急ぎの依頼、権力の定
第二章スタートです。
秋が深まり、空気が冷たく肌寒くなって来た頃、俺は新たな任務を受けてその準備に追われていた。自生する植物たちも姿を変えて、辺り一面が黄色や赤に染められている世界には、この季節にしか取れない貴重な薬草が良くとれる。
ここ最近は、特に依頼を受ける事も無かったので、薬師としての仕事に集中できた為、色々と貴重な材料の備蓄が増えたのは嬉しいことだ。保存の利く薬はいくつか在庫も出来た事だし、作成後の消費期限が短い物も、保存の利く状態の素材を集める事が出来たので、様々な状況に対応できる。まさに収納魔導具様々である。
個人的に、予測される状況に備えを持つことで心に余裕を持つ事が出来ると思っている。勿論、不測の事態にも対応できるように、常日頃から備えは怠っていないつもりだ。
薬のこと以外にも、前回の任務で偶発的に遭遇したモンスターとの戦闘で不覚を取ったことを反省して、あれから戦闘訓練を今まで以上に増やして、自らの鍛錬にも抜かりはない。それに前回の反省を生かして、収納魔導具の中には複数の武器を保管している。備えあれば憂いなしである。
秋の、空が高く羊雲が浮かぶ中、獣道を歩きながら周囲を散策する。今俺がいる場所は、大陸北西にある森の浅い位置である。今回受けた依頼は、ここから遠く離れているので、必然的に空を飛んで移動しなければ間に合わない。だから空が暗くなるまでの時間潰しとして、普段散策しない場所を歩いているのである。
そもそも今回の依頼は、密偵の仕事とは言えたものでは無い。普段は情報を持ち帰ることを依頼されるのだが、今回依頼されたものは希少価値の高い魔導具、若しくは魔導器の入手である。しかも大きなハンデを背負っての依頼達成を求められているハードモードだ。
しかし、今回の依頼の成否によってフェロ公爵領にとっては大きく状況が変わってくるのだ。実際にフランシアからの連絡があった時も普段の数割真面目な態度だった——。
『リオ、急ぎの依頼よ』
珍しく、一つの街に留まって薬師として活動していた時、フランシアからの連絡が入った。幾人かの患者を治療して、薬師とも知の天秤を済ませ、少し落ち着いた頃に部屋で寛いでいる時に、少し緊迫感のある声が響いたのだ。
『どんな依頼だ?』
『簡単に言ってしまえば、子供の御守よ』
『は?』
伝わってくる感情とは噛み合わない依頼内容に、思わず素の反応をしてしまった。曖昧過ぎる内容ではどうにもならないので、詳しい情報を聞いてみると、さる王族の護衛兼魔導具若しくは魔導器の入手と言う。正直、最初は『こいつ何を言っているのだ?』と思った。
なんでも、小国群の一つにイリス王国という国があり、その国の王太子候補者の一人が助力を求めてきたらしい。その国の次期王太子を決める方法が少し特殊で、成人までにダンジョンより最も希少な魔導具、若しくは魔導器を手に入れた者が、王太子として就任するらしい。
そして、その王太子候補者は三人いて、第一王子、第二王子、第三王子が立候補している。この三人の中で最も価値ある物を持ち帰ったものが王太子になるのだ。
ただ、ここで一つ大きな問題が上がった。現在第一王子は事実上の脱落をしているので問題はないが、第二王子が現在最も希少価値の高い魔導具を持ち帰っていて、このまま第三王子がそれ以上の価値ある物を持ち帰らないと、第二王子が王太子として就任してしまうらしい。
一見、フェロ公爵領には何も問題ない状況だが、第二王子の政策がフェロ公爵領の利益に大きなダメージを与えてしまうので、それを回避する為に今回協力する運びとなった。
その問題となるのが、現在イリス王国が主に物資を輸入しているのが自国より東側の国々、特にクリサンテモ王国とオスマントス王国であるのだが。第二王子の母親がミスカンティス聖国出身であり、第二王子が王太子となり、国王となった暁には、西側より物資の輸入をする政策を発表しているのである。もしこれが成った場合、フェロ公爵領も少なくない利益の減少に繋がる。
そこで今回、同じ学園に通い、血のつながりもあるフェロ公爵家に助力を願ってきた第三王子アコニット・ド・イリスを支援する方針で決まったらしい。なんでもフランシアの祖母の妹が隣国カルドに嫁いで、そこの御姫様を母親に持つのがアコニットになるらしい。そんな繋がりもある為に、態々オスマントス王国にまで留学して来ていたとか。
『それは……、本当に御守だな……』
『ええ、否定しないわ。でもこれはフェロ公爵領としても見過ごせないの』
フランシアの言いたい事も分かる。自領の利益もだが、小国群にミスカンティス聖国が主教国を務める、ディエース教の影響力が強まることを危惧しているのだ。
彼の国は宗教国家であるが故か、非常に排他的で他の宗教を認めない。さらにやり口が強引で、狂信者も多く居ると言われている。周辺国にも宗教を盾に金銭を集り、隣接する国には非常に嫌われている。
『まあ、どのみち依頼は受けるから、どこのダンジョンを攻略するのか教えてくれ』
依頼なんて形を取ってはいるが、事実上の命令である以上俺に拒否権は無い。拒否するつもりもないが。
『イリス国内にある、虫と爬虫類系のモンスターが出るダンジョンよ!』
