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裏の襲撃、先達の知恵

 周囲が明るくなるにつれ、天幕の中で動く気配がする。見張りの先組が目を覚まして動き出したようだ。


 朝食には、夜の間に煮込んでおいた水で戻した干し肉をふんだんに使ったスープに固パン、それに栄養を考えてドライフルーツだ。


 塩味しかつけていない干し肉スープだが、食べるときに俺特製魔法の粉。香辛料を配合した物を使って味付けするのでそれ程酷い味にはならない。塩のスープを「美味しい、美味しい」と言って食べるセシルなど見えはしない。彼女は気配を読むのが得意なのに、今周囲から向けられている視線には何も感じないのだろうか、不思議で仕方がない。


 食事を終えて、鹿馬にも十分な水を飲ませた後、俺達は出発した。昨日と違い、皆の纏う空気も引き締まったものになっている。不必要に緊張も無く、昨日程緩んでもいない、いい状態だ。


 鹿馬の体調も良好でこの後の攻略にも問題無いだろう。お嬢はなかなか優良な鹿馬を手配してくれたようだ。


 進むにつれて大型のモンスターの縄張りを何度か通過したが、殆どが虫系のモンスターで此方から指示をだして遠ざけておく。俺もただ命令するだけではなく、きちんと報酬も出す。俺達が通り過ぎた後に餌が通過すると言う情報は彼らにとって有難いものだろう。俺はとても優しいのだ。


 その他には、昨日とは違うが、爬虫類型のモンスターに出くわしたが、どれも中型と言える物ばかりでそれ程苦労することなく敵を殲滅する。俺も戦闘には参加して、左腕の調子をみるが、問題なく動くので治療の経過は良好だ。


 適度に休憩を挟みつつ、昼食も確りとる。食事はきちんと取らないと思考が鈍り、動きが鈍る恐れがあるからな。


 その後も順調に攻略を進めて、ゲートが見えてくる手前で少し長めに休憩を挟む。今日はこの後野営の準備をするだけなので、最大限の警戒をする必要がある。休憩の時に少し特別な飲み物を皆に振舞ってドーピングしておく。それ程大したものでは無い。少し頭がスッキリして、知覚能力が高くなる程度だ。副作用は色々と少し元気になってしまう事くらいで、大したことは無い。耳栓の準備は万全だ。


 少し時間を掛けすぎてしまったのだろう。俺達がゲートに辿り着くころには、夕日が少し傾き始めた頃だった。


 俺達は当然の様に武器を手にもってゲートに近づく。ゲート近くの巨木の陰から武器を抜いた探索者風の男たちが六人姿を現した。


 最初に言葉を投げかけたのは王子。


「おや? ゲート待ちの方ですか? 随分物騒な面持ちですが」


「それはお互い様だ。お前達には死んでもらう」


「おや? 四人も減らすような人たちに私達が同数で負けるとでも?」


「っ! ……俺達は人を殺すプロだ。六人で十分」


 男が言葉を発した処で、木の上に居た男が上から降って来た。胸元にはナイフが刺さっていて、既にこと切れている。


 その場にいた全員が上から落ちてきた男に視線が向かう。


「ん? 六人で十分なんだろ? ちゃんと数を合わせておいたぞ」


 俺の一言に先頭に立っていた男が怒りの感情を表しながら叫ぶ。


「他はいい、王子は必ず殺せ! 行けっ!」


 男たちは駆け出すとともに、腰につられたクイックナイフに手を掛ける。その行動は事前に予測していたので、こちらも初手は決めていた。


「ウィンドウォールッ」


 トランシスを中心にした風の防壁が周囲に展開される。男たちが投げた俊足の投げナイフは暴風に弾かれ、あらぬ方向に飛んでいく。


「チィッ! 散れ」


 初手が失敗すると、即座に次の行動に出る所は流石だと言えよう。今度は的を絞らせない作戦のようだ。もっとも、同数でその作戦は少々無理がある。


 風の防壁から素早く抜け出た俺とルシアは投げナイフと矢で相手の動きを阻害する。精密な遠距離攻撃は相手を怯ませるのには十分な効果を及ぼす。連携の崩れた男たちの攻撃は容易に受け止める事が出来る。盾を前面に構え、敵の一人と正面からぶつかるトランシス、流石ディエース教の暗部だけあって、それでも慌てることなく適切にトランシスの急所を狙って攻撃をするが、彼の盾捌きの前にはまるで歯が立たない。


