物資の調達、人の営み
この作品、旅の準備は怠りません。端折りません(多分)
くどいくらい毎回準備します。旅ってそういう事だと思うから。
ルーシェを伴って、足りない物の買い出しに出掛ける。先程は王子相手に突き放すような態度で話していたが、内心戦々恐々だ。いくらダンジョンの中は治外法権だと言っても、今居るこの場では王子と平民の扱いでしかない。それもこれもイリス王国の教育が行き届いていないのがいけない。
そもそもトランシスが問題を起こしてなければ、あんな強引な方法で割り込むつもりなど無かった。無難な対応で、程よく対応する予定だったのだ。今更だが今回の対応について、ルーシェに相談しても「殿下には良い薬になったでしょう。流石薬師様ですね」なんて茶化してくるので当てにならない。
「そんな事よりも、久しぶりに会った友人に対して、何か言うことは無いのですか?」
王子の扱いが『そんな事』と言えるルーシェは凄いと思う。これは同級生だからこそなのだろう。
「と言われても……、綺麗になったね。ルーシェ」
こんな時は、他ごとを考えながら答えると女性は不機嫌になるので、思考を一度切り替えて、自分が感じたままの感想を告げる。実際に最後に顔を合わせているのは二年半前。成長著しいこの時期の二年半は、少女のような印象から大人の女性の印象へと引き上げるのには十分な時が経っている。ルーシェも俺の言葉にまんざらでも無いようだ。
元々子爵令嬢と言うブランドも相まって、美人であるルーシェの人気は高い。きっと昔よりも更に婚姻の依頼が舞い込んでいると想像するに難くない。その割にお嬢もルーシェも浮いた話一つ聞かないのは、俺がそういった話からハブられているからなのだろう。
何故かルーシェから冷たい視線を向けられながら、俺達は買い出しを続ける。
「それにしても、リオの素を久しぶりに見ました」
「そうかな? 確かに最近は素で話すのはお嬢と念話する時かリックの名前を使う時だけかな」
リオックの時は十年の従者生活で培った丁寧な言葉遣いを意識して話している。薬師としてはその方が患者とのやり取りも円滑に進むので丁度いいのだ。
「リオが念話で話すのはシアばかりですからね」
「魔力の性質上、属性付きの魔力だと虫達が嫌がるから仕方ないだろ?」
「それはそうですが……」
俺の使役する虫達にも個性があり、好みが各々違う。その中でも念話を仲介している虫は純粋な魔力を好むので、魔術を使う人の魔力は好まないのだ。
「まあ、久しぶりに会えたんだ。今日はしっかりエスコートさせて頂きますよ、お嬢様」
俺は片膝をついて、手を差し出す。
「誰かに見られたらどうするのですか! バカな事をやってないで行きますよ」
口では拒否しているが、まんざらでもないようだ。
その後も、二人連れ立って歩いているのだが、こうして久しぶりの再会であっても、お互い積極的に喋るタイプではないので、どうしても沈黙に間が支配されるが、ルーシェとの間にできる沈黙はむしろ心地よいくらいだ。
そんな風に歩いていると、前方にアルとセシルが二人で歩いているのが見えた。傍から見れば二人の関係は恋人どころか夫婦のようだ。相手も此方に気が付いたようで、手を振って此方に向かってくる。
「リックさんとルーシェさんじゃないっすか。買い出しお疲れ様っス」
「何だかお二人とも仲がいいですね?」
二人の仲を見せつける様に歩いていた人に言われても今一ピンとこないが、元々知らない仲でもないから傍から見たら、そう見えるのだろう。
「まあな、今回のメンバーの中では唯一面識があったしな」
「お二人はどうされたのですか?」
二人には自由に過ごすように言い渡していたので、明日からのダンジョン攻略に支障がない範囲でなら、何をしてもらっても構わないのだが、なにやらアルは羊皮紙の束を持っている。
「リックさんがさっき言ってたダンジョンの情報の確認っす」
