集落の今、人の良識
第二章はダンジョンの世界観に少し触れていきます
秋の冷え込みの厳しい夜の空を、目的の場所に向かって薄い雲の中を潜る様に進んでいた。
遥か遠くに見える地平線が微かに明るくなり、眼下に微かに広がる暗い大地も時期に光に溢れるだろう。予定道りに進んでいれば、そろそろ目的の場所まで辿り着ける頃なので、明るくなる前に何処かに着陸できないかと周囲の地形を観察していると、少し先に今回の目的地である少し大きな集落が見えた。
集落の位置から、前回訪れた時に着陸した場所に当たりを付けて高度を下げる。辺りは未だ暗いが、一度訪れた場所を見つけるのはそれほど苦労することは無かった。
少し小高い丘の麓に着陸してリンドを労う。一晩中飛び続けたのにまだまだ元気な姿に頼もしさを覚える。ここからは歩いて集落まで向かうのでリンドには帰ってもらう。前回はここから2刻も歩けば集落には辿り着いたので、一応合流の約束がお昼頃なので十分間に合うだろう。
草木をかき分けて街道まで出る。そこから集落まで伸びる道を進んで行く。ダンジョン近くの集落に続く道だからなのか、辺境の集落に続く道とは思えない程よく整備されている道はとても歩きやすい。
空が明るくなるころには、幾つかの商隊とすれ違うこともあった。おそらく探索者がダンジョンで手に入れたモンスターの素材を買い付けて、大きな町まで卸に行く商会が複数寄り集まり、安全性を確保して移動しているのだろう。
すれ違う商人たちと挨拶を交わしながら先へと進むこと数時間、とうとう目的の集落に辿り着いた。
「ここは変わりないな」
前回訪れてからまだ一年ほどしか経っていないので、当然集落が大きく変わる事などあるはずがないが、思わずその言葉が口につく。
集落の入り口には警備の為か集落の人間が監視をしている。その中の一人に、見知った顔を見つけた。その相手も此方に気が付いたようで、手をあげてこちらに声を掛けてくる。
「おーい、リックじゃねーか!」
声を掛けてきたのは、この集落の若手のまとめ役をしている男、ラクスである。
「やあ、久しぶり。元気にしてた?」
「おう、元気も元気。有り余ってるくらいよ!」
声も身体も態度もでかい男として集落では名をはせているラクスはとは、前回集落に訪れた時に一悶着あって、なんやかんやと仲良くなった男なのだ。
「当分はこのダンジョンには来ないとか言ってたのにまたダンジョンにでも潜りに来たのか?」
「まあね、今回は依頼を受けてね。だから案内役、兼護衛の仕事だよ」
俺の言葉に思い当たる節があるのか、ラクスは少し苦い顔をする。
「あー……、もしかして王子様の件か?」
「うん、そう。……何かあったの?」
ラクスの反応はなんとも先が不安になる態度だ。
「いや、大したことじゃないんだがな。権力者様達にはこの集落の宿がお気に召さないようでな、色々と我儘を言ってるらしいんだ」
「なるほどね……」
多少予想はしていたが、なかなかの曲者のようだ。自分たちが何をしに来たのか自覚が無いのかもしれない。これで本当にダンジョン内で耐えられるのかいささか不安だ。
「王子様は大人しいんだがな、護衛か何なのかお付のヤツが態度悪くて皆辟易してるんだわ」
「それはそれは……、嬉しくない情報だね」
「はっはっは、あれの護衛とはご苦労なこった。同情するぜっ」
ラクスは他人事だから軽く言ってくれる。いっそそのお付の人を置いて行った方が任務の成功率は高いのではないだろうか。
「他人事だと思って気楽に言いやがる。それで、その問題児一行はどこにいるんだ?」
「ああ、今はキャシーの宿屋に泊まってるぜ? こっちも毎日愚痴を聞かなきゃいけないから、さっさと連れて出てってほしいぜ」
キャシーとはこの集落の中では、比較的綺麗な宿屋をやっている娘の事である。王子達の対応で、日々溜まるストレスをラクスに愚痴って発散しているようだ。
「ああ、明日には出発するはずだから、それまでの辛抱だ」
「お、それは良い事を聞いた。まあ、忙しいみたいだし、戻ってきたら飯でも食おうぜ! ……今はあの宿屋には近づきたくねぇからよ」
確かに面倒ごとに巻き込まれることを分かっていて、自らそれに飛び込んで行く物好きはそうそう居ないだろう。できれば俺も遠慮したい所だが、ここは腹をくくって赴くしかないだろう。