その隙をついてルーシェが一撃、二撃と攻撃を加え相手を無力化する。


「【獰猛な炎蛇 巻きつき 彼の者焼け】クリンギィングファイアー」


 そして後方の敵に襲い掛かる王子の魔術。渦巻螺旋を描く炎が相手を襲う。それ程速度がある魔術ではないのか相手は簡単にそれを避けて此方に迫る。


 ただ、それこそ王子の狙いだったようで、既に魔術から意識が外れた敵に、軌道を変えた炎が纏わりつく。


「ぎゃあああああああ」


 訓練された屈強な男でも、生きたまま焼かれる痛みには耐えられなかったようで、常人が聞けば委縮してしまうような叫び声を上げてのたうち回る。すでに虫の息と言っていいが、地に伏した敵にセシルの矢が刺さり、小さく空気が抜ける音と共に叫び声を上げていた元凶は静かになった。


「【溢れる陽光 集いて 照らせ】ライトアセンブル」


「ぐあっ」


 セシルの矢が敵を仕留めると同時に、ルーシェの魔術が他の敵の視界を防ぐ。乱闘気味の戦場で、意識が他に向いていたのか、西日の強力な光を集めた魔術をもろに食らった男は、目を抑えて乱雑に武器を振るう。そんな隙だらけの敵に、アルが右側下段からの斜めに切り上げて相手の首を飛ばす。


 瞬く間に数を半数に減らされた事に動揺したのか、俺が牽制していた男が足を止めてしまい、一本のナイフが喉を深く切り裂く。運悪く動脈に当たってしまったようで、首から大量の血を吹き出し体を痙攣させながら地に伏せる。仕込んでおいた麻痺毒が効いたのか、その痛みで倒れたのか判断がつかない。何故か俺だけ締まらない気がする……。


 残り二人の暗部、一人は最初に喋ったリーダー格の男ともう一人。流石にここから状況を覆すのは不可能だと判断したのか、男たちが一度距離を取る。こちらも決して油断することなく隊列を整えて相手を警戒する。


「どうした?任務はまだ終わってないじゃないか?」


 分かりきった状況を相手に言われるのは劣勢な者ほど良く効く。しかし、そこは流石暗部に所属するだけの事はあって、此方には感情を悟らせないようにする姿勢は称賛に値する。隠しきれていればだが。


「……我々の見込みが甘かったことは認めよう。次は必ず仕留める」


「次ってのは、集落で待機している残りのメンバーの事か?」


 俺の言葉に、もう一人の男が小さな変化だが動揺を示す。武器を握る力が強まり、構えを取る足に力が入る。どうやら当たりの様だ。


「なんだ、本当だったか。適当でも言ってみるものだな」


 相手を小ばかにしながら言葉を続ける。予想以上にディエース教の暗部の質が低く見える。奴らが本当に最狂と言われた暗殺集団なのだろうか……。


「関係ない。ダンジョンから出たら我々のフィールドで勝負するからだ」


「それって暗殺に行きますって宣言?」


「リック、流石に暗殺宣言なんて間抜けなこと、暗殺者はしませんよ」


「……」


 なんだかウチのルーシェが申し訳ない。悪気は無いんです。ただ素直なだけなんです。一言多いだけなんです。


 先程まで張り詰めた空気が支配していたが、なんとも形容しがたい空気が辺りを漂う。なんだか情報を聞き出せるような状況でもなくなった。こういった物には流れがある。今はもう消えて無くなった流れだがな。


「あー、もう行っていいよ。それとも続きをするか?」


 俺は手振りを加えて相手に選択肢を与える。もうこの場ではこいつらから得る物は何も無いだろう。


「我々を逃がすと後悔するぞ」


「がっかりさせてくれなければいいよ」


 思わずセリフの前に鼻で笑ってしまった。


 男たちはゆっくりと後ろにさがりながら、ある程度距離が開いたところで踵を返して走り去っていった。戦闘力、計画力、判断力、どれをとっても一流とは言い難い。もしかしたらこちらは当て馬だったのかもしれない。余り頼りたくはないが虫人に集落に居るであろう暗殺者達を探らせておくべきだろうか。


 取り敢えず今は攻略を優先して、その後にでも判断しても遅くは無いだろう。俺は一度この案件を忘れ、目の前の事に集中する事にした。


「逃がしてしまっても大丈夫なのですか?」


「始末した方が良かったか?」


 俺の意地悪な質問に王子も言葉を濁らせる。この場合他に判断する材料が無い場合は始末する事が正解だが、今回は少し状況がちがう。


「悪かった。暗殺者を逃がしたのは集落の仲間と合流させるためだ。奴らが接触すれば必然痕跡が残る。そこを、外を監視しているフランシア様の手の者に探らせるためだよ」


 俺の言葉に納得がいったのか、王子はそれ以上追求してくることは無かった。彼が王として立つときは是非とも優秀なブレインを雇ってほしいと思う。


「さて、今晩はこの周辺に野営しようと思うがどうだ?」


 暗殺者の死体を処理して、この後の予定を提案する。


「先程の騒ぎもあるので次の階層に入ってしまったほうが安全ではないですか?」


 王子のもっともらしい意見にほかの面々も同意の意を示す。多数決とは最も平等で、多分に間違いを孕んだ決定方法だと思う。しかし、今回は彼らの意見を取り入れよう。


「分かった。鹿馬を集めて先に進もう」


 俺があっさり引き下がったことに疑問符を浮かべるが、皆それ以上何かを言うことは無かった。


 鹿馬を集めゲートの前に集まる。ゲートの先には西日で赤く染まる亜熱帯雨林特有の樹木が燃えるような姿を見せている。皆が、俺が進むのを待ち後ろに並ぶ、なかなかゲートを潜らない事に何か違和感を覚えたようだ。