「さっき寄合所から資料を貰ってきました」
二人とも俺の案内だけに頼らず、自分の力で情報を集めているようだ。確かに先程各自で確認しておくように言い渡したが、あれはどちらかと言えば王子に向けての言葉だったのだが、やはりこういった所でダンジョンに挑む者の気構えの違いが出るのだろう。彼らが将来を有望視されるのも頷ける。
「流石、攻略に慣れていますね」
ルーシェにしてみれば、純粋に感心出来る事なのだろう。本来であれば、こういった経験不足からくる知識を補うために俺が派遣された面もあるのだろうが、この二人に関しては、それは必要なさそうだ。
「このダンジョンは、モンスターもそうだが、階層環境の情報を見逃さないようにチェックする事が大事だぞ」
俺の言葉に二人の顔には疑問符が浮かぶ、彼らの情報を見た限りでは、彼らが潜った事の有るダンジョンは、基本平野で構成される地形のダンジョンにのみ潜っている。普段はそれ程、環境を気にする必要が無いのだろう。これは同じダンジョンばかりに潜る攻略者が陥りやすい状態だ。
「このダンジョンは多様な森林エリアで構成された階層が連なっているんだ。場所によっては、湿度が高くて汗が揮発しない階層や、行動範囲が限られる程草木が鬱蒼と生い茂る階層なんかもある。平原での戦闘とは勝手が違うことも多々あるからな」
俺の言葉に何かに気が付いたのか、貰って来た情報にサッと目を通す二人。その後思わぬ落とし穴に気が付いたのだろう。二人は真剣な顔で資料を眺める。
「これは……、予想してなかったっす」
「いつもと同じ感覚ではいけませんね……」
こちらが言いたいことに直ぐに気が付けるのは、それだけ経験を積んでいるからなのだろう。二人は詳しく調べる為に、宿に戻ってじっくり資料を読むのでと、速足で戻って行った。
「あのお二人は合格ですか?」
不意にルーシェがそんな事を尋ねてくる。
「ああ、彼らなら問題ないだろう。むしろルーシェは大丈夫か?」
「私は事前に資料に目を通していますので、それに貴方の事を信頼していますから」
ルーシェは微笑みを向けながら答える。こんな言い方は少し卑怯だと思う。その期待に応えるしかないではないだろうか。
その後も、必要な物資を集める為に集落を回っていると、全ての物が集まる頃には辺りは夕焼けに包まれていた。
宿に戻ってくると受付に居たキャシーが出迎えてくれた。
「あ、リックお帰り~。もう夕食準備出来てるけど、どうする?」
「じゃあ準備頼む、他の連中はどうしてる?」
「あー、王子様の所には、さっき夕食運んだよ。残りの二人は食堂で何か書類に熱中してるよ。私が声かけても反応ないくらい」
「分かった。その二人の分も一緒に準備してくれ、荷物置いたら食堂に行くよ」
キャシーはそのまま奥に食事の準備に向かったので、俺とルーシェは荷物だけ部屋に置き、食堂に向かう。そこではアルとセシルがダンジョンの資料に向かって只管目を通している。無駄口一つなく、凄い集中力だ。
「どうだ、ここのダンジョンの情報は頭に叩き込んだか?」
俺の声に、二人は同時に顔を上げて此方に振り向く。二人は本当に息ピッタリだな。
「リックさん、大丈夫っす!」
「モンスター、環境、地形、ルートは覚えました!」
どうやら二人ともしっかりと資料を暗記しているようだ。いくら情報を持っていても、とっさの判断に使えなければ、本当に必要な時に役に立たない。情報は暗記して初めて役に立つ。
「そうか、夕食まだなんだろ?さっきキャシーに頼んでおいたから一緒に食べようか」
二人は俺の一言で、既に日が暮れていることに気が付いたようだ。二人の反対側に腰を下ろしたところで、丁度キャシーが夕食を運んできてくれた。
今晩のご飯は、鶏肉入りの具沢山シチューだ。隣に添えられているのはシチューに合わせたパンと新鮮なサラダ、それに俺の大好きなピクルスの盛り合わせ、もう見ただけで空腹が増してくる。