俺はラクスに別れを告げると、勝手知ったる集落の中を、キャシーの宿屋まで歩く。懐かしい風景を堪能するにも、今の心持では今一つ盛り上がらない。このまま曲がれ右をしたい気持ちを押さえつけて、俺は宿屋へと向かう。
しばらく歩くと、一年前にお世話になっていたキャシーの宿屋が見えてきた。丁度お昼時で、周囲からは美味しそうな匂いが漂ってくる。朝食は簡単に保存食で済ませた身としては、久しぶりに食べるキャシーの宿屋で食べる食事は楽しみの筈なのだが、今一気が乗らないのは先程の話を聞いたからだろう。
宿屋の前まで辿り着くと、中から何やら争う声が聞こえてきた。片方は聞き覚えのある女性の声で、これはキャシーのものだろう。そしてもう一つ男性の声が口汚く罵る声が聞こえてくる。着いて早々一悶着かと気が沈むが、無視するわけにもいかないので、開けっ放しの入り口を潜って食堂の扉を開ける。
扉を開けた先に広がる光景は、俺の予想通りキャシーと少し背の高いガタイの良い男が言い争っている。男の顔は、裏町の幹部だと言われても信じてしまうほど怖い顔をしている。そんな男に一歩も引かずに口喧嘩するキャシーは本当に肝が据わっていると思う。
その他には、見ただけで他とは身分が違うだろう男性と、一般的な探索者が普段着としている服を着ている男女。そして、記憶の中より少し大人に近づいた故智の顔が一人。口汚く罵りあう男女へ向ける各々の顔から、感じられる感情こそバラバラだが、全員に言える事は自ら関わろうとはしていない所だろう。
俺はため息を一つ吐くと、少し強めに既に開いている扉をノックする。全員の視線が集まったところで俺は口を開いた。
「もう少し落ち着いて話し合ったらどうだ?」
各々向けてくる視線は違うが、最初に反応したのは先程まで罵り合っていた女性、キャシーだった。
「あー、リック久しぶりー。なになに、どうしたの? 私に会いに来た?」
相変わらず気さくで明るいキャシー。先程まで相手を視線だけで射殺さんとするほど睨んでいたのに、俺の顔を見たとたんそこには満面の笑みを浮かべる。それに反して男の方は、不審な者でも見るかのようにこちらを睨みつけてくる。
「キャシー久しぶり、何だか宿屋寂れてない?」
「もーう、聞いてよ!こいつが他のお客さん追い出しちゃって散々よ。その上文句ばっかり! 過去最悪の客よ!!」
よほどストレスが溜まっているのか、まくしたてる様にキャシーは喋る。確かに大切なお客さんを勝手に追い出されては文句も言いたくなるだろう。
「なんだ貴様は、関係ない者が勝手に入ってくるな!」
流石、評判最悪のお付人。初対面の人に向ける言葉とは思えないことを言ってくる。俺はキャシーにこの場を任せてもらう様に耳元で囁き、ついでに昼食の注文をする。それを聞いて彼女は宿の奥に食事を準備しに戻って行く。
俺はお付の人を無視して、この場で一番身分が高いであろう人の前で腰をおる。
「王子殿下ご一行とお見受けします。俺はこの度フランシア様からのご依頼で参りました。見習い探索者のリックと申します。どうぞお見知りおき下さい」
お付き人が止める間もなく、俺は挨拶をまくしたてる。本来であればこんな失礼な方法は取らないのだが、すでに敬意を向ける相手とは思っていない。本当にこいつを王太子にして大丈夫なのかと心配になる。
「あ、ああ。君がフランシア様がご指名した案内人の方ですか。私はイリス王国第三王子、アコニット・ド・イリスと申します。この度のご助力に感謝します」
なんとも腰の低い王子様である。このお付人と性格が逆の方がまだ信じられる。いや、王子がこんな性格だから、お付人がここまで付け上がっているのだろ。
俺は王子と簡単に挨拶を済ませると、周りで固まっている者達の顔をぐるりと眺める。流石に先程まで我関せずの姿勢を貫いていた者達は、自分から行動を起こそうとする気は無いようだ。最後にお付人を目で捉えた時、食事を持ってキャシーが戻って来た。
俺はそれを見て近くの席に座る。キャシーは俺の座った場所に次々と料理を並べてくれた。
「今日の定食は、ボアの生姜炒め、愛情増し増しよ」
そう言って自信満々に勧めてくれる料理は、愛情は兎も角、非常に美味しそうである。俺は山盛りに盛られたボアの生姜炒めをご飯と一緒にかきこむ。口の中に広がるボアの甘い油とピリリと利いた香辛料が食欲をそそり、箸が一向に止まらない。そんな俺の食事風景を呆けた顔で見ていた面々の中で最初に動き出したのは、お付人の男だった。
「おいおい、挨拶も無しにいきなり飯を食い始めるとはどういう了見だ?」
