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船の旅、男の夢

お久しぶりです。

第三章開始します。

連日、昼12時投稿の予定をしております。

 潮の香を感じながら、船の縁から糸を垂らす。風が(なぎ)、船が進まないまま半日が過ぎた。あと少しで目的の場所に到着するのに、中々進まない船に少し不満を覚えるも、ここまでの船旅が順調だったので予定の日程よりは早い。


 どれだけ慌てようとも、風が吹くわけでも無く、それに釣りもなかなか悪くない。船長さんに聞く限りでは、適当に糸を垂らしているだけで50センチオーバーが釣れることはザラにあるらしい。釣れればの話だが。


「なんだい旦那、調子よさそうだな」


 突然声を掛けてきたのは、この釣りを進めてきた張本人だ。


「これが調子良さそうに見えますか? 目の薬処方しましょうか?」


 彼の冗談と分かっていてもやり返さずにはいられない。釣りって釣れないと楽しくないのだと再確認したよ。


「はっはっは、水平の彼方も見れるようになる薬なら欲しいな!」


 この陽気な男がこの船の船長であるキャピタノさんである。船長と言うだけあってこの船の中では一番偉い人なのだが、見た目はそこら辺で働いている水夫と変わらない格好をしている。俺も最初は唯の水夫と間違えたほどだ。本人は笑って許してくれたが、そもそもそんな分かりにくい格好をしないで欲しい。


「そんな薬があるなら私も知りたいですね。それで、そろそろ船は動きそうですか?」


「あー、無理だな。この凪は、後半日は続く、この季節は風が気まぐれでね。だから旦那の行きたい場所にも行けるって話なんだけどな」


 天候を操作できるようにならない限り現状から脱出する事は不可能なようだ。普段から旅には慣れているが、流石に船旅はそれ程経験したことがない。自分の力で先に進む事が出来ないのは意外にも精神的に負担になる。船の移動とは、予想以上に環境任せな移動方法なのだと実感する。


「まあ旦那、のんびり行きやしょうや。俺達にはどうしようもねぇ事を気にしても仕方ねぇ」


「その結果がこの酒盛りですか?」


 実際、暇なのは俺だけではない。この船で働く水夫達も当然の様に遣ることが無い。一部の者達は仕事があるが、殆どの船員は片手に酒瓶を持って思い思いの方法で過ごしている。航海予定よりも早く進んでいる分、物資に余裕がある為か随分と酒の進んでいる人もちらほらと見える。今突然時化たらこの船は沈むのではないだろうか。検証できないのが残念で仕方がない。


 空には雲一つなく、変化の無い風景が延々と続く。彼らは酔っぱらって暑くなったのか随分と薄着になっている。しかし、今は真冬と言っても過言ではない季節。あれで風を引かないのだろうか。いや、少し風邪薬の在庫を増やしておこう。


「どうだい、旦那も一杯。こんな状況じゃ酒でも飲んでないとやってられんだろ」


「止めときますよ。これでも薬師の端くれ、常に患者を治療できる状態でいたいので、お酒は飲みません」


「旦那は真面目だねぇ。なら飯でも食ってくれよ。取れたての魚は美味いぜ」


 確かに彼の言う通り新鮮な魚は非常に美味しい。俺みたいに竿先の動かない糸を垂らし、無駄に時間を食いつぶす暇つぶしではなく、きちんと魚を釣り上げる水夫達は非常に有能だ。泥酔してなければだが。


「ええ、魚は非常に美味しいですよ。ただこれだけ寒いと暖かいスープが恋しくなりますね」


「はっはっは、違いねぇ。冬場の船旅は身体に堪えるぜ。その為の酒でもあるんだがな」


 確かに酒は飲めば体温を上げてくれる。しかし、それも過ぎれば逆効果だ。実際その辺で寝転がっている人の中には顔色が青くなっている人も見て取れる。とりあえず水でも飲ませておけば大丈夫だろう。真水は貴重だが、水魔術が使える人が定期的に補充してくれるので、それ程気にして使う必要はない。冷水であれば毎日水浴びする事すら問題ない。寒くて凍えてしまうリスクを享受出来るのであれば是非お勧めしたい。