「ふっふーん、リックの為に少し豪華な夕食にしたわよ」
キャシーはそのスレンダーな身体を自慢げに腰に手を当てて胸を張る。確かにここのシチューは人気のメニューの一つだったはず、他のメニューもかなり力が入っているのでかなり頑張ってくれたようだ。
「おお、ここのシチューは美味いからな。明日から保存食の生活だからありがたい。ありがとな」
キャシーに礼を告げて食事を口にする。食材の旨味が溶けだしたシチューは幸せを感じる美味しさだ。この冷え込む季節に丁度良い、暖かいシチューが空腹の胃に優しく流れ込んでいく。他の三人の反応も上々だ。特に普段から美味しい物を食べているだろうルーシェも、美味しそうに食べている。
この宿で漬けているピクルスもかなりいい味だ。幾つか融通してもらえないか後で交渉しよう。
俺達は美味しい夕食を前に、口数すくなく食事が進み、今は食後の茶を楽しんでいる。普段はコーヒーばかり飲んでいるが、偶には紅茶も良いものだ。みんなで他愛無い事を話しながら食後の茶を飲むのも良いものだ。普段一人の食事が多い身としては、特にこういった機会は大切にしたい。
特に、この二人は小さい頃からの付き合い。所謂、幼馴染である。その為、色々と面白い話をお互いに多く抱えているようで、聞いていて飽きが無い。片方がネタを提供すれば、もう片方も同じようにネタを提供する。それでいて、お互いに相手が本当に嫌がることはしないから、遠慮なく話すネタは周囲も楽しませてくれる。深い信頼関係があるからこそ可能な事なのだろう。
その証拠に、途中からキャシーも交じってアルとセシルのダンジョン攻略珍道中の話は、久しぶりに腹を抱えて笑ってしまった。
その中でも、アルがセシルと奇襲を仕掛けてきたモンスターを間違えて夜這いした話しは、本来なら危機感を覚える話だが、モンスターも満更でも無さそうだったと聞いてしまうと、思わず笑ってしまう。因みに、その時奇襲を仕掛けてきたのはゴブリンだったとか。こうなると、女性の敵と言われるゴブリンの守備範囲は、女性に留まらない可能性があるのでそこだけは笑えなかった。
楽しいお喋りに、思いの外時間を費やしてしまった俺達は、気が付けば明日からのダンジョン攻略を考えれば寝なければならない時間になっていた。多少名残惜しかったが、体調不良でダンジョン攻略など考えたくも無かったので、各々自分の部屋へと戻ることにした。
「それじゃあ明日は寝坊しないようにな」
「大丈夫っすよ! 朝は強い方っす」
「アルはそう言っていっつも私が起こしてるじゃない!」
「先程の話を聞いた後だと少し不安になりますね」
何気なく振った話だったが、ルーシェの一言でアルとセシルの二人は顔を赤くして俯いてしまった。本人たちも自覚があるのだろう。昔からルーシェはこういった所は遠慮が無い。俺がまだお嬢の従者として働いていた時からグイグイくる。本人に自覚が無い所が又、厄介なところだ。
こんな時は早々に話を切り上げてしまうのが一番だと経験が教えてくれる。俺は皆に就寝の挨拶をして早々と自分が割り当てられた部屋へと向かった。
部屋に戻った後は、軽く体を拭いて寝間着に着替え布団に潜り込む。お嬢に連絡をするか少し迷ったが、一度話し出すと長くなりそうだったので今晩は控えることにした。どのみち野営の見張りをする時は長々と話すことに成るだろうし、今日くらいは良いだろう。
後は明日王子たちがどうなるかで多少予定は変わるが、概ね予定が大きく狂うことは無いだろう。宿の周囲に配置している虫達も特に異変を感じていないので、今晩はゆっくり寝られそうだ。
久しぶりに人との会話を楽しんだ余韻に浸りつつ、俺はフカフカのベッドに沈み込んで眠りへと落ちて行った。
お読みいただき有難うございます。
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