水夫の治療、市場の観光
モンコネと連れ立って人が賑わう通りを歩く。体力の限界に来ているのか、彼の歩く足には力を感じられない。ふらつく彼の歩みに合わせて歩く。これだけ消耗していると、治療後の回復まで時間がかかりそうだ。
「兄さん、ここが俺達の泊っている宿だ」
俺達が辿り着いたのは、白を基調とした建物で、屋根は平たい。見た目そのままに名前も『白亜の宿』と言うらしい。宿と言うよりは、治療院の様に見える気がする……状況が状況だからだろうか。
「ここに泊っているのは、商船の方だけですか?」
「ああ、病気の伝染を恐れて身内しかこの宿にはいないぞ」
病気の原因が特定出来ていない状況ではこの方法しか対処のしようが無かったのだろう。
「分かりました。それでは診察をして回りましょう。まずはモンコネさんからですよ」
彼は病気にかかりつつも、仲間を助ける為に必死に駆けずり回ったのだろう。体力の損耗が激しく、既に目の焦点が合っていない。無茶のし過ぎである。
俺は宿の人の手を借りてモンコネを安静に出来る場所まで運ぶ。宿の中は、意外にも普通の宿屋と変わらなかった。強いて言えば文化形式がベッドではなく、床に敷いたマットの上に寝る事くらいだろう。
モンコネを横に寝かせる。彼も既に自力で動くのもつらいのか、此方の成すがままにされている。
早速診察する為に、彼の服を脱がし触診をはじめる。全体的に体が細く、所々に肌の炎症がみられる。さらに彼に手を握り返すように言うと、弱弱しく握ってくる。彼が病気に成る前の状況も聞き、診察は終了だ。
他の船員の面倒を看ていた宿の人に聞いた所、船長よりも深刻な状況の人はいないらしい。実際、ここまで弱っているのは船長だけなのだとか。仲間の治療の為に気持ちが先走ってしまったのだろう。それに幾分マシなだけで、彼らも油断の許される状況ではなさそうだ。
さて、診察をした結果、彼らの病気の原因は特定できた。彼らの病の症状、それは完全に栄養が足りていない事が原因でみられるものばかり、ただし彼らは十分な食事を取っている。この事から導き出されるのは……寄生虫だ。
正直、彼らの体内に何かがいるのは最初から分かっていた。それも結構な数だ。
彼らが病気に掛かる前に食べたと言っていた生魚のキモが原因とみて間違いないだろう。この辺りの海域ではキモはよく食される部位なのだが、ここより西の方では寄生虫が多く巣くっているので決して生では食べない。彼らが食べた魚は、世界に広く分布しており、西の方から流れてきた可能性が高い。最も、ここは憶測になってしまう。
兎に角、原因が寄生虫であるのならばそれを排除すれば解決する。幸い、この寄生虫は小腸に留まり、本来人が吸収する栄養を根こそぎ奪っていくタイプで、内壁を食い破ったりはしないみたいなので、駆虫薬と栄養剤が有れば比較的簡単に治療できる。
「これは寄生虫ですね。何か拾い食いでもしたのではないですか?」
「ははは、思い当たる節が有り過ぎて分からねーや」
「薬は簡単に調合できるので、作った薬を片端から患者に飲ませてください。明日の朝にはトイレが混みそうですね」
「薬を飲めば治るのかい?」
「ええ、原因は排除できます。後はご飯をしっかり食べれば数日で動けるようになりますよ」
症状の進行が速い船長はともかく、他の船員達の症状はまだそれほど酷くない。早期の対応をしたのが功を奏したのだろう。
俺は早速調薬道具を広げて薬を作る。駆虫薬は比較的どの地域でも使われる一般的な薬だ。ただし、俺の駆虫薬は色々な地域の薬の知識を集めて組み立てられたオリジナルなので、効果は覿面。他の駆虫薬よりも即効性もあり、何より苦くない。使用者に優しい薬なのだ。
今回はこれに栄養剤も追加して、物の数分で人数分の薬を完成させた。
「はい、薬は完成です。これを飲んで、ご飯を食べて、今夜しっかり寝れば明日には元気ですよ。船長さん以外は、ですけどね」
流石にモンコネも自分が無理をしていた自覚はあるのだろう。苦笑いを浮かべているが、仲間が助かる事の方が嬉しいみたいだ。
薬を飲ませ、バランスよくご飯を食べさせたら後は寝床に入れて大人しくさせる。酒を飲めば薬の効果が無くなり、寧ろ寄生虫が活発になり危険だと脅しておくことも忘れない。何故か人間は完治目前に治療の妨げになることを、仕出かすものなのである。
一通り治療が終わったら今晩の宿を探す為に出掛けようとすると、どうやらこの宿に泊めてくれることになった。しかも無料で。対価は貰う事になっているから無料では申し訳ないと言ったのだが、このまま治療が間に合わなければ商会にも大きな損害を出していた所だったらしい。その恩返しにと宿を貰う事になったのだ。
さて、目的の場所へ行く方法は確保できたし、宿もみつけた。こうなると時間に余裕ができるので、このカラ島を少し散策するのも面白いと思う。近くに居た仲居さんお勧めの場所を聞いて宿を出る。
向かう先はこの島最大の見どころである巨大な市場だ。朝から晩までその市場は賑わっているその場所は、この島で手に入る物資の全てが揃うと言われているほど巨大なマーケットなのである。
「いらっしゃい、いらっしゃ~い、魚の串焼きいかが~?」
