段飲んでいるお茶とは茶葉の作り方が違う初めて飲む茶だったが、口の中をスッキリさせてくれて美味しい。
「いやー、食った食った。兄さんどうね?」
「ええ、美味しかったです。特にこの貝が気に入りました」
腹も膨れて、茶をのみながら落ち着く。周囲には、食べ過ぎて腹の膨れた人たちが苦しさの余り横になって唸っている。彼らは限度と言うものを知らないのだろう。
「はっはっは、気に入って貰ってよかった。これだけ食えば俺達の体力も直ぐに戻る」
「ええ、食事は大切ですからね。でも、明日の朝大変な事になりますよ? 今更ですけど」
「なーに、出る物出るだけだろ? 寧ろ健康的でいいじゃねーの」
今回処方した薬は、腸内の虫を出すものである。薬の服用から12時間以上経つとその真価を発揮する。俺は今晩寝る前に色々済ませておく予定だ。
「食事時にする話ではないですが、結構強烈ですから気を付けてくださいね」
彼らは明日の朝訪れる現実を理解していない。駆虫薬の治療で最もつらいのは、その虫を対外へ追い出すときに他ならない。しかも一つの船を動かす人員の半分がその対象なのである。
こういった治療で問題になるのが、トイレの数だったりする。既に宿の人には言ってあるので、テント型の簡易トイレは設置済みなのだが、それでも数が足りているとは言えない。
最も、出来るだけの事はしてあるので後は明日になるのを待つくらいしかできないのである。俺に出来るのは彼らの幸運を祈る事のみだ。
食事を終えた後は、動けない者達を部屋へと戻し、病人が多いので今晩は早めに就寝する事になった。俺も久しぶりに岡の上で寝る事が出来るのが正直嬉しい。しかも割り当てられた部屋は広いので、久しぶりに手足を投げ出して寝る事が出来る。
最初は床の上に敷かれた布団に戸惑いを覚えたが、実際に横になってみると意外と居心地がいい。ベッドに比べて天井が高く感じられ、広々とした空間に感じられる。天井が高く感じるのは悪くないと思う。解放感と安心感を両立した睡眠場所と言えよう。
今夜は到着の報告もかねてお嬢に念話をするが、今日は良い報告が出来そうだ。お嬢も船の旅と聞いて少し心配していたので、旅の行程が順調だと聞けば、少しは安心してくれるだろう。今夜は楽しい報告ができそうだ。
その後、俺はお嬢と楽しく話した後、満足感と共に夢の中へ旅立った。
そして——。
「「「「うおおおお、早く代わってくれー!」」」」
この汚い叫び声と共に起床したのであった。