喋り口調が端から喧嘩腰である。どれだけ自分が偉い人間だと思っているのだろうか。
「……何故俺から挨拶をしなければならない?」
俺は食事を邪魔されて不機嫌に答える。
「ああん!? 平民が貴族に挨拶をするのは当たり前じゃねーか!」
典型的な貴族思想に染まっている者の考え方が滲み出ている。直情型で何も考えていないこういった輩は、普段受けている依頼なら利用しやすくて有難いのだが、今回は只管に邪魔にしか思わない。
「今回のダンジョン攻略でリーダーを任されているのは俺だ。殿下には最低限の敬意は払うが、貴様に向けるのは蔑視だけだ」
俺の言葉を聞いた男は、顔を真っ赤にして掴みかかってくる。それを座ったまま片手で捻り、床に転がし、片足で押さえつける。動作は単調、力任せで何の思考も伴わないその動きに、明日からの攻略が不安になる。最悪、この男は囮にでも使うしかないかもしれない。
そんな俺の行動を見ていた他のメンバー達は、どうすれば良いのか右往左往しているが、俺は構わず食事を続ける。床に転がっている男がギャーギャー五月蠅いので、押さえつける力を強めると、多少留飲が下がった。
食事が終わり、腹を満たしたところで、今だに右往左往しているメンバーを眺めつつ、キャシーにはこの場所を借りる代金と、迷惑料を上乗せして少し下がってもらう事にした。
「さて、今回のダンジョン攻略に当たり、確認を取らないとならない」
俺が突然そんな事を言い出すと、先程まで泳いでいた視線が集まる。その視線を一人一人正面から捉えた後、口を開いた。
「お前たちは死にたいのか?」
突然、突拍子も無い事を言われた面々は、何を言われているのか分からないという顔をして此方を見てくる。
「これから俺達は共にダンジョンに挑む訳だが、四人も揃ってこの五月蠅いガキ一人黙らせることも出来ないなんて、ダンジョンに挑む力がお前たちに有るのか?」
俺の告げた言葉に、各々色々な感情が顔に現れるが、どれも納得できていない様子だ。なにより王子が感情を顔に出していることが、本当にこいつを王太子にしていいのか他人事ながらこの国の未来が不安になる。
「これから挑むダンジョンは、この国では一番難易度が高い場所だ。不注意がそのまま死に繋がる場所だ。一人の身勝手が全員の命を脅かすことになる。お前たちは死にたいのか?」
やっと俺が言いたいことが理解できたのだろう。ダンジョンを攻略する場合、俗世の立場はあまり重要視されない。これは攻略者全員が最良のパフォーマンスを発揮するのに妨げになる要因を排除するためだ。本来、ダンジョンに潜った事がある人間であれば誰でも知っている常識でもある。そして、その常識を教えるのは先達者の役目でもある。左手の甲を見ればダンジョンに潜ったことが有るかどうかは一目瞭然であり、これから挑む者に対して知識を授けるのは、お互いに命を預けあう者にとって最低限の礼儀でもある。勿論、それを受け取る側にも最低限、先達者の意見を聞き入れる必要がある。
これは、どんな国だろうと共通の認識だ。本来であれば、これはダンジョンに潜る前に済ませておくことでもある。ダンジョンに入って、いきなり『仲良くしましょう』とは、どだい無理な話である。だからダンジョンに潜る者達は、互いを尊重し、お互いの信頼関係を構築する努力が求められるのだ。
それが今回、俺が彼らに投げかけた質問の意味でもある。
もし、このままダンジョンに潜ることに成ったら、俺は真っ先にこのお付人の男の首を撥ねているところだ。これは極端に聞こえるかもしれないが、共に挑むメンバーの事を考えたら、それが最も安全で、確実な対処法だからである。実際、これはダンジョン攻略で推奨されている事でもあるのだ。
俺が長々と説明するとようやく理解が追いついたのか、神妙な顔つきで俺の足元に押さえつけられている男を皆が見る。流石に喚くのを止めたのか、最後の方は大人しくなった男だが、果たして理解出来ているのか不安になる所だ。
「さて、皆が共通の認識が出来たと信じる。そこで最初に遣っておかなければならないことが有る」
俺の言葉が今一理解できないのか、王子が代表して質問してきた。
「あの、その最初に遣らなければならない事とは何でしょか?」
それは勿論——。
最近、禁煙を始めたのですが、筆が進まないとはこの事か!ってくらい話が組み立てられません。
こんな弊害は容易そうしてなかった……




