一人の役割、其々の役割
よろしくお願いします。
森の中を、隊列を組んで王子一行は突き進む。最初こそ歩きなれない森に皆戸惑っていたようだが、攻略経験者は流石に適応力が高い。王子とトランシスも、不慣れな環境の中、鹿馬を引いて頑張って付いて来ている。
モンスターの襲撃も無く、一行は現在昼食を取る為、視界の確保できる場所で休憩中だ。
二つの組に分かれて見張りと休憩をとる。メンバーは俺、ルーシェ、王子の組とアル、セシル、トランシスの組に分かれた。先にアル達の組から食事を済ませる。やはり殿を任せているセシルの消耗が、他のメンバーよりも人一倍大きいようだ。要所要所で、アルのフォローがあっても、一人で後方の警戒をする負担を賄えてはいない。それに慣れない消耗している理由は、慣れない森での警戒だけではなさそうだ。今後の為にも、早めに修正しておく必要がある。俺はセシル達が食事を終えるのを見計らって話しかける。
「セシル少しいいか?」
「はい、なんでしょうか?」
自分の状態は、本人が一番自覚しているのであろう。少し緊張が声に篭っている。
「一人でパーティー全体をカバーするのは不可能だ。警戒は後方だけに集中してもらって構わない。待ち伏せやサイドの警戒はこちらに任せてくれないか?」
「あ、すみません。慣れない環境で、無意識に他の場所まで警戒していたみたいです」
セシルも、自分が与えられた役割以上に仕事をして、必要以上に消耗してしまっている自覚があるのだろう。初めて攻略を共にするメンバーの時は偶にあることだ。頭では理解していても、心の何処かで仲間の力を信用しきれていないのだ。
「ルーシェがパーティー全体に簡単な幻覚魔術を掛けて、周囲から発見されにくくしている。早々モンスターに見つかることは無い筈だ。それに……。」
俺は徐に投げナイフを取り出して、一見何も無い所に投げる。投げナイフが当たったところからは、緑の汁が噴出し、景色に擬態していた小型の虫モンスターを仕留めた。
セシル自身も気が付いてなかったようで、本当に驚いた顔をしている。
「俺もそれなりの実力はある。任せてもらっても大丈夫だ」
俺の振り向きざまの言葉で、流石に自分が、気が付いていなかったモンスターを探り当てた力に、どこか納得したような顔をして一つ頷く。
「分かりました。後方警戒だけに集中します」
声色から感じるに大丈夫だろう。結局各自に任された仕事をこなす事が一番の安全に繋がる。特に後方警戒は重要な役割なのでセシルには自分の仕事に集中してもらいたいのだ。
今回仕留めたモンスターは、基本此方から手を出さなければ無害であった。俺の能力も加味すれば、寧ろ周辺警戒の一役にたってくれさえしただろう。今回はセシルの意識を変える為にも犠牲になって貰った。尊い命に感謝する。
それから俺達はアル組と入れ替わって、昼食を取る。王子も必要最低限の栄養とエネルギーを取るだけの食事に文句を言うことなく食べている。実際旅の途中の食事とは味気ないものだ。場所によってはその場で獣を仕留めて食す事もあるが、この階層は虫系のモンスターしか出ない。食虫文化を持つ人なら食材の宝庫に感じる可能性もあるが、幸い俺にはそういった趣向は無い。見る限り、他のメンバーにもそういった趣向を持つ者は居ないようだ。
そんな事を考えていると、食事の途中ではあったが、王子は一つの質問をして来た。
「頂いた資料には、直線ルートには渓谷があるので迂回すると書いてありましたが、資料には右に迂回するルートが示されていました。何故今回は左からの攻略なのですか?」
どうやら王子は、渡された資料に書かれていた事と違うルートに、疑問を抱いたようだ。これも確りと資料を確認した故の質問だろう。
「ああそれか。右のルートは大人数での攻略に向いていて、有名な探索者達が右のルートばかり使うから、資料には情報の多い右ルートが示されているだけさ。本来なら、左からのルートの方が近くて、視界も確保しやすいから安全なんだ」
資料から読み取れない情報を補うのが俺の役目だと思う。
「なるほど……、その情報はどこにもありませんでした。流石はフランシア様がご紹介してくれた方です」
「ダンジョンの情報は、どの組織であっても極秘扱いです。飽くまでも出回っている情報は、周知された物だけなのですよ」
