野営の準備、夜の語らい
野営の準備を終えた頃には、辺りは暗闇に包まれていた。周囲を照らすのは中央に配置されている焚火の灯りのみ、漂ってくる匂いは空腹感をさらに刺激してくる。
今は丁度夕食の準備をしている所だ。主に調理をしているのは俺とアル。なんとその他の人間は料理が出来ないのである。この情報は事前に確認しておくべきだった。昔の俺と同じような環境で生活しているルーシェが、料理が出来ない事は予想出来た。王子と、そのお付人にもそれ程期待はしていなかったので、此方も問題ない。
しかし、まさかセシルが味音痴とは予想できなかった。色々と優秀な彼女であっても苦手な事は存在するようだ。セシルはどんな料理でも美味しく食べれてしまう。ある意味探索者として最高の能力で、周囲にとっては迷惑な能力だ。だから自然と料理を担当するのはアルの仕事に成ったのは必然だ。
仕方が無いので他のメンバーには、ペアで周囲に危険な存在が居ないか見回って来てもらっている。もっとも虫達のおかげで、安全が確保できている事は解っているので形だけのものだ。安全が確認できれば食事をする時間くらいなら共にしても問題無いだろう。
アルの料理の腕もなかなかのもので、お互いに料理の知識を交換しあいながら少し豪華な食事を作る。ダンジョンの中ではまともに食事の時間を確保できない事も多い。だから余裕があるときは、美味しい食事を取る事が心の余裕にも繋がるのである。
丁度料理が完成した頃に、周辺の見回りを終えた他のメンバーも戻って来た。
「周囲に異常は見当たりませんでした」
「こちらも異常なしです。あー美味しそうですね」
お腹を空かせた者達がぞろぞろと集まってくる。今晩は日持ちのしない食材をふんだんに使ったのでかなり豪華だ。様々な具材が互いを補い旨味の相乗効果を起こす。アルが作ってくれた魚のすり身で作った練り物との相性もいい。確かこの料理を教えてくれた辺境の山奥に住んでいたお婆さんは『おでん』と言っていた。
その他にも栄養を考えて、野菜スティックに炊いた餅米を潰して木の棒に刺し火で炙った……名前は忘れたな。
兎に角、一日動いた身体に栄養を満たすのに十分な食事を作り上げた。焚火を囲むようにみんなで座り、各々自分のペースで食事をとる。王子も自ら食べる物は自分でよそって食べる。それがここでのルールだ。
「あちち、ハフハフ。んーこの『おでん』美味しいです」
味音痴ことセシルが美味しそうにおでんを口にする。褒められるのは嬉しいのだが、手放しで喜べないのが複雑だ。
「本当に……。何時の間にこんなに料理がお上手になったのですか?」
「へぇ、これは魚のすり身を加工したものですか?」
「……うまい」
「うお、この焼いた餅米も『おでん』に合うっすね」
皆それぞれ好き勝手に喋りながら食事を楽しむ。昨日のような険悪な空気を感じることは無い。
俺も皆に倣い、よく出汁のしみ込んだ大根を頬張る。出汁のきいている大根が口の中に入った瞬間に溶ける様になくなってしまう。その代わり口の中一杯に旨味が広がる。数種類の食材を一度に楽しめるこの料理は本当に有難い。皆それぞれ取り分ける食材は好みによって分かれるが、食べている全員が好きな物を食べられるのは素晴らしい事だと思う。一人旅の時はこういった食事を作れないのでこれだけでも今回依頼を受けた甲斐があった。
流石に今日はアルの珍事話を聞いてしまうと問題があるので控えたが、今日の行動について話し合ったり、予測される状況への対処方法を話し合ったりと、有意義な食事の時間になった。
食後にはルーシェが淹れてくれた紅茶を飲んで一息つく。本来ダンジョンの中で満腹まで食べるのは良くない事だが、今日は仕方が無いだろう。紅茶を飲みながら他愛無い話をする。皆の会話が途切れるのを見計らって俺は明日からの攻略について話し出す。
「さて、明日からの攻略についてなんだが、第二階層はこの森とは全く違う。木々が生い茂って、視界の確保が難しい場所だ」
一度、皆の顔を見回してから言葉を続ける。
