男の勲章、上位の敵
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目の前で弾ける火の粉を眺めながら、香りの感じられない茶を飲み、真夜中の暗闇広がる森の中に意識を向ける。
左腕に感じる痛みもかなり落ち着いた。やはり事前に色々と薬を準備したのは無駄ではなかったようだ。
「リック……、ごめんなさい」
普段からは想像できない程しおらしい、ルーシェの口から零れた言葉だ。実はこれには理由がある。休息を取った後、俺たちは順調に先に進んでいた。これだけ巨木が立ち並ぶ森の中と言うのもなかなか珍しいものだろう。大なり小なり差はあれど、どのメンバーも浮かれていた事は間違いないだろう。特に第二階層の特殊な環境に精神をすり減らしていたのだから、空気も澄んでいて穏やかな森の中で気持ちが緩んでしまったのは仕方がない。
今回、俺が怪我を負ったのは、油断があれば誰であれ原因となる可能性があった。それが偶々ルーシェだっただけだ。丁度一本の一際大きな木の近くを通り過ぎようとしていた時、希少な油が採れる花を見つけたルーシェがそれに近寄ったのだ。勿論、俺も警告したのだが、彼女はそれを無視して花に近づいた。そして木の裏側に隠れていた巨大なトカゲ、スピナリザードの奇襲を受けたのだ。
俺の怪我はその時ルーシェを庇ったときに受けた傷である。幸い傷はそれ程深くなく、手持ちの薬で対応できたので、怪我の経過は良好だ。俺特製の薬を使ったので、明日には殆ど気にならなくなるだろう。ただ、お気に入りの篭手がダメになってしまったのには少し落ち込んだ。
「気にするな、大した怪我でもない」
実際、ダンジョン攻略で怪我を負うことはよくあることだ。回復可能な範囲の怪我であれば問題ない。それにルーシェに怪我をされてはお嬢に何を言われるか分かったものでもない。それに比べたらこの程度の傷、大して問題にならない。
「すみません。あの時は私たちも気が緩んでいました。事前に情報は貰っていた筈なのに」
王子も気落ちした様子で話す。自分たちの油断が招いた結果である事を自覚しているのだろう。実際あの時襲われたのが王子であっても可笑しくなかったのだ。最も、その時は王子を突き飛ばして俺は傷を負うことは無かっただろうが。
「なに、自覚が出来たのならいい。実際その後の戦闘は見事だったぞ」
実際、その後の戦闘は動揺も見せずに即座に臨戦態勢を取り、的確な行動で敵を屠った。このダンジョンに入って初めての中型モンスターとの戦闘だったが、俺抜きでも勝つことが出来たのだ。その時の戦闘は中々見ものであった。
「トラン、前に出て二人の壁になれ!」
即座に盾を構えたトランシスが俺とルーシェの前に立つ。後方ではセシルが牽制の矢を放ち敵の動きを阻害する。その弓の腕も見事なもので、的確に相手の目を狙って放たれるその矢には、重厚な鎧を纏ったスピナリザードも攻めに転じるのは難しい。
その隙に後方に下がり、俺は傷の手当をする。ルーシェも俺の治療に手を貸そうとしたが、敵を前に戦力を減らすわけにはいかないので、一喝して戦線に出した。
「【混流の水明 脈動持って 彼の者穿て】ウォーターショット」
「アル後ろに回って、トランシスさんは敵の正面で防御、コニーさんは引き続き魔術で攻撃。相手の牽制は私がします。……ルーシェさんは光魔術で相手の目くらましの後、アルの援護へ」
セシルの的確な指示のもと、メンバーは迅速に陣形を整えて攻撃を開始する。王子という大砲をトランシスに守らせ、アルとルーシェに死角からから攻撃させ、自分は全体を観察しながら、相手の牽制を担当しつつ、周囲の気配にも気を配っている。俺の予想通り指揮官としての能力もしっかり発揮している。
「【混流の水明 脈動持って 彼の者穿て】ウォーターショット」
「【溢れる陽光 集いて 照らせ】ライトアセンブル」
二人の魔術を受けてスピナリザードも動きが止まる。アルはその隙を逃さず右の後ろ脚に回り上段からの一撃を入れる。
「はぁぁぁぁっす」
アルの一撃は敵に浅くない傷を残した。普段重厚な皮膚に守られて傷を負うことの少ないスピナリザードにとってはかなりの苦痛だったようで、大きな咆哮を上げてる。
その咆哮をトランシスは正面から受け止めるが、彼は一歩も引かない。よく見ると何かの魔術を使っているようで、魔力の流れが見える。きっと何かの魔術具を使用したのだろう。大きなモンスターが上げる咆哮にしてはそれほど大きな音ではない。
その咆哮を上げるスピナリザードに向けて姿勢を低くしたルーシェが近づき、喉元に剣を一本突き刺す、元々引き抜くつもりがなかったのか、その剣は深々と突き刺さりルーシェは素早く離脱する。