ダンジョン攻略において情報は一種の宝だ。ダンジョンに潜る者にとって、価値あるものに差異はあるものの、一般的には金銭を得るために挑むのだ。そこで効率的に利益を上げるには、やはり情報の有無が非常に大きい。その為、重要な情報ほど、自分たちの中にしまい込む。無条件で情報を渡してくるものがいるとすれば、そこには別の意図が隠されているとみて間違いない。結局人は自分の利益を得るために生きていることを、否定できないのだから。
食事を終えて再び出発する。セシルも無駄な力が抜けて、本来の役目に集中しているように見える。この階層は大きな起伏もないので、モンスターさえ襲ってこなければ比較的楽に移動できる。
順調な進行に、今日の野営を予定しているところまで、余裕を持って到着できるだろう。ここは一つ、今後の為にも彼らには、森での戦闘を経験してもらう事にする。丁度良く前方には、本来気性が荒く好戦的な虫が数匹屯している。今まではそれを特殊能力で遠ざけていたが、今回は襲ってくるように指示を出す。この先の階層には、俺の特殊能力が通用しない敵も出るので、安全な戦闘ができる機会を逃したくないとの思惑もある。
俺は後方にモンスターの発見を知らせる。ルーシェが少し疑惑の目を向けてきたが、今はそれを受け流し、戦闘の隊列を組む。
こういった時も経験の差が出るもので、アルとセシルのコンビが戦闘態勢に入るのはスムーズだった。それに比べ王子達は、戦闘の構えを取る事も、有利な地形に陣取ることも手間取っている。やはり先に確認しておいて正解だったようだ。
「敵は小型の虫系モンスターが三匹、アル達は左の一匹を、コニー達は真ん中の一匹を、俺は右の敵をやる」
俺の指示を聞いたメンバーは、割り振られた敵に対して攻撃を仕掛ける。敵は甲殻を纏い、鋭い顎を持ってはいるが、移動の仕方が拙く、飛ぶこともできるが的にしかならないので地を這って向かってくる。
一番最初に動いたのは、予想外な事に王子だった。
「【混流の水明 脈動持って 彼の者穿て】ウォーターショット!」
王子が使ったのは、比較的短い詠唱に対して効果の高い、単一の敵向けの魔術だ。表面的な破壊力はないが、着弾した場所から奥深くに衝撃を浸透させる効果がある。甲虫相手には非常に有効的な魔術だ。
多少距離があり、小型のモンスターに当てるのは難しいはずだが、得物に杖を選ぶだけのことはあって、見事に敵に当てて、相手の行動力を奪う。
咄嗟に使用する魔術の選択、発動までの速度、そしてそのコントロール。どれをとっても魔術師としては優秀だと言えよう。
最後は、既に虫の息状態の敵に素早く近づいたルーシェの一刺しでとどめを刺した。
次に動いたのが、アルとセシルのペア。アルはセシルの射線を邪魔しないように相手に近づく、セシルは巧みな弓術でアルが有利に戦える場所に相手を誘導している様に見え得る。限りある矢を、固い敵に当てて駄目にしてしまうより、牽制に使うのは流石に場慣れしていると感じる。
「【静寂なる風 集いて 形成せ】エアボール!」
アルが敵との接触する直前、セシルは魔術を使う。風の魔術が使える人であれば、誰もが一番最初に覚えるだろう。初歩中の初歩の魔術だ。しかし、その使う方が上手い。相手に直接当てるのではなく、足元に当てて相手を一瞬浮かす。その僅かな隙を接近したアルが見事に両断。なかなか見事な戦い方だ。
そして最後に、俺は静かに敵に近づき甲殻の隙間にナイフを滑り込ませる。周囲が派手に戦ってくれるので、意識が他に移っている敵に近づくのは容易な事だった。
予想以上にメンバーが優秀で、思いの外簡単に戦闘が終わってしまったが、これはある意味嬉しい誤算だろう。最初こそもたついた所もあったが、概ね合格だ。それに一番懸念していたトランシスが、その役目をしっかり守っていたので問題ないだろう。流石に王子の護衛として選ばれるだけの実力は有しているようだ。
「お疲れさん、皆良い動きだったぞ」
俺の一言に、みんな嬉しそうに顔を緩める。実際、この年代では特に優秀なメンバーを集めただけはある。特にセシルの動きは俺の予想を超えていた。本来であればあの程度のモンスターは一人で対処出来てしまうだろう。しかし、この資源の限られたダンジョンの中で、長時間活動するための方法が身体に染みついているようだった。戦闘時の場所とり、戦術、そして魔術の運用、どれもが効率的で無駄が無い。これだけ高い能力があるのならお嬢が懇意にしている事にも頷けるものだ。