「特に決められたルート以外で移動するのは不可能に近い。それに戦闘になった場合、限られたスペースで戦うことに成る」
その他にも、大きな荷物を抱えている鹿馬が逃げ出す道が無い事も大きな問題となる。前後にしか逃げ道が無いので、俺達が戦闘態勢に入るのに邪魔になることもあるのだ。それに戦闘に巻き込んで、足でも怪我をされたら攻略続行は不可能に近い。最悪滞在期間を短くする手もあるが、この浅い階層なら一度引き返した方が結果的に時間のロスは少なくなるだろう。
「そこで隊列を変更する。先陣は変わらずに俺が務める。その後ろを、コニーを中心にルーシェとトランシスが陣取って、その後ろでアルに全ての鹿馬を引いてもらう。そして最後尾は変わらずにセシルだ」
「それは荷物を一ヵ所に纏めるリスクを冒してでも隊列を短くするってことっすか?」
そう、今説明した隊列では、荷物を一度に失ってしまうリスクがある。本来そういったリスクを下げる為にも、複数に分けて荷物を運ぶのだが、第二階層に至ってはその限りではない。
「第二階層では荷物持ちである鹿馬の暴走が一番厄介になる。だからアルとセシルは鹿馬と荷物を守ることに専念してほしい。基本的に戦闘は俺とコニー達で行うことにする。だから三人には、後方から敵が迫ってきた場合、素早く後ろに回れるような位置取りをしておいてくれ」
「左右の敵にはどう対処するのでしょうか?」
「そこは俺が対応する。左右からの襲撃の恐れがある場合は、事前にモンスターをつり出して正面で迎え撃つ形を取る」
俺の個人技能頼りの攻略になるのになるのが不安なのか、みな黙ってしまう。しかし、第二階層に関しては、個人技能が高い者を全面に出さないと少なからず被害が出る恐れがあるので引くわけにはいかない。
「それに第二階層は今日歩いた行程の半分ほどしかない。視界が確保できない場所は、一気に突破してしまうのが一番安全だと考えている」
「あの、それはリックさんの負担が大きすぎませんか?」
どうやら俺の心配をしての先程の沈黙だったようだ。確かに俺に掛かる負担は今日の比ではない。ただ、それは特殊能力を使わなければ、と言う条件が付く。
「大した事じゃないさ。普段から慣れている」
一人旅をしている身として、全方位の警戒などできて当たり前、普段している事と違いは無いのだ。
「ここはリックの判断に従いましょう。この場で唯一の経験者が決めたのですから間違いは無いでしょう」
ここでルーシェが助け船を出してくれる。他のメンバーはお互いに見やり、他の代案も思いつかないのか、俺の意見を聞き入れてくれることに成った。
その後も、明日の攻略に必要な細かな決めごとをして、見張りの後組は寝ることに成った。最初に見張りつくのは、俺とルーシェ、そして王子が立つ事になった。
見張りの役目とは、如何に早く敵の存在を察知するか。この一点に集約されている。敵を見つけ、仲間に準備をする時間さえ稼げるのなら、立っていようが、座っていようが、それこそ寝ていようが構わない。
最も、これは極論で、本来であれば間隔をおいて周囲の見回りをしたりする。俺が一人で旅をしている時の寝番は虫達に任せているので、実は殆ど夜の見張りをしたことがないのだ。知識としては持ち合わせているが、技術としては殆ど素人に近い。
その為、ボロを出さないためにも普段夜の見張りなどとは無縁であろう王子と共にする事にしたのだ。多分この中で一番慣れているのはルーシェだろう。従者の中でもメイドは夜番があるので夜遅くまで起きていることに慣れているはずだ。
コーヒー派である身としては、紅茶だけでは満足出来なかったので、自前のポットを取り出して自分用に淹れる。高貴なお二人は紅茶の方が飲み慣れているので引き続き紅茶を嗜むようだ。
流石に挽きたての豆とはいかないが、事前に準備をしておいた物を使用する。湯を注ぎこむと、辺りにはコーヒーの濃い匂いが充満する。
二人が紅茶を飲む姿を横目で見つつ自分のコーヒーが準備出来るのをゆっくりと待つこの時間も決して嫌いではない。