力強く言い放つフランシアは『あなたにピッタリでしょ』と言わんばかりだ。確かに俺の能力的にも、過去に攻略を挑んだ事が有る経験的にも、俺を選んだフランシアの采配は間違ってはいないだろう。
だが、このダンジョンは常に森の中を移動しなければならない上級者向けのダンジョンだ。しかも同行者は皆成人にも達していない若者ばかりになるらしい。これは王太子候補者に定められたルール故に仕方がないが、他にも自国にはダンジョンがあるのだから別のものを選ぶ選択しもあるはずなのだが。
『第二王子の持っている魔道具の評価ランクがCなの、それ以上の物を見つけるとなると選択肢が無いのよ』
なんでも、イリス王国独自の判定基準があるらしく、今回の目的となるランクの魔導具の発掘が確認されているのが、虫と爬虫類系のモンスターが出るダンジョンしか無いらしい。
『なるほど、ランクの高い魔導具を見つけ、更に第三王子をモンスターからも、ミスカンティス聖国の手の者からも守り抜けってことだな?』
『ふふふ、話が早くて助かるわ。既に他のメンバーは選出してあるから、現地で集合してね』
お嬢からの依頼はいつも緊急性の有るものばかりだ。今回はもう少し早く連絡することも出来ただろうに、態とギリギリにしか話を持ってこないようにしているのだろうか。
『……了解。メンバーの分かる限りの情報は後で送ってくれ、それと幾つかの指定した物を各自に手配してくれ、それがないと話にならない』
『解かったわ。必要経費として出しておきます。それと先方にはリックとして紹介してあるのでそのように対応してね。貴方に繋がる情報は出来るだけ控えたいしね。あ、サプライズも用意してあるから楽しみにしててね♪』
その後も依頼についての打ち合わせをして、ダンジョンに潜る為の準備をしていたのだが、ダンジョン攻略に挑むメンバーのリストを貰った時に俺は絶句した。
王太子候補である王子と、その護衛をするお付の人は分かる。他にも将来有望な探索者である見習いが二人いることも条件的に仕方が無いだろう。しかし、そのリストの一番したに記載されている名前にルーシェ・ルスクリタと書かれていて驚いた。これがお嬢が言っていたサプライズなのだろう。
確かにフェロ公爵家が支援するのだから誰か人員を出すのは理解できるが、まさかお嬢の右腕とも言えるルーシェを派遣するとは思っていなかった。確かに本来フェロ公爵家と関わりのない俺がメンバーに入る以上、下手な人員を入れる訳にはいかない。しかし、彼女が熟している仕事は、代えの人間がそうそう見つかるようなものでもない。
俺は今回の任務の事よりも、ルーシェが抜ける事によって掛かる、お嬢の負担の方が心配になる。この時、俺が思わず確認の念話を入れてしまったのは仕方が無いだろう。
一応一通りの説明を聞いて、ルーシェの派遣については納得し、問題無い事は分かったが、それならそうと先に説明してほしかったと思う。あ、だからサプライズなのか。
ただ、今更俺が騒いだところで、何か変わるものでもないので、メンバーの能力を余すことなく記憶する。咄嗟の判断が求められたとき、的確に対処するには全員の能力をきちんと把握していることが運命を分けることもある。命のやり取りをする以上、手抜きなど出来るはずもない。
それに、もしルーシェに傷の一つも付けたら、後でどんな事を言われるか分かったものでは無い。お嬢の従者であることから、決して戦闘が出来ないわけではないのだが、普段から戦闘に関わるものに比べれば、やはり今一つ不安を拭いきれない。それに比べて、見習いではあるが未来の探索者には少し期待している。お嬢から送られてきた通りの情報であれば、普段から戦闘に従事しているらしい。彼らの能力を上手く引き出すことが今回の依頼達成には必要不可欠だと判断する。
そして、今回のメインである王子とお付の人に関しては、現地で直接確認してから判断しようと思っている。彼らは今回のメンバーの中で、ダンジョン攻略未経験者らしい。学園での成績は上位に入るらしいのだが、実践を経験した事の無い者に過度な期待をしても碌な事にはならないだろうとの判断だ。
実際、高い権力を持つ者は、何の根拠も無く自信に満ち溢れている者が多い。そういった物に限って追い詰められた時に何も出来ずに狼狽えるばかりだ。常であればそれも問題にならないのだろうが、命が掛かっている時にそれでは、みすみす殺されに行くようなものである。それを見極める為にも、直接自分の目で確かめ、的確に判断を下す必要があると考えたのである。
「さて、粗方薬草も集まったし、戻って荷物の準備をするか」
採取もひと段落したところで、任務に向けての荷物整理をする事にした。必要な物は収納魔導具に入ってはいるが、こんな貴重な物を所持している事を知られるのは、今後の為にも良くないので、以前の旅のスタイルに戻すのだ。ただ今回は、薬師としての道具は必要最低限に抑えて、野営に必要な荷物を重点的に準備するつもりだ。
今回のダンジョン攻略をするに当たり、お嬢に頼んでおいたものが揃っていれば、自前で用意するものはそれ程多くは無いので、保険の意味も兼ねての荷物なのでそれほど嵩張ることはないだろう。
今夜出発するために、柔らかい夕日が差す山道を、長い影を伴って下山していった。
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