戦闘を終えた後は迅速に出発の準備をして、音でモンスターが集まってきてしまう前に、俺達は早々にこの場を離れることにした。
ある程度、戦闘を行った場所から離れるとルーシェが話しかけてくる。
「皆さんの戦闘はどうでしたか?」
きっとルーシェには今回の戦闘に俺の意思があったことは、ばれているだろう。俺の能力を知っていれば、虫系モンスターとの戦闘など本来は在り得ないのだから。
「想定以上に良かったよ。場所取りに少し手間取ったようだが、後数回戦闘を熟せば慣れてくるだろう」
「思いの外高評価ですね。何か修正点は無いのですか?」
ルーシェの質問に、後ろに続くメンバーも聞き耳を立てているように静かだ。皆には既に俺の評価は伝えた筈なのだが、それほど詳しく聞きたいのだろうか。
「無いな、皆的確な判断だった。ああ、一つ上げるとすれば……」
皆の視線が背中に突き刺さるのを感じる。もう少し周囲の警戒に意識を向けてほしいものだ。
「何らかの理由で、俺が一時的にパーティーを離れた場合の臨時のリーダーとして、セシルを指名したいって事くらいかな」
皆は予想していた方向とは別の話が出て、少し困惑気味のようだ。特に名指しされたセシルは動揺を隠せないでいる。
「リックさん、その理由をお聞きしてもいいかな?」
こういった時、代表して聞いてくるのはやはり立場が上の王子になるようだ。
「勿論構わない。俺がセシルを指名する理由は、彼女のその視野の広さを考慮したからだ」
セシルの持つ能力の中で最も重宝される物であろう視野の広さ、言い換えるのであれば観察眼とも言えるだろう。敵、味方、状況それらから予測される彼女の行動は非常に安定した結果を残すことに長けている。普段からアルの世話をしているので気配りも出来て、この閉鎖された環境下での彼女の能力は非常にありがたい。
俺がツラツラと彼女が如何に優秀かを説明すると、本人は目を合わせたくないのか、露骨に後方の警戒に力を入れる。アルも大切な相棒が褒められて嬉しいのか、いつも以上に笑顔だ。他のメンバーも俺が並べる理由に納得がいったのか、特に反対する意見も出ることなく決まった。
「確かに彼女の視野の広さは称賛に値する。今回の戦闘の時も、我々の戦闘の邪魔にならないように位置取りをして、戦闘後も真っ先に鹿馬の居場所を探り当てていた。我々には戦闘を行う事で手一杯で、周囲の事に気を配る事まで気にしていられなかった」
予想外の人間から、予想外の言葉が出てくる。トランシスがそれ程周囲を見ているとは思ってもみなかった。王子もその言葉を聞いて、自分が仲間の行動の事にまで気を回せていなかった事に気が付いたのか驚いた顔をしている。いや、これは他のメンバーも同じだ。
周囲の視線に気が付いたのか、トランシスは言い訳がましく言葉を続ける。
「私とて護衛として周囲に気を配る事はする。慣れぬ環境で自分たちの事で手一杯な我々と違い。彼女は全体の事まで考えて行動している節が見える。正直フランシア様が懇意にしている者達でなければ、殿下にお仕えしないかと誘うところだ」
昨日までのトランシスは何処へ行ってしまったのだろうか。少なくとも昨日は周囲に気を配っているようには見えなかった。久しぶりに口を開いたと思ったら至極まっとうな事を言う。それに思いの外視野も広い。いったいこの一日の間に彼には何が起こったのだろうか。
周囲の視線が、何故か生暖かい物に変わったことに気が付いたのだろう。トランシスはその視線に耐えられずにそっぽを向いてしまった。
トランシスの変化がいい方向に向かっているのであれば、特に問題は無いので後は他のメンバーに任せてしまっても良いだろう。特にアルとはよく話しているようで、関係は良好にみえる。アルを補佐役にしたのは正解だったようだ。
先程の戦闘を見る限り、この階層での戦闘では既に必要ない様に見える。ここは明日に備えて、早めに休める様に野営の予定地に辿り着くことを優先した方が良いと判断し、以降はモンスターと合う事も無く、日が暮れる前には本日の野営地に辿り着く事が出来た。
ただ、モンスターとの遭遇回数の少なさにセシルが違和感を覚えていたが、俺がモンスターとの接触を極力下げる様にルートを選んでいたと伝えると、素直に納得してくれたので助かった。
優秀過ぎるのも考え物だな。