そんな時、お嬢から念話が届く。魔術具を使用した念話はダンジョンの中まで繋げる事は出来ないが、俺は配下の虫を通してする独自の物なので可能だったりする。見張りの最中でも声に出して喋るわけではないので行動を阻害される恐れも無いし、使用を悟られる事も無い。適当に今日の報告をしたら、後はお嬢の話に相槌を打っているだけでいい。
出来上がったコーヒーを少しずつ口に含む。鼻腔を抜けた香りを堪能しつつ目の前の一杯を大切に飲む。この階層には匂いに敏感なモンスターが居ないからこそ出来る行動だ。明日からはまた暫くコーヒー断ちしなければならない。
互いに何も話すことなく沈黙が流れる中で、最初にその静寂を破ったのは王子だった。
「お二人には今回のダンジョン攻略にご協力頂いて本当に感謝しています」
突然話し出した王子は感謝の言葉を述べる。まだ始まったばかりのダンジョン攻略で突然語りだすなど何かフラグが立つのではないかと不安になる。
「いえ、私の主の意思ですので、感謝を述べるのであればフランシア様にお願いします」
「もちろんフランシア様には多大な恩が有ります。しかし、この場ではお二人にお礼をしたいのです」
今回の攻略メンバーを揃えたのはお嬢の尽力があったからだ。俺達に態々お礼を言う必要は本来無い。
「あなた方の協力が無ければ我々の国は暗い未来しか残されていないでしょうから……」
影の薄い王子様だが、色々と抱えている物が有るのだろう。彼の言う暗い未来とは、このまま第二王子が王太子に就任してしまえば、ミスカンティス聖国の属国として成り下がってしまう事だろう。実際は大陸の東にディエース教の影響力が増すことをよく思わない勢力に潰されてしまうだろうが、その際の被害は想像する事も出来ない。最悪は国そのものが消えて無くなってしまっても可笑しくはない。
「コニー。そのお礼は無事に魔導具を手に入れてからにしてくれ、俺達が協力するのはフランシア様の意思だが、攻略の成否は俺達が齎す結果だからだ」
「……そうですね。少し気が逸ってしまいました」
「殿下、全ては一歩ずつです」
確かに、国の未来が自分の両肩に掛かっているとなると、そのプレッシャーも相当なものになるのだろう。求められる結果が大きいからこそ弱音の一つも吐きたくなるのも理解できる。しかし、こちらとてそう簡単に依頼を放棄するつもりはないし、達成できない依頼は最初から受けはしない。
「コニー、俺は達成不可能な依頼を受けたりはしない。王子ならもう少しどっしり構えていろ」
ダンジョンの中で俗世の事情は不要だ。ただ目的を達成する事だけを考えていればいい。
「王子と言う割にリックの態度は他の人と変わりませんね」
「……今そこを突っ込むのか……」
話の流れってものを考えてほしい。一言余計な天然さんはこれだから困る。
「あははは、そう言うルーシェさんは、リックさんには他の人に向ける態度と違いますよね」
流石は影が薄くても王子様。人の機微には敏感なようだ。ルーシェは大抵の相手には敬称を付ける。それこそ付けないのは仕事の部下だったり、お嬢の従者達、後は極少数の人だけだ。学園の同級生でもある王子が気付かない理由が無い。
「いえ、それは……その……」
珍しく言葉に詰まるルーシェ。それでは何かあると言っているのと変わりないではないか。
「いえ、理由はお聞きしませんよ。世の中には知らない方がいい事もありますから」
先程まで王子の弱音を聞くみたいな状況だったのに、ルーシェの天然の発動で瞬く間に流れを持って行かれた。仮にも公爵令嬢の秘書を務める身がこの体たらくで良いのか不安になる。
なんとも微妙なこの空気を脱却すべく、俺が頭をフル回転させている時に、一際強い感情が込められた念話が届いた。
『ちょっと!リオ聞いているの?』
はいはい、聞いてます、聞いてます。メルクリオの眼鏡がダサいって話ですよね。え?違う?それは一つ前の話?
……俺には同時思考を熟す能力は備わっていないみたいだ……。