「すまん、包帯が少し緩んだみたいだ。先に行って野営が出来そうな場所を探してきてくれないか? 包帯を巻きなおしたら追いかける」


「大丈夫ですか?手伝いましょうか?」


 俺が怪我をした事をまだ気にしているのかルーシェが助けを申し出るが、ここは先に行ってもらわねば困る。


「いや大丈夫だ、大した手間じゃない。早く休む場所を確保する為にも、野営地の確認を優先してくれ」


「分かりました。適切な場所を探しておきます」


 そう言ってルーシェも皆に続いてゲートを潜って行く。ゲートの先に見える光景に、皆が不快感を表しながら佇んでいる。俺は全力の笑顔で親指を立てて皆を見送る。俺の全力の見送りに自分たちが言い出した手前戻ってこれないのか、渋々と歩き出した。


 皆が先に進んだのを確認し、俺は虫を呼び出して送り出す。


先程逃がした暗部の連中だが、俺は更々逃がすつもりはない。送り出した虫は生きた生物に卵を産み付け、その幼虫によって体を乗っ取る。なかなか残酷な手段だが、暗殺者相手に遠慮などしていられない。その他にも、集落の外で待機させてある虫人に集落の様子を探らせる。


 先程襲ってきた暗殺者の死体は、特に検死する事無く処理したので情報を抜き出すことは出来なかった。その為、逃がした暗殺者達には、確りと情報源として役立ってもらうつもりだ。


 これで一先ずやることは終わった。後は報告を待つばかり。


 他のメンバーを先に送り出した手前、追いかけないわけにはいかないのだが、少しでも時間を稼ぐために傷口の手入れをすることにした。


 包帯を解き、当て布を外すと、傷口は完全に瘡蓋でふさがっている。数か所縫い付けてはあるが、既に抜糸しても問題ない程、怪我の経過は良好だ。大陸各地から集めた知識の中から、最も適切な薬を厳選して使用しただけはある。魔力に反応して治癒力を上げる薬は、通常の傷薬より遥かに怪我の治りが早い。


 傷口周辺を消毒し、縫い付けてある糸を抜糸する。その後、綺麗な当て布で傷を覆い包帯で巻いていく。明日になれば通常通り動かせるようになるだろう。


 包帯を巻き終わったと同時に、ゲートから何者かが出てくる気配がした。


 そちらに視線を向けると、良く知った面々が項垂れながら出てくるところだった。


「どうした? 野営地はみつかったか?」


「……リック、知っていましたね?」


「俺の話を聞いていなかったのか? 俺は第八階層まで攻略してるんだぞ。経験者の意見を取り入れるかの判断をするのも攻略者としての務めだ」


 俺の言葉を聞いた面々はその場で崩れ落ちる。だが残念、君たちにそんな暇は存在しない。


「急いで野営地を決めるぞ。そのままだとお前たちの食糧は全滅だ」


 俺の言葉を聞いた面々は、ぎょっとした顔をする。湿度100%の環境に晒された保存食は数日で腐ってしまう。腐敗の進行を遅らせる為に水分を抜いた保存食は、それはそれは驚くほど周囲の水分を吸収する。それこそ空気中の物であってもだ。それを防ぐためには再び水分を飛ばすしかない。一晩、煙に晒して乾燥させる他に方法はない。丁度よく王子が便利な魔術が使えれば別だが……。


 説明を聞いた後のメンバーの顔は、当分忘れる事はないだろうと思わせるほど、複雑な表情を顔に滲ませていた。


 一度は王子に期待の目を向けるも、首を横に振った王子の反応を見て其々が項垂れる。あのトランシスすら哀愁の篭った目で王子を見ていた事には、思わず笑いそうになる。


 俺は動こうとしない面々の背中を押して、今日の野営を予定していたところまで連れて行き、即座に保存食の処理を始める。


 全ての作業が終わったころには、周囲は闇に染まり、皆はクタクタに疲れ果てていた。きっと昨日、半日で階層を踏破した時よりも疲労がたまっている様に見える。


 仕方が無いので夕飯は俺が一人で準備する事になった。彼らの様子を見ると明日の攻略が不安になる。明日一日はあの環境で只管移動する事になるのだ。


 俺は彼らの体たらくを横目に見ながら小さくため息を付いたのだった。




一部修正しました。

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