「実際、燃料をもっと載せたりしないのですか?」


「無理だな。これ以上は採算がとれねぇ。この辺りの航路はライバルが多いから抑える所は抑えねぇと生き残れねぇんだ」


「唯でさえ命がけの航海なのに、なんとも世知辛いですね」


「サルディーナ諸島群は、ある程度安全が確保されているからそれも仕方ないさ。実際、遥か南にあるノーブディピニティー大陸や、ウンデフィーノまで行く連中は一回の航海で俺達の十年分を稼ぐしな。最も、成功率は五割を切るが……」


 当然のように、遠く、危険な船旅ほど稼げる金額は増える。遠くから仕入れるほど希少価値の高い物が手に入るし、珍しい物を欲しがる金持ちは多い。一部の貴族はそういった珍しい物を所持する事がステータスだと思っている節がある。成金趣味の者もいるが、実際それが経済を回しているので馬鹿には出来ない。


 そう言った意味では、この船の目的は真逆と言える。安定したルートで安定した仕入れ、そして買い手も殆ど決まっていると言っていい。リスクは少ないが儲けも少ない。実際、掛かるコストも他の商船と似たり寄ったりだからこそ、買い手もギリギリの金額しか出さない。若い船乗りの多い船なら無謀な事にも乗り出せるのだろうが、この船に乗る水夫の多くは家族を持ち養うために働いている者が殆どだ。下手にリスクを負うよりも、少なくとも家族を養えるだけの利益が出るのであれば、それで良いと考える者達が乗る船である。


「それは自殺するのと大差ないのでは……?」


「半分はどうしようもなくてそういった船に乗るが、もう半分は本物の冒険者さ。俺も昔は憧れたが、女が出来たらその一歩は踏み出せなかった。今でも偶に考える……あの時何が何でもその一歩を踏み出していたら、今頃俺は何をしているのだろうかっ……てな」


 この男、完全に酔っぱらってやがる。


 遠くを見つめながらタラレバの話を、四十を超えた男が喋りだす……勘弁してほしい。周囲を見ると、先程まで死んだように泥酔していた水夫達の姿が、何処にも見えない。彼らはこの事を知っていたのだろう。完全に逃げ遅れた俺はそれからも船長の有りもしなかった夢の話を延々と聞かせられることになった。こういった男ほど酒に強いのがさらに厄介である。ちっとも潰れないので話が終わらないどころか、加速度的に夢語りが広がっていく。衝動的に海に突き落とさないようにするのが大変だ。


 結局、船長の夢語りが終わったのは、水夫の一人が夕食の準備が整ったと呼びに来た時だった。船長は意気揚々と飯を食べに行くが、こちらは何もしていないのに焦燥しきっている。それに水夫達も何も悪びれる様子も無いのもまた腹が立つ。完全にスケープゴート扱いだったが、夕食で出された料理に少しオマケしてくれたので今回だけは許してやることにした。安い男だと思うなかれ、冬の船旅で暖かいスープが飲めるのは大変貴重な事なのだ。


 塩味のスープだが、魚の出汁が確り出ていて、シンプルな味付けがその繊細な旨味を際立たせる。スープの中で泳ぐ魚の身は形が崩れることなくプルプルしている。その身を口の中に入れるとプリップリの食感が口の中に広がり、その美味しさを伝えてくる。弾ける様に旨味が口の中で踊り、その身は溶ける様に口の中から消えていく。その味を長く楽しみたいのに、その身は口の中に留まってくれない。刹那の間だけ感じられるその衝撃的なまでの美味しさに俺は言葉を失くし、器を睨み続ける。


 給仕してくれた水夫の方を見るが、彼は首を横に振る。何故か俺はその動作を見ただけですでにこの魚は残っていないのだと確信した。これだけ美味しい魚ならば競争率はすさまじいだろう。寧ろ、水夫が呼びに来ている時点で出遅れていると言っても過言ではない。それこそ船長の相手をした報酬だからこそありつけたとも言えるのだ。悔しいが今回は俺の負けだ。


 食事も終われば後は寝るだけ、船長の話を聞くのに想像以上の体力を持って行かれたのだろう。


非常に眠い。


 俺は食事を終えて早々に、自分に宛がわれた部屋に向かいベッドに潜り込む。狭く、小さな机と狭いベッドしか無い部屋だが、寝るには十分な空間だ。


 明日起きたら船が進んでいる事を願いながら目を閉じ、船という大きな揺り篭に揺られながら眠りへと落ちて行った。





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