その後、痛みに悶えるスピナリザードに向けて放たれた王子の一撃は滅多に見ることが出来ない珍しい魔術だった。
「【氷塊浮かぶ 湖底の深水 彼の者捉えて 凍てつく霊廟 最古の墓所へ 誘い導け】グレイシャーコフィン」
王子が魔術を使うとともに、相手の周辺から大量の水が相手を包み込む。尾の先から頭まで、全身すっぽり包み込んだその水の塊は、スピナリザードに触れた場所から氷だし、瞬く間に一つの氷像へと変化した。
王子が使ったのは最上級クラスに位置する魔術だ。六小節の魔術は上級クラスに分類される。それも火の魔力も反作用させて熱を奪い、巨大な氷像にスピナリザードを閉じ込めた。
爬虫類系のモンスターは低温への耐性がないので一溜りもないだろう。
「うりゃあああっす」
最後はアルが凍り付いたスピナリザードの首にその大剣を叩き込み、見事にその首を切り落とした。
接敵から僅か数分足らずで中型のモンスターを仕留めたその力は、この先の守護者との戦闘を考えると非常に頼もしい。いや、この程度の敵に手こずっているようでは、守護者討伐など不可能だろう。そういった意味ではこの結果は必然なのだろう。
スピナリザードを討伐した面々は速足でこちらに向かってくる。そこにも各個人で特色があり、ルーシェが一目散にこちらに向かってきて、アルはルーシェの剣を回収している。王子は戦闘の余韻を落ち着かせるように深く深呼吸して、トランシスはそれを見守る。セシルは油断なく周囲を警戒しつつも、アルの手伝いをしている。
「リック大丈夫ですか!?」
焦りを孕んだ声でルーシェは怪我の様子を確認する。
「大丈夫だ、治療は済んでいる。少し落ち着け」
「え、ええ、ごめんなさい」
俺の受けた傷はそれほど深刻なものではない。多少出血が多かったが、止血用の粉薬を振りかけたのですでに血は固まり、傷口の殺菌も済んで包帯を巻いてある。
手を閉じたり開いたりして動きを確認するが、これと言って問題は見当たらない。腕を捻る動きには多少痛みは感じるが、利き手でない事は幸いだ。次の戦闘には参加できるだろう。
「リックさんどうっすか?」
「周辺に敵はいません。少し休憩しますか?」
ルーシェの剣を回収してきた二人が戻ってきた。この二人の行動は、最悪の状況を回避するために最善の行動をとっている。ダンジョン内で得物を手放している状況は決して油断ができるものではない。
「問題ない。今は居なくても集まってくる可能性はある。移動を再開しよう」
こうして俺たちは手早く出発の準備を済ませて先を急いだ。この時トランシスが鹿馬を回収してきたことに多少面食らったことは黙っていよう。
こうして、時間にして数分の出来事であったが、各員の意識を改めるためにも、非常に有意義な時間になった。それに比べればこの程度のかすり傷は安いものだ。
「それにしてもコニーの使った魔術は見事だったな。正直驚いたぞ」
俺が素直に褒めると、王子は少し照れくさそうに頭を掻いて笑みを浮かべる。
「あれは私が使える魔術の中でも特に強力なものです。血の通う生物ならかなり効果があります。あの時はアレが一番だと判断したのです」
確かに生きている生物にとって、熱を奪うのは有効な手だろう。実際スピナリザードは活動能力を奪われてアルに止めを刺されている。しかも王子はあれ程の魔術を行使して、大して負担になっているようには見えなかった。王子が保有する魔力量は相当なものだと言える。
「頼もしいよ。守護者討伐には頼りにさせてもらうよ」
「はい、任せてください。魔術なら自信がありますから」
自信の溢れる返事に、彼がどれ程魔術の腕に覚えがあるのか窺える。威力の高い攻撃は守護者討伐には不可欠なのでその自信には期待できる。
「ルーシェもあまり気にするな。次から気を付ければいい。お前に怪我がなくてよかった」
「……はい、次は油断しません」
あまり長く気に病まれても、パーティー全体の志気に関わるので、一度反省したら引きずらないのが一番いい。それにルーシェのこんな姿はあまり見たくない。
「無事にダンジョンを攻略出来たら飯を奢ってくれ、それで手打ちだ」
「分かりました。楽しみにしておいてくださいね」
ルーシェの返事に少し調子が戻ってきたようだ。最後の語尾には明るい声が混じっている。やはりルーシェは元気でいてもらわないと此方の調子が狂ってしまう。
「それより、お前たちは確りと眠ることは出来たか?」
「? ええ、大丈夫ですよ。しっかり睡眠はとれました」
ルーシェも疑問に思いつつ、一つ頷く。先の戦闘で気持ちが高ぶり、休息に支障が出ては明日の行動に支障がでるから確認しないわけにもいかない。特に予定通りなら明日はイベントが待っているはずだからだ。
「そうか、それならいい。俺の予想通りなら明日はお客さんが来る」
「お客さ……!? ディエース教ですか?!」
「恐らくな。ダンジョンに入る時二組後ろに入場待ちしていた。探索者風に装っていたが、ディエースの暗部に共通するクイックナイフを全員付けていた。隠すつもりがあったのか分からない連中だな」
それに、裏の仕事をしている独特の空気を纏っていた。それにあそこの暗部は十人一組で行動する事は、ある程度裏の事について知っている人間ならだれでも知っている話だ。奴らは神の元に何をしても許されていると思っている狂信者の集まりで、殺し、盗み、恐喝、強姦、何でもござれ。その辺の盗賊の方がよほど善人に見えるほど極悪な事を平気で行うイカレタ連中だ。
「それは……分かっていたなら何故入る前に言わなかったのですか!?」
王子は声を荒げながら訴えてくる。この王子、感情を隠す気が無いようにみえる。
「落ち着け、あの時点でそれを立証する物が無かった。どの道協力者がいるだろうから、仮の身分証を持ってるだろうし、無駄骨に終わる」
「それでダンジョンに潜って大丈夫なのですか?」
「勿論、ダンジョンの中でなら殺しても問題にならない」
俺の言葉に二人は絶句する。
二人は最も王道を歩む人間だ。何をするにも自らの価値観が絶対の基準になる。ある意味この二人が最も人の襲撃を受けた時に動けない可能性がある。本来公爵令嬢の従者をしているルーシェには人間の醜さに敏感でなければならない筈だが、お嬢が甘やかすのでそういった面には疎い。
それに比べ、他の三人にはそれ程心配はしていない。トランシスは王子を守ることに対しては、何一つ油断はない。アルとセシルに至っては連中の存在に気が付いていた節すらあった。お嬢はあの二人を何処から見つけてきたのか、正直気にならないと言ったら嘘になる。
「俺の予想では、明日ダンジョンのゲートを潜る時に襲ってくると思う」
「襲うのなら帰りに襲う方が相手にとっても都合がいいのでは?」
「いや、それはない。まず奴らは軽装だった。それ程長く潜る予定はしてないのだろう」
俺が態々お嬢に頼んで物資を、集落を経由せずに揃えたのはこのためだ。実際集落で俺とルーシェで揃えた物資なら数日分しかない。メンバー達にも事前に攻略日数に関しては口留めしているので、余程こちらに近い協力者でもいない限り予測するのは難しいだろう。奴らからしたら今回は事前の情報収集をしに、ダンジョン攻略に来たように見えるはずだ。経験者である俺がダンジョン攻略ギリギリで合流したこともこの事が関わっている。
「それに、守護者を倒したものは格段に強くなる。経験、技量、覚悟、どれもが以前とは比べ物にならなくなる。奴らからしたら弱いうちに叩きたいだろう。それに強力な魔導具が出たら奴らの勝ち目は万が一にも無くなるしな」
守護者を倒すとは、言葉で表すほど簡単な事ではない。ダンジョンにある秘宝を守る存在なのだ。ある意味人生観が変わってしまうと言っても過言ではない。
「それで、何故ここのゲートで襲撃だと予想できるのですか?」
「それは初日に襲ってこなかったからだ。奴らはこのダンジョンの情報に明るくない。多分この辺りに詳しい協力者が居ないのだろう。だから誰もが手に入れられる情報しか持ってないとみていい。俺達と違うルートを通ると一日時間をロスする。そこから計算して、最速で追いつける場所が次のゲート付近となる」
現に事前に張り付かせておいた虫の報告で、奴らは必死で第二階層を突破している。既に一人犠牲になっているようだ。あの森を夜に突破するのは俺でもごめん被りたい。今頃必死で走っている事だろう。他人事ながら同情してしまう。
「それなら無理しなくても第四階層でも良いのでは?」
「無理だ。資料を見ただろ? 湿度が凄いと。言っておくが第四階層は通過だ。異論は認めないし、どの道そうと知れば皆の意見は統一されるさ」
第四階層の情報は一般的に出回ってはいない。極一部の物好きが攻略するくらいで、基本的に皆第四階層は無視する傾向にあるからだ。経験の無い者は簡単に考えるが、湿度が高い熱帯雨林での戦闘は死を意味する。今は理解できなくても、明日になれば嫌でも理解できるだろう。
二人は怪訝な顔をするが、そこで口を紡ぐ。これ以上は喋らないと意思表示するように、俺は包帯を取り換える為、荷物から新品を取り出した。
ルーシェが聞き出すのを諦めたのか、俺の治療の手伝いをしてくれる。
こうしてダンジョン攻略二日目の夜は周囲が明るくなり、茜色の空を周囲に映し出すと共に終わりを迎えた。
現在、執筆方法について考えています。
一章ごとに書き溜めするか、随時投稿するか悩んでいます。
今後市生活が忙しくなるので前者だと投稿にかなり間が空くと思うのでご了承ください。
後10話程は毎日投稿します。