市場への道を歩いていると、そこかしこから呼び込みの声が掛かる。周囲には良い匂いが漂い、昼食を食べてから一刻と少し、ちょうど小腹が空いてくる時間だ。それに島国であるからこそ海産物が新鮮で豊富、先程の昼食も非常に新鮮な食材が使われていた。しかもこの諸島群の一つに、海水から塩を生産する技術を確立した島がある。その島で作り出される塩は、他所から手に入る塩に比べて品質が高く、又美味しい。実際に大陸に住む王侯貴族にも人気がある塩なのである。
そんな塩をふんだんに使われた屋台のご飯が美味しくないわけがない。
「すみません。その魚の串焼き一つ下さい」
衝動買いだという事は認めよう。しかし、それ程までに周囲に広がる匂いはたまらない。
「はーい。あら、お兄さん格好良いわね~。少しオマケしてあげるわ」
売り子のお姉さんは、一回り大きな魚の串焼きを渡してくれる。商売する上で規格としては少し大きめ、だけど食べ応えは抜群の魚の串焼きだ。代金を払い、思いっきり魚に齧り付く。勿論、一番美味しいとされる背中側からだ。
最初に感じたのは、その身からあふれ出る旨味。魚の形状からして、海底に好んで住む根魚と区分される魚だとは思っていたが、その身に秘められた美味しさは、一つの食材から齎される旨味とは思えない程重層的な美味しさをしている。後から知ったのだが、俺が食べた魚は屋台なんかで使われるような安い魚ではなく、少し立派な料亭などに下されても可笑しくはないような高級魚だった。お姉さんの少しオマケはとんでもなかった。それは美味いはずだ。
お姉さんにお礼を言って、再び市場へ向かう。この時、地元の人の目線が気になったのだが、高級魚の串焼きを食べていたからなのだろう。
市場に辿り着いて、最初の感想を一言で表すとすれば、『壮観』の文字が入ることは間違いないだろう。多種多様なものが売り買いされている。市場の一角には港もあり、そこでは船すら売っているらしい。一応、販売している物の種類によっては大まかな区画が整理されているらしいが、各々の店で特色があり、同じような店が並んでいても飽きがこない。この規模の市場は、他の国の王都でも見かけることは無いだろう。
市場を回り、この近辺でしか見る事の出来ない物を仕入れていく。あまり足の速い物は無理だが、保存の利きそうなものは極力買っていくつもりだ。特にこの周辺でしか取れない海の中に生えている薬草もある。それを乾燥させたものが何種類か売っていたので、かなりの量を購入してしまった。大陸で一本買う値段と数十の束が同じ値段なのだ、仕方がない。
珍しい素材を買い付けるのはとても楽しい。実際、大陸に住んでいれば手に入らないような貴重な物も幾つか手に入れる事ができた。
「あれ? さっきのお兄さんじゃな~い」
俺が買い物を楽しんでいると、先程聞いたような声で話しかけてくる、女性の声が聞こえてきた。
「やっぱりそうだ。さっきの格好良いお兄さんじゃな~い」
そこに立っていたのは先程魚の串焼きをオマケしてくれたお姉さんだった。
「おや、先程は有難うございました。こちらには買い出しですか?」
この地域独特の文化なのだろう。一枚の布を巻きつけたような服装をして、綺麗な髪を頭の上でお団子にしている。結構な美人さんだ。
「ええそうよ。お兄さんもお買い物かしら?」
「はい、珍しい物が沢山あって思わず買い込んでしまいましたよ」
「ふふ、外の人からしたらそうかもね。一日じゃ回り切れないでしょ?」
「ええ、半分も回れませんでしたよ。それでも知らない物も沢山あって面白いです」
これだけの広さだと、地元の人ですら知らない場所もありそうだ。いや、知ってはいても詳しくはないと言った方が正しいかもしれない。市場は流動的な場所でもある。そんな市場の情報を逐一確認するなど、その道の専門家くらいなものだろう。
「その荷物……魚では無いですよね?」
買い出しに来たというお姉さんは、腕に抱える袋からガラガラと音がする。魚ではない何かが入っている様だ。
「そうよー、ウチは薬屋さんもやってるからね」
「薬屋……? もしかして薬師の方ですか?」
屋台の店員さんの口から思わぬ言葉が出てくる。元々この島では薬師との接触は予定していなかったが、そのチャンスがあるのであれば是非会いたいものだ。
「ウチの旦那がね。私はその買い出しに来たのよ」
話を聞いてみると、薬師としての仕事をしているのは彼女の旦那さんで、彼女はその手伝いをしているらしい。屋台の仕事は彼女の趣味だとか、確かに彼女の気さくさは接客業に向いているのかもしれない。
「あの、私も薬師なのですが、旦那さんとお会いする事は可能でしょうか?」
「え! そうなんだ。いいよ、いいよ。案内したげる。私はダリアよろしくね!」
「私はリオックと言います。こちらこそよろしくお願いします」
なんだかとんとん拍子に次の予定が決まったが、思わぬ所で意外な出会いがあるのも旅の醍醐味と言える。
サルディーナ諸島群特有の薬の知識を手に入れるチャンス。カラ島到着からこっち、中々順調な滑り出しだ